ヴェイユの著作は独特の美しさをたたえたタイトルを冠したもの−『根をもつこと』、『神を待ちのぞむ』、『重力と恩寵』等々・・・−が多いが、この著作も例外ではなく、またタイトルの美しさに劣らずその内容もヴェイユの特性が表れていると言ってよい。
ヴェイユは終生世界の悲惨の根絶を願い、そのことについての考察を絶え間なく書きつづったが、この著作はそのタイトルが示すとおり、古代ギリシャの悲劇や哲学(主にプラトン哲学)に基づいて人間が不可避的に被る悲惨について考察したものが収められている。
ヴェ イユはある種超人的な感性の持ち主で、その感性はなかなかそのままでは受け入れ難いが、それでも彼女の著作には、それらにがむしゃらに食らいつき飲み込む
ことによって彼女が考えたことを理解しようと思わせる強烈な何かがあり、その何かはこの著作においては特に「『イリアス』あるいは力の詩篇」と「プラトン
における神」に端的に表れている。
前者は『イリアス』を読んでいないとわかりにくいところも少なくない
が、ともかく『イリアス』で描かれている人が人を殺すことの悲惨と、その悲惨を『福音書』に結びつけていこうとするヴェイユ独自の手法が存分に発揮されて
いる美しい論文であり、後者もほぼその手法にのっとってプラトンを論じていると言ってよい。
ヴェイユを読んでいると「つくる会」が何と言おうと、彼女が地上の悲惨について考察したことが持つ崇高さの足下にも及ばないという気持ちになれる。ただ、あの連中がその崇高さに気づくかどうかが問題なのだけれど。