1999・11・1・月

昨日はY君が持ってきたお菓子を全部食べつくしてしまい、おかげで腹が重く、胃はもたれ、その前に飲んだビールと悪い方向に相乗効果をおよぼし、まったくもってやりきれなさに彩られた夕方と夜を過ごすことになった。昨日の日記に生彩さが欠落しているのもそのためである。

 どうにかこうにか風呂に入る気になり、体のだるさのために早めに布団に入るが、妙に目は冴え愚もつかぬことをあれこれと考えていた。

 目覚ましなして目を覚ましたのが7時前。久しぶりに『めざましテレビ』の「占いCount Down』のコーナーを見たが、さそり座は10位。「体調に注意」とのアドバイスがあったが、確かに昨日の延長で胃が重たい。Y君からもらった昆布のつく だ煮をこのときおかずにしてみたが、山椒がきいていてなかなかうまかった。

 その後は気だるい頭と体をなんとかなだめて『なしくずしの死』を読み進める。外は雨が降っている状態で読むには、あまりにディープ過ぎる。途中で幾度と無く投げ出したくなった・・・というより本当に投げ出して、一時的に布団に体を委ねたりした。

 貧しい家に生まれた少年が幾多の試練にさらされ、色々な人に出会うというストーリーにはディケンズあたりと相通ずるものがなくもないのだろう か・・・しかしこれは読めば読むほどやりきれない。もう5分の4程のを半ば意地で読んでしまったのだから今さらうっちゃらかすわけにもいかないか。とりあ えず早いところ読み終えてしまって、もう少し晴れ晴れとした気分になるものを読みたい。しかしそんな本何か持ってきていただろうか?

 4時頃だったろうか?雨が降っているだけでなく、風も強くなってきて、窓ガラスに雨が打ち付けられるようになった。ダイニング・ルームで何かが床 に落ちる音がしたと思って見てみると、ダイニングのベランダに通じる窓を開けっ放しにしていたためにキッチンに置いてあった僕の歯みがき用のコップがもろ に風を受けて床に落ちて粉々になっていた。おかででしばらくはワンカップの空ビンをコップがわりにしなくちゃならない。

 そういえば今日は珍しくY君が来なかった。確か彼は明日福島に戻るはずなのだが。

1999・11・2・火

昨日の夜勤で一緒に組んだのは、先週のMくんと同じく他の課からきたK君。総務のKさんと同じ名前で、なぜかこの工場にはKという名字が多い。僕よ りちょっと背が高いくらいで、なんとなし遠藤みちろうを思わせるルックス。先週から日勤としてうちの課に来ていて、なんとなし好感を抱いていた。先週のM 君より仕事は速いが、そのかわりややずさん。何度か「そりゃまずいんじゃないの?」と突っ込みたくなる場面があった。

とりあえずあまり細かいことを言わないので、やりやすい。幾分うちの課での仕事を忘れていたり、彼がいない間にやり方が変わっていたりするところもあるので、そうしたことを僕が教えてやったりもした。

 それにしても、その傾向は先週からあったのだが、時間が経つのがえらく速く感じられる。日勤が2時間毎に休憩時間がもうけられるのに対して、夜勤は3時間毎。その休憩時間が来るまでがやたら速いのだ。つまり夜勤モードになれたということか?

 それから昨日U君から給料の明細書を渡される。先月よりも数千円程多い。しかしこの金額と自分がやってきた仕事との関係が今一つピンとこない。雇い主なり上役なり、人から手渡しで「ご苦労様」とか言われながら渡されたら、もうちょっと違う感慨がわくのだろうが。

 仕事の後の風呂上がりに面倒臭くて(というより足がやたらむれているため)靴下をはかなかったせいか、少し湯冷めしてやや風邪気味。そんなに大したことはないが。

 10時半頃に目を覚ましただろうか?とりあえず終わりが見えてきた『なしくずしの死』を読み終えるのに没頭する。昨日も書いたように悪たれ小僧が 仕事を変え、行く先々で失敗をしたりいたずらをしたりするというストーリーに、何か少しでも躍動感があっても良さそうなものなのに、それが殆ど感じられな い。少年を主人公にした物語で、これ程躍動感だとか胸をすく場面とかいったものが欠落しているのも実にまれではないか?そういうそれこそ胸くそが悪くなる 場面の連続に半ばへきえきしんがらも、ようやく昼過ぎに何とか読み終える。その後はヴェイユの『超自然的認識』を手にする。彼女が書いたものが持つ魅力と 難解さとは一体なんだろうと思う。これは頭で解決したりできるものではない。彼女の精神性に呼応できるものを自らのうちに養わなければならないのだろう か?今度H口君にあったらそのあたりを聞いてみたい。

 Y君は結局今のところ僕のところに姿を現していない。CDと本をどうするつもりなのだろう?

 

1999・11・3・水

 昨夜この日記を書き終え、ちょうど仕事に入るまでのやや手持ち無沙汰になりがちなおりにY君が来る。結局ここを立つのを一日延ばしたとのこと。僕が貸した物は今から一つにまとめるので夜勤明けに部屋に来て欲しいと告げて去って行った。

 一昨日の仕事が殆ど嘘のように時間が経つのが速く感じられたのにくらべて、作キャは妙にしんどく、時間がややゆっくりめに流れるような気がした。 そのことと関係があるのか、昨日は若干のトラブルや段取りの変更があったのにもかかわらず、かなりのハイペースで仕事をこなしていた。ただその流れが幾分 順調ではなく、小さな断絶がいくつも起こったために、時間が長く感じられたのかもしれない。

 1時か2時あたりからだったろうか、やたら空腹感を覚えだし、それから仕事が終わるまで空腹感との戦いであった。とりあえず仕事が終わったらY君 の部屋に寄り、荷物を受け取り、風呂に入る。食堂にまだ召しが残ってないかと思っていってみたら、思った以上に残っていたので、昼食用にとおにぎりまで 作ってしまった。

 昼前に起き出し、Y君に貸していたCDを聞きながら、高橋和巳のエッセイ集『人間にとって』をひろい読みしてみる。そこにある何かに触発され、か ねてから書こうかと思っていた『邪宗門』の評論文を書こうと試みる。できることならなるべく早いうちに形にしたい(結局形になっていない)。


