象棋百番奇巧図式 伊藤看寿
巻末の本題は、実に手数611手をかぞえる大長編である。江戸時代で長手数第2位の八代大橋宗桂作『将棋大綱』第百番321手詰に比べても約2倍の恐るべ き長さである。天才看寿をもってしても全知全能を傾けた大作であろう。本局が 『図巧』中の最高傑作かどうか、は論があるとしても、看寿が最も誇りとする図 だったことは、作品集の大尾を飾る第百局にこれを選んだことから明らかである。

作品の内容は、大部分が龍の追い廻しである。同一軌道を42手かけて往復する たびに、守備駒が1枚減るか、持駒が1枚変わる。このくり返しにより玉方は少しずつ不利を重ね、最後に支えきれなくなって収束に追い込まれていく巨大な パズル的作品である。

まず最初は盤駒の清算から始まる。最初の1往復で玉方3七成銀を消去し、2回目は玉方1六とを消去、ついでに3七で桂合を獲得する。

ここで持駒は桂歩4であるが、これ以後は、1往復するたびに、9筋で1歩を消費し3筋で桂1枚を獲得する。つまり持駒に変化が起こるだけである。

6往復目に玉方は桂を使い果して3筋で銀合を強制される。攻方は銀を獲得して持駒銀桂4になったところで千日手模様の打開をせねばならぬ。8五玉の局面で 7七桂と打つのがその鍵である。同とと取らせて追い廻し。これにより持駒の桂 を失い、と金を入手。これをふたたび持駒交換して元の持駒銀桂4に戻る。 つまり、7七桂以下2往復で「と金」1枚を消去した訳。

同様にして、さらに7七桂打をくり返し、最初から数えて12往復で完全に守備駒3枚のと金を消去して、最後の7七桂打から収束の追い込みになる。

最後の7七桂打からは変化に富んだ手順になり、龍を切り捨て、新たに入手した龍で新しい軌道をもう一度大きく追い廻し、1筋方面の駒も捌いて収束になる。

手数伸ばしの機構、すなわち、1サイクル42手かかる龍の追い廻しと1往復ご との持駒の変換、そして、持駒をいっぱい強化してから、7七桂打で局面を打開する構想が本局の神髄であるが、最後の追い込みから収束に至る作品の構成もすばらしい。

さすがに世紀の巨匠の代表作で、古典詰将棋の金字塔である。



修正図(上野達也氏案)

 原図の玉方13歩、33歩、攻方35歩を除き、玉方34歩および44歩を置く。なお盤駒の配置を整理するため、攻方98成桂を金に変え、攻方42金を『と金』に改める。

 修正図の詰手順は、原作と少し変わり、11手目97成桂が97金、543手目同金が同とになり、601手目より16龍、38玉、36龍、29玉、39龍、18玉、19龍、27玉、28龍、36玉、37龍、45玉、46龍、54玉、55龍、43玉、53龍、32玉、23龍、41玉、51歩成、同玉、53龍、41玉、42龍まで625手詰となる。
 この修正図は、詰手順が一本になったうえ、手数も14手のぴ、収束にも捌きが加わるなど非常に秀れた案であるが、249手目3七銀以下の早詰が発見された。




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