プロローグ
「ルウム戦役」
「ルーシア・ウィル軍曹の場合」
永遠に変わらない果て無き静寂の宇宙に対し、彼女の周りは喧騒に溢れていた。
愛機セイバーフィッシュの通信機からは憤怒、焦燥、混乱、あらゆる感情が駆け巡る。
そしてモニターにはその感情の元であったものが眩い光に消えていく様が映し出されていた。
彼女ルーシア・ウィル軍曹はその様子を人事のように眺めていた。普段の自分ならば他の皆と同じように怒り、焦り、恐怖するであろう。
だが、コクピットに乗り操縦桿を握った時、ルーシアは自らに感情を消すよう命じている。それが戦場を生きる方法であると信じているから。
「このくそ野郎ッッ!!落ちろぉぉぉ!!!」
耳障りなノイズと激しい怒号と共に一機のセイバーフィッシュが敵の人型兵器に攻撃を仕掛ける。
(アレは、消える)
その様子をそう判断した。次の瞬間それは現実となっていた。セイバーは緑の巨人から銃撃を受け光と化した。
(必要なのは感情じゃない・・見ること、動く事)
あくまで冷静に、モニターを見る。さっきの巨人がこちらに銃口を向けている。眉一つ動かさず操縦桿を引き機体を旋回させる。
銃弾はギリギリの所で外れ、その隙にルーシアは機体を巨人の上方に位置させ、カウンターとばかりにミサイルを放った。
闇に引かれる一つの直線、しかしそれはあえなくかわされてしまった。
(やっぱり避けられた・・一つ目の方が性能は上。一機じゃ無理・・・)
酷く冷静に自分の不利な状況を分析すると、素早く回避運動に移った。数では3倍もの戦力を有している連邦軍だが圧倒的にジオンが優勢だった。
彼女の考える通り、機体性能が違うのだ。攻めあぐね、態勢を立て直していると自機に随伴する機体がある。
「ルーシア軍曹ッ、俺とマイク軍曹、三機で奴等に仕掛けるぞ!!」
随伴するのは小隊長のローガン少尉とマイク軍曹であった。この手詰まりの状態では希望の光である。
「俺が左翼に行きます!」
「了解。私は右翼。」
「よしッ!まずは右下のをやるぞ!」
素早くフォーメーションを組むと、次の標的を探し、動きを止めている機体へと向かった。
マイクとルーシアが同時にミサイルを放つ。さすがに敵も気付いたらしく、反応こそ遅れたが、なんとか避けていた。
「でも、狙い通り・・」
ルーシアが呟くと、やや遅れたローガン機がいまや隙だらけの巨人にミサイルを叩き込む。爆炎が巨人を呑みこんだ。
「やったかッ!」
(このままいければ・・)
なんとかなるかもしれない、すくなくとも生き残れる。そう考えたときだった。
「うわぁぁぁぁ!!」
ローガンの叫びと共に通信がノイズだけになる。見れば先程まで中央にいたはずの機体はなく代わりに爆光が陣取っていた。
(何処?・・)
「ルーシアッ、後ろだッ!」
声するままに見ると、そこにはさっき落としたはずの巨人が一つ目を鈍く光らせながらこちらを見据えている。
(装甲まで違う・・・)
ダメージこそあるが致命傷には至らなかったらしい。あの爆発もミサイルが炸裂しただけなのだろう。
「畜生ッ!よくも隊長をッ!!」
叫び、再び対峙する。仇を討つために。
「・・・駄目ッ・・」
交叉する銃弾。一つの光芒。何かを探す紅い目。予想通りの現実がそこにあった。
(どうして皆・・消えるんだろう・・・私は・・・・昔とは違うのにッ・・・・)
命の輝きを背にし、敵へ向かう。ようやくこちらに気付いたらしいがすでに遅かった。
「オマエガキエロ」
ただ一言、全てを凍てつかせるように言い放ち、全弾を漆黒に解き放つ。反応の遅れた奴は二度目の光に呑まれ二度と姿を見せなかった。
コクピットでは弾切れの警告がうるさい。逃げるにしろ、戦うにしろ一度母艦に戻らなければいけなかった。
帰還しようとした時、通信が入った。
「全部隊に告ぐ、これより我が軍はこの宙域より離脱し態勢を立て直す!各員速やかに後退せよ!」
その通信はこの戦いの結果を教えてくれた。
(この戦い、負けたのね・・でも・・)
銃弾の嵐をかいくぐり、ルーシアは機首を母艦へと向けた。
「約束は守ったよ・・」
今は亡き人を想い、彼女は漆黒を駆けた。時は0079、『一年戦争』はまだ始まったばかりである。