第1回
「地球侵攻作戦」
「0079 3月某日 地球軌道上 地球連邦軍サラミス艦内」
サラミスのデッキへ一機のセイバーフィッシュが戻ってきた。無傷のそれが戻ると、
サラミスはメインバーニアを点火させ、無数の墓標漂う暗い海を離れ始めた。
同時に先程のSFからパイロットが勢いよく飛び出し、それを見つけた初老のメカマンが近づいた。
「よう!遅かったねルーシア嬢ちゃん。どこまで行ってたんだい?」
「ええ、偵察任務だったものですから。」
「はっは、もう連中は尻尾をまいて逃げただろ。そんなに力入れなくても大丈夫だよ。」
「いえ、撃退したといっても降下作戦の一つを潰したに過ぎませんし、実際最初の一回はやられちゃったんですから。
次があるかもしれませんし、用心ですよ、用心。」
そう言ってルーシアは微笑を浮かべる。
開戦後、ジオンは新型の人型機動兵器”ザク”を投入。その圧倒的力で地球侵攻作戦を開始した。
一撃離脱を主とする航空・航宙機をメインとする連邦軍は、ザクの登場により今までの戦闘スタイルを変える事を余儀なくされた。
当然、その劇的な変化に全ての兵士が対応できる訳も無く、機体性能も相まって連邦軍はジオンに圧倒され第一回の侵攻作戦を許すこととなった。
だが、連邦とてやられたまま黙ってはいなかった。第一戦の敗北後、連邦は持てる人員と兵器で素早く部隊を再編、反撃に出た。
その甲斐あってジオンの二次降下作戦は戦力比3:1という連邦有利なまま押し切る形となったのである。
ルーシアはその二次降下作戦の迎撃に出撃し、一段落ついた今は偵察をこなし、帰還したところである。
「ところで、隊長何処にいるかわかりますか?」
「んん?新入りかい?確かミーティングルームに居るっつってたな。なんか用事かい?」
「偵察の報告しないといけないですから。ありがとうございました。それじゃ行ってきます。」
そういってルーシアは格納庫を出ようとした。途中振り返り、
「整備の方お願いしますね、それと!」
「何だい!」
「”新入り”はやめてあげてくださいよ!」
「気ィつけとくよッ!」
そう言うルーシアの姿をメカマンは笑いながら見送っていた。
「・・・以上です。今の所、敵に動きは無いようです。」
「そうですか。ご苦労様です、ルーシアさん。」
やや、緊張した、というよりは気の張った顔の青年が答える。ただでさえ白い顔が余計に白く見える。
緊張のしすぎで倒れたりしないか心配になる時もある。彼の名はケニー・ウィンストン、この艦のSF隊の隊長である。
「すみませんね、雑用みたいな事ばかり押し付けてしまって。ただ、確実性を考えるとあなたしか頼めなくて・・」
「いえ、構いませんよ。援護も偵察も重要な任務ですから。それに実戦慣れしてるのはこの隊じゃ私だけみたいですからね。」
ジオンが連邦に勝る物の内、兵器の他に兵士の質という物がある。一年戦争を起こす前からゲリラ的な活動をメインとしていたジオン兵に対し、
模擬戦とシュミレーターを相手にしてきた連邦兵との間にははっきりとした違いが生じていた。その違いがこういう形で現れるのである。
ルウム戦役後、再編を要された連邦軍であるが量をそろえることは出来ても質まではそろえる事はかなわなかった。
集められた兵のほとんどが初の実戦で、いわばヒヨッコ達が無理矢理戦場に放り込まれたのだ。
それは隊長のケニーとて例外ではない。士官学校を出たばかりの彼ではまだまだぎこちない。メカマンが彼をいまだに新入り扱いするのもそこら辺だった。
このような事態では混乱は必至であり、事実、ろくな軍事行動を取れずに散っていった者達も多い。
その中でも比較的まともに行動できる部隊がある。それはルーシアの様な実戦慣れした人間がいる部隊だ。
経験は自信を生み、自信は他を勇気づける。そして、実戦で培われた知識はより確実な力となった。
今居る部隊はそれなりに優秀な人材が集まっている、が経験が不足していた。そのためルーシアはこの部隊全体を補佐する役を任されていた。
「そう言って頂けると助かります。なにぶん私自身実戦に緊張してしまって・・」
「仕方ありませんよ。初戦は誰だってそうですから、ただ・・」
「ただ・・?」
ケニーは真面目な顔で耳をかたむける。その様子に苦笑し、続けた。
「敬語はやめましょうね。年も階級も隊長の方が上なんですから。二人の時はいいですけど、他の兵に示しが付きませんから。
私じゃなくて男性の下士官なら怒鳴られてますよ。」
優しく、諭すように話す。さながら姉と弟である。実際ルーシアには下に二人の妹弟がいる。そのことも起因しているかもしれない。
「や、申し訳ない・・気をつけてはいるのです・・だが。とにかく気をつけよう。」
慌てて言い直す。
「フフ、はい。頑張ってください。それでは、私はこの辺で失礼しますね。」
「ええ、ご苦労様でした。ゆっくり休んでください。」
「はい。失礼します。」
「あ、忘れてました!あなたにお客さんです。隣の艦隊の方が見えてます、食堂にいるので寄って欲しいそうです。」
「・・? わかりました。今から行ってみます。それでは。」
