ビーチボーイズと日本



下達郎氏によるとビーチボーイズはアメリカ本国に比べると日本ではあまり受けないそうだ。最新号の『Cut』でその旨を述べておられる。データ的なことはよく分からないのだが、何とな首をかしげてしまう。日本で受けないというのは、果たして何を基準にして言っているのだろうか?キンクスやフーはおろかストーンズさえ来日することのなかった60年代にしっかりとビーチボーイズは来日している。また、BB5と親しみをこめて呼ばれていたということ日本で人気があったことを物語っているのではないか?それをどうしていささか自虐的とも思える程に「日本で受けない」を繰り返すのか?果たして達郎氏はどの程度まで日本で彼らが日本で人気を博したら満足するのだろうか?おそらく彼らよりずっと日本においてカルト度の高かったフーやキンクスを追いかけて続けてきた僕のような人間には、なんだか無い物ねだりをしているようにさえ思える。どう考えてもフーやキンクスよりも、たとえそのイメージが夏の風物誌的なものをまといがちであるにしてもビーチボーイズのほうが有名だし、ラジオでオンエアーされてきた回数も圧倒的に多いはずだ。

ーやキンクスというあまりにも日本でのカルト度の高いバンドと比較するが悪いのだろうか?同じく「ビーチボーイズが日本で受けない」ということを主張している萩原健太氏が『レコード・コレクターズ』で、広末涼子が出ていたかの『ビーチボーイズ』について次のように述べていた。仮に『ローリング・ストーンズ』というタイトルのドラマがあったとして『サティスファクション』というストーンズとは同名異曲の曲を主題歌にするなんて馬鹿なことをするやつはいないが、『ビーチボーイズ』というタイトルで『フォーエバー』というかつてビーチボーイズがヒットさせた曲と同名異曲の歌を主題歌にしたドラマがまかりとおってしまうというのは、いかに日本でのビーチボーイズに対する認識が浅いかということを物語っている。確かに萩原氏が言うように日本ではビーチボーイズに対する認識も低いのだろうけれどストーンズに対する認識だってビーチボーイズと比べて特に高いとも思えない。もっと言えばビートルズにしたって、いまだに『イエスタデイ』がビートルズの一番の名曲だと思っている人間が多勢を占めるだろう。要するにファンでない人にとっての洋楽のグループに対する認識なんて五十歩百歩だと思うのだ。

うしたことを考えていると、そういえばここしばらくビーチボーイズを全然聞いていなかったなと思って、久しぶりにまとめて聞き返してみた。確かに思い入れを抱きにくいバンドであり音楽である、という気はする。とりあえずルックスがいまいちである、というのはこのバンドにとってかなりのネックではあったろう。そういえば、洋楽を聞き始めた頃に彼らの写真を何かの雑誌か本で見て子供ながらに「何かダサいなあ」と思った記憶がある。例えばルックスが今一というんだったら、ゼムのヴァン・モリスンやアニマルズのエリック・バードンもそうじゃないかと言えばそうなのだが、彼らの場合ルックスが今一な分その独特の男臭さで売っていたところがある。その点夏とサーフィンと車で売っていたビーチボーイズは分が悪い。結局のところ『ファン・ファン・ファン』という彼らのヒット曲に象徴されるように、ビーチボーイズは、夏、サーフィン、車というまさに「楽しさ」を提供するバンドという位置づけを脱しきれないままであり、『ペット・サウンズ』と未完に終わった『スマイル』は例外的な作品として認識されたまま今日に到っているのだろう。ちなみに僕が持っているビーチボーイズのアイテムは88年に再発された『ペット・サウンズ』、89年に再発された『ウデイ』と『サマーデイズ』と、90年に出たアメリカ盤の『シャット・ダウンVOL.2』と『サーファー・ガール』のカップリング盤、それにあの『スマイル』のブートレッグだ。『スマイル』を除くと、他は全部CD。それにビーチボーイズの場合、バンドのイメージを象徴するようなキャラクターにも欠けていた。確かにバンドのブレインとしてのブライアン・ウイルソンの存在は否定しがたいが、しかし彼はブレインであって決してバンドの「顔」ではなかったと思う。もしブライアン・ウイルソンが5年遅く生まれていたら、それこそトッド・ラングレン(つまりグループとしての活動はせずにスタジオで自分の世界を追求することが許される環境にいる、ということ)のような展開もありえただろう(しかし、そんなことを言っていたら、シド・バレットやジミヘンなど、5年遅く生まれていたら救われたかもしれないミュージシャンは枚挙にいとまがなくなってしまう)。トッド・ラングレンでなかったら、例えばエルトン・ジョンだとかギルバート・オサリヴァンのようなシンガー・ソング・ライターという道もありえたかもしれない。

ころでビーチボーイズに興味を抱いたのは、やはりというか何というか、ブライアン・ウイルソンのパラノイア伝説(?)を知ってから。ホテルの部屋で砂遊びをしていたというエピソードを知ったのは、高校2年くらいのころだろうか?確か渋谷陽一がパーソナリティをつとめていた「サウンド・ストリート」というラジオ番組でトッド・ラングレンがカバーしたビーチ・ボーイズの曲がなぜかシド・バレットを思わせる、というようなことを喋っていたような気がする。この当時まだシド・バレットも彼が在籍していたときのピンク・フロイドも聞いたことが無かったけれども、とにかく狂気の天才というイメージがいつも声高に語られていたために病める天才にそこはかとない憧れを抱いていた10代の僕の心の隅にこのシド・バレットとブライアン・ウイルソンは消し難い引っ掛かりを残していたのだ。その後その『ペット・サウンズ』とシド・バレットが残した2枚のアルバムと、1枚の未発表曲集とフーのピート・タウンゼントのソロを中心に編集した言わば内にこもるためのテープを作成して、そのテープは今も手元にあって、時々聞いている。いやはや我ながら当時の自分の暗さと内向ぶりに呆れてしまう。自分が作成した編集テープを人に聞かせるのがかなり好きな僕だけど、でもこのテープはさすがにあまり人に聞かせる気にはならない。自分のどうしようもないドロドロとした部分を自覚するためにそのテープは存在しているのだと思う。

日京都のヴァージン・メガ・ストアに行ったら、輸入盤でその『ペット・サウンズ』のボックス・セットが店頭に並んでいた。おそらく『レコード・コレクターズ』の購読者がその購買者の多くを占めるのだろうな、と想像すると皮肉交じりの苦笑が口元に浮かんだ。要するに洋楽不毛の地でありながら、同時に大量洋楽消費国(こんな言葉が本当にあるのかどうか知らないけれど)であるという逆説的なこの国においては、海のむこうのポップ・グループはどれも多かれ少なかれカルト的な要素を帯びることを強いられている、ということなのだろう、と思う。

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