1999・10・1・金

 昨夜寝間着代わりのスエットの上下を着て寝たのだが、四時頃に起きてみたらいつのまにか、[スエットの]上のほうを脱いでいた。それだけでなくわりに最近起きてみたら頭が逆さまなんてことが多くて、奇妙な徒労感を抱いてしまう。

 今日もこれといった問題は生じなかった。というよりやはり、仕事の流れにわりに順応してしまっているのか、一つ一つの動作に対する意識の働きがやや緩慢で、あまり記憶に残らないようになっているのだろう。そうやって仕事に対して意識を働かせなくても自然に体がついていくようになると、その分意識が自分の過去に向かいがちになり、これまであまり思い出さなかったような場景が頭の中をかけ巡り、何とも言えない気持ちになる。

 三時の休憩にトイレで一緒になったT橋さんに「柴田君、がんばっとるか。」と声をかけられて、ちょっとうれしくなる。前にこの人と一緒に仕事をしたとき、何かときついことを言われたので、余計にたとえちょっとしたことでも親しみをもって声をかけられると大きな励みになる。

 特にこれといった問題もなく仕事をこなしていると、七時頃いきなりU野君が操作している機械に行ってくれと言われる。U野君が何かと気を使うことに対して、こちらもそれなりに気を使うのでかえってある種の気疲れと気詰まりを感じる。でも、そのうちもっとざっくばらんに話ができるようになるだろうと思う。

 仕事の後風呂で一緒になったY浅君に夕飯の時ウオッカを飲まないかとさそわれ、そんなに飲みはしなかったが、それでも軽い酔いにまかせて二時間程色々な話をした。あの光景を見た人達は、一体どう思っただろうか?

 

1999・10・3・日

 昨夜は、通常の1.5倍の容量があるワンカップを夕食の時に飲んでいたら2本目の半分強あたりまで飲んだところで眠気におそわれそのまま寝てしまった。そして今朝起きたら八時。十二時間近く寝たことになる。昨夜の飲みさしのワンカップを飲みながら昨日買った食パンを食べる。我ながらすごい食事だと思う。その後はテレビを見たり、さして熱心にではなくやや惰性気味に本を読んだりしてダラダラと過ごしていた。昼前にコンビニに昼食を買いに行く。『少年サンデー』も『少年マガジン』も売り切れていて、ちょっとがっくりくる。昨夜が日本酒だったので、今日はビールが飲みたくなり、ついビールも一緒に買ってしまう。ビールを飲んだら、また性懲りもなくウトウトして横になる。不毛を絵に描いたような日曜日である。もっとも今日は、空に雲が低くたち込めていて、あまり外を出歩く気分にさせなかったということもあるのだが。

 明日は夜勤で昼間の時間が空く。その間はもう少しましなやり方で過ごそう。それより週末に京都に帰るというほうに気持ちは傾く。

 

1999・10・4・月

 さすがに寝過ぎたということか、昨夜は三時をかなりまわった頃にようやく眠りに落ち、目が覚めたのは六時前。昨日に引き続きやや肌寒い。妙に腹が減っており、それに加えて昼はカップラーメンで済ませるつもりだったので多めに朝食を食べる。今日の「占いCount Down」では、また蠍座はワースト一位。「いい加減にしてくれ」と思う。ちなみに先月の分の日記を読み返してみたら、やっぱり先月蠍座は四回ワースト一位の座(?)についていた。まあそれ程あてにならないのだけれど、やはり気分のいいものではない。九時過ぎに郵便局と銀行に行く。昨日とはうってかわってさわやかな秋晴れ。昨日がこの天気だったら良かったのにと思う人がどれだけいただろう。郵便局で、かなりオーソドックスな関西弁で局員が対応してきて、ちょっとした新鮮さを覚える。というのは、このあたりは岐阜との県境に位置しているということで、かなり東海地方の色合いが強いのだ。

 寮に戻ってからはY浅君から借りた開高健の『輝ける闇』を読んでいた。ちなみに彼の作品を読むのはこれが初めて。とりあえず酒好きで釣り好きの関西弁でしゃべるおっちゃんというのがこれまでの彼に対するイメージ。Y浅君が『輝ける闇』に始まる三部作にかつてやたらとはまったというので、借りてみたのだが、この『輝ける闇』に対してはこれといってのめり込ませる「何か」を見いだすことはできなかった。ただライ病病みの貧民窟の描写とヴェトナムの森林の中を、ゲリラ部隊からの襲撃に対する緊張を抱きながら進行していく箇所で『邪宗門』を思い出したくらいである。話は横にそれるが、この『邪宗門』については、いずれ評論めいたものでも書こうかと思っている。おりしもオウム問題がまた再燃していることもあり、そのあたりを絡めて書くのも一興ではないかと。オウム問題んの報道で気になるのは、僕が見た限りでは、ただ彼らの言動のエキセントリックさばかりを強調し、何が彼らをそうさせるかについて殆ど何も語られていないということだ。多くの人達から「邪宗」というレッテルを貼り付けられても、なおそれにすがりつこうとする信者達の悲哀に対してもっと柔軟さを持ってもいいのではないかと思うのだが。四時頃だったかに『輝ける闇』を読み終え、引き続き『夏の闇』を読み進める。こちらのほうがずっと面白い。

 それにしても夜からの仕事を念頭において過ごす昼間の時間というのは、何とも言えないかげりを心に落として、少々やりきれないものがある。先週からの流れでいくと今週の夜勤はU野君と一緒の可能性が高いのだが。

 

1999・10・5・火

 昨夜、夜勤の作業が始まる前M尾君と少し話をする。以前彼がハードコア系のバンドのツアーTシャツと思しきものを着ているのをチェックしたことがあったので、もしかして・・・・・・と思っていたのだが、Y浅君に彼が以前パンク・バンドのベースをやっていたというのを聞いたので、その話を聞きたくなったのだ。彼は彼で僕がちょっとだけギターを弾いていたというのをY浅君から聞いていたので、「バンドをやりましょう」とやや本気が入った調子で言ってきて、ちょっと困った。

 それはともかく今回の夜勤はやはりU野君と一緒。というより仕事を始める時、夜勤の責任者がU野君に「誰とやる?」と聞いて、彼が「シバタさんとやります。」と答えたのだ。わざわざ指名してくれたのはうれしいが、「なんで?」という気にもなる。改めて他の助手を見ると確かに彼としては僕とやるのが一番ベターと思える顔ぶれでやや納得する。夜勤ということもあってか、口数は少なく、もくもくと仕事をこなす。もう二、三回こなせば彼とやる仕事は、かなりやりやすいものになりそうな気がする。それにしても昨日の仕事は長く感じられたんだか、短く感じられたのかよくわからない。それから昨夜は次の給料の明細書を渡される。予想していた額より数万程多い。しかしそれだけの額を自分の手で稼ぎ出したという実感があまりわかない。そういえば毎日の仕事も、お金を稼ぐためというより、ただやらなければならないからやっているという感じが強い。恐らくここでの生活が僕の中でやや浮世ばなれしたものとなっているからなのかもしれない。

 今日昼過ぎカップラーメンを持って食堂に行ったらF田さんが来て、「えらく早く起きてるな。」と言われる。確かにそうかもしれない。今日『夏の闇』を読み終えた。読んでいく過程の中でいくつかの感想を抱きはしたが今はちょっと思い出せない。夕食を食べながら『神様もう少しだけ』の再放送を見る。どうして深田恭子ってあんなに幸うすい役ばかり演じるんだろう?