1999・11・4・木

昨日の夜勤は、祝日ということで5時に開始。昨日の日記は4時台に書いたもので、なんとなし落ち着かない状態だったので、何やらシリ切れトンボとい う感じで、強引に終わらせてしまった。そんな中途半端な気持ちを抱いてままで仕事場に入る。休日の夜勤ということで、言うまでもなく出勤者は多くない。僕 も含めて6人である。がらんとした工場で黙々と仕事をこなしていくのは、かなり裏寂しさを感ずる。

 昨日一緒に組んだのは、K君やM君と同じく他の課から応援に来ているKさん。一見こわもてで何と無しドサ回りの演歌歌手みたいな感じがある。最初ちょっと怖いかなと思ったが、仕事中に会話することは特になかったけれど、意外に気さくな感じのある人だった。

 8時の休み時間にジュースを買うためのお金を寮に取りに行って、工場の休憩所に戻ってみると、みんな弁当を食べていた。この日のために弁当が支給 されるよう手配されていたのだ。僕はてっきりそんなものがあるとも思わずに、4時頃コンビニで買った弁当を食べて仕事に入った。何ともやりきれない後悔の 念にしばし襲われる。

 休憩時間の話題は、専らK本さん。言うまでもなく悪口大会である。聞けば聞くほど、彼がとてつもなく「痛い系」の人間であることが分かってくる。 そういえば昨夜僕達が仕事に入るのと入れ替わりに仕事をあがろうとしたT本さんが僕やこのときさんざんT本さんの悪口を言っていたM尾君やU君のほうを露 骨ににらんできて、かなり嫌な気持ちになった。今後の彼との関係の取り方も多少考慮せねばならない。

 夜中の1時に仕事を終え、風呂に入ろうと思ったら、湯船にお湯がはられておらず、仕方ないのでシャワーだけで済ます。

 今朝6時半頃に起きて朝食をとろうと思ったらしんどくて起きることができず、結局10時半過ぎまで寝てしまった。起き出してからはヴェイユの『超 自然的認識』の続きを読んでいた。相変わらず難しい。これは頭で理解しようとしてわかるものではない。それは前からある程度察してはいた。これは自分をあ る特殊な状態におかねば理解できないところがある。そこにこの本というかヴェイユの著作の持つ何とも言い難い難解さがあるように思う。

 

1999・11・5・金

昨日の仕事は出来高はまずまずだったのだが、パレットへの商品の置き方が悪いといった細かいところで2、3度注意を受けた。また昨日主に扱っていた原料が、しばしば機械にトラブルを引き起こしがちなもので、そのためにやや苛立ちを覚えたりもした。

 休憩時間には、またT本さんの話が出る。取りようによっては愛すべきほら吹きととれなくもないのだが、しかし彼のキャラクターとルックスにあるど こか鈍くどんよりとしたものが、それを強力に拒む。そのエピソードの殆どが笑えるものなのだが、しかしその笑いもどこかひきつりを帯びてきて、後で何とも やりきれない気持ちにさせられる。

 今日、目を覚ましたのは10時半過ぎ。残り100ページ程になった『超自然的認識』を読み進める。相変わらず読むのがしんどい。これは一度読みと おしたからどうこうという代物ではない。最初に読んだ彼女の著作『重力と恩寵』に抱いた何とも形容しがたい感情の一部がふとよみがえった。結局全部読み終 えるのに2時間ぐらいかかっただろうか?その後同じくヴェーユの『神を待ちのぞむ』を読み出すが、20ページ程でなんとなく気だるい気持ちになり、布団に もぐり込んで、5時過ぎまでウダウダしていた。

 2週間に及んだ夜勤も今日で終わりだ。明日天気が良かったら、また伊吹山に登ろうかと思っている。

 

1999・11・6・土

昨夜は7時から安全会議。その後で人材の人間が集められ、12月22日で二人程やめてもらわねばならないという旨をT課長から伝えられ、思い切って やめることを告げる。別に何があるというわけではないけれども、後1ヶ月半程で京都での生活を再スタートできるというと、それだけでうれしい。 

 昨日の仕事は2、3の好条件が重なって、普段より一時間早く仕事を上がることになっているのにもかかわらず、今週一番の生産高を上げた。K君との仕事はかなりやりやすい。先週もらったシフト表を見る限り、夜勤はK君と組む可能性が高い。そうなると気が楽だ。

 4時に仕事をあがり、風呂に入り床に就く。目を覚ましてみたら、8時半。昨日ゲットしておいたパンと牛乳を食べる。だらだらとテレビを見たりして いた。10時半頃だったろうか、かねてから計画していたとおり伊吹山登山へと向かう。途中例のわき水が出る神社に行ってペットボトルに水を汲む。

 夜勤明けということで、ちょっとしんどかったが、おそらくこのあいだ登ったときとそれ程所要時間は変わらなかったと思う。ところどころ紅葉していて、ぜひ写真に収めたいと思わせる光景に幾度となく出くわした。

 帰りにディスカウント・ショップで買い物。寮で一休みをして、また買い物に出かける。今度はスーパーで半額になった弁当を買おうと思ったのだが、棚に並んでおらずかなりがっかりした。とりあえず、明日のためのパンを買い、途中コンビニで弁当とビールを買って寮に戻る。
それにしてもスーパーまでの道は自転車と歩行者に優しくない道だとつくづく感じた。

1999・11・7・日

 最終的に目を覚ましたのは9時前15分。言うまでもなく『おジャ魔女どれみ』の放映時間である。「やべ!」と思ってテレビをつけてみたら駅伝を流していた。ちょっと安心。

 昼前まで何をすることもなくダラダラと過ごしていた。その後コンビニに昼食用の弁当を買いに行く。コンビニの弁当をパクつくという行為はどうして もああも虚しさを感じさせるものか。京都にいるときはあまり口にしなかったが、たまに食べるとそのチープさがゆえにそれなりの満足感のようなものを得るこ とができたが、2週連続にもなると、そのパサついた飯や、いかにも体に悪そうな食材に心底嫌気がさしてしまう。早いところこんなところは抜け出してしまう に限るとつくづく思った。

 そういう温もりが全くと行っていい程欠けた食事の後、その虚しさと手持ち無沙汰をいささかでも解消しようとついビールを買い求めてしまった。日曜 の午後に一人飲むビールというのもこれまた虚しい。ビールの酔いが幾分醒めた後、散歩に出かける。ある家の飼い犬と少し仲良くなった。少し嬉しい。

