1999・9・1・水
9月に入ったという実感がわかない。日が昇っている間の大半を工場で過ごしているためだろうか?
何となしそうかなという気はしていたが今日の『目ざましテレビ』の「占いCount Down」で蠍座は最下位。しかし、仕事は特に問題なく終えることができた。ところで月曜の時点からうすうす感じてはいたのだが、T橋さん、しゃべり方やアクセントに妙に博多の人間と共通するものを感じる。そのまま博多弁をしゃべっても何の違和感も無いだろうと思う。
今日は派遣会社から給料の明細書が送られてくる。思ったより1万程少ないのが痛い。来月の給料日まで長く感じられそうだ。

1999・9・2・木
昨日占いで最悪であったにもかかわらず、さして問題がなかった分が、今日に持ち越されたのか、今日はかなり失敗が目立ち、終始T橋さんの顔色をうががわねばならないことになった。さすがに週末にさしかかると疲労もたまり、それに伴い頭がボーッとしてきて判断力も鈍りがちになる。明後日休むか、明日5時であがることをふと思ってみたりもする。
それにしてもますます時間が経つのが早くなってきているような気がする。しかし、同時に初めて仕事に入ったのが結構前のことのように感じるから不思議なものだ。
相変わらず眠りが浅い。その分夢をよく見る。夢に出てくる人間がかなり絞られてくるのも何か複雑な気持ちにさせられる。とにかく今週は後二日頑張ろう。

1999・9・3・金
 今日は昨日よりかなりましかと思いきや、昼過ぎあたりから色々とお小言をちょうだいする。正直言ってかなりめげた。加えて疲れで頭がボーっとして判断力も鈍っていたし(よくよく考えてみたら昨日も同じようなことを書いていた)。
とにかく今週は身心共にあまり調子が良くない週だということで勘弁させてもらおう。考えてみれば例年9月はあまり調子が良くない。
3時過ぎだかにいきなり来週夜勤だと言われる。そうなるとこちらの思惑もかなり混乱が生じてくる。思いきって来週の土曜を休もうと思っていたのを明日に繰り上げることにする。約3週間ぶりの京都だ。

1999・9・6・月
土曜の朝、6時過ぎに目が覚める。外を見ると雨。やはり京都に帰るのは、次にすべきだったかという思いがふとよぎるが、強引に事務所に置いてある傘をさして小一時間程かけてJR近江長丘駅へと向かう。悪いことに丁度一番雨脚が強い時間帯だったようでさしている傘の意味を疑ってしまう程に体中が濡れる。よく見ていたら細かい穴が2つ3つ傘に空いていた。やっとの思いで近江長丘駅に着く。7時28分の電車に一歩違いで乗り遅れ、30分程ホームで寒さにふるえていた。
下宿に着いたのは9時半過ぎくらいだったろうか?結局3時間程かかったことになる。留守電もメールも手紙も無いことにいささか、気持ちに黒い何かが淀んでくる。
下宿に戻ってすぐに電話をかけ、留守電にメッセージを入れておいたH口君からの電話が、2時過ぎだったかにある。久しぶりに彼と飲んだ。そのまま用事があるとのことで京阪電車の駅に向かう彼を見送った後、7月までバイトをしていた旅館に顔を出す。何故だか顔のつやがいいと言われた。何かとバタバタしていた疲れのためか、わりにすぐに寝てしまった。
日曜日8時頃に目が覚めただろうか?3ヶ月切っていなかった髪を切ろうと、床屋に行こうとと思い立つ。7月だったかにできた床屋に行ってみた。大仁田厚をもっと下品にしたような兄ちゃんが憮然とした表情で髪を切っていたので若干むかつく。
下宿に戻ってティラノザウルス・レックスを結成する前のマーク・ボランが残した録音を収めた『ビギニング・オブ・ダブス』を聞いているところに、H口君がやってくる。このアルバムを聞いてH口君が「これブルースやな。」と評したのを何か新鮮な思いで受け止める。確かにブルースっぽい曲もあるなと思ってこれまで聞いていたが、よくよく聞いてみると殆ど全編ブルースである。でも僕はこれまでずっとこれをマーク・ボランが残した原石のきらめきを持ったどんなカテゴリーにもおさまらない音楽だと思って聞いていたのだ。そしてH口君の言葉を聞いた今でもあれをブルースという形式をとった、マーク・ボランの世界のプリミティブな展開だと思っている。そういえばかのシド・バレットもルーツはブルースであった。
その後H口君の家に向かい、更にその後奥さんと子供と一緒に食事に出るはずだったのだが、その時よりによって僕がかけてしまったダミアの「暗い日曜日」が密かな引き金になったのかH口君と奥さんとがささいな感情のもつれからケンカ。結局僕とH口組んで御飯を食べに行くことになり、そのまま宝ヶ池に足を向けた。宝ヶ池に足を向けたのは数年ぶり。大学3回の時一人でよく来ていたのだが。公園のなかには、さして変化は無いがその周辺に資本の爪痕が如実に目の前にせまってきて、何かやりきれない思いをH口君と共有する。1時間程公園内をうろつきながら、H口君と話をして彼の自宅の前で別れる。別れ際に奥さんに謝るようにと釘をさしておく。
下宿に戻る前にワインと食パンを買い求める。ふだんあまり飲まない反動だろうか?数少ない女の子の友人MとWに電話。WはつかまらなかったがMとは少しだけ話をした。
月曜日の今日、何をするということもなく午前中を過ごす。昨日のことが気になりH口君の奥さんに電話。その後何ということもなかったとのことでとりあえず電話を切る。しかし昨日目の当たりにした光景に抱いたやりきれない気持ちは消えない。11時前に身支度をして下宿を出る。今後のために長袖のシャツをかなりバッグに詰め込んだために結構重たい。加えて来るべき伊吹山登山のためにトレッキング・シューズも入れておいたのだ。工場へと戻るための電車の中ではこのあいだから読んでいる『島尾敏雄作品集 4』を読み、島尾夫妻とH口君夫妻をオーバー・ラップさせつつ、一方で伊吹山への思いをつのらせるという複雑な気持ちを交錯させていた。
それにしても今日から夜勤だ。これまでとは違った不安を抱きがちだ。何はともあれ誠実に仕事に取り組もうと思う。