 

1999・10・6・水 

 夜勤二日目の今日は、一昨日よりも更に会話は少なく、ただただ仕事という趣であった。仕事の合間に意味も無くそしてとりとめなく過去のことを思い出したりしていて、時折思い出し笑いをしそうになって、我ながら不気味だと思った。

 仕事を終え、風呂に入り朝食をとり眠りにつく前これまでずっと開けたままにしておいたカーテンを閉める。そうすればそんなに早く目を覚ますことはないだろうというわけである。しかし効果はさして無かった。起き出したのはいつものように十一時前。Y浅君から借りたドストエフスキーの『地下室の手記』を読み出す。ドストエフスキーの作品を読むのは六年前の『白痴』以来だ。数ヶ月前だったかにトルストイの『アンナ・カリーナ』を読もうとして、どうしようもない物足りなさを感じて途中でやめてしまったことがあったが、その物足りなさが何であったかを垣間見せてくれるものが、この作品には確実にある。同じロシア語で書かれたものでありながら、決定的に違う言語体系にで書かれたものであるようにさえ思える。今一度バフチンの『ドストエフスキーの詩学』を読み返したくなった。

 昼『笑っていいとも』の「友達の輪」のコーナーでモッズの森山達也が出るというので見る。同じ博多出身のタモリとひとしきり博多のネタで盛り上がっていたのだが、一番笑ったのが、博多の人間の間でつき合いが悪いと一気に信用を失う、という話。つき合いが悪いとどう言われるか?「偉くなんしゃったね。」この言葉に込められた独特のニュアンスを説明するのは難しいが、その分博多の人間のメンタリティの一端をよく表している。そういえば元チェッカーズの高杢がやっている「うまかっちゃん」のCM、あれなど特に「偉くなんしゃったね」のメンタリティをうまく伝えている[つまり東京的なものを極端に嫌悪し、何が何でも博多的、九州的なものをゴリ押ししようとする姿勢]。そして僕はそのメンタリティに結局のところなじめず、基本的に地元と疎遠なまま今日に至っている。

 二時頃だったか強烈な眠気に誘われ布団に身を委ねる。そういえば仕事を終わった後U野君から「今日は昨日よりかなり生産が上がりましたよ。」と言われたから、かなり仕事の密度が濃いかったのだろう。その疲れがきたのかもしれない。

 ところで十月以降『ポンキッキーズ』はどうなっているのだろうか?夜勤の時は爆笑問題の「でたらめTuesday」を見れると楽しみにしていたのだが。それから今マウンテンバイクで雪に覆われていないスキーコースを駆け下りるダウンヒルというスポーツをやっているのをテレビで見て、猛烈に自分でもやってみたくなる。

 

1999・10・7・木

 どうも夜勤の仕事の内容が今ひとつ思い出せない。それだけスムーズに仕事が運んでいたということの証左なのか?一つかなり強烈な印象を残したアクシデントがあった。それは仕事も終盤になった頃である。そのおかげでかなりのロスが生じた。それでも月曜の生産よりも上まわったはずだから、どれだけハイペースで仕事をこなしているかが察せられるだろう。

 昨日カーテンを閉めて寝てみたところ、その効果はあまり無いと判断し、今日はカーテンを開けっぱなしで寝たが、どうも眠りの深さが違うような気がする。やはりカーテンを開けて寝ると途中で目を覚ますことが多いように思われる。そんなこんなで今日は十時半過ぎくらいに目を覚まし、開高健の『花終る闇』を読み始める。今をさかのぼること十年前フランス語の再履修の授業で先生が、開高の晩年の作品について言及していたことを思い出した。その作品の中でおそらく開高自身がモデルである主人公が愛人であることをさせたというのだが、それが何であったかその先生は結局明らかにしなかった。もしかしてこの『花終る闇』がその作品かなと思いながら読み進めていたが、どうやら違っていたようだ。それにしてもいささか奇妙な作品ではあった。全体の三分の二程で三人の愛人との情事が主に語られる。そして三人の中で最後に登場するのは『夏の闇』で「女」としか語られない加奈子であった。ひとしきり彼女との生活について語られた後、いきなり場面はヴェトナムに移り、また唐突に話は締めくくられる。解説にはこの作品の続きがあるとすれば、そこには加奈子の死が描かれるのではないかとあるが、読み方が浅いのかその説も今ひとつピンとこない。

 『花終る闇』を読み終え、月曜以来まともに外に出たことがないので、少々天気に怪しいものはあったが、まあ大丈夫だろうとタカをくくって散歩に出かけた。今日は初めて足を踏み入れる田舎道を歩いてみた。名も知らぬ花が咲くその道を歩きながらふとカルメン・マキの歌の一節を思い出したりした。思えば日がある間の殆どを工場の中で過ごしているために本当に日にあたる時間が少ない。鏡で見る自分の顔色に何か不気味なものを感じるのはそのためだろうか?

 

1999・10・8・金

 昨日の仕事も特に何と言うこともなく終わったような気がするが、とにかく妙に記憶があいまいだ。断片的なシーンは頭に浮かぶがそれを結びつける何かがスッポリ抜け落ちている。一つ印象に残っているのは、ややぼんやりしていることが多かったことくらいだろうか。とりあえず目標としていたノルマはこなすことができた。

 今日目を覚ましたのは、やや遅めで十一時をまわっていた。今日カーテンを閉めていたせいもあるのだろうか。眠りもやや深かったように思う。起き出して早速『高野聖』を読み出す。それにしても奇妙な物語を書くものだ。文体特に文章の締めくくり方に不思議な味わいがある。ところで彼に因んだ泉鏡花賞という文学賞があり、島田雅彦や倉橋由美子も受賞しているが、この泉鏡花の作品は、それ程今日読まれているようには思えないというのも妙な話だ。しかし考えてみれば直木三十五の作品をまともに読んだ人に[も]殆ど会ったことがないから、特にこだわることでもないかもしれない。

 昼過ぎカップ焼きそばを持って食堂に行き、食後食堂の前の自販機でジュースを買おうとするがめぼしいジュースは殆ど売り切れ。ブラックコーヒーを買って飲んだ。部屋に戻り『高野聖』の残りを読み終え、Y浅君から借りてまだ未読の二冊には今ひとつ食指が動かないため何をすることもなくだらだらと過ごす。たわむれにつけたテレビでサスペンス物を惰性で眺めている合間にチャンネルを変えると爆笑問題が出ている『ポンキッキーズ』をやっていたのでつい嬉しくなる。それにしても今あの番組はどういう形態をとっているのだろう?それを見終え、散歩に出かける。段々畑などを眺めつつ一人たらたら歩くのは少し楽しい。「柴田さんは一人が好きだから、結婚しないほうがいい」というMの言葉がふと頭をよぎる。

 明日はとうとう京都に戻ることになる。

 