敬礼し、ミーティングルームを後にする。
(シェリーもフィオも元気でやってるのかな・・中々連絡つかないからなぁ・・・戦争さえ終われば会えるのに・・・)
先程のやりとりに妹弟達の事を思い出していた。家に居た頃両親が共働きのため二人の世話は彼女の役目だった。
勉強も遊びも色々と教えてきた。時に優しく時に厳しく。教える事は違ってもその姿勢は変わらない。
ケニーを見ていると二人を思い出す、だからこそ不安にもなるのだろう。
その二人の妹弟達も今では軍属である。親に聞いたら自分を追いかけてきたらしい。
何とも複雑な心境である。追いかける、そのことは姉としては嬉しいがここは軍だ。喜べる職業ではない。
戦争さえ終わればいいのだが、その望みは薄い。ルーシアは不満を持っていた。
それは連邦上層部の認識の甘さである。開戦前の対処にしても、開戦後ルウムや第一次降下作戦にしても、だ。
なにかにつけて後手に回っている。そして今回の艦隊撤退も。
確かにジオンは兵が少ない。一次降下作戦を終え、二次も終えた。以前にルウムも一週間戦争もあった。
だがそれだけで兵を、軍事力を使い果たすであろうか。そんな連中が戦争をしかけるだろうか?
まして、敵の総大将ギレン・ザビは頭が切れるという噂である。
どう考えてもありえない。なのに、上層部と来たら
『敵もいい加減力を使い果たし再建を図る頃だ。ここは一度引いてこちらも立て直す』
と言って、せっかく確保した地球軌道から撤退せよと命令を下した。
その知らせを聞いたルーシアはぶつけるあての無い怒りを溜めるしかなかった。
何とかしてサイド3を落としたい。できるだけ早く。その思いが強い彼女はただ怒り、焦るしかできない。
サイド3攻略、これを起こすのが不可能であることも判っている。上層部がそんな事を考えるのはもっと先。
確実なのは自分で起こす事だがそれには今の立場では無理。だから、今は確実に戦果をあげ、昇進するしかなかった。
もっともそれすら補佐と言う立場では難しいのだが。味方の援護ばかりで戦果どころではないからだ。
実際今回の作戦ではたった二機しか落としていない。聞けば同じ戦場に居て八機のザクを落とした者がいるらしい。
(せめてチャンスだけでも訪れないかなぁ・・・)
「三ヶ月ぶりだね、ルーシア君。」
「ロ、ロンさん!?」
解決しそうに無い悩みをしながら食堂に着いたルーシアを待っていたのは全体的に細さを感じさせるアジア系独特の男だった。
その男はかつての仲間だった。
「たまたまこちらの艦に来る用事があったものでね。せっかくだから会いに来たというわけさ。」
「じゃぁ、合流した艦隊って六八艦隊だったんですか・・・」
「まぁ、掛けたまえ。君の飲み物も貰ってある、オレンジで良かっただろう?流石に酒はまずいからね。」
席を促しつつ、オレンジジュースの入ったグラスを渡した。ルーシアも礼を言い席へ着いた。
二人はジュースとコーヒーで再会を祝した。
ルーシアは入軍当初から最前線へと回されていた。何故か兵器・機械に興味を持っていたルーシアが希望したのである。
最前線といっても当時は紛争、ゲリラの鎮圧が主な任務であったがそれでも前線を希望する者は少ない。
誰でも危険な事したくない。それもあるから比較的簡単に彼女の願いは受け入れられた。
そこで回された地上部隊で二年を過ごした。元々少ない実戦部隊、ルーシアはそれこそ死ぬ様な思いをしたが同時にこの時代、貴重な経験を積んだ。
それこそが彼女と他の兵士との違いでもある訳だが。その所属していた部隊の仲間が目の前の男、ロン・ウェイフェンである。
久々に会った二人はしばらくの間、昔話に華を咲かせていた。
「君の話を聞いたよ。戦果もあげ、部隊補佐までこなすとはね。”お嬢”と呼ばれていた頃には想像もできんよ・・」
「やだっ、”お嬢”なんてやめて下さいよ!私だって成長してるんですから・・」
コーヒーを飲み干し楽しそうに話すロンに比べ、ルーシアは俯き恨めしそうにロンを見やる。そういえばメカマンも嬢ちゃん呼ばわりする。
「そうだな・・今は・・戦闘機械(マシーン)か・・・」
その顔を見ていたロンは急に寂しそうな表情になり、遠くを見るような目をした。
マシーン・・・ただ黙々と、正確に、敵を屠る。ルーシアはいつしかそう囁かれるようになっていた。
「・・・約束・・・・かい?」
「えぇ・・まぁ・・・結果が欲しいんですよ。今のままじゃ自由にやれないですからね。
私の目標はあくまで戦争の終結。ジオン、ザビ家を叩かなきゃ。」
俯き、淡々と話す。その顔は正しくマシーンと呼ばれる顔だった。
ロンは言い知れぬ不安を覚えた。
「やだな、そんな顔しないで下さいよ。陰口叩かれてる訳じゃないんですから。
むしろ通り名がつくほどになったんだから褒めてくれてもいいんですよ。」
「そうかも知れんね。」
明るく、いつも通りに話すルーシアに一時、ほっとはしたが不安は拭い去れない。今の彼女に危うさを感じるからだ。
余裕がまるで感じられない。通り名をもらう程のパイロットがこんなにも余裕が無いだろうか?