1999・9・7・火
初めての夜勤で一緒になったのは、N川君。確か最初の工場見学の時、すでに髪を白く染めているということで目に付いていた。その後二度程、アドバイスというものでもないが、とにかく仕事のことでちょっとしたことを、意外な程へりくだった口調で言われたことがあって、それなりに好感のようなものを抱いてはいた。彼もまた、このあいだのT山君いやそれ以上に機械(これまでは詳しくは触れなかったが、僕がやっている仕事は、一つの機械を二人で回すという形態をとっており、また機械を操作するのは、もう一人の人で、僕はもっぱらその補佐的な役割を受け持つ。つまり助手というわけだ)の操作になれてないようで、先週とはうってかわったような気持ちの軽さを感じる。ただこう言ってしまうと少々N川君に失礼ではあるが。
夜通しの仕事は思ったよりしんどくなかった。しかし眠気が足腰にくるとちょっとつらい。N川君はちょっとかんしゃく持ちなところがあるようで、そこが若干気になるところだ。夜になると時間の密度や流れ方に昼間のそれとは差異があるのか、昼間働いている時以上に時間の流れが速く感じる。この分だとむこう四日間何とかやり過ごせそうだ。
しかし夜勤だと、嘘のように昼間の時間が空く。ただ初日であまり疲労を感じていないから、布団にいる時間が少ないだけか?とにかくおかげで島尾の本も終りが見えてくるくらいまで読み進めた。天気が良かったら寮の窓から見える田舎道を散歩してみようと思ったのだが。

1999・9・8・水
昨日の夕方、雨が一時的ではあったが、上がったので昨日の日記に書いていた寮の部屋から見える田舎道を散歩してみた。雨上がりの余韻を残すもやがそこかしこにかかっていて、そんな中を歩いている自分を、小学生の時に見た、田んぼの中を歩く宮沢賢治の写真に重ねあわせてみたりもした。こんな田舎道を歩くことを一方でごく日常的な一コマとしてとらえている自分と、もう一方で何か自分の力を超えてしまったものに翻弄されながらここに辿り着いてしまったような不思議な感慨にとらわれる自分がいた。確かにいつまでここにいて、その後どうするのかこれといったビジョンはたっていないし。
なるべく何物にも執着しないでいたいという気持ちが妙に力強くしかもあやふやに心の一部に巣食っている。
昨日の夜勤は、機械の整備に時間がかかり、最初の一時間以上は雑務に従事していた。昨日にもましてN川君がいらつき気味だったように思う。昨日の昼間の睡眠が足りなかったせいか、一昨日以上に眠気と疲労を感じる。12時頃が一番しんどかっただろうか。仕事のミスをN川君から短くはあるがかなりきつい口調で難詰され、それよりまえからささくれだっていた空気がよりその度合いを増した。N君が4時で仕事を上がるということで、それに伴い僕も一時間早く仕事を上がることができた。晩に食いだめをしておこうと思って少々無理をして大目に夕食を食べたのと、休み時間にもらったお菓子のために胃が重く、いったん寮に戻って二時間程寝た後朝食をとることにした。
それにしてもこのあいだから不安定な天気が続く。今度の日曜日に実行しようとしている伊吹山登山はどうなるだろうか?それから昨日歩いた田舎道を今日もあるいてみたが昨日の雰囲気のほうが良かったようだ。

1999・9・9・木
相変わらず妙にささくれだったぎこちない空気を漂わせたままN川君との仕事をこなしていた。一昨日の晩に比べ、課せられた仕事に幾分ややこしさが薄まったものがあったため、それで何とかやり過ごせた部分もありはしたが。それにしてもこのN川君という人、基本的に小心者で、気弱で落ち込みやすく、しかもかんしゃく持ちといういささか厄介な性格の持ち主らしい。その口調に昔の知り合いの誰かに似たものを認めるが、それが誰であったか思い出せない。
夜勤のときには11時と2時に休憩時間がもうけられている。2時の休憩に仮眠をとったのが少なからず効果を上げたようだった。
ところで今週の月曜に手持ち無沙汰に見始めた『はみだし刑事 純情系』の再放送に妙にはまってしまっている。そもそも主人公役の柴田恭平には、それ程の魅力は感じておらず、「いかにも」というどこかB吸でかつ「濃い」ノリが充満してそうでこれまで見る気にならなかったのだが、元妻が上司というややひねった設定に惹かれるものを感じてついスイッチに手がのびてしまう。時間帯も丁度一番手持ち無沙汰になる頃だし。しかし、このドラマ元妻が上司であり、自分の娘に父親の名乗りをあげていないままに〔その娘〕と友人関係(?)を保っているという設定がなかったら、おおよそ見る気を起こさせない代物。後樹木希林もいい味をだしているけれども。しかし、何といっても元妻兼上司役の風吹ジュンがいい。この人が思いつめたような目つきになっておもむろに口を開く時の感じがこのドラマに緊張感とアクセントを与えているように思う。