1999・10・9・土

 昨夜の夜勤はなぜだか最初のほうU野君の機嫌があまり良くなかったようで少々殺伐とした雰囲気が流れていた。僕もちょっと疲れ気味でちょっとした失敗をして、U野君からこれまでになくぞんざいな口調でそれをとがめられると、何とも言えないしこりが巣くってくる。それも三、四時間が過ぎた頃から幾分やわらいていたが。また仕事全体はこの一週間の中で一番ゆったりしたペースであった。とにかく四時で仕事をあがれるのがとてつもなくうれしい。どうしても気持ちは京都へと向かう。

 仕事を終え風呂に入り床につく。恐らく早くても十時くらいまでは寝ているだろうと思っていたが、いざ起きてみたら八時半過ぎ。手早く身支度をととのえ寮を後にする。異様な程良い天気で駅への長い道のりを歩く足取りもいつになく軽い。心なしか目に映る光景にもこれまでにない光沢が感じられるような気さえする。この天気に恵まれたしかも連休を控えた土曜ということで乗り込んだ電車には人が多い。米原駅で乗り換えた電車の補助席を何とか確保。京都まで何とかやり過ごす。一ヶ月のブランクを経て足を踏み入れた京都は幾分よそ行きの趣。ここ一ヶ月の生活とのリズムの違いか、なぜかギクシャクなってしまう。京都駅前の王将で昼食をとるが、やたら塩辛くいかにも体に悪そうだった。そこから京阪七条駅へと向かい、電車で出町柳へ。やっとで一息つける。メールをチェックしてみるが私信は一通のみ。ちょっとさみしい。二、三済ましておかねばならないことがあるのでとりあえず自転車に乗ろうと思ったが二台ある自転車の両方が使用不可能状態。しょうがないので普段乗るほうの自転車を修理に持って行ったが予想以上にお金がかかり、一気に財布の中身がさみしくなる。更に家賃を払い、わずか[の金額]だが催促の留守電が入っていた八月分の新聞代を払う。その後立ち寄った古本屋で会った知り合いとサ店に入り一しきり話をする。それから更に何軒か古本屋めぐり。ここしばらくの欲求不満が少々解消された。その合間にH口君に電話をするが身内の事情のため実家に帰っているとのこと。かなりがっくりくる。帰りにビールを買ってそれを飲みながらこれまで手書きで書いていたこの日記をパソコンに打ち直していた。銭湯に行って久しぶりに体重を量ってみたらなんと55キロ。ここ数年体験していなかった数字と、それと相反するとまではいかないが、とにかくそれ程鈍重なものを感じない自分の体とのギャップにしばし頭を悩ませた。

 

1999・10・11・日

 昨日は、缶ビールを二本飲んだらあっけなく寝てしまった。何だかんだと自転車を走らせて疲れていたのだろうか?日記に書き留めておきたいことがいくつかあったがその一つがヴァージン・メガ・ストアでキング・ブラザーズの視聴盤を聞いたことである。基本的にうるさい音には食指が動かず、ライブを何度か見て少なからず度肝を抜かれたこのバンドもCDで聞く気にはならないだろうと思ったが、その予想は良い意味で裏切られた。やっぱり格好いいのだ。ヴァージンの宣伝文句には「東のミッシェル、西のキング」と言われているとあったが、いつの間にそんなに有名になったのか。そんなバンドのライブ・パフォーマンスを安い値段で四回も(そのうち一回はタダだが)見れたのはかなりラッキーだったかもしれない。それからこの日の昼は宝ヶ池で過ごした。このあいだH口君と行ったときに野良猫を見つけて気になっていたのだ。野良とは言っても殆ど人を怖がらず、すぐ人になつく。久しぶりになごんだ。帰りに前日現像に出した伊吹山の写真を取りに行く。思ったよりも良い写真が多い。

 昨夜眠りに落ちたのが何時頃だったか全然思い出せない。どうも最近こういうことが多いようだ。あまり良い傾向とは思えない。七時過ぎに起きただろうか。少しインターネットをやって、この日記をパソコンに打ち直す作業をした。まだ八月分さえ完全に打ち込めていない。それから昨日から書こうと思っていて書けなかったMへのメールを書いて出した。十一時前に下宿を後にした。普通なら市バスに乗るところだが今日は京阪バスが先に来たのでそっちに乗る。てっきり統一料金かと思ったらそうではないようで少々とまどったが、とりあえず市バスと同じ料金を払って降りた。王将で昼食。相変わらず量が多い。アヴァンティの本屋に寄る。一昨日寄った時には無いと思っていた『ロッキン・オン・ジャパン』があったので立ち読み。元ルースターズの大江慎也のインタビューがずっと気になっていたのだ。しかしそれより目をうばわれたのがキング・ブラザーズのCDの二ページにわたった広告。もしかしてと思ってページをめくっていたらやっぱりインタビューも掲載されていた。こんなものを見ていると矢も立てもたまらない気持ちになってくる。やっぱりここでの生活はあまりに限界がある。早く京都に戻らねば。

 工場に戻る途中米原駅でふと寮の[部屋の]鍵を忘れてきたことに気づく。「やばいなあ」と思いながら、寮に戻った後の段取りを考えていたのだが、いざ寮に戻り扉を引いてみたら何の苦もなく開いた。どうやら出る時鍵をかけなかったらしい。まるで漫画のようなオチに我ながら苦笑する。その後何となく気になってY浅君の部屋に行って一しきり話をする。彼からポータブルCDプレーヤーを借りた。

 

1999・10・12・火

 土・日・月と結構動いたせいだろうか、思った以上に体がだるい。そういえば昨夜眠りについたのも早かった。今一本調子じゃないまま仕事に入るが、とりあえず標準的な動きにはついていける。これといったミスもしなかったはずだ。ただ今ひとつ視野が自分が担当している機械の外へと広がなかったが。

 今週もまたT上さんと一緒。このままT上さんと組み続けることになるのだろうか?それはそれでいいのだが、やはり場所が良くない。

 相変わらず時間が経つのが早く感じる。できれば二十三日に京都に戻ろうと思っているのだが、要するにそれは来週末である。夜勤のシフト表をもらった時からそういう心づもりにしてはいたのだが、実際それを具体的に実感できる段階までくると不思議な気がする。この調子であっという間に来週末になり、十一月に突入し、年末までその加速度は止まるところを知らずに進んでいくのだろう。そうやって加速度を無限大に増しながら、そのうち色々なところでガチャガチャと音をたてて、きしみとほころびがいたるところに露呈し、にっちもさっちもいかなくなればいいと無責任なことを考えてみたりする。

 それにしても今週八時まで残業の日が後三日というのはかなり気が楽だ。

 

1999・10・13・水

 何時頃からだろうか、基本的に目覚まし無しで起きるようになった。こういう生活のリズムがはっきりしているのは、わりに好きだ。朝はわりに強いし、基本的に働くのは嫌いじゃないし、体も丈夫なほうだし、どうして俺は未だ定職に就いていないのだろうとわかりきったっことを自問してみる。要するに働くのは嫌いではないが、ある一定以上の束縛を受けることに対してかたくなに拒絶反応を示すからだ。

 今日課せられた仕事は、もっと生産を上げてもいいようなタイプのものだったが、肝心のT上さんに今一つやる気が無かったのか、思ったより生産が上がらず、わりにせっっかちな僕は仕事の出来高が表示されるメーターに何度も目を走らせていた。そのかわり[つまり自分が担当する機械での仕事に従事する代わりに]両隣の機械の手伝いをすることが多かったような気がする。両隣の機械の助手は二人とも同じ派遣会社から来ている人。ごく最近になって同じ派遣会社から来たということでY浅君やM尾君としゃべるようになって、一つの流れができつつあるような感じもあるが、基本的にこれまで派遣から来たと言ってそれ程の交流があったわけではない。特に今週両隣で助手をしているH郷君とG籐さんはかなり寡黙な人なので、なんとなしその場の空気が淀みがちになる。それでも今日初めて二言、三言だけだがH郷君と言葉を交わした。彼は今月一杯で辞めるそうで、これは結構貴重な体験かもしれない。

 とにかく今日もこれと言ってうるさく注意されたことはなかった。一昨日Y浅君と話していて思ったのだが、どうも日々の労働に対してあまり「働いている」という実感がわかない。前にも書いたような気がするが、月一度送られてくる給料明細書と日々の労働との関係性が良くも悪くも希薄なのだ。こうした事態をヴェーユだったら一体どう言うだろうか?

