闘病記 4
G大学病院(10月11日〜10月19日)
10月11日
・PM2時頃 K病院から じかにG大学病院に着いた。
3時頃から診察が始まり、2.3人のDrが、行ったり来たり。病棟の婦長さんと話して
小児科への入院が決まった。 K病院から続いてセレネースを飲んでいる。
何の薬なんだろう。本を買わなくちゃ。
10月12日
・隣の男の子の部屋に移動。6人部屋で4,5年の子3人と、6年生の子
中学1年生の子がいた。院内学級があるり、4,5年生の3人組は出かける。
今日は、何日かぶりに清拭をしてもらう。
10月13日
・昨日撮れなかった脳波と、心電図を午前中かけて撮った。
病室を出てくるときにお友達が「ガンバってね」と言ってくれたことを検査技師さん
にお話ししたら、女性の検査技師さんがもらい泣き。
同じ病室のお友達は、みんな明るくて、病室ではなくて寮のよう
病棟の入り口でDrと合い、11月にほかの病院からもや専門のDrが見えるので
その時に手術しましょうと言われた。・・・手術・・・。
10月16日
・朝6時から7時まではよくしゃべるが、7時半くらいからしゃべる事ができない。
検査はスペクトをした。
脳外科のT先生、小児科のH先生、私の3人で話し合い。
もやもや病の手術は、完治させるための物ではない。進行をくい止めるだけの
手術だと説明があった。ここでも手術はできるが、東京でもいいし大阪でもいい、
紹介状はどこに書いてもかまわないと言われた。
主人に電話で連絡を取ったら、”やれるだけやってみよう。ここで、私たちが
頑張れば、後どうなっても後悔することはないから。もし、有名なDrが、退職されて
いても、手術をこの目で見ていた人と、文献だけで勉強した人どちらにしてもらう?”
こう言われて、私はG大学病院を出ることを決心。
10月17日
・MRIの検査。やっぱり眠らされた。異常運動は治まっていない。
もちろん起きあがれないし、日常生活は介護なしにはできない。
転院するT大学病院にTELしてみる。入院できるかどうかはわからないが
まず外来で見てもらうように言われた。
私の職場にもTEL。介護休業が、とれたようだ。3ヶ月だけ。それ以上は認められ
ない。仕事に出るか、辞めるかだ。たった3ヶ月で治るのだろうか?
10月19日
・G大学病院を出る。明日はT大学病院。あぁ、どうなるんだろう。
・病院と出るときに小児科の先生とばったり出会い、先生が、
「大きくなったら お医者さんになってこの病院に来いよっ」といい、
かっきーの頭をなでなで・・・涙が出た。
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