1999・9・10・金
昨夜はただ黙々と仕事をこなしていたという印象が強い。その中でいくつかN川君から仕事のことで言われたことはあったが、それ程強い印象はない。そして昨日動かしていた機械が、これまで動かしていたそれより、作業の回転を早めさせる性能を持つものであったというのも、とにかく仕事をこなすという状況を作る一因になっていたように思う。
仕事を終え、風呂に入り朝食をとろうと食堂に行ったところみそ汁が無い。軽い憤りに触発されてか(?)、〔食堂の〕冷蔵庫の中に輸入ビールがあったのを思い出し、誰もいないのをいいことに、殆ど一気に飲み干す。軽い酔いに促されるように床についた。
週の初めには来週アタマまで持つと言われていた天気が今日の予報では今晩から崩れるとのこと。それでは雨が降らないうちにと昼頃に自転車で買い出しにでる。途中で寄ったコンビニで同じ工場の制服を身につけた何人かの人を認めるが、特に知り合いでもないので知らないふりをしていた。しかし、ああいうシチュエーションは何か決まりが悪い。帰りにちょっと寄り道をして伊吹山登山口を確認しようとしたが、見つからず、改めて地図を見てみたら道を一本間違えたようだった。
寮に戻り『島尾敏夫作品集 3』を読み進める。最初は気にならなかったが、残り三分の一くらいになってから急に誤植が目立ちはじめる。それから文庫本ですでに読んだいくつかの短編に対する記憶がかなり薄れていたことを確認させられた。しかし、今週思いの他自由な時間を得ることができたため、火曜の夕方から読みはじめた『作品集 3』も読み終えてしまった。とりあえず手元に未読の小説は残されていない。しょうがないから『プリュメール18日』をゆっくり時間をかけて読もうかなと思ってみたりする。

1999・9・11・土
昨日の夜勤は4時で終る。思いの他疲れがたまっていたのでこれは嬉しかった。N川君との仕事にさして変化なし。しかし、もうちょっとコミュニケーションを円滑にする努力をしてもらいたいとふと思ったりもする。後仕事が始まる前に今一好きになれないO田さんから、前の晩の仕事の失敗を知らされ、少々出鼻をくじかれたような気がして、幾分暗いかげりを抱かねばならなかった。
仕事を終え、風呂に入って眠りにつくところを、疲れのためか、そのまま畳の上に寝転がって眠る。10時頃に起きたろうか。風呂に入ったりなんなりしているうちに12時前になり、今日降ると言われていた雨が降る気配が無いので買い物に出かけた。途中寄り道をしてこのあいだ行った日本百名水の一つが湧き出るという神社に行きその風景を写真に収める。また昨日行きそこなった伊吹山の登山口に行く。登山口付近が以前夢に見た風景に似ており、ちょっとした運命めいたものを感じる。スーパーで買い物をした時、最初今日の昼御飯と明日のための食パンだけに止めておこうとしたが、ふと思い直し、明日やはり伊吹山に登る心づもりになりペットボトルのミネラルウオーターを買い求める。
今日は昼間と夕方過ぎに散歩に出かけた。昼間の散歩の時、神社の側の小さな公園のブランコに乗っていると初老の男の人に「暑いな。」と声をかけられる。こういう何気ないことが、妙に心に残ったりするものだ。
明日伊吹山に登る。妙にわくわくしている。何だか僕なりにこの土地での楽しみ方を模索している過程が楽しい。

