高橋和己について(その一)
『孤立と憂愁の中で』、『暗黒への出発』、『孤立無援の思想』・・・・・これでもかというくらいに辛気くさいタイトルは一体何かというと、これ全て高橋和己によるエッセイ集のそれである。現在これらのエッセイ集の殆どが絶版になっているはずで、これからもこれらが新たに文庫化されることはまずあるまいと思われる。しかし、高橋が全共闘のシンボルであった時代の余韻がまだかろうじて残っているここ京都では、何軒か古本屋をまわると高橋の作品は大抵見つけることができる。仮に京都市内の古本屋を三軒まわって一冊も高橋の作品を見つけることがなかったなんてことはまず無いと言っていいだろう。古本屋で高橋の作品の背表紙を見るたびに「昔の学生は本当に暗かったんだなあ」という感想を抱かずにはおれない。しかし、その高橋の作品を三十路を迎えた後に読んでいる僕も確かに相当奇特な人間ではある。
確かに高橋は決して美文家とは言えず、またそのテーマも今の時代からするとかなり古臭い印象を受ける。上に挙げたエッセイ集のタイトルもさることながら、『憂鬱なる党派』、『我が心は石にあらず』、『非の器』といった小説のタイトルも内容の陰惨さそのままといった趣で、こういうタイトルを冠した本をあえて手に取る人は今の時代では特に変人の部類に入ると言っていい。では高橋には最早見るべきところが全くない時代と共に忘れ去れるべく運命づけられた小説家なのか?というと、それはやはり違うと僕は思う。
その裏付けと言うにはあまりに安直なのだが、気鋭の保守評論家福田和也が、彼が講師を務める文学セミナーで高橋の『邪宗門』を生徒に読ませたという記述を昨日たまたま目にしたが、これはかなり注目に値することだ。もともと僕はこの福田和也という人物、江藤淳の弟子ということでかなり毛嫌いしていたのだが、『作家の値うち』というかなり売れている本を書店で拾い読みをして、その論評の的確さにちょっと一目置くようになった。何が痛快と言って、井上ひさし、渡辺淳一、五木寛之といった彼らのファンを敵にまわしたらかなりのリスクを負うことになりそうな先生方までケチョンケチョンにけなしているところが痛快ったらない。誤解無きよう言っておくが、僕は特に上記三人の先生方に対してそれ程悪意を持っているわけではなく、今や大御所となっている先生方をあえて歯に衣着せない言葉で切ってみせる福田の論評が妙に心地よかったということである。
それはともかくあれだけ文学に対して鋭くまた厳しい目を持つ福田が、自分が評価しない作品をわざわざ生徒に読ませるとはとうてい思えない。しかもその読ませた作品が『邪宗門』という高橋の作品の中でも最も読み通すのが困難(ただ長いというだけでなく、そのテーマの重さ、そこで描かれる人間関係の複雑さといった点においても)と思われる作品であるというのが更に興味深い。すでに何度か述べたように現在においても読む価値のある高橋の作品を一つ挙げよともし問われれば、一も二もなくこの『邪宗門』を挙げるくらいに、僕自身この作品を評価し、また愛好しているからである。
高橋がまだ冷や飯を食っている頃高橋と同じ年の石原慎太郎が『太陽の季節』で芥川賞を受賞したという事実にショックを受けたというエピソードは有名である。このことについて高橋はこう書いている。「太陽の季節を謳歌した青年たちだけが戦後いたのではない。・・・・・敗戦の苦痛はまだ癒えずしかも新しい理念は形成されないままにお互いに角逐し、分裂したやがて諸共についえ去った憂鬱な青春・・・・」この憂鬱な世代を書いた高橋は全共闘運動の終焉と共に世を去り、太陽族の青春を描いた石原は言うまでもなく今や東京都知事である。そして太陽の季節を謳歌できず、戦中戦後と闇の時代を生き抜き、京大というエリートコースを進みながらも、そこにどこかわだかまりを捨てきれなかった高橋のこだわりと情念の一つの集結がこの『邪宗門』ではないか、と僕は思っている。
『邪宗門』以外の高橋の作品において、その主人公の殆どは多かれ少なかれ作者高橋の弱さを受け継いでいるのに比べ、『邪宗門』の主人公千葉潔は、ある種超人的な行動力と知性、それにカリスマ性を兼ね備えた人物である。またそこに描かれている時代も、高橋の作品としては例外的に幅が広い。この事実は『邪宗門』が高橋による他の作品のどれもに横たわっているある問題意識から逸れているということを示すものではなく、むしろ高橋の問題意識を徹底的に問いつめ、研ぎ澄ませた結果と見るべきであろう。そしてその問題意識とはまさに「太陽の季節を謳歌した世代に対する憂鬱な世代とは・・・」というものである。この問題意識をより徹底的に考え抜いたからこそ、そこで描かれる人間も多様になり、時代の幅も広くなったのに違いない。つまり自分たちの世代について考えるということは戦中・戦後を考えるということであり、それについて考えるということはまた戦争が起こるまでの背景を考え、そして描くことであると高橋は考えたのではないだろうか。そこで登場したのが、常に体制側から敵視され、度重なる弾圧を受けた「ひのもと救霊会」という世直しを根本思想とした宗教団体である。・・・・・
そもそもこの文章、ショート・コラムに書くつもりで書き出したのだが、なぜか興に乗ってここまで書いてしまった。とりあえず今日のところはここまでにして、また機会があったら、続きを書いてみたい。というわけでシリーズ化を前提にしてタイトルにも(その一)というサブタイトルをつけた。
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