 仕事の後風呂場でU野君と一緒になってちょっと話をした。[前の週の]夜勤最後の日ちょっと不機嫌そうだったのが気になっていたが、単なる僕の取り越し苦労だったようで、ごく普通に会話をしていた。それにしても彼はT本さんのことをかなり嫌っているようだ。

 

1999・10・14・木

 今朝は昨日以上に早く目が覚める。先週先々週とシフトの関係で朝T本さんと会うことがないなと思いながら食堂に行くと当のT本さんがいたので少々面食らう。これまで幾度と無く彼と朝食堂で会ったが、軽く礼をするだけで全く話をすることはなかったが、何故だか色々と話しかけてくる。しかも「君づけ」である。これまで「おい」とか「こら」とかそういう呼びかけだったのが、妙にトーンがやわらかくなり、しかも「君づけ」。これは彼なりに思うところがあるのではないかと思った。

 今日、何故だかT上さんが来ず、代わりにN川君が来た。丁度先月の今頃彼と土曜に一緒に仕事をしているのだが、よりによってその日は日記をつけておらずそれがどんなものだったかあまり思い出せない。でも、恐らくその時よりも仕事ぶりじゃ良くなっっていただろうと思う。今日はごく二、三細かいミスその他を指摘された以外はこれといってきついことは言われなかった。それにしてもそれなりの回数の仕事を一緒にこなしているのだから、もうちょっとコミュニケーションがあってもいいかという気はするのだが。とにかく彼と仕事をやる上での気づまりは大分解消された。しかしN川君と仕事をしたのが約一ヶ月前とは信じがたい。

 三時くらいからだろうか、急激に体に疲労を感じ始める。幸い今日は七時半から安全会議ということで、仕事を少し早めに終わることができて、大分負担が軽くなった。夕食の時M尾君とU野君と一緒になる。T本さんの悪口大会になる。余程彼は人望が無いらしい。彼をあげつらうのもいいけれど、もうちょっと前向きに考えていかねばならないうようにも思う。それと一つ気になるのが、そのT本さんが言っていた、もしかすると今年一杯でここを辞めねばならなくなる可能性があるということ。それはそれで色々な可能性を見いだせないわけではないので、そう落胆すべきものでもないのだが、とりあえず早めにその明暗をはっきりさせて欲しい。こちらにも色々と段取りがあるのだから。

 それから今日はつい『金八先生』を見てしまう。一応一度は教職を志した者として[見ていて]思うところがないわけではない。このことについては色々書きたいことはあるのだが、それを煮詰める時間はないので、またいつか書こうと思う。

 

1999・10・15・金

 週末になると疲れが出る。その日に起こった出来事が明確なイメージをもって浮かんでこない。記憶をたぐりよせるのに時間がかかる。

 今日は清掃日ということで最初三十分はモップかけ。その後更に三十分昨日会社の用事で大阪に行ったというT上さんが機械のところに現れず結局仕事を始めたのは九時。その後ひたすら同じ事の繰り返し。昨日までは機械へ投げかけていた視線も、今日は自分の機械に集中しがち。体が惰性で動いているという感じであった。T上さんも疲れていたのか、やや不機嫌そうであった。何はともあれ生産は上げた。疲れるとついテレビに手がいく。あまり頭を働かしたくないのだろう。

 ずっと天気が続いていたが、昨日あたりからちょっとぐずつき気味。明日、明後日はどうなるだろう?天気が悪いと自転車で動けないのだ。

 

1999・10・16・土

 今日は土曜ではあるが、残業が無いという他は平日モードというやや特殊な日である。よって食事は三度あるし、給料も平日の時給、夜勤もしっかりとある。とりあえず土曜で朝と晩の食事の心配をしなくていいのが嬉しい。

 また、今日は午前中はO田さんと組み、午後からはT上さんと組むというやや変則的モード。O田さんがあつかっている機械は他の機械より製品を仕上げるスピードが速い。だから下手したら他の機械より二割増し以上の生産を上げることができる。そして当然のことながら、それはその機械で働く者により一層の負担感と疲労を与えることになる。最初O田さんと一緒に仕事をした時、思うように動くことができず、かなりO田さんに嫌味を言われ、密かにむかついていたのだが、今日はかなりその時の屈辱を晴らすことができた。自分でもまあまあ週末のわりには体が動くなとは思っていたが、自分が実感していた以上に実際は生産を上げていたようでO田さんも「お前と一緒だとよう(生産が)あがる」と言っていた。これはかなり嬉しい。ちなみに今日の午前中は普段僕とT上さんが働いている機械にU野君とN川君がいて、少々変な感じがした。

 午後T上さんと一緒になってからも、まずまずの仕事ぶり。

 五時に仕事を上がり、自転車で買い物に。本当は電気スタンドをを買おうと思っていたのだが、お目当ての品はあいにく品切れ。再来週に持ち越されることになった。後鉄アレイとY浅君から借りたポータブルCDプレイヤー用の電池、オロナインその他を買っていたら、思った以上にお金がなくなり、これは電気スタンドが品切れだったのは、幸いかもしれないとも思った。寮に戻って夕食。調子にのってカレーを食べ過ぎてかなり苦しい。今かなり胃の圧迫感が緩和しつつある。それにしてもかなり涼しくなってきた。 