1999・9・12・日
 7時過ぎに目が覚めただろうか。軽い朝食を済ませ、簡単な身支度をし、伊吹山のふもとへと自転車を走らせる。途中コンビニに寄って弁当を買う。これまで登った山で一番高い山は愛媛の石鎚山で2千メートル弱。しかしその時は登りの約半分ロープウエーを利用したので、今回登った1377メートルの伊吹山がこれまでの拙い登山歴において山の高さのみを考慮に入れると一番の難行であったと言える。しかし、その実伊吹山は比較的登りやすい山だったように思う。最初の一合目のあたりがやたら石がごつごつして登りにくいのと二合目あたりで足がすべりやすい赤土の急な斜面を登り切るのに困難を覚えたことを覗けば、さして難所と思えたところはない。むしろ問題は下りにあったように思う。とにかく一貫して斜面が急であるために、降りるのに必要以上に勢いがついてしまうのをふんばって止めねばならない。また向かいからやってくる登山者達を避けようと、道のわきに行こうとして、足を踏み外しそうになったこともあった。それから下りの道のりの中で道に迷ったことが二回あった。どうも行きと帰りで視野に広がる風景に幾分違った印象を持ちがちなためにこのようなことが起こるのだろう。
頂上付近にある筈のヤマトタケルの銅像を見ることができなかった。今度登るとき、もう一度地図でちゃんと確認してみよう。それから頂上には何故か「世界人類が皆平和でありますように」という例の「あれ」が立っていた。そこから世界救世教、大本教、そして『邪宗門』におけるひのもと救霊会へと思いが及ぶ。どうして山の頂上なで来てこんなことを考えねばならないのか。
また、帰りの道すがらパラグライダーをやっている人達を目にする。あれはあれで命の危険を伴うスポーツであり、本人達なりに一生懸命やっているのだろうけれど、どうも見ていてあまりいい気持ちにならないのはなぜだろうか?
行きがけに立ち寄ったコンビニに、帰りに涼みがてらに再び立ち寄って時計を見てみると一時前。ということは、ガイドには片道三時間二十分かかると書かれてあるその道のりをトータルで長く見積もってもせいぜい五時間半弱程度で往復したことになる。そういえば、登りのとき、やたらと前の人を追い抜いては、一人悦に入っていた。はっきり言ってベテラン登山者からしかられてしまいそうな登り方だと自分でも思う。そのうち痛い目に会いそうな気がしないでもない。
寮に戻って鏡を見てみる当然のように山焼けしていた。
1999・9・13・月
 めずらしく目覚ましで起こされた。思ったよりも昨日の登山の疲れが尾を引いているようで、一日お尻が痛かった。朝礼の時、明後日の祝日と土曜のことについて何か伝えられたが、よく事態が飲み込めず。
今週は、最初に一緒に仕事をしたT上さんと再び一緒になった。その間に何人かの人と一緒に仕事をしたので、当然最初になげかけていた視線とは、違ったものをなげかけることになる。最初の一、二時間は、ずっとアラ探しをしていたような気がする。しかしある程度一緒にやっていると、とりあえずはあまり仕事のことで注意を受けないのでかなりやりやすさを覚えた。まあ古巣に戻ったと言えなくもない。しかし、少々困るのが休み時間。盆明けからずっと休憩時間を過ごしていた場所には、少々行きずらい場所で今週働いているのだ。今週働いている場所用の休憩所もそれはそれで立ち寄りがたい。早く先先週まで働いていた所に戻りたい。それはともかく仕事の運行にさして問題は生じなかった。驚くほど時間が過ぎるのが早く感じられた。それに明日一日働けばまた休みだし。
夕食の時に一週間分のメニュー表を見てみると、普通だったらない筈の土曜の夕食の分のメニューまで記入していた。朝礼のとき「土曜はいつも通り。」というのは、ここまで徹底しているのかと思った。土曜の晩に寮で食事をするというのも新鮮かなという気もする。
ところでこのあいだから夜、寮の周りで猫の鳴き声がする。かなり気になってしょうがない。

1999・9・14・火
朝、ある程度仕事が軌道に乗り始めた頃だろうか、T上さんから「S(僕の本名)、明日どうする?」と聞かれた。つまり休日出勤の出欠をとっているのだ。最初「え?!」という感じだったが、とにかく何はなくとも明日が休みということを念頭においていたので、パスさせてもらう。しかし出欠表を見てみると意外に出る人が多い。みんなが仕事をしている間に寮でゴロゴロするのも若干気がひける。しかも明日は一日雨ということで自転車で買い出しに行けない。少々かったるいが歩いてコンビニにまで行くか、それともこのあいだ買い置きしたカップメンで飢えをしのぐか?
仕事そのものは、特に問題無し。今日『めざましテレビ』の「占いCount Down」のコーナーでは蠍座は最下位だったのだけれど、そんなことを忘れてしまうくらい何も無かった。それにしてもあのコーナーで蠍座の順位はここのところずっと7位以下をうろうろしている。例年9月はあまり調子が良くないことを裏付けているような気がする。
[明日は]思えばここで迎える初めての祝日だ。何だか不思議な気がする。

1999・9・15・水
昨日から日本に上陸しているらしい台風が関西にも上陸したとのことで今日は夕方頃までずっと雨が降り続いた。ふと21年前の今日に実家でかなり大きな台風を体験したことを思い出した。
ほぼいつもどおりに目を覚まし、カップメンを持って給湯機のある食堂に足を踏み入れると食堂のおばちゃんに御飯とゆうべのおかずが余っているからよかったら食べていけと言う。ありがたくちょうだいした。ちょっと得した気分になる。
午前中読みかけの島田雅彦のエッセイ集『語らず歌え』を読むが、思いの他たまっていた疲れのためにかなりの時間を眠りに費やす。演劇評論や音楽評論に今一つのめり込めなかった。昼にまたお湯を求めて食堂に行く。何故かF田さんがいて、英文科時代に何を専攻していたかということを聞かれる。ふられるのが最も嫌な事柄の一つだ。その後哲学科の院に行ったというのも、何となし口をにごさないではいられない。このあたりの外的な事情、そして内的な要因を人にわかってもらえるように説明するのはとても困難だ。そして僕自身その当時に抱いた精神的葛藤の余韻というか痕跡は、どこかに巣食っているのだけれど、それを具体的な体験と共には思い出すことができないのだ。
午後もずっと本をちょっと読んではゴロゴロするということを繰り返す。今日休んでおいて良かった。それにしても祝日にわざわざ出勤する人の気持ちがわからない。夕方頃からシモーヌ・ヴェイユの『労働と人生についての省察』の中の「工場日記」の部分を読み出す。「明日は休みだ。うれしいなあ。」という文章にぶつかり、ある種唐突な感じとそれとは裏腹の妙なリアリティを感じる。「うれしい」と「うれしいなあ」という表現の差異。他の文章では固めの表現でほぼ一貫して統一されているので、この「うれしいなあ」というくだけた言葉使いには。不思議な印象を受ける。
何故だか哲学書を読みたくなる。ヴェイユがかつて師アランにスピノザに対する理解度を絶賛されたというエピソードを思い出したためか。スピノザの『エチカ』そしてドウルーズの『スピノザと表現の問題』を読み返したくなった。もしこの欲求が今度京都に戻るときまで残っていたらこの二つを持って来ようと思う。