 夕方風呂でT本さんと一緒になる。何となし気まずい気分になったが、その場に二人きりだったので、却って出るに出られず、どうしようかと思ったときに、折良くもう一人風呂場に来たので、これ幸いとその場を後にする。

 その後はヴェーユの『神を待ちのぞむ』を読み終えるのに専心する。彼女の思想を水をがぶ飲みするように飲み込むのはしんどい。しかし無理矢理にでもそうしなければどうしようもないところがある。

 彼女の思想のすべてを受け入れることはとうていできそうもないが、彼女が何かとてつもなく崇高なものを指向していたという事実とその姿勢には端倪 すべからざるものがある。それが過度にイデオロギー色を帯びる危険性があるとしても、やはり仏教にせよ、キリスト教にせよ、何か崇高なものを指向するとい う姿勢を教育の場、いや公的なあらゆる期間において実践する必要があるのではないかという気がふとした。

 例えばヴェーユは言っている。「罰が適法であるといっても、そこに何らかの宗教的なものがともなわず、秘跡と相似したものにされていなかったなら ば、なんら真実の意味がない。」宗教に胡散臭さがつきまといがちな今日において、このような思想が受け入れられる余地はあまりあるとは思えない。

 しかしあらゆる場面で紋切り型の言葉と、対症療法的な、もっと言えばとってつけたような理屈ばかりがはびこり、何一つとして根本的な解決に向かわ ないことがあまりに多い今日において、このような我々の手には負えない絶対的な何かに対して敬虔な気持ちになってみるということが、重要な意味を持つので はないか?そんな気がしてならないのである。

 もちろん先に述べたようにそれが却って必要以上に抑圧的になってしまう可能性は高い。だがしかし・・・これ以上何か書こうとすると堂々巡りになりそうなのでやめておこう。

 
1999・11・8・月
 久しぶりに目覚ましで目を覚ました。さすがに丸二週間日勤から遠ざかると、若干感覚が狂う。とりあえず今週末に戻るつもりでいる京都へとつい頭が行きがちになる。
 
 今週あたり(日勤でずっと一緒だった)T上さん以外の人と一緒になるかなと思ってはいたが、その相手は以外にもK家君。ずっととなりどうしの機械で仕事をしていたので、一応顔見知りで、仕事のことで2、3度注意を受けた受けたことがある他、2、3時間程だけだけれども一緒に仕事をしかことはあるが、本格的に一緒に仕事をするのはこれが初めて。
 
 何となし気難しそうな感じをうけるところがあって、正直言って一緒に仕事をするのにやや気後れのようなものを感じてはいた。実際一緒に仕事を始めてみると、それ程のコミュニケーション・ギャップも生じずに、それなりにスムーズに仕事を進めることができた。でも今一つキャラクターがつかみにくいところがあって、時折自分の中でギクシャクしたものが芽生える。
 
 思えば、この3ヶ月のあいだに何人の人と仕事をしただろう。さっと思いつくだけでも10人近くになる。これだけ多くの人と組まされるというのは、かりに誰と組んでも問題ないということの証左なのだろうか、それとも誰からも嫌がられてたらい回しにされているということなのか・・・まさかそんなことはないと思うが。
 
 昼の2時か3時頃だったか、ちょっとした不注意からかなり無様な転び方をしてしまった。我ながらかなり恥ずかしかった。こころなしかK家君の顔がほころんで見えた。
 
 夕方頃Nさんとちょっとしたことでもめる。相当に嫌な気持ちになったが、改めてちゃんと話をしたら分かってくれて、かなり気分がすっきりした。
 
 今週末に京都に・・・というよりむしろ後一ヶ月半で京都に戻れる気持ちのほうが強かったりする。
 
1999・11・9・火
 なんとなし不安を覚えがちなK君とのタッグ2日目。指示をだすときに指でさすだけとか、一言で済ますことが多いが、それよりもちゃんとああしろこうしろと言うときのほうが実はわかりやすかったりする[今、読み返すと何をあたりまえのことを言っているんだろう?と我ながらおかしい]。結構難儀な人だ。あの強烈なまでに仕事にタイするポリシーを貫かんとするT橋さんをT橋イズムと言った人がいたがK家くんの仕事ぶりもそれに近いものがあるように思う。後数年経てば、「K家イズム」もしくは「K家ワールド」はより強固になっていることだろう。
 
 それはともかくとして、今日課せられたノルマはやたらややこしいもので、体力的にはしんどくなくても、やたらウザくてやたら気疲れした。特に機械を調整する時間に手持ち無沙汰でボーッとしていると注意されるのがやりきれない。今日は寿史部位rにやたら空回りしてしまって、少々声がうわずってしまうくらいに頼りない気持ちになってこともあった。このことが大ボケとしか言いようのないミスもいくつか犯してしまったし。
 
 明日以降は別に体力的にしんどくてもいいから、もうちょっと流れにのって仕事ができるようなノルマにしてもらいたい。しかし、どうやらそういう仕事は、K家君が操作する機械には望まれていないようだ。
 
 それにしても誕生日が近いというのに、あまりいいことがないな。
 
1999・11・10・水
 今日は、昨日のような空回りをしないためにもと、仕事が始まる前に作業の段取りを少ししておいたのだが、結局それは今日の仕事のノルマには必要の無いものだった。変に先回りをしようとすると却って空回しすることになるという良い証左である。
 
 作業が始まる段になってK家君から今日は3台の機械を5人で回すということを告げられる。思わず血の気が引く。とはいえ、こういう時妙に負けず嫌いなところが出てきて意味もなく動こうとしてしまう。実際効率的にはともかく今日はよく動いたと自分では思う。しかし、それでもK家君の視線はなかなか冷ややかさを衰えさせることがない。午前中何度か注意を受けた。
 
 11時くらいにK家君の機械の部品を交換するためか、しばらく機械を止めていた。その間はT家さんの機械に専念すれば良いのでだいぶ救われた。
 
 午後からはかなり調子を上げ、K家君から注意を受けることもあまり無かった。
 
 何だかんだ言って昨日みたく何をやっていいのかわからない状態でいるよりは、今日みたいに常に体を動かしていたほうが充実感があっていい。
 
 K家君の機械は5時で止め、5時の休憩時間の後はT上さんの機械で働く。それまでのテンションを維持したまま働いていた。我ながらタフだと思う。まあもろいときはとてつもなくもろいのだけれど。
 
