第2回
「初陣」
「0079 6月某日 地球軌道上 セイバーフィッシュコックピット」
「・・・三機目!」
ルーシアが吐き捨てるとセイバーフィッシュから二本のミサイルが敵MS、ザクへと襲い掛かった。
必殺の間合いで放たれたそれに対処することもできず、ザクは爆光となって暗き海へと拡散していく。
そして、同じような光景が彼女の周りにも溢れている。音の無い世界でも十分に騒々しい光景であった。
ここ、地球軌道上では連邦軍とジオン軍との激しい攻防が繰り広げられていた。
前回の失敗、来るべき反撃、意地をぶつける連邦軍。対して、成功を完璧にする為、反抗の芽を摘むため、勝利を疑わぬジオン軍。
両者の争いは激しさを増すばかりである。
(思ったよりも戦線が拡大している・・・)
つい先ほど敵機を葬ったばかりであるが、休むことなく次の獲物を探していた。
あたりの様子を確認しながら冷静に分析していく。現在は母艦サラミスを中心に艦載機が前方に展開している。
自分は艦の右舷、やや離れた所に位置している。そして隊の前方にはジオンが展開していた。
今まで何度と軌道上での両者の争いは行われてきたがこれほど大きな激突はしばらく振りである。
そのせいかは判らないが両軍とも浮き足立っているように感じられる。結果として軌道上に広大な戦線が形成されていた。
その中で、イエローウィザーズは実にまとまった行動を取っていた。いや、正確には細かい指示は出されておらず、
個々が自由に行動している為まとまっているかは疑問である。ただ、結果としては部隊が母艦を中心に動きまとまっているように見える。
(艦長のおかげかしら・・・)
部隊に入る前、そこそこ実力はあると思っていたがはっきりとしたことは判っていなかった。
だが、それも今回の作戦で確かめることが出来た。大きな収穫だ、と思う。
軍としては完全に統制が取れているべきなのは確かだが、実際には実現しない。
完全な統制を取るためには細かい行動すら指示してしまう事が必要であるからだ。しかし、そういった行動は兵を拘束し、
柔軟な対応を不可能にしてしまう。それでは常に危険に晒される兵が納得しない。彼らとて作戦を遂行する他に自らを守るという重要な役目がある。
しかも、指示を出す者が常に正しいとは限らない。状況は常に変化し続けるモノである。
それ故に、例え1秒前の指示であろうとも最善の手が最悪の手に変わる可能性もあるのだ。
だがしかし、兵に自由を許し、好き勝手にさせてはどうか?
それとて、決して認めるわけにはいかない事態であるのも確かである。そんな物は戦争ではない。本当の殺戮劇が始まってしまう。
だからこそ、多くの指揮官は『限りなく近い統制』を求め苦心するのである。
だが統制とはあくまで手段であって目的ではない。逆に言えば目的を果たせれば良いのであるから、統制をとらずとも良い事になる。
ただし、さきも言ったように殺戮劇を繰り広げてはならない。それは、ただひたすらに宇宙に悲しみを広げる事にしかならない
それを回避するためには兵が目的を果たすための道を示さなくてはならない。そのための部隊長であり艦長である。
前の部隊では援護を主に受け持っていたが、正直、あれは自分には合わないと思っていた。
自分は指揮するよりも指揮される方が余計な気苦労がなくていいと。
突然、アラームが鳴り響く。聞くと同時に操縦桿を倒し期待をロールさせる。先程まで飛んでいた航路を曳光弾が突き抜けていく。
「気を抜いていたッ!!」
これだけの反応をしておきながら気を抜くもないが、彼女にしてみれば十分なミスだった。自分の行動に腹を立てて言い放つ。
様子を探ると一機のザクがこちらへマシンガンを放っている。随伴する機体が無いところを見ると、どうやら一機で突出してきたようである。
もう一度辺りを見回すと母艦を中心に敵も味方も集まりだしていた。
大方このザクのパイロットは比較的部隊から離れているセイバーフィッシュに勝機を見て仕掛けてきたのだろう。
今の位置ではミノフスキー粒子のおかげですぐには援護を呼べない。
あちらはあちらでこちらに気付くには時間がかかる。気付いたとしても援護をすぐに行える距離ではない。
元来、一撃離脱を主軸としてきた、航空・航宙機。そしてその常識を打ち破って現れたMS。
結果は火を見るより明らか、機体性能差でザクが勝つのが道理である。
勝利を確信したザクは先の失敗を挽回すべく二度目の射撃を開始する。
「・・・・甘い。」
しかし、ルーシアにはそんな道理も関係なかった。
ザクを中心に回転するように回避行動に入り、弾丸の嵐をくぐり抜けて行く。
ザクも追いかける様に体を回転させながら撃ち続ける。執拗に追いすがるように弾が放たれていく。 しかし、その弾はセイバーフィッシュを掠める事すらなかった。
