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X氏にパフィオを見たいと云ったら近くに有ると云うことで、メイン道路に出て少しピンウーリン方向に進み、
X氏の家の前を過ぎ我々の泊まっているゲストハウス前を過ぎ、左折した。舗装もしてない道路を5分ほど進むと
下り坂になっていて右側に石灰岩の採取後がありゴミを燃やしていた。ここで車を下車すぐ左の山肌にパフィオが
有るという。左の山を10mも入らない所にベラチュラムの群生があった。感激の一言である。
今回はあまり歩かなかったがこの付近一帯にベラチュラムが有るとX氏は云っていた。

左側の山裾にべらが群生していた

道路左側の石灰石採取跡

道路脇の崩れかけた山肌のベラ

落ち葉を取り除き写真を撮る

木の根本にも

雑草の中のベラ

ベラチュラムは石灰岩の台地に5p程度の腐葉土が蓄積しそこに根を横に下ろしていた。この時期は乾期で
15日滞在したが雨は1滴も降らずカラカラの台地だった。朝は露が降りる程度の湿りがある。
湿度は定かではないが洗濯物が2日ほど乾かなかったのでかなり高そうである。

X氏夫妻
X氏の裏庭にはランが栽培されていた X氏の裏庭にはランが栽培されていた

この地方の気象状況
ピンウーリンはミャンマー第2の都市マンダレーから車で2時間ほど高原に登ったところで海抜1000メートルの
台地である。以前イギリスの統治時代の避暑地だつた所であり、夏でも涼しく過ごしやすい場所である。
我々の訪れた一番寒い1月で朝の気温は7度程度、毎朝露が降りていた。昼間は20と度前後で過ごしやすい。
一番暑い4月でも昼の最高30度、朝は20度ぐらいのようである。夏は信州の夏と同じ環境だと感じた。

経済状況など
私たちの訪れた政府の製糸工場(ピンウーリン)は100人規模であったが働いている姿が見えにくかった。
給料は3000K〜5000K/月(3 us$〜5 us$)で\360〜\600と非常に安い。しかし米と副菜は政府から支給され
ていると聞いた。
都市部ヤンゴンの民間商社の社長秘書(女性)に聞いたら20000K(\2000)だと云っていた。
ピンウーリンの通信状況は全く無いに等しい、電話は大きな工場に有るぐらいで一般家庭には0で有る。
人を捜すのにも行くしか手段がない。テレビもほとんど無くゲストハウスに1台あり夜はスタッフが見に来て
いた。
交通状況は自転車がほとんどでバイクが少しで車は少ない、タクシーも無くマンダレーからの帰りの車を拾う
しかない。

我々の訪れた政府の会社

その工場

4泊したゲストハウス

ゲストハウスのスタッフと
ヤンゴン(ミャンマーの首都)の現況
昨年4月に訪れたときと大きく変わったのは自動車が数倍に増えて至る所で渋滞していた、また排気ガスが多く
向こうがかすんで見える。車は黒い煙を吐くものが大半で頭が痛くなった。
気温は朝28度もあり日中は35度ぐらまで上がり蒸し暑かった。
6泊したニッコーホテル前にはガンドージー湖があり、湖畔の日本大使館前の大木にはバルボが着生していた。
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