ダイエットについて
これを言うとたいていの人が目を丸くするが、僕はその昔肥満児であった。小学生のくせに股ずれをするという、実に情けない奴だったのである。特に真冬にする股ずれというのは、情けなく切なかった。どういう理由か普通だったら毎日のように乗り回している自転車に乗れず、かなり遠い所にいる友達の家に歩いて遊びに行って帰った冬の日の夕方、内股がやたらひりひりすることが何度かあったのを妙なリアルさをもって記憶している。その肥満児状態は、なんだかんだと高校1年まで続く。つらかった(?)受験勉強から解放された後の春休み従姉の家で毎日のように食っちゃ寝の生活をしていた僕は、ただでさえそれまで太りきみだったのが、高校入学直後には、160という身長で、体重はなんと70キロにも達していたのだ。
母親とのせめぎ合い
どちらかというともともと骨太で、同じ身長の人よりどうしても体重が重くなりがちではあるけれど、しかし、身長160で70キロというのは、ただごとではない。その事実に愕然とした後僕の涙ぐましい、いや見ようによっては、鬼気せまるような、あるいはある種の異常ささえ感ずるかもしれないダイエット作戦が開始されたのだ。その方法は、主に節食と運動である。そもそもそれまで体を動かすのを極度に億劫がるその性格がその肥満状態を招いたのに、それをあえて鞭打って運動をするというのは、最初はかなりしんどかった。また料理好きで、更に育ち盛りの三人の息子のために高カロリーの料理を作ろうとする母親の顔色をうかがいながら、「これ以上食べたらちょっとやばいかな」という思いで、いかにもカロリーが高そうな料理を「これいらない。」と遠慮しがちに口にするのも、ある意味体を動かして運動する以上の苦痛を伴った。そりゃ運動するのは、僕自身であり、体が軽くなれば、運動に対する抵抗感も徐々に薄れてくるが、僕に料理を食べさせようとする母親のある種の抑圧は、基本的に変わらない。そういえば、玖保キリコの一家の主婦が死んだ後、開いた部屋を利用して、ペンションを経営することになったある家族を描いた漫画でこんな一幕があった。遠方の大学を受験するために泊まることになった、ある神経質そうな高校生。彼の手には袋一杯のジャンク・フード。そんなもの買わなくても、食事はうちで作るというその家の長女に対し、その高校生は「僕の母親は、とても料理上手で、毎日自分はその料理を食べなければならないのだが、正直言ってその母親の愛情が自分にとっては非常に重荷で、せめて母親の目の届かないところでこうやってジャンク・フードを食べるのだ。」と告白する。僕はかつての自分を思い出し、この高校生に少なからずシンパシーを抱いたものだ。
体重減少で尊い存在?
ところで、過激なダイエットの末に拒食症に陥った人は、自分の体重が減少すれば減少するほど自分が神に近づくような錯覚に陥るという。これも拒食症にまでならなかったが、その一歩手前までなった(自我崩壊の一歩手前まで行って何とか持ちこたえるのが、僕のしぶといところである)僕には良く分かる話である。数年前だったか、僕はこれに近い状態になった。確かにダイエットを始めてしばらくは、しんどいのだが、ある程度体重が減り始めると体重が減ってくるのが楽しくなってくる。そして体重が減少すれば減少するほど神とまでは言わないまでも、ある種尊い存在に自分がなっていくような気持ちにとらわれるのだ。この状態は、はっきり言ってかなりやばいので、今ダイエットを実践している人は、気をつけたほうがいい。この状態になるとやせてガリガリになった自分が人からどう見えようと、気にならない。体重計に乗ったときの数値が小さくするということが目的化されているわけだから、そこで第三者が何を言おうとほとんど馬耳東風なのである。ある種の人生経験としてこういうことを体験してみるのも無益ではないかもしれないが、なるべくならやらないほうがいい。そしておかしいのが、自分がそういう不自然なダイエットをしていながら、新聞の織り込みチラシのエステサロンの広告で、そのモデルになった女性の写真を見て、時折やせた後よりやせる前のほうが良いよなと感じ、「別に痩せれば偉いってもんじゃないだろ。」と思わずつぶやく自分に気づくとき。まさにそういう人の目から見ると不自然なことをしている一人が当の自分なのだ。確か僕は最高体重を48まで落としたことがあると思うが、その時の僕は顔の形か限りなく頭蓋骨の形に近かったと思う。あの状態で週4回程のバイトをこなしそれなりに勉強もし、その他結構精力的に動いていたのだから、今にして思うと殆ど何かにとりつかれたような状態だった。今後僕はまたあのような状態に陥ることがあるだろうか?