 一応の作業を終えて、休憩所で休んでいると夕方から他の機械に行っていたK家君からT上さんの機械はまだ終わっていないと注意される。終わっていないとは言っても、パソコンに打ち込んだ出来高の集計を整理しているだけで僕なんかがいてもしょうがないと思うのだが・・・
 
 今週後2日働いたら京都だ。
 
1999・11・11・木
 朝・晩はそれなりに寒いとはいえ、日中はかなり暖かい。確かにこれは暖冬になりそうだ。ちなみに今もかなり暖かく靴下無しでも大丈夫だ。靴下といえば、この仕事を始めてから。気のせいか靴下の消耗が激しいように思える。一つは少し大きめのサイズの安全靴を履いているので、靴下と靴の中がすれるためだろうか?おまけにやたらむれる。涼しくなってからは幾分マシになったが夏はかなりたまらないものがあった。
 
 K家君と4日目。考えてみれば日勤でT上さん以外の人と一週間通して仕事をするのは2ヶ月ぶりだ。とりあえず仕事で注意を受けることは大分少なくなった。それでも午前中一度かなりきつい一言をもらって、少々落ち込んだことがあった。どうも彼の指示の出し方は今一つ分からないことが多い。夜勤でたいていK家君と組んでいる同じ派遣から来ているSさんも同じことを言っていた。それでも大分ジェスチャーや視線で言わんとすることを察して実行することができるようになったが。そういえば気のせいだろうか、午後から言葉遣いと視線に柔らかみを帯びてきたように思えたりもした。
 
 ところでK家君が動かす機械で一番やっかいなのは、朝のうちに一日の全体的なノルマが把握できないことだ。朝のうちに指示されたノルマをこなし終える直前になって次のノルマを知らされたりする。これはかなりいただけない。今日などまさにその典型であった。それでもまあなんとかこれといったとりこぼしもなく仕事の段取りができたが。
 
 おかしかったのは、僕が他の機械に手伝いに行ったり、仕事の段取りをしたりと少しK家君から離れたところにいるとき、なぜかなぜかふとK家君と目が合ったと思ったら、K家君がこちらに来いという合図をしてきたことが何度かあったこと。さすがに4回目になると呼吸が合ってきたということだろうか。
 
 話は変わるが、今週から少し夕食を控えめにしているのだが、心なしかややほほがこけてきたような気がする。
 
1999・11・12・金
 ここしばらくずっと秋晴れの日が続いたが、今日は久しぶりに雨が降った。そのせいもあってかなり暖かい。最近はあまり夜中に目を覚ますことがなかったのだけれど、ここ2、3日は特に明け方より一時間前あたりから目を覚ますことが幾度となくある。
 
 今日は昨日から更にK家君の小言が少なくなった。ただ午前中彼と横に並んで作業をする時、おもむろに口を開いて、こちらが何か言われるなと思ったら、入浴中でのことをとがめられたということがあった。その入浴中のこととは、他の人がシャワーを使っている時に浴槽にお湯を出すとシャワーのお湯が出が少なくなるから控えろということであった。因みに寮の風呂を利用する人で実際浴槽につかるのはごっく少数である。いわば数の論理で難詰されたと言えなくもない。その時は「ああそうですか」で終わったけれども、後で風呂に入った時、改めてシャワーを使用している人達を見ると実に無駄な使い方をしている。あんな使い方をするために浴槽にお湯を出すのを控えろというのは、ちと解せないなとおもった。
 
 それはともかくとして3時の休憩時間の後しばらくは、ほぼ順調に仕事をこなしていた。3時半少しまわったあたりからやや調子が悪くなり、しばらく停滞状態が続く。とりあえず不調の原因となった原料の使用を止め、次の作業の段取りに入る。結局その段取りでK家君との作業を終え、7時前からK君とT上さんがまわしていた機械にT上さんと入れ替わりで行く。何だか知らないがK君との仕事はやりやすい。
 
 8時で仕事をあがり寮に戻ろうとしたとき、作業場に傘を忘れたことを思い出し、作業場に戻ったのだが、その際夜勤が始まる前の挨拶が行われている間を横切ってしまった。あいさつが終わった後に取りに行くなり、違うルートを通るなりといったやり方があったはずなのだが、ついそうした判断が働かず、最悪に近い行動に出てしまった。あれはかなりまずかった。
 
1999・11・15・月
 一昨日、昨日と日記を書いていない。例のごとく夜酒を飲んで書けなかったのだ。とりたてて書くべきことと言えば、古本屋で高橋和巳未亡人高橋たか子未亡人の回想記『高橋和巳の思い出』、それから雑誌『人間として』の高橋和巳追悼号、ヴァージニア・ウルフの『ダロウエイ夫人』、島尾敏雄の『日を繋げて』を買い求めたこと。それとチェルシー、キング・ブラザーズのCDを買ったことくらいか。
 
 古本屋で買った本はいずれもいつか買おうと思いながらも、たまたまお金が無かったり、他に欲しい本があって断腸の思い(?)で次に回すことを余儀なくされたものである。特に『高橋和巳の思い出』と『日を繋げて』は他の古本屋では、もっと高い値が付けられいたものをそれぞれ5百円かそこいらで手に入れることができた。密かに自慢なのだが、僕はこのての「めっけ物」を見つける才に恵まれているらしい。
 
 土曜の昼過ぎ下宿を尋ねてきたH口君が『高橋和巳の思い出』を酷評していた。どうもこの本特に高橋和巳の男性ファンには評判が良くないらしい。もっともH口君は『わが解体』しか読んだことがないらしいのだが、彼に言わせると、高橋たか子の和巳についての記述にある種の傲慢さのようなものがあるのが我慢ならないようだ。しかし、僕が読み取った限りでは、彼女が書いたことには、とりあえず特別な誇張や過度な思い込みがあるとは思えなかった。因みにこの「過度の思い込み」とは和巳と暮らした何年かの月日に対してであって、和巳自身に対しては相当の思い入れを抱いていたと判断せざるをえない。
 