1999・10・17・日
 昨日から急に寒くなった。今日一日Tシャツの上にGジャンをはおって過ごしたが、それでもちょっと寒いかなと思えたぐらいである。しかし、また急に暑さがぶりかえしたりするような気もするのだが。
 今日完全に起き出したのは八時前後くらいだったろうか?Y浅君から借りたCDプレイヤーでちょっと音楽を聞いてから『おじゃ魔女ドレミ』を見る。しかし、この年になってアニメ番組をほぼ欠かさず見るようになるとは思わなかった。一つは、京都での生活からすると、やや特殊な環境に置かれたことにもよるのだが。その後、このあいだ京都の古本屋で買った中上健次の『軽蔑』を読む。この小説、彼が生前に刊行した最後の小説らしいのだが、それまでの彼の作品とはやや様相を異にする。確かにそれまでの作品は聖と俗とが奇妙な形で共存するという趣があったが、この作品はより俗の部分が強調されているような印象を受ける。比較的この作品と発表された時期が近い『賛歌』もその傾向があったが、この作品は解説で四万田犬彦がメロドラマという形態を持ち出して論しているとおりより通俗的なものに思える。リアルタイムで中上健次を追い続けてきた読者達はこの作品をどう受けとめたのだろうか?この作品の中で幾度と無く繰り返される「相思相愛の五分と五分の男と女の関係」という言いまわしも「何でそんなことをいまさら・・・・・・」という何か釈然としない気持ちにからせる。そして何よりこの作品が読者を惑わせるのは、中上の作品としては異例と言える程文章が読みやすいことである。特に『地の果て 至上の時』で展開された、さして難解な言い回しをしているわけでもないのに、奇妙にリズムがぶった切りになり、容易に読者を作品の流れにのせず、しかし読者をひきつける文体とは大きくかけ離れている。恐らく中上が次の檀家へと至る過渡期の作品となるべきものだったろうが、しかし次の段階を明らかにすることなく彼はい[逝]ってしまった。晩年の中上は谷崎潤一郎を強く意識したらしいが、そうしたメンタリティとこの作品は少なからず関係するのだろうか?とにかっくまだ半分しか読んでないので、最後まで読まない[こ]と[には]ああだこうだとは言えないのだが。それから余談だが『軽蔑』というとつい同名のゴダールの映画を思い出していたのだが、当然ゴダールのそれとは全く違う。
 九時半頃寮を出て、いつものスーパーへと自転車を走らせる。スーパーの中にあるキャッシュ・コーナーで一昨日出た給料の一部を卸す。それから催し物コーナーでやっていた古本市で文庫本を買う。そして長いこと買いたいと思っていたCDラジカセをとなりのディスカウト・ショップで購入。それにしてもあそこの親父は今一無愛想だ。帰りにコンビニに寄ってワンカップを買い寮に戻る。それにしてもやっぱり音楽のある生活は良い。午後はずっと音楽を聞きながら本を読んでいた。ところでこのあいだからY浅君からフィンガー5の『セカンド・アルバム』を借りているのだが、Y浅君から借りているCDプレイヤーの調子が悪かったために一枚通して聞くことができず、今回改めて全編を通して聞くことができた。実はこのアルバム兄と共有という形ではあるが僕が初めて手に入れたLPレコードであった。恐らく十数年ぶりに聞き返したのだが、このアルバムと彼らのいくつかのドーナツ盤が僕に及ぼした音楽観への影響は思った以上に大きかったことに少なからず驚きを覚えた。何と言っても裏ジャケの写真がいかしている。このセンスは今でも充分に通じる程ポップでおちゃらけている。そして例え一般的には受けなくても京都百万遍周辺にはとりあえず通用するだろう。音もポップで結構ファンキー。曲間のこれまたおバカなジングルがほほえましい。その昔小泉今日子が「学園天国」をリヴァイバル・ヒットさせたときは、密かにうれしかった。彼らはもっと再評価されても良いと個人的に思う。
 今日はいつになく一杯書いてしまった。M尾君からサッカーの試合の応援に来てくれと言われていたのだけれど・・・・・・・

1999・10・18・月
 本当に寒くなった。ここに来た時に支給してもらった布団では、少々夜をやり過ごすことが困難になってきている。しかも作業服までが半袖のまま・・・・・と思いきや今日長袖の作業服を支給された。ほんの一、二週間前まで三十度を超える日が続いたのに・・・・
 しかし涼しくなった分秋の日差しを浴びた山が一層映える。昨日、今日と秋晴れの良い天気が続いた。今朝は作業場に行く途中目の前に広がる山を見て何かたまらないような気持ちにとらわれた。朝礼の前に少しY浅君と話をする。昨夜T本さんが部屋に来て色々と説教されて一睡もしなかったとのこと。それはかなりの災難である。
 今週もまたT上さんと一緒。あまり会話もなく仕事をこなしていた。何時頃だったろうか?映画『さらば青春の光』のことを思い出し、更に「海と砂」と「おぼれる僕」を頭の中で鳴らしたら鳥肌が立つような感覚におそわれた。そういえばあの映画は、最初深夜映画として放送されたのをませガキだった四つ下の弟と一緒に見たのだった。確か高二の時だったから十四年前になるのか・・・・・・・
 ところでここ二、三週間ばかり御無沙汰だったT本さんととなりどおしという状態で仕事をすることになった。とりあえず今日は殆ど何も言われなかった。というよりあまり彼の視線を気にするということがなかったというくらいになんだかんだと動いていたような気がする。何だか今日は妙に疲れた。そのせいか普通だったら風呂に入ってから夕飯にするところを、今日は作業着のまま食堂に足を向けた。実は九時をまわった今に至るまでまだ風呂に入っていない。今から風呂に行こう。

1999・10・19・火
 今朝半ば寒さに耐えきれずに目をさましたような気がする。起きたとき少しノドがいがらっぽく、その状態はその後しばらく続いた。
 今日午前中と午後しばらくは調子が良かったのだが、三時前に停電になったあたりからやや低迷する。じっとしている時間が長いと体のだるさを感じなければならないのでかえってつらい。夕方五時以降ずっとしんどかった。本当はもっと書きたいことがあったような気がするが今ちょっと頭がボンヤリしていて記憶をたぐりよせることができない。昼食の後総務のK川課長に冬用の布団を何とかしてくれと一応言っておいたのだが、どうなることやら・・・・・・・
 それから今日からしばらく男子風呂が工事のために仕様できず、女子風呂を使用することになる。現在この寮に女性がいない以上女子風呂と言っても便宜上そう呼んでいるのに過ぎないのだが、そこはそれ、何となし言葉の呪縛のようなものについとらわれてしまう。しかし実際入ってみると当然のことながら何の変哲もない、むしろ男子風呂より狭く入りにくいだけのものである。
 とりあえず布団の問題は少々厚着をして寝ることで何とかやり過ごそうと思っているのだが。

1999・10・20・水
 昨日は風邪気味で若干しんどかったため、九時半には床についてしまった。しかし眠りが浅かったのか夢を見ている時間が長く、あまり寝た気がしない。風邪をひいている時の夢は普段見る夢より記憶に残りやすく、また何となし趣も違っているような気がする。
 昨夜は昨年亡くなった祖母が出てきて、夢の中でわんわん泣いていた。その記憶が今日幾度となくよみがえってきて、その都度に頭の一部が熱くなっていた。
 昨日若干天気は崩れたのだが、今日はうってかわってすこぶる快晴。こういう日の大半を工場の中で過ごさねばならないのは痛い。
 風邪気味の状態が続いているために体がだるく、調子は今一つ。それでもこれといった問題もなく動いてはいた。生産高もとりあえず昼過ぎまでは好調。今日は三時から棚卸しということで、普段の作業は一時中止。一時間程他の仕事に従事していた。
 ところで昨日僕が今仕事をしている機械の前にある休憩所のイスに座ろうとしたらそのイスが梱包用のバンドで机にくくりつけられてあったのに、気づき、何かの嫌がらせかと思ってそこで休憩するのがしゃくにさわり、Y浅君やM尾君が休んでいる所で休むことにしたのだが、今日O田さんに「お前このごろはむこうのうほうで休憩すんのか?」と突っ込まれてしまった。ここらへんのバランスのとり方はむつかしい。
 最後に余談だがここ二、三日ここを十二月一杯で去る場合の段取りをやたら考えている。

