プロローグ
「ルウム戦役」
「ジェイク・スレイヤー曹長の場合」
「Shit! またかよ!」
セイバーフィッシュのコックピットから、自分の放ったミサイルが目標を大きく外れて飛んでいくのを見て、ジェイク・スレイヤー曹長は歯がみをした。
ジオン軍が散布した「ミノフスキー粒子」のせいで、レーダ−などの電子装備が無効化されたのが原因だった。
この状況下では電子誘導式のミサイルなど全く役に立たない。
「まあ、今のが最後だったからいいけどよ・・・」
その言葉通り、コックピットのパネルに表示されたミサイル残弾は赤く表示されていた。
もはや自分の戦闘手段は機首に取り付けられた30mmバルカンのみだ。しかし、それでもジェイクの声には嬉しそうな響きが含まれていた。
「あんな面白そうな獲物がいるんだ。ミサイルが切れたくらいで逃げられるかよぉっ!」
そう叫ぶと、一気に出力を上げた。セイバーフィッシュのバーニアが一際強い炎を放ち、機体が急加速を始める。
その行く手には、緑色の装甲に身を包んだ鋼鉄の巨人が仁王立ちで待ち構えている。
「Get!」
ロックオンを告げる音を認識するより速く、機銃のトリガーを引き絞る。4門装備された機銃から次々と銃弾が吐き出され、それらは的確に巨人に叩き付けられていく。
しかし。
「Jesus! こいつもきかねえってのかよ!」
ジェイクが吐いた呪詛の通り、巨人は銃弾の全てを受けてなお、微動だにしない。
その一つきりの目がジェイクを捉える。そして、お返しとばかりにその手に構えられたマシンガンから、大量の弾丸が撃ち出された。
あのマシンガンの威力はこれまでに十分見てきた。食らえば「=死」だ。
「くそったれーーーーーーーーっ!!」
罵倒と共に操縦桿を倒し、機体をロールさせてすれすれの所で回避する。
銃弾の嵐はジェイクの機体を外れて虚空に呑み込まれる。次の瞬間、小さな爆発が2つ3つ起きた。
流れ弾が別の機体に当たったようだった。それとほぼ同時にロックオンされたことを示す警戒灯が灯る。
ジェイクは歯を食いしばった。襲い来るであろう衝撃に備えて身を堅くする。
だが、いつまでたっても衝撃はやってこない。
見れば、敵はもはやジェイクに興味を無くしたかのように、悠々とジェイクから離れていく所だった。
(助かった・・・のか?)
気がつけば、主戦場からは随分と離れているらしい、あたりにはセイバーフィッシュやサラミス、果てはマゼランといった、味方の残骸が漂っていた。
遠くではまだ閃光が灯っては消えていた。あそこではまだ戦闘が行われているようだ。
そこに向かおうとして、操縦桿を動かそうとしたとき、ジェイクは初めて自分が震えていることに気がついた。
助かった。その事実に対する安堵と戦いへの恐怖、そして直面した『死』。
一歩間違えば自分は死んでいた、あの閃光が煌めく地へ戻れば今度こそ、『死ぬ』。
それを意識すると、手が動かない。自分の言うことを聞かない。激しく震えて『死』を拒否する。
その震える手をきつく握りしめ、ジェイクは自問した。
(なぜ、動かない?)
その答えは簡単だ、自分が弱いからだ。
(なぜ、俺はこんなにも弱い?)
その答えも簡単だ、死を恐れるからだ。
(なぜ、死を恐れる?)
その答えは・・・。
「・・・しょぉ・・・」
『死』
心の底からにじみ出るその一文字。
そして、そこから生まれるどうしようもない恐怖を、かみ砕くように、ジェイクは吼えた。
「ちっくしょぉおおおおおお!」
力一杯操縦桿を握り、残されたわずかな燃料を目一杯使って、ジェイクは閃光の煌めく所へと飛び出した。
一機でも多く、奴らを倒す。一機でも多く、奴らを屠る。
奴らを倒し、屠り続ければ、いつかは何も感じなくなるだろう。
『死』への恐怖も、この自分の弱さも。
人として正しいか間違ってるかなんて生き残ってから考えればいい。
今はただ、この恐怖を忘れられればいい・・・。
「Initiate blood purge Coalition in massacre・・・」
ジェイクはいつからか、いつも聞いていた曲を口ずさんでいた。
攻撃的で破壊的な、スラッシュ・メタル。それを口ずさむ声は徐々に高まり、そして、
「One cryptic!」
再び戦火の巻き起こるその地に飛び込む瞬間。
「Reason!」
ジェイクの喉から恐怖の悲鳴とも歓喜の雄叫びとも取れる叫びがほとばしった!
「For life murder!!」
後に『一年戦争』と呼ばれる戦い。ジェイク・スレイヤーの戦いはここから始まる。