ベテランともなれば心に余裕が出てくる物、少なくとも長生きする奴は余裕を持っている。彼女にはそれが感じられない。
(お守りをするにはまだ早かった・・・今の彼女は死んでいる。なら丁度いいのかも知れん。)
「さっき、自由にやれないと言ったね。」
「はい・・?」
急に厳しい目つきになったロンに戸惑い、自信なさ気に答える。
「ならば、丁度良い知らせがある。そのうち君にも伝わるだろうが、早いほうがいいだろう。これだ・・」
「何ですか?このディスク。」
おもむろに取り出したディスクをテーブルに置いた。ディスクのラベルには仕官用資料一覧と書かれている。
「今、軍では部隊再編が急ピッチで行われているのは知っているね?それと同時に独立部隊があちこちで発足しているのさ。
正規の部隊ではカバーしきれない所を独立部隊に動いてもらって補うつもりなのだろう。これはその部隊一覧だ。
今の部隊が合わないと言うならこれで自分に合う部隊を探してはどうかな?」
「いいんですか?なにか重要そうな情報ですけど?」
「構わんさ。それはコピーだし、どのみち全兵士に伝えられる。遅いか早いかの違いだ。ま、成長した君へのご褒美とでも思ってくれ。」
「そう言うことでしたら、ありがたく頂いておきます。志願するかは別ですけどね。」
「ああ、それでいい。・・・さて、長居をしたようだ。私は自分の隊へ戻るよ。今日は会えて良かった。
次はあの時の面子でゆっくり酒でも飲みたいものだ。では、元気でな。」
「あ、はい。ありがとうございました。ロンさんもお元気で。」
席を立ち足早に去っていくロンは振り返らずに手を上げて応えた。
ディスクをポケットにしまい、グラスを片付けルーシアも食堂を後にした。
部屋に戻ったルーシアは早速パソコンを起動させ、先程のディスクを開く。そこにはかなりの部隊名が記されていた。
部隊名、隊員数、そして行動方針まで記されていた。部隊名をクリックすればより詳しい情報が表示されるようである。
果たして後々知らされる情報はここまで詳しく教えてくれるのだろうか?ロンに感謝しつつ簡単に一覧をチェックしていった。
中にはすでに行動している部隊もあるようだった。チェックも後半に差し掛かった頃、不意に目が止まった。
「・・・イエローウィザーズ、最終目標、独力のサイド3攻略・・・」
かなりはっきりとした行動方針である。普通こういうことは言わない物だが、まぁ、独立部隊だからこそであろう。
しかし、ルーシアが注目したのは其処ではなく、サイド3攻略、の文字であった。
興味を引かれ、さらに詳しい情報を表示させる。先程とは違いゆっくり、しっかりと読む。
読んでいくうち、そこはかなり自由な部隊である事が判った。しかし、それが判ると同時に急速に不安も覚える。
ただ軍規に合わない連中が適当に大きな事を言っているだけでは無いのだろうか?それが心配だった。
実際、隊員数もまだ少なく一部隊として機能できる人数ではなかった。
とりあえず最後まで読もうと、進めると入隊資格の欄になった。そこには正式文書とは思えないほど簡潔な文が書かれていた。
『入隊資格、死を恐れぬ心。』
「フフッ、アハハハハ!」
それを見たとき、ルーシアは笑い出した。ひどく嬉しそうに。端から見ればさぞかし怖い光景だろう。
さっきまで静寂を守ってきた人間が突然大声で笑い出すのだから。だが、一人で居る彼女が気にする訳も無い。
ひとしきり笑った後、画面を睨み、吐き捨てるようにこう言った。
「願ったりかなったりだわ!」
軍規が嫌で逃げるような奴に命を賭ける根性など無い。まして、保守派の多い連邦軍である。
この一文、そして隊員数の少なさが逆に教えてくれる。
ここは、”本気”だと。
一覧を閉じ、今度はメールを立ち上げる。五分とたたずに文章を打ち込み送信した。
メールのタイトルにはただ一言こう書かれていた。
『入隊希望』
と。
0079三月、ジオンが第三次降下作戦を発動したころであった。