1999・10・21・木
 天気が良いためか幾分寒さがやわらいだ気がする。とは言え、いつまた寒くなるか分からないので、冬用の布団は一日でも早く用意しておいてもらいたいものだが。それから風邪気味で今一つだった体調も随分と持ち直した。そのかわりと言ってはなんだが、木曜あたりかたその週の疲れが体のあちこちに感じられるようになる。特に両腕の関節付近の筋肉、そして腰に顕著に現れる。以前も書いたことだが、腰を悪くしたらどうしようという不安は常にある。
 朝いつもどおりゴミを出して寮に戻ってきたところにT本課長から午前中だけとなりの機械の助手も平行してやってくれと言われる。そういえば今週となりの機械の助手をやっているT本さんの姿がなぜか見えないなとは思っていた。しかしそれがこんな形で自分にかぶってくるとは思わなかった。夜勤の時、場合によっては二台の機械を三人で回すということがあるとは聞いていたが、いきなり前触れもなく日勤の時にやるとは・・・・・とにかく想像していた以上に二台の機械の助手を[同時に]こなすのは大変だった。一方の機械にいる時にも、常に他方の機械のことも気にかけていなければならない。そして両方の機械のオペレーターの動きもまた常に把握していなければならない。午前中殆ど休む間が無かった。この間に一日のエネルギーの三分の二を消費したような気がした。幾度と無くY浅君が助けに来てくれたが、妙に負けず嫌いなところがあるので、ありがたく思う反面、できるところまで一人でやりたいのにという気持ちにもなった。とにかく十二時になるのが待ちどおしかった。
 昼からはT本さんではないがとにかく隣の機械に助手が配属されて、ほっと一息。午後はなんだかあっという間であまり覚えていない。ただ四時半頃だったか、[T上さんが]機械のモードを変える作業を行っている途中で、機械の中でも重要なパーツを固定するためのネジを調節するのがうまくいかず、ネジのミゾを駄目にしてしまった。ミゾが駄目になったネジを外すためにその後五時の休みを挟んでずっと悪戦苦闘。結局一件落着になったのが五時四十五分。そして本格的に作業に入ったのが六時過ぎ。
 その間あまり働かなくていいから得したと言えば、そうなのだが、それもそれでかえってだるかったりする。
 明日一日働いたら京都に戻る。

1999・10・21・金

妙に記憶に残る夢の途中で何故か眼を覚ましたら6時前。週末のわりに体が軽い。これは土日楽しくなるかなと思ったら『目ざましテレビ』の「週末占いカウント・ダウン」でさそり座は10位。でも気にしない。

 朝、工場でT上さんの姿を見ないなと思ったら、O君と組んでくれと言われる。Oくんはよくとなりの機械で働くのを見ていたから、一応顔見知りで、何となし好感を持っていたのだが、実際に一緒に仕事をするのは今日が初めて。あまり口うるさく言うタイプではないので、かなりやりやすかった。Y君はまたT本さんと組まされていて災難だよなあと思いながら見ていた。

 10時の休みにY君と話をしていて、T本さんとの仕事は嫌だという話を聞かされていた矢先のことである。10時半を回った頃だろうか?ふととなりの機械を見ると、Y君の姿が見えず。T課長とT本さんが何やら話をしている。どうなっているのだろうと思っていたところにO君から、Y君が手に大けがを負ったことを知らせる。

 とても今後この仕事をできるどころではないようで、当然ここを去らねばならなくなる。「せっかくここで仲良くできる奴を見つけることができたと思っていたのに・・・」とかなり憂鬱な気持ちになる。とにかくその後はそのことばかり考えていた。

 午前中は普段T上さんが操作している機械で作業していたのだが、午後はO君が操作している機械で働く。この機械、他の機械とはかなりモードが違っているのだが、さしてやりにくさも感じず、ひたすら仕事をこなしていた。おかげでかなり疲れた。

 作業を終わり、FさんやM尾君とY君の話をする。どうもT本さんに問題がありそうだと言う。その後食堂で当のY君とFさんが話をしているところに加わる。定石のごとくT本さんに対する批判がここぞとばかりに噴出。ちょっとこれは内輪の話にとどめておくべき話ではないのではないかという気がしてきた。それにしても本当にY君に去られるのは辛い。

1999・10・23・土

これを書いているのは24日。これまであまりその日に書けなかった日記をその日の日付を設けて書くということをしなかったのだが、昨日は書いておきたいことがわりにあるので、あえて書くことにした。そういえば、今日との下宿で日記を書くというのも初めてではなかろうか?

 朝6時前に目覚まし無しで目が覚める。すぐにでも寮を出れる状態になってふと財布の中を見ると1万1千円分あるはずの紙幣が無い。2週間前寮の鍵を京都に忘れて以来鍵は開けっぱなし。しかも月曜から出費は小銭だけでまかなっていたので、何時の時点から無くなっていたのか、見当がつかない。自分の用心の無さにも問題があるとは言え、寮内でこんなことがあると、どうしても寮内の人間に疑いの目を向けねばならず、それがひどく苦痛に思える。

 とりあえず京都までの運賃がないとどうしようもないので、駅の側の銀行のキャッシュ・コーナーが仕える時間に向こうに着くようにすることにした。

 8時を幾分過ぎた頃に寮を出て、しばらくしたらあまり見たことはないが、とりあえず同じ会社の人から声をかけられ(注:かなり変な日本語だが、あえて原文そのままにした。ご了承のほどを)、途中まで車に乗せてもらう。そしてその後しばらくして今度は全然知らない人からまた声をかけられ、駅の近くまで車に乗せてもらう。おかげで駅についてからの時間が余り、読みかけの『軽蔑』を読み進めることにした。9時にキャッシュ・コーナーでお金を卸し9時19分の電車に乗り込む。

 下宿に着いたのは、11時をまわった頃だろうか?とりあえずH口君に電話。昼過ぎにこっちに来ると言う。それ以前から空腹感を覚えていた腹をもてあましながら京大の食堂へ。ここで食事をするのは一ヶ月半ぶりだ。久しぶりに書籍部をじっくり見てまわる。下宿に戻ってしばらくうとうと。3時前にH口君から今からそっちに向かうという電話。久しぶりに彼と少しだけだが飲んだ。途中から鴨川に場所を変えて色々と話をした。4時過ぎに実家に戻らねばならないという彼を駅まで見送った後しばらく百万遍周辺をぶらぶら。

 いったん下宿に戻ってから川端二条の古本屋で文庫本4冊買い求める。一冊は開高健のものでY君の餞別にしようと思って買った。その後ヴァージン・メガストアをちょっとうろついて、7月までバイトをしていた旅館に顔を出す。昔からのメンバーはおらず、ちょっとアテがはずれた気がしたが、とりあえず板前さんと話をして、そこを立ち去った。帰りにコンビニでワンカップと食パンを買い求め下宿に戻る。前の日の晩、あまり寝ていないのでワンカップをどうにか飲み終えたらあっけなく眠りに落ちてしまった。


1999・10・25・月

昨日は日記を書こうと思えば書けたのだが、さして書くことも無いからと半ば意識的に日記を書かなかった。このあいだ京都に戻ったときとさして変わらない一日を過ごしていた。