1999・9・16・木
今日は最初の30分を清掃に、最後の30分は安全会議とやらに費やされたので作業時間が1時間程短縮されたことになる。おかげでかなり楽になった。
仕事そのものに関しては、特に問題なし。比較的スムーズに行っていた。いや。ちょっとして不手際で仕事が若干とどこおったことが二度ほどあった。しかし、そんなことを忘れるくらいに、後の仕事にとどこおりが無かったということであろう。それにしてもひまがあると決まって今後のなりふりを考える。一応[ここにいるのは]二月あたりをメドにしようとは思っているのだが。その後他の工場を派遣会社にあっせんしてもらうか、それともちゃんとした就職先を見つけるか……・・

1999・9・17・金
朝、仕事場でラジオ体操が始まるのを待っていたところに同じ派遣会社から来ているF田さんに声をかけられる。3LDKのアパートの一室の間借りという形態での寮生活なのだが、F田さんが間借りしている部屋の一人の生活態度に目に余るものがあり。その問題の人物は会社の人間。そしてもう一人その部屋に間借りしているのはやはり同じ派遣会社の人。この際、僕とその問題の人物が部屋を交代して、一層のことその部屋を派遣の人間ばかりにしてしまおうと思うのだがどうだ、というわけである。普段あまり顔を合わせないからまだいいが、正直言って今の隣室の人には少々気詰まりなものを感じていたので、一応その場では承諾しておいた。言うまでもなく我々(派遣の人間)の一存でどうにでもなる話ではなく、上の人にお伺いをたててから、具体的な話に入ることになるわけだが、その話が通ったらそれはそれで面白いと思う。
今日もわりあいスムーズに仕事が運んだ。T上さんからこれと言って注意されたことはない。これがT橋さんだったりするとそういうわけにはいかない。
間に休みを一回挟んだとは言え。週末の割にはそれ程体がしんどくない。明日は土曜というのに8時まで仕事をしなければならない、というのはちょっと解せないが。(註1)
夕食後どんな特集だろうかと『驚ろ木桃の木20世紀』にチェックを入れてみると何故か僕の頭ではポルノ作家と認識されている梶山孝之である。この人に今更焦点を当てるべき何があるのだろうと思って見てみたら、それなりに面白かった。言わばなりゆきで、企業小説や官能小説(もはや死語か?)を書いていたが、実はもともと純文学を目指していたとのこと。また彼が書きたいと思っていた題材の中に終戦直後の広島があったという話で、つい『憂鬱なる党派』の西村を思い出してしまった(註2)。それこそこの番組で高橋和己も取り上げられてもいいと思うのだがどうだろうか?

(註1) この日記を書いた日の朝礼の時、責任者の挨拶の中で「明日はいつもどおり」と言ったのを、てっきり8時まで残業があると思い込んでしまったが、実はただ給料体系とその他の待遇が変わらないというだけで、作業そのものは、5時に終った。念のため。

(註2) 高橋和己の代表作の一つ『憂鬱なる党派』の主人公西村は、自分の故郷広島で英語教師をやっていたが、ある時から被爆体験者の話を書き留めたものを出版社に持ち込もうとして、教職を辞し大阪の釜ヶ崎とおぼしきドヤ街の木賃宿に身を置くようになる。そしてそのうち手持ちの金もなくなり、いつしかドヤ街の住人の一人にエロ小説執筆の以来を受けるというエピソードがある。

1999・9・20・月
一昨日、昨日と日記をつけていなかった。単なる怠慢である。いくつか書いておくべき事項がありはしたけれど、妙なもので今のところ思い出せない。
今日の朝のあいさつのとき、木曜の祝日にも出勤者を募るということを言われる。先週の敬老の日は休んだから、今度は出ようと思う。今週は先週に引き続きT上さんと一緒。T上さんが受け持つ機械に行ったらシャチハタのハンコを渡される。基本的に仕上がった製品のラベルに、その生産過程に携わった個人の責任の所在を明らかにするため、ハンコを押すことが義務づけられているのだが、これまで僕はずっと手書きによる署名か、いわゆる三文判で済ませてきた。それをT上さんがわざわざ買っておいてくれたというわけである。てっきりくれるのかと思ったらしっかりと領収書をつきつけられる。別に頼みもしないものを買ってお金を請求するというのもいささか一方的に過ぎる話ではある。
それはともかく8時から3時まで、フル回転という感じで仕事を進めていた。何だか知らないが常に動いていて休んだという記憶がない。3時過ぎから棚卸しということで、いわば雑務のようなものに従事していた。これはこれで結構しんどい。なんだかんだとこれが6時過ぎまで続いた。少々週の初めから飛ばし過ぎかなという気もする。
[夜の]9時過ぎから20世紀に起こった様々な事件を特集する番組を見る。予告篇に東大安田講堂での攻防シーンが流れたのを見て、気にかかったからである。しかしもう既に流されていたのか、それともはなから流れていなかったのか、結局そのシーンを見ることはできなかった。何となし腹立たしくなり、半ば本気でテレビ局に抗議の電話をかけてやろうかなと思ったりする。まあ十中八九かけないだろうが。しかしそれにしても、シャチハタ代はちょっと痛い。あれで文庫本2、3冊買えた。そろそろ手元にある本ではもたなくなりつつあるのだ。