 それから彼女が和巳の最高傑作は『邪宗門』であると思っていることが嬉しく思えた。その記述にうながされてか、もう読み返すことはないだろうとあるサークルのボックスに寄付した『邪宗門』を土曜の夜に取りに行ったりもした。
 
 今朝起きたのは、7時過ぎだったか。意味もなく本を読み散らかしたり、音楽を聞くなどしてやり過ごした後、銀行でお金を卸し、その他の雑事をこなす。京大の書籍部をしばらく物色していたら思った以上に時間を食ってしまい、ついでにその2階の食堂で昼食をとることにした。それにしてもあそこの書籍部に行くたびにレヴィナスの『存在の彼方に』を手に取るが、未だ買うに至っていない。今日何ページか立ち読みしたが、何かじっくり読まねばならないと思わせるものが感じられた。
 
 下宿に戻ってすぐにバス停に向かう。今日まだ天気がもつと思っていたのだが、少し生暖かい空気をあおるような雨が降る。メガネ屋で何かの景品としてもらったチャチなおりたたみ傘をさしていた。バスと電車の中で山川方夫の『愛のごとく』を読んでいた。高橋和巳も哀しい人だったが、この人も何か例えようのない哀しさをまとっている人だなと思った。
 
 今週の夜勤は土曜日まである。再来週の夜勤もそうだ。少しうざったい。
 
1999・11・16・火
金曜日の夜のそそうをとがめられるかとややビクビクしながら夜勤入りしたが、全く何も言われなかった。これを寛大さととるべきか、ああいう礼節を欠いた行為をとがめるだけの常識を欠いているというべきだろうか?
 
 工場に入ってFさんと目があったとたんに、僕がここを去るとき、自転車をゆずって欲しいと言われた。
 
 今週もこのあいだの夜勤と同じくK君とペアを組んだのだが、昨夜Kくんは渋滞に巻き込まれたとかで、一時間程遅れてきた。それまで雑務に従事していた。
 
 9時過ぎくらいからK君と仕事を始める。昨日課せられたノルマがわりに気楽にできるものだったこともあって、これといった問題もなく仕事をこなしていた。K君とはとりあえず仕事をやる上での波長が合う感じがして、やりやすい。
 
 となりの機械では、M君と同じ派遣会社からの斡旋で2、3日程前から来ているK山君が働いている。はたから見ていると妙に仲良く話しながら仕事をしているのがおかしかった。休憩時間にK山君と話をしたが、わりに本が好きらしいが、Y君ほどの強烈さは無かった。
 
 仕事の後、風呂に入るが、このあいだのK家君の言葉が気になって、思うように湯を湯船にはることができず、あまり温まることができなかった。
 
 10時半過ぎに起き出し、『ダロウェイ夫人』を読み進める。文章の流れと内容の流れが乖離しているというか、文体のリズムに乗っていると、つい内容がつかめていないことにふと気がついて、少し前の箇所から読み進めるということが幾度となくあった。少しこれまで読んできた本と読みにくさが違っている。 以前同じ作者[ヴァージニア・ウルフのこと]による『灯台へ』を読んだときも同じような印象を抱いたがか。
 
 二時前くらいに読書疲れ(?)と寒さのためか、布団にもぐりこんで、五時くらいまで寝ていた。本当は今日のうちに『ダロウェイ夫人』を読了しておきたかったのだが。
 
1999・11・17・水
 昨日から今日明け方に見られるはずだったしし座流星群は、天気のために見ることができなかった。普段そんなこと気にもとめないと思える仕事場の人達でさえ、テレビで報じられる流星群の話に興味をそそられたのか、結構そのことを口にしていた。
 
 昨日の夜勤は仕事の流れにそれ程の支障はなかったが、後半体が少ししんどくなり、いつもに比べて動きが緩慢になった。それから昨日の日記に書いた仕事のミス、K係長の失笑をを買うだけに止まったそれをT課長からややきつい口調で注意される。どうもあの人に「お前」呼ばわりされると妙にむかつく。
 
 それから11時の休憩時間にゲットしておいたパンと牛乳(前にも書いたかもしれないが、日勤の人のために夕方5時に支給されるもの。たいてい3つか4つ残る)が2時の休憩時間には跡形もなくなくなっており、その側の機械で仕事をしていたU君とM尾君に対してどうしても憮然とした態度にならざるを得ない。
 
 どうしても体から放出してしまうピリピリとした空気に向こうも気づいたか、休憩時間中ずっと黙りこくったまま。またこの2人は残業をせずに我々より1時間早く仕事をあがったらしく、何だか避けられているようで気分が悪い。後でU君と風呂場で会った時も、僕の姿を認めたらすぐにその場を立って行ってしまった。また昼にカップめんを持って食堂に行く途中で会ったときも何やら憮然とした面持ちで何も言わずにすれ違ってしまった。どうもこういうことがあるとブルーになる。
 
 さて今日は妙にしんどくて、12時近くまで寝ていた。読みかけの『石蹴り遊び』にもなかなか食指が動かない。それでも1時頃から読み始めるが、何か上っ滑りな言葉の連続に少々嫌気がさしてしまう。しかし無いかがあるような気はしており、多少なりともそう思うからこそ、読んでいるわけだが、どうにもこの小説を自分の中でどう位置づけどう読み進めていってよいのかよく分からない。
 
1999・11・19・金
 
 
 昨日は、水曜日にやらかしたミスとほぼ同じミスを3回もしでかしてしまい、かなり気まずい思いをした。生産高そのものは今週中一番だったのだが、僕自身の判断力はかなり鈍っていた。おまけに昨夜もゲットしておいたおにぎりがなくなっており、しかし怒るタイミングを逸してしまい、ずっと憤懣やるかたない気持ちに悩まされた[このあたり、今読み返してみると、自分の狭量さに我ながら嫌気がさす]。更にこの間からその傾向はあったのだが、M尾君の口のきき方がやたら生意気というか、はっきりとこちらをなめているものになってきていて、余計に腹立たしさを覚える。今日あたり一言言っておくべきではないかという気がしている。
 