「乗っているのが人間なら、大差ないッ!」
長く戦場を生き抜いてきたルーシアにしてみればこの程度のハンデなど想定済みである。
まして、圧倒的機体性能差にものを言わせ一機になった敵に襲い掛かるような奴など敵ではない。
依然、マシンガンを撃ち続けるものの、やはりそれは全て避わされていた。
その状態に業を煮やしたのか、ザクのパイロットは照準を付け直すため一旦撃つのを止めた。
瞬間、ルーシアは機体を旋回させ今までの回転方向を横から縦に変えてザクの足元へと船首を向ける。
ルーシアは回避行動を取りながら相手の隙を窺っていたのだ。訪れた機会、それを見逃す程甘くは無い。
その突然の変化にザクのパイロットは慌てて後ろを向き銃をかまえる。
眼前に広がる星の海。
ザクのパイロットは一瞬、動きを止めた。あのまま行けば敵は後ろに現れるはずだった。だがそこに奴は居なかったのである。
その一瞬が勝負を決めた。アラームが真下を指示し、急いで反応する。
そこへ向け、ガンポッドが火を噴きながら突っ込んできた。丁度真下を向く形となったザクへ幾重もの火球が突き刺さっていく。
「四機・・・・」
言葉とともにすれすれの距離をすり抜けていく。レーダーから敵を示すマーカーが一つ消えた。
「0079 7月 『イエローウィザーズ』駐屯地」
「今日も生き残れた・・・」
帰投したルーシアは食堂に向かう途中で呟いた。右手にはいつも首から下げているロケットを握りながら。
立ち止まり、ゆっくりと握った手を開きそのロケットをじっと見つめる。その目はひどく哀しそうな目であった。
「こうしていても仕方ないよね・・・・早く食堂に行こうっと。」
「どうしたんですか?」
そんな彼女に話し掛けてくる人物が居た。手入れの行き届いた長い金髪、整った顔立ち、ややもすると女性かと間違えてしまいそうになる男。
クルス・クリス曹長である。
「いえ、何でもありませんよ。ちょっと考え事をしていたんですよ。」
「そうですか。そうだ食堂に行きませんか?少しお腹が空いてしまって。」
「ええ。」
元よりそのつもりだったのですぐに肯定の返事を返す。
「そうだ聞きましたよ。ルーシア曹長、凄かったですね! 六機も撃墜するなんて、今回の撃墜王なんじゃないですか?」
「そんな……ただ運が良かっただけですよ
「いやいや、実力でしょう。謙遜しちゃって。……でもそういう所もいいなあ」
そんなやり取りをしながら、食堂へと入っていく。そこにはすでにアイス中尉やジェイク少尉もいた。パイロットだけではない。
ブリッジのクルーや仕事を終わらせた整備士などが一度訪れた束の間の休息を取っていた。
「何にしますか?僕が一緒に取って来ますよ。」
「あ、すみません。それじゃぁオレンジジュースお願いします。」
「食べ物はいいんですか?」
「ええ。」
適当に席を決めると、クルスは早速オーダーをしに行った。それを見送りルーシアは窓の外の景色を眺める。
ルーシアは考えていた。六機、彼女はあの後もさらに二機のMSを落としていた。
(今回は運が良かったのかもしれない。)
ルーシアは今回の事を振り返る。MSは最新鋭機、撃墜は高い評価を下される。5機も落とせばエース扱いだ。
その高戦果をたった一回の作戦で、しかも明らかに不利とされるセイバーフィッシュでこなしたのである。
確かに一般的に見れば、それは幸運のなせる所業だ。
だが、見る者が見ればそれは当然の結果と判断するであろう。しかし、彼女はそうは判断しない。
真面目な性格ゆえか、決して楽観的になることは無い。それは、ひとえに彼女が戦場を生き残るための努力の形なのである。
以前、彼女には才能があると言った者がいた。だが、それは間違いである。むしろ彼女の戦闘における才能などたかが知れている。
今ある彼女を支えているのは紛れも無くこれまでの努力である。このスタイルこそが彼女の実力を培い、結果を出してきた。
そしてこれからもそれを貫いていくだろう。ただ、約束のために。
(でも、それでも、私はこの部隊でやっていける。約束、果たして見せますよ・・・)
ルーシアは決意を新たにする。遠い道のりをしっかりと歩んでいくために。
丁度その頃、他のパイロット達も食堂に入ってきた。クルスも戻り、食堂は一層賑やかさを増す。
それぞれの話と言えば、先の戦果の事や、今口にしている食事の事、これからどうするかなど、本当に他愛無い話。
心の中、それぞれの想いはあるものの、今は生き残れた事に感謝しながら。
楽しくて、愉快で、時間を忘れてしまいそうなひととき。
ルーシアも、仲間とのひとときを楽しむ事にし、皆に穏やかな微笑みを向ける。
それは、戦っている時とはまるで違う、優しい目であった。
……to be next mission!