1999・9・21・火
昨日から雨が降ったり止んだりの天気が続いている。台湾で大地震があり、先週の台風は大荒れ。そう思うと心も塞ぎがちになる。今日の仕事はいつになく緩慢なペースで進められていて、何となしはりがない。その傾向は午前中で仕事をあがったT上さんに代わり、N村さんと一緒に仕事をするようになってより顕著になる。僕の頭の中では、昼の3時くらいに当然終っておくべき仕事が確か4時過ぎくらいまでかかったように思う。それから3時の休みに同じ派遣会社のU野君からいきなり「リフトの邪魔をしたでしょ。」と言われて、一瞬何のことか分からず気が少しだけ動転する。よくよく聞いてみるとこういうことであった。2時半くらいだったか、製品の材料を取りに向かいの倉庫へと駆け足で向かったところ、通行中のフォークリフトを強引に横切ったために、そのフォークリフトの運転手がうちの課にクレームをつけてきたらしいのだ。ちょうど外はどしゃ降りの雨でとにかく早く倉庫へ行こうとあせったがゆえの出来事である。しかも雨で暗くなった空は視力をにぶくして、ひいては体全体の感覚をにぶらせてしまう。
さらにやはり派遣会社のT本さんからハンドリフトの操作と、制服が汚れていることについて注意を受ける。彼は僕より五つ下なのだが、妙に威圧的な態度で接してくるので、何となしこっちは卑屈になることを強いられるようで、どうもやりにくい。一度だけ一緒に飲んだが、その時二人兄弟の長男だということを聞いた。なるほどいかにも長男という感じで、もう6年近く会っていない二つ上の僕の兄貴と共通する部分が多い。
仕事を上がる前に、昨日掃除をしているときになぜか出てきたムヒSをそっとポケットに入れた。今年の4月頃からか左の内股にできた時折非常なかゆみを引き起こすできものにつけてみようと思ったのである。早速風呂上がりにためしてみたら、びっくりする程、薬をぬった所がやたらスースーしだして、いささか気味が悪かった。

1999・9・22・木
今日の『めざましテレビ』の「占いカウントダウン」のコーナーで、蠍座はワースト一位。確か先週もワースト一位になっているから、つくづく今月は不調なのだということだろう。
今日、最初の二時間は、機械の調整でつぶれた。こういうことは、楽と言えばらくだが、だからといってのうのうと休んでいるわけにもいかず、何がしか自分で仕事を見つけて率先してやらなければないけない。これはこれで何とも言えない精神的負担がある。10時の休み時間に昨日から同じ派遣会社から来ているY浅君に話しかけられる。何となしノリが合いそうな気がしてうれしい。先週、近いうちに派遣会社から二名来ると聞いていた時点で気にはなっていたのだが。言わば初めての後輩である。
4時ごろだったかに課長のT本さんから仕事上のことで注意を受ける。殆ど晴天の霹靂と言ってもいいくらい、自分で意識していなかった事柄についてのものだったのに加えて、機械の音でT本さんの声がよく聞き取れず、充分に事態を把握することができず、何だかわだかまりのようなものをその後ずっと抱えていた。
明日が休みということで5時に仕事をあがる人が多く、それ以降はやや変則的なシフトで仕事をした。こういうのも結構やりにくいものがある。
このあいだの日曜からヴェイユの『労働と人生についての省察』を読み進めている。多少身につまされる記述もあるとは言え、そのまま感情移入してしまえるような代物では、良くも悪くもない。この本は何度か読み返す必要がありそうだ。今度京都に戻ったら彼女の本をもう何冊かこっちに持って来ようかとも思っている。

2000・9・24・金
昨日[9月 23日]は5時に仕事をあがり、カップラーメンで済ませた夕食の後ビールを二本空けたら、あまりふくれていないお腹だったためか、急に酔いがまわり、不覚にも寝てしまった。眠りに落ちた前後のことは、殆ど記憶にない。どうも部屋にテレビだけというのは、よくない。早いとこ音楽を聞ける生活をしなければ、どうにも間がもたないようだ。仕事の合間にやたらと頭の中で音楽を鳴らしたり、歌を口ずさんだりするのだが、やはり常に体のどこかで音楽を求めているということなのだろうと思う。思い切り大きな音で音楽を浴びたいと切に願う。
今日は、ひたすら仕事をしていたという感じだった。良くも悪くもこれといったメリハリが特になく、ただ仕事を黙々とこなすのみ。恐らくこれまでで一番多くの量をこなしたのではないかという気さえする。10時の休みにY浅君が話しかけてくる。「大学時代に何を勉強したか。」という話から本の話になる。金子光晴とかショウペンハウエルといった名前が彼の口から飛び出たので、嬉しくなる。今も30冊程本を持ってきているとのことで、近いうちに見せてもらうことになるだろう。
台風が九州を直撃したとのことで、多少気になって昼休みに実家に電話をかける。特に被害をこうむっていないとのことで、一まず安心する。
今日は何か会議があるということで7時に仕事が終わった。金曜に早めに終われるのは、かなり嬉しい。明日天気は持ちなおすのだろうか?できたら明後日、また伊吹山に登りたいのだが。