 今日も目を覚ましたのは、やや遅め。それでも11時だから他の夜勤の人からすると相当に早い。
 
 また『石蹴り遊び』の続きを読み進める。この小説、後半に至って更に文章の内容が細切れというか、『ダロウェイ夫人』とは別の意味で、文章の流れと内容の流れとが乖離していて、やたら読みにくい。そして全体の約5分の3ほどで本編が終了し、残りの非常に細かく章立された文章は、その章末に記された番号の章へ──それは同じく細かく章立てされた本編でもあるし、そのいわば付録部分でもある──章へと読み進めるという形式をとっている。どうも作者コルターサルの意図がはかりかねる。
 
 しかし、スペイン語、英語、フランス語の引用、おびただしく挙げられる文学者、ミュージシャンや作曲家、哲学者の名前などを考慮すると訳者の後書きを読むまでもなく、その訳行は相当に難航したであろうことが容易に想像できる。
 
 何はともあれ、本編を読み終え、とりあえずは付録の冒頭の章から始めて胃か章末に記された章数に従って読んでいるのだが、当然のことがならそうすると既に読んでしまった章を読むことを余儀なくされる。まあいい加減にしか読んでいなかった所を改めて読み直すいい機会とは思っているのだが・・・
 
 それから昨夜T課長から来週も夜勤をやってくれと言われて承諾した。このままでいくと12月は夜勤がないということになる。
 
1999・11・20・土
 
 
 どうも一昨日の夜から、というよりその予兆は一、二週間前くらい前からあったのだがM 君・U君との仲がぎくしゃくしだして、居心地が悪い。昨夜は結局彼らと一言も口をきかなかった。なんでこんなことになるのか・・・ 以前Y君とFさんが言っていた会社の雰囲気の悪さが遠因となった結果なのか・・・
 
 それに加えてあらかじめ覚悟していたことだが、一昨日のミスをT課長からややきつく注意された。殆ど弁解の余地無く、責任は僕にあるのだが、なぜか「いやそれでも・・・」と言いたくなる気持ちが起こってくる。
 
 作業が終わって、就業時間終了までの間M尾君やU君と顔を合わせるのが耐えがたく、別の休憩所でやり過ごして寮に戻った。「さあ帰ろう」と遠くから声をかけてきたK課長の明るい顔つきに一抹のかげりを認めたのは、こちらの気持ちの表れだろうか?
 
 腹も減ってたし、風呂にも入りたかったのだが、あまり人がいるところにいたくない気持ちになり、6時半に目覚ましを合わせて、いったんは寝ることにした。その後しばらくして、玄関を開け閉めする音と、人の声が聞こえたが、もしかしてあれはM尾君とU君ではなかったろうか?
 
 目覚ましの音で目を覚まし、体がしんどいので起きるのをやめようかとしばし布団に体を執着させたが、結局は空腹感に堪えきれず、朝食を食べに行く。昨夜のおかずの残りの玉子とじカツがあったので、つい手が伸びてしまった。その後風呂に行くと、調度良い加減の湯が湯船一杯に張ってあり、ちょっと気分が良くなり、いつもより少々長湯をした。
 
 再び布団にもぐり込み、12時近くまで寝る。朝の番組でたまたま目にした占いコーナーでさそり座のラッキー・アイテムは散歩というのにうながされて、天気も良かったので、久しぶりに散歩をした。この辺りの紅葉が綺麗で、ぜひカメラに収めておきたいなと改めて思った。
 
1999・11・21・日
 おそらく最初で最後となるであろう土曜の夜勤。M尾君と顔を合わせづらいなと思っていつもの休憩所で所在なげにやり過ごしていたが、彼といつも仕事をしているU君だけが、その場に現れた。何か用事があって来ないとのことだったが、もしかしてこちらの避けているのでhないかと、あらぬ思いがふと頭をよぎる。そしてU君とも何となしギクシャクしている状態だったのだが、仕事が始まってすぐくらいに、ちょっとしたことだったが、仕事を手伝ってくれ、やや胸のつかえがとれた。
 
 さて、作業そのものは何時になくトラブルもミスもなく、K君からの指示も必要最低限に、ひたすら黙ったまま仕事をこないsていた。
 
 それはともかくそてい、土曜の夜勤は祝日のそれと同じく、夕方5時から夜中1時まで。このあいだは8時の休み時間に弁当が出たので、今回はあえて何も食べずに仕事に入ったのだが、土曜の夜勤は弁当なしのようだった。一応寮の食事は用意してあるので、当然と言えば当然なのだが、それなら8時の休憩時間を少し長めにしてゆっくり食事をとれるようにとりはからってくれてもいいのにと思った。5時前に夕食を食べるには早いし、8時の20分間の休み時間のうちに食事をして、再び仕事に入るというのも、あまりに気ぜわしすぎる。
 
 結局昼にカップ・ラーメンを食べた後、12時間何も食べない状態で仕事を終えると極限状態とまでいかなくとも、何か腹に入れたいという欲求が否が応でも怒ってくる。寝る前に食事をとるのはよくないと思いながらも、ビールを片手にカレーをパクつく。そうしながらテレビを眺めていたら、いかにもオタク向けっぽいアニメ番組が始まって、こんな時間に好きこのんでこんな番組を見る奴ってどんな生活をしているのだろうと少々不思議になる。
 
 今朝8時半をかなりまわった頃に目を覚ました。風呂上がりにビールを飲んだのが悪かったのか、鼻がぐずつき、しかも胃が重い。『おジャ魔女どれみ』の後半部分がかろうじて見れた。
 
 9時半過ぎに買い物に行く。いつものディスカウント・ショップで明日からの夜勤の昼食用のカップメンを買うが、これまで買ったカップメンしか特売になっておらず、さすがに少々嫌気がさす。恐らくここまで頻繁にジャンクフードを口にすることはこの先そうはないだろう。それから紅葉を撮るためのフィルム。本当はこのあいだ京都に戻ったときにあらかじめフィルムを買っておいたのだが、カメラだけ持ってきて、フィルムを忘れてしまったのだ。
 
 帰りにコンビニで弁当とビールを買い求めるが、ラガーやドライなどのいわば売れ筋のビールが一割近く安くなっており、思わず嬉しくなるが、その反面周辺の小売店の酒店から客足が遠のくだろうと思うと、少々複雑な気分になる。
 