 夜、久しぶりにワンカップを3本空け、大学院に入る前から何かとお世話になっていたM先生に電話をかけたりしていた。それから京都にいる間に読んでしまおうと思っていた『軽蔑』をいささか強引に読み終えた。

 前にも書いたことだが、あの独特な濃密さを感じさせる文体とは遠く隔たった文章で、通俗的なほどのわかりやすさを持った作品で、そのためかえって 何か釈然としないものを感じた。意識的に深読みしようと思えばできるのかもしれないが、そこまでしてこの作品から何かを読み取ろうという気にはなれない。 昔からの中上ファンがこれをどう読んだのかぜひ聞いてみたいものである。

 今朝、目を覚ましたのは6時ぐらいだったろうか。少しインターネットをやった後、しばらく諸々の雑事をこなす。それから大家のところに行き家賃を 払う。行ったら「職を変わらはったの?」と聞かれ、返答に困り、適当に口をにごした。一応未だに学生と思われていると認識していたので、少々面食らったの だ。

 1時の電車に乗り込み、一昨日古本屋で買った山川方夫の『夏の葬列』をひたすら読んでいた。山川方夫という名前は星新一のショート・ショートを熱 心に読んでいた小学6年生くらいから、星新一と並ぶショート・ショートの名手ということで知ってはいたのだが、彼の作品を読むのは、これが初めて。あまり サルトルのことは良く知らないが、何と無しサルトルの影響をうかがわせる、虚無との対峙を根底にした作品が多いような気がした。今はあまり読まれないよう だが、その心理描写の巧みさや理知的な文体等は今日でも充分に評価されてしかるべきものがあると思う。

 寮に戻って島田雅彦と開高健の文庫本を持ってY君の部屋に行くが不在。6時前に食堂に行く前に彼の部屋にあかりがついているのを認め、後で行こうと思っていたところに食堂で一緒になった。後で僕の部屋に来る。小一時間ほど話をした。

 今日から3度目の夜勤。一緒に組むのがNさんだったらわりに気が楽なのだが。

 

1999・10・26・火

今週組むのはてっきりNさんと思ったら、昨夜組まされたのは、M君という繁忙期のために他の課から応援に来たそのルックスからは今一つ年令が判別できないやつだった(「自分のことを棚に上げて何を言っているんだ」とワープロに起こしながら苦笑)する。

 背は僕よりも低く、小太り。太いまゆと妙に高い声がやけに印象に残る。一緒に仕事をしている間中、こいつは突然変異で生まれた先祖帰りかミュータントではないかと考えていた。

 もともと僕が働いている課にいたらしいが、後で他の課にまわされたとのこと。仕事は丁寧なのだが、その分ペースが遅い。このあいだの夜勤でU君と 一緒にやったのとは同じ機械で、同じモードで生産高が1割から2割落ちていた。恐らくかはそんなこと殆ど気にしないのだろうけれど。

 作業を始まるまでに夜勤の責任者から機械の操作について指導を受け、仕事を始めてからは「仕事、本当に忘れてるもんで」と何度か繰り返していた。 しまいには「これどうするんですか?」と僕に聞いてくる始末。こまでとは全く違うタイプのオペレーターぶりに少々面食らう。何だか知らないがやたら人な つっこい。高校の同級生に何とし似ている奴がいたなと思っていたら、彼も九州出身だとのこと。もしかして同じ高校出身でではないかと一見ありえなさそう で、実は結構ありそうなことを思ってみたりもした。

 それから仕事が始まる前にFさんにお金を盗まれたことを告げると、となりの住人が盗んだのではないかと強弁する。かつてFさんは今僕が住んでいる 部屋に住んでおり、その隣の住人とトラブって部屋を変わったといういきさつもあってか、かなりその住人に根深い不信感と憎悪を抱いているのだ。そしてこれ をきっかけにFさんの部屋にいるやっかいな住人と僕のとなりの住人とを一緒にし、僕がFさん達と一緒になるように総務のKさんに働きかけるよう強く主張し ていた。僕自身としては、そこまでことを大きくしたくないのだが。

 それはともかく昨日の仕事は、嘘のように速く時間が過ぎていった。昨日の朝が結構早かったので、実を言うと仕事に入る前から眠たいというような状態だったのだけれど、時間が経つのがいつになく速く感じられたためにずいぶん救われた。

 仕事の後、Y君の部屋に寄ろうとしたが、階を間違って、ちょうどY君の部屋の真下の部屋をノックしてしまい、そのことに気づいたとたん、その場をそそくさと立ち去ってしまった。

 昨夜は休み時間中に日勤の人が5時に食べるよう支給されるパンと牛乳を食べたので、仕事の後朝御飯も食べず、風呂にも入らず、布団にもぐりこんだ。

 朝、目を覚ましたら10時40分。相変わらず早い。昨日の読みかけの山川方夫の『海岸公園』を読み進める。高橋和巳のいくつかの主人公にも共通す る繊細で独りよがりで利己的な人間が彼が書く短編で主人公を演ずることが多い。また何となし倉橋由美子にも通ずるものを感じる。これは(両方とも)サルト ルの影響下にあることによるものだろう。

 ところで、かつて倉橋由美子の作品を罵倒した評論家に江藤淳がいるが、実は彼の評論家としての才能を見いだしたのが、他ならぬ山川方夫というのもやや皮肉めいて面白い。

 とにかく山川方夫の理知的な文体と今をもってしても斬新は手法はもっと評価されてしかるべきだと思う。あまりに若すぎたその死のために比較的作品が少ないためだろうか?非常に残念なことである。

 3時前に『海岸公園』を読み終え、3、4ヶ月ほどほったらかしにしていたセリーヌの『なしくずしの死』を再び読み出す。それにしても何度目にして もインパクトのあるというか殆ど相手をだまらせるかのようなタイトルだとつくづく思う。これと同名の曲をかの阿部薫が重要なレパートリーにしているが、残 念ながrあそれを僕はまだ聞いたことがない。

 しかし、何ヶ月かぶりかにページを繰り、そこで活字を追うことによって展開される世界像は呆れ果てるほど醜悪なもの。渋谷陽一は高校時代かなんか にセリーヌを読んでいたらしいが、時代的なものもあるのだろうが、あんなもんを好きこのんで読む高校生というのは、今一つ想像しにくい。しかし昨今のガン 黒ギャル(時代を感じるな)に受けそうなところをかいつまんで読ませたら案外面白いかも知れない。

 今日は期せずしていっぱい書いてしまった。

1999・10・27・水

昨夜仕事場に入ると同時に、すでに日勤の仕事を終え休憩所でくつろいでいたM尾君から「今朝5時頃部屋に来たでしょ。おかげでその後ずっと眠れな かったんすよ。」と軽く難詰される。確かに昨日の早朝聞いた声はごく短いものであったが、M尾君の声に似ていたし、おぼろげながら彼の部屋がY君の部屋の 真下と教えられた記憶はあった。しかし、考えようによっては、間違えてノックして入ろうとした部屋の主がM尾君で良かったとも言える。

 昨夜の仕事は一昨日とさしてかわりない。あまりにゆったりしたM君の仕事ぶりに「もうちょっと生産高を上げることを考えたほうがいいんじゃないん ですか?」と提言してみたくなる。またなれなれしいとさえ言える独特の人なつっこさも相変わらず。このあたりは昨日も書いた高校の同級生と異様なまでにだ ぶる。