1999・9・25・土
今日一緒に仕事をしたのは、多少適視していたO田さん。O田さんが回している機械に行けと言われたときは、正直言って「アチャー」と思ったが、とりあえずできるだけのことをやろうという気で臨んだ。結局のところ、これといった問題は生じなかった。自分で言うのも何だが、それなりの臨機応変さがそなわったということなのだろうとう。あとどういうわけだか、機械の操作にO田さんが戸惑っていて、こちらに余裕が生じたというのもありはしたが。そのO田さんの戸惑いと果たして関係があったかどうかは、定かではないが、工場全体に影響を与える部分に欠陥が生じたらしく、今日の作業は、図らずも午前中一杯ということにあいなった。思いがけなく空いてしまった午後の時間をどう過ごそうかとしばし思案したところ、突発的に伊吹山登山を思いつく。本当は、明日に登ろうと思っていたのだが、「登ろう」と一たん頭にひらめいたら矢もたてもたまらず、飛び乗るように自転車のペダルに足をかけ、伊吹山のふもとまで走らせる。
そんなに大したことをしていないとは言え、午前中仕事をしていたため、前回に比べ、ペースはやや落ちているかなと思いきや、頂上についてみたらほぼ二時間で着いていた。登山ガイドでは片道三時間二十分と記述しているコースである。ガイドの記述が大げさなのか、それとも僕が異常なのか。山のふもとに降りたとき見た時計では結局往復四時間弱しかかからなかったことを告げていた。やはり僕が異常ではないかという気持ちがわいてきた。
帰りにいつものスーパーで買い物。さらにコンビニでビールを購入。寮にあるビールの自販機はドライしかなく、他のビールを飲みたくなったのだ。しかし思ったよりおいしくは、感じられず何となしビールそのものに対して幻滅のようなものを感じさえした。風呂に入った後久しぶりにH口君に電話をかける。そんなに長くは話しをしなかったが、ちょっとした安心感のようなものを得た。

1999・9・26・日
昨夜は8時頃からしばらくうたた寝をしたためか、12時頃いざ寝ようとして布団に入っても、しばらくは眠れなかった。そのせいだろうか、何となし中途半端な眠りで、目覚めも夢の途中であった。それにしても目が覚めたらとりあえずテレビのスイッチに手が行ってしまう習慣は、なんとかしたいものである。恥ずかしながら日曜の定番となりつつある『おじゃ魔女ドレミ』を今週もまた見てしまう。今時珍しい正統派アニメと言うと、あまり具体的イメージが湧かないかもしれないが、とにかく僕が幼少時に慣れ親しんできたアニメのテイストがちゃんと息づいているのがやたら新鮮なのだ。この番組の前番組『クレヨン王国の十二ヶ月』も密かに大人の間でも人気があったというが、恐らくこの番組も、そのてのファンは、決して少なくないと思う。『クレヨン王国』もそうだったが、この番組主題歌も良い。70年代後半から80年代前半の歌謡曲のエッセンスを盛り込み、畳み掛けるように展開されるメロディーラインと、歌詞の融合は、聞けば聞くほどクセになり、幾度と無く頭に浮かんでくるから、結構あなどれない。
その後は途中まで読み進めていた『ルイ・ボナパルトのブリュメール十八日』を今一度最初から読みなおす。これまでなおざりにしか読んでこなかった個所の意味がわかってくるにつれてこの本全体の意味も徐々にわかるようになってきた。それでもまた読み返す必要を3分の2以上読み終えた今の時点ですでに感じてはいるが……・
昨日の登山の疲れのためあいだに何度かうたた寝を挟みながら読書をしているうちに、ふとJR近江長岡駅のそばの本屋に行くことを思いつく。この本屋には盆休み、京都からこっちに戻ってくる時に、ちょっと立ち寄ったことはあったが、『レコード・コレクターズ』がないということをチェックした以外は特に店の中を把握していなかったのだ。何か文庫本を買いたいと思っていたところだったので早速自転車を走らせたが、思った以上の品ぞろえの貧弱さにアゼンとする。文庫本の棚の半分は、文庫型の漫画で占められ、残り半分はキオスクとかコンビニに置いてある文庫本に毛が生えた程度。前から感じていたことだが、この付近に必要なのはちゃんとした本屋だという思いを更に強くする。郊外の国道にある大型書店でもあれば、大分ここに感ずる住み心地も変わってくるだろう。それにしてもこの付近の住人は、果たして本に対してどのような意識を持っているのであろうか?

1999・9・27・月
一昨日の登山が効いたのか、昨夜はいつになく風呂に行くのがおっくうに感じられる程体がだるくて結局風呂に入らずに9時半過ぎには床についてしまった。その後幾度となく目を覚ましながらも、ひたすらけだるい眠りをむさぼっていた。4時ごろ異様なのどのかわきを覚え、わざわざジュースを買いに行き、それを飲んでからまた眠りにつくということもあった。結局6時過ぎに完全に目を覚まし、のどの渇きの次にはいつにない空腹感のために、どんぶり一杯半の飯を食べる。
その朝の何とも言えないけだるさを結局今日一日の仕事全体に持ちこしてしまったという感じが強い。大きなミスは無かったが、本当にしょうもないミスを二つ三つ犯してしまい、けだるい気分に一層はくしゃをかける。となりの機械で作業するY浅君が時折話しかけてくるのが良いアクセントになった。また僕の気分のけだるさを反映してか、午前中は機械の調子が今一つで、余計に気分がのらない。また朝の肌寒い程の涼しさとはうってかわって日中はやたら暑かったためにかなり頭がボーッとなった。また肩から胸にかけての筋肉と、もものつけ根の筋肉がやたらとこわばっていた。
3時の休みに工場内から猫の泣き声らしきものが聞こえてきて何だろうと思っていたが、7時になってY浅君の代わりにとなりの機械でK家君と一緒に作業していると、K家君のところに名前は知らないが一応顔見知りの工員が生後一、二ヶ月とおぼしき猫を見せに来ていた。思わずなでさせてもらう。しかし小猫をあの工場の騒音の中に置くのはあまり良くないのではと思うのだが……・・
作業の後T本課長から夜勤の予定表をもらう。思ったとおり来週夜勤だ。本当は今週が良かったのだが、文句は言えない。