 昼過ぎにビールを飲みながら、島尾敏雄の『日を繋げて』を読んでいた。表題作は作者の不倫を端に発した夫人[つまり島尾ミオ]との葛藤を描いた作品群の一つなのだが、その中の夫人のセリフ「あたしも死ぬまでにいっぺんくらいそんな色とりどりのパンティーをはいてみたい。」これには笑った。おそらくは非常に緊迫した状況の中で発せられた言葉であり、言った本人も相当に切実な思いを込めて口にしたのだろうが、読む側には、このセリフだけが他の文章からポコっと浮き上がって思え、その部分だけを読み直しては一人苦笑していた。例えばつげ義春の『無能の人』にも似た悲哀に満ちたユーモアがある。
 
 2時頃だったか、酔い冷ましも兼ねてカメラをもって散歩に出かける。工場だの大型トラックが行き交う国道などが景観を損なわせているが、少し目をこらしながら歩いていると、本当にこのあたりは絵になる情景が多いのだ。ビールの酔いにあおられて結局フィルム一本使ってしまった。もし今度の夜勤明けの土曜、天気が良かったら伊吹山に登って、そこでまた紅葉を撮ってこようと思う。多分明日からの夜勤がここでの最後の夜勤だ。
 
1999・11・22・月
 夜勤ではあるが、日勤と同じ時間に起きた。何だか久しぶりに6時に起きて、ちゃんと朝ご飯を食べたような気がする。8時半頃に用事があって銀行に行く。ついでに郵便局で年賀葉書を買おうと思ったのだが、おいてあるのは鉄腕アトムの絵柄が入っているもの。「いくらなんでもこれでは・・・」と思い、結局買わずに寮に戻る。 それにしても行きは手が冷たくて閉口したのに、寮に戻ったときは汗ばんでいるというのは、何とも不思議な気がする。
 
 寮に戻ってからは、朝も少し読んでいた横光利一の作品集に収められたいる『上海』を読んでいた。同じ上海(だったと思う)を舞台にしたということで、武田泰淳の『蝮のすえ』うをつい思い出してしまう。しかし、背景がやや複雑で、少々理解しづらいところが多い。
 
 この中央公論から出ていた作品集を購入したのは、今年の5月頃だったか。横光利一は非常に知的で緻密な小説を書くかと思えば、収められているいくつかの作品を読むと、自分が勝手に思い描いていたものとかなり隔たっている。特に卑弥呼を主人公にした『日輪』はいかにも前時代的な読み物という感じがして、かなりはぐらかされた思いがした。
 
 山川健一が彼の文章にブリティッシュ・ロックと同じ匂いが感じられると言っていたのは何だったのか?そんな疑念が嫌でも頭を持ち上げてくる。どうも読み手をハっとさせる何かが欠けているような気がしてしょうがない。
 
 そうは思いながらも、とりあえず読み始めたのだから、最後まで読まねばと半ば意地になっtえこのあいだ京都に戻ったときにこの作品集をここに持って来たわけだ。しかし、半年の間を置いて再び読み始めたところで、さして印象に変わりがあるわけではない。やはり半ば意地で読み進めていた。ただ、短編「機械」には文章のリズムの面白さがが感じられるが。
 
 それにしてもキング・ブラザーズを聞きながら日記なんて書くもんじゃないな(※)。
 
 
※工場の寮で、キング・ブラザーズを聞きながら横光利一について書くというのも、相当にシュールだなとこの日記を読み返して思った。
 
1999・11・23・火
 昨夜仕事入りしようと事務所のタイムカードに手を伸ばすと、H君からの葉書が。このあいだ京都に戻ったとき、22日飲み会があるという話は聞いていたが、京都までの往復の時間と交通費のことを考え、一応行けないだろうと言っておいたのだ。飲み会に集まるであろう、ここ3、4ヶ月から半年合っていない連中のことを思うと、行きたいのはやまやまだが、しかし…という気持ちはぬぐえない。
 
 とにかく当日でもいいから連絡をくれという葉書の言葉に促されて、H君の家に電話をする。奥さんが出てきて少し話をした。彼女と話をするのも2ヶ月半ぶりだ。「来月に帰るから、そのときにゆっくり」ということを重ねて言って、公衆電話の受話器を置いた。
 
 今週の夜勤もM尾君と顔を合わせなければならない。若干きづまりかなと懸念していたが、別に何ということもなく普通に接していた。仕事を始めるあいさつの後、行ってくれと言われた機械はT本さんがまわすことになっている機械。なんとなしそんな気はしていたが、とりあえずそつなくこなそうと思って仕事の段取りをするが、当のT本さんは現れず。何をするということもなく、彼を待っていたら、I原係長がやってきて「T本は休むと言っているから、N村のとこへ行ってくれ」という胃。N村さんはわりに一緒に仕事がやりやすいので、少し救われた気になる。しかも祝日前で4時にあがれるというし。ついでに明日も T本さん、休んでくれないかなと思う。その可能性は高いような気がするが。
 
 昨夜の仕事はおどろくほど早く終わったように思えた。殆どトラブルが無かったせいもあるだろう。初めてN村さんと組んだときは、かなり色々注意を受けたものだが。しかし、本当はとなりで機械をまわしていたO原くんとやりたかった。
 
 仕事が終わる頃、やたら腹が減って、風呂上がりそのまま食堂に行き、つい昨夜の残りのビーフカツに手が伸びてしまった。朝方5時前にビーフカツを食べるというのも、そうそうないことだろう。しかし、とにかくそうでもしないと空腹感が治まりそうになかったのだ。また他に適当なおかずも見あたらなかったし。
 
 昨日早起きをした反動か、今日は11時過ぎまで寝てしまった。言うまでもなく、胃が重い。読みかけの横光利一もなかなかページが進まない。とりあえず『上海』も無理矢理読んでしまったが、結局これといった魅力を感じることができなかった。「これのどこが新感覚派なんだろう?」と。これが書かれた時代から100年近く隔たってしまっていることにふと思いをはせる。残る長編『寝園』も2、3ページ読んでみたが、あまり期待できそうではない。
 
1999・11・24・水
 恐らく最後になるであろう祝日の夜勤出勤。このあいだの文化の日の夜勤出勤は僕も含めて6人というかなり閑散とした中での作業であったが、昨夜は殆ど平日とかわりない人数が出勤していた。
 