 そして今日もまた時間が経つのがやたら早く感じられた。M君の発する魔力のためか?U君と一緒にやった仕事は一体何だったんだろうという気さえする。昨日と同じように2時にパンと牛乳を食べたので仕事を終ええるとそのまま部屋に直行した。

 8時台に何度か目を覚ましながらも10時半過ぎまで寝ていた。起きてからは『なしくずしの死』を読み進める。しかし読めば読むほど、いやというく らいのリアリティをもって繰り広げられる醜悪で陰惨な場面の連続に、しまいにはある種の疲労感さえ感じる。作者は何が楽しくてあんな作品を書きつづったの か?まあそんな本を工場労働者のためにあつらえた寮で一人読みふける人間も読みふける人間なのだが。

 今日は全体の5分の3くらいは読みえたいなと思っていたところにY君がやってくる。まんじゅうとウーロン茶とつくだ煮をくれる。一しきり話をした後、Y君はおもむろに横になり、寝息をたてはじめ、その横で僕はヴェイユの『超自然的認識』を読み出す。

 この本も途中まで読んでいてしばらく手をつけていなかったものである。それにしても彼女の書いたものは『聖書』を精読しておかないと理解しにくい のだろうが、何か魅力的な貴重なものが書かれてあるという感じはあるのだが、なかなかそれ以上に踏み込めない。5時を幾分まわった頃にY君が起き出して夕 食を食べに行くことにする。食堂でY君とちょうど背中合わせにT本さんが座ることになってちょっと気まずかった。

1999・10・28・木

昨夜の夜勤は出だしはやや好調だったのだが、11時前頃かに機械にトラブル発生。その後小一時間程M君は悪戦苦闘。はたで見ている僕は要領悪い奴だ な(自分のことは棚に上げて!!)とやや冷ややかな視線をなげかけていた。とはいえ、実際自分が同じことをやるとなると、相当に無様なことになりそうな気 はするが。しかし、彼の仕事を見ていると、一体生産を上げる気はあるのか、つい問いただしたくなることが幾度となくある。それくらいのんびりとしていて、 ややせっかかちなところがある僕はついいらいらしてしまうのだ。

 それかやはり11時前くらいにT課長から冬布団について指示があるから、後でT本に聞いておいてくれと言われる。わざわざT本さんに聞きに行くの はうざいなと思っていたが、休憩時間中に僕とFさんのところに説明にきた。それは午前中各部屋のリビングにこれまで使っていた布団を置いておいて、それを 業者が冬用の布団ととりかえるというもの。もし夜勤の疲れのためにまだ寝ているようだったら、やむをえず一回起きてもらって布団をとりかえるということ だった。とにかく業者が来るのが午前中という配慮の無さにFさんはやたら憤っていた。

 それはともかく仕事は後半あたりからやや調子を上げたが、しかし基本的にペースが緩慢なのに変化は無し。こんなことでは次の夜勤がしんどく感じられそうな気がして、ちょっと嫌だ。

 寮に戻り眠りを貪っていると、布団の業者の人と総務のKさんが布団をとりかえに来る。ちょうどいいと思ってお金を盗まれた一件を話すが、あまりくわしく話ができなかった。

 カップめんの昼ましを済まし『なしくずしの死』を2、3ページ程読み、ちょっとたわむれにテレビをつけているところにY君が来る。ちょっと話をし て彼が立ち去ると何だか妙に体がだるくなり、また布団にもぐり込む。おかげでいつもより腹の減り方が少なく、いつもより夕食が入らなかった。

 

1999・10・29・金

 昨夜仕事に入る前にテレビをあてどなくチャンネルをかえながら見ていた。日本シリーズ はもう一勝でダイエー日本一が決まるという段階にあり、僕が見た最後の放送でダイエーは6対2で4点リード。仕事に入ったらダイエーが今回日本一になるだ ろうという話をみんなしていた。リーグ優勝した時にもしかしてという気はしていたが、一夜明けてみたらやっぱり日本一になっていた。

 野球にあまり興味なく、なおかつ郷土愛も希薄な僕だが、やはりそれでもダイエー日本一は結構嬉しい。

 昨日の夜勤は特にこれといった変化無し。途中M君が上下に移動する商品を積んだパレットを載せていたリフトの下に印鑑を落としてしまい、それを探 すのに30分ほど費やしたという以外はこれといったトラブルはなかった。それからT課長に今週も含めて3週連続kで夜勤にまわってくれないかと頼まれ承諾 してしまう。そうなるとこれまで考えていたスケジュールに大幅な変更を加えなければならないことになる。とりあえずむこう一ヶ月分のシフト表を見ないこと には何とも言えないが。

 仕事をあがり、今週初めて食堂で朝食を食べた。その後風呂でFさんと一緒になり話をした。Fさんのお父さんは僕の母校の経済の院を出ているそうで、ちょっとびっくりしてしまった。

 今日もまた10時半には起き出した。『なしくずしの死』は相変わらず臭いをたてそうなくらい醜悪な場面の連続。

 カップ麺を持って食堂に行くと、総務のK課長がなぜかいた。盗まれたお金はどうにもならなそうだ。今朝から切れかかっていた部屋の蛍光灯の新しいやつをもらう。

 1時頃Y君が来て一緒に散歩に出かけた。このあいだT本さんが言っていた今年中に派遣の人間を半分に減らすという話はどうやらガセだとのこと。実際は10人のところを8人にするということだった。Y君は今年中にここを去ったほうがいいと主張していたけれども。


1999・10・31・日

昨日はなぜかY君と長浜に行ってきた。このあたりは幾分都会ということは聞いていたのだが、実際どんなところかは、全然知らなかった。どうやら石田 三成ゆかりの地らしく、それに関係すのか、非常に落ち着いた雰囲気のする街並みが印象的ななかなか良いところだった。またそのあたりは酒どころでもあるそ うで、久しくうまい日本酒を飲んでいないなと、一本買い求めた。

 昼は親子丼で有名な店に入る。確かに地鶏を使ったそれは絶品であった。それからしばらく街中をぶらつく。何となし古本屋がありそうな気がしていた ら、とりあえず一軒だけ見つけた。Y君がサルトルの『嘔吐』を読みたがっていたので、探してあげた。その後コーヒーがうまいという茶店に入る。確かにそこ のコーヒーもうまかった。機会があったらまた行きたいと思う。

 寮に戻ってひさびさにうまい日本酒を堪能する。思わず4合ビンを空けてしまった。

 今朝は酒の酔いと昨日の疲れからか、8時半過ぎまで寝てしまった。その気怠さを今日は一日ひきずっていたような気がする。

 昨日は長浜に行く前にU君の運転する車に乗ってY君が通う病院に寄ったのだが、その際酒が安そうな酒屋を見つけたので昼過ぎに行ってみたが、そこ は休み。ただ自販機のビールが少し安かったのでロング缶を2本買い求め寮に戻ってそれを飲んだ。まだ酔いがさめやらぬ頃にY君がT本さんからもらったとい う菓子を持って来た。酒臭い息を吐く僕を見てあきれていた。

 どうも今日はあまり日記を書く気がしないので、このあたりで強引に筆を置く。