1999・9・28・火
昨夜も何度も夜中に目を覚ました。一昨日寝過ぎたのが原因だろうか?それでも体のだるさは昨日に比べて、ましになっていたが。それにしても朝晩と日中の気温差の激しさは、少々問題。しかも工場内はクーラーである。若干体調を崩しそうでこわい。
とりあえず仕事の調子は昨日よりかなり上がった。それでも5時以降は少し頭がボーっとしていたが。仕事中時折昨日読み終えたヴェイユの『労働と人生についての省察』の最後「奴隷的でない労働の第一条件」の中身を頭の中で反復させていた。この書物に書かれてある事は、今日においても示唆するものは、かなりあるのだが、しかしそのまま今日の労働状況にあてはめることは勿論できない。その示唆するのもをどうみきわめ今日の状況に活かすかというのは、なかなかむつかしいことではある。ヴェイユは、学校というのは神を見い出すための注意力を養成する機関でなかればならないと述べている。しかし、今殊日本の学校に関しては、そのような機関からあまりに遠く隔たってしまっている。それを特にキリスト教における神と限定しなくてもよい、何か一つ絶対的に美しいものを見極めるという思想はあまりにも我々を魅惑する。たとえそれが時折危険な方向に走る可能性を孕む場合があるとしてでも。とにかくこの注意という概念は興味深い。
仕事を終え風呂に行くとY浅君と一緒になってそのまま夕食を食べに行くことになる。思えばここで誰かと一緒に御飯を食べるのは初めてだ。その後でU野君とM尾君[Y浅君と同時に同じ派遣会社から斡旋された青年]も加わる。後でY浅君と本を見せてもらう約束をする。

1999・9・29・水
昨夜もまた幾度となく夜中に目を覚ました。目を覚ますたびに時計で時間を確かめ、けとばした布団をかぶりなおし、時折意味も無くまわりを見まわした後に眠りにつくのは、何ともいえない空しさと倦怠感をもよおす。
一昨日、昨日と書き忘れていたが、今日もまたT上さんと一緒に仕事をしている。そのせいだろうか、どうも仕事のめりはりのようなものが今一つ希薄で、今週この三日間のそれぞれの日に対して、この日に何が起こったという強い印象があまり残っていない。マンネリというやつだろうか。そろそろ他の人と代わりたいのだが。今日は11時頃くらいから2時近くまでずっと機械の調整に時間を費やしていて、いつになく手持ち無沙汰な時間が長かった。
休み時間に寮に戻って昨日Y浅君に借りた泉鏡花の『高野聖』を読む。泉鏡花はなぜか最近になって読みたくなった作家だが、実際読んでみると、期待どおり魅惑的な文章で、ちょっと嬉しい。
そういえばかれこれ一ヶ月近く京都に戻っていない。最初に比べるとかなり京都への郷愁(?)、京都のことを考えるといても立ってもいられず、一刻も早く京都に戻りたくなるという状態にはあまりならなくなった。とは言え、年に二回京大の吉田寮で行われるオールナイトのライブのシーンが頭の中でフラッシュバックすると、何かたまらない気持ちになってしまう。

1999・9・30・木
 今日の「占い Count Down」で蠍座の運勢は、ワースト一位。僕が記憶する限り、今月四回目のワースト一位。因みに今月の頭もワースト一位であった。要するに今月は不調の月ということなのだろう。しかし、実際のところこれといって問題は生じなかった。昨日までに比べると眠りも深かったし。仕事そのものは、可もなし不可もなしといったところ。ちょっと今日はややこしい内容になっていて、短いタイムスパンで機械のモードを変えねばならず、そのためか今一つ生産が上がらなかった。T上さんが5時で仕事をあがり、5時過ぎからU野君と一緒に仕事をする。これまで一応むこうが仕事のキャリアが長いので、十歳年下なのにもかかわらず、敬語を使っていたのだが、「ため口でいいですよ。」と言われたので、ため口で話をすることにした。しばらくずっとT上さんが使っている機械で仕事をしていたのでU野君が使う機械で仕事をするのは、かなり戸惑った。しかもU野君の仕事の仕方も、これまでとは若干違っていて、そこでまた少々パニック状態に陥る。U野君もまた7時にあがるというので、今度は僕も7時であがることにする。こういうパターン[オペレーターの都合で残業を一時間早くあがること]は初めてなので(夜勤の時には、一度あったが)少々新鮮。
8時であがるのと7時であがるのとは、相当に違う。寮に戻ってゆっくり本を読もうと思ったが、お宝映像発掘の番組を見出したら止められなくなってつい最後まで見てしまう。実は僕は結構ああいう昔の映像を見るのが好きなのだ。

 *原文のままではわかりずらく、パソコンに打ち直す段階で書き加えた個所は[ ]で括って、原文の丸括弧とは区別するようにした。

                                              戻る