 仕事に入る前に一昨日の京都での飲み会のことが気になってH君のところに電話をするが、H君は不在であった。かわりに奥さんから様子を聞いたが、わりに淡々としたものであったとのこと。それでもできたらその場にいたかったという気持ちはぬぐえない。京都での生活の再開も後一ヶ月足らずのことだと思うと、いささか大げさに聞こえるかもしれないが、何かこみ上げてくるものさえ感じる。
 
 昨夜一緒に組んだのは今週の夜勤の責任者であるI原さん。普段は出来上がった製品をリフトで移動させたり、原料を各機械に運んだりする仕事をしていて、機械の操作に携わることはまずないと言っていい。I原さんくらいのレベルになると一緒に仕事がしやすいとかしにくいという範疇外という感じがして、良くも悪くもこれといった感想を抱きにくい。
 
 それに昨夜は機械の操作と並行して、リフトに乗っての作業も行わねばならず、しばしば他の機械のオペレーターが加勢に来てくれたり、僕が分かる範囲で仕事を進めたりしていた。実は僕はオペレーターがいない状態でどれだけ自分が仕事ができるか試してみるという意味で、昨夜の状態はわりに僕には好ましいものだったりする。こういうところにもMに「一人が好き」と言われる由縁があるのか、とふと思ったりもした。
 
 それかr秋脳仕事が始まる時の挨拶で、「今日は弁当無し」と言われて、思わず目の前が真っ暗になった。誰の責任か知らないが、弁当を注文するのを忘れたらしい。そりゃあんまりだろうと思っていたが、誰かがコンビニで弁当を調達したようで、ホっとする。 8時の休憩に近づく頃は空腹のために力が入りが悪かったくらいなのだ。
 
 とにかくこれといったトラブルもなく1時に仕事を終え、いったん寮で寝てから6時半頃に起きて朝食と入浴済ませ、また寝直すことにした。なぜだか12時まで寝てしまった。
 
 昼からヴェイユの『ロンドン論集と最後の手紙』を読むが、やはり難しい。一つ一つの単語も文章も難解なものではないはずなのに、その一つ一つの単語に込められた意味を深く読み込んでいく努力を積んでいかねば、文章の意味は拡散してゆき、頭に何も残らなくなってしまう。しかしこうやって、ここで本を読んでいると、ここを離れた後どうやって本を読む時間を確保できる生活をしていこうかとつい考えてしまう[そんなことばかり考えているから、数年後も定職に就けないハンパ者人生を歩むことになるのである]。
 
1999・11・25・木
 昨日の夕方、食堂でT本(いい加減彼に「さん」づけするのもバカバカしくなってきた)とかち会う。今日こそは彼と組むことになるのだろうと思い仕事に入る。仕事開始のあいさつの時にはその場にいたのだが、いざ作業に入ると所定の機械に現れない。
 
 しばらくして責任者のI原さんに呼ばれる。もしかしてと思ったら、やはりT本は休み。しかし、繁忙期の渦中ゆえ、機械を止めるのはなるべく避けたいので、N村さんとFさんが機械を回して、2台の機械の助手を僕がやるという体制で仕事をしてくれとのこと。
 
 T本との仕事もうざいが、2台の機械の仕事をこなすのもかなり辛い。とはいえ、さすがにいやとは言えないので、とりあえずできる限りのことはすることにした。
 
 因みにFさんは殆ど助手専門でこれまでずっとやってきていて、機械の操作に関しては、殆ど素人と同然。N村さんはN村さんであまりバリバリ仕事をこなす人ではないので比較的楽ではあったはずなのだが。
 
 10時を過ぎた頃だったかN村さんへ電話の呼び出し。何事かと思えば、お子さんが熱を出したので、至急自宅に戻らねばならないとのこと。結局僕と Fさんが組んで機械をまわすことになった。正直言うと、かなりホっとした。しかし残りの時間は何故だかやたらだるくて、別にしんどいノルマが課せられているわけではないのに苦痛に感じられた。
 
 今日目覚めたのは、11時過ぎ。室9度が高いのか、妙に倦怠感を覚えてしょうがない。それでも何とか『ロンドン論集と最後の手紙』を読み進める。第2次世界大戦のヨーロッパ情勢についての予備知識がないと理解しにくい箇所が多いが、「政党全廃に関する覚え書き」は非常に興味深い文章だった。今のこの状態から政党をなくすことはまず不可能ではあると思うのだが、しかし些末な意見の食い違いから離合集散を繰り返す政党のあり方を見つめ直す上では、このようなある種極端な意見がかえって多くの示唆を与えてくれると思う。
 
1999・11・26・金
 うわさによるとT本は肋骨にひびが入ったとのこと。ということは、残り二日の]夜勤は2台の機械を3人でまわすという体制になるのかと思い、やや憂鬱な気持ちで、昨夜仕事入りした。しかし、仕事開始のあいさつの時に、今週日勤の筈のK川君の姿が。どうやらT本の代わりに夜勤にまわされたらしい。T本と仕事をせずに済み、なおかつ2台の機械を3人でまわすというしんどいことをしないで良くなったという一番望ましい形態に落ち着いたわけだ。 K川君は昨日の朝、出勤したときに今日は夜勤に行ってくれと言われ、いったん自宅に戻ることを余儀なくされたらしいが。
 
 K川君が来たということはまた彼と組むのかと思ったが、実際はN村さんと組む。どちらにしても大差は無いが。昨夜N村さんがまわした機械はN村さんには不慣れなものらしく、普段にもましてペースは遅め。最初のほうは手持ち無沙汰で意味もなく仕事場をうろうろしたりしていた。とりあえずトラブルは起きなかった。
 
 夕飯は多めに食べていても、やはり食べてから10時間以上も経過している仕事の終盤には、さすがに腹が減る。夕方に出るパンの残りがあれば、それでしのげるのだが、今週は特に残らない。
 
 仕事の後風呂に入り、そのまま飯を食いに食堂に行くが、朝食用のおかずが全く残っていない。あまり悪口は言いたくないが、こういう非常識ぶりを目の当たりにすると、ここの会社の社員教育はどうなっているのかと言いたくなってくる。言うまでもなくこんなことは会社で教えるような類のものではないかもしれないが、まがりなりにも会社の管轄内の建物の中で生活している人間の行為なわけだから、そこになにがしかの会社側の管理の目が入らねばならない。
 
 別に子供じゃないのだからハシの上げ下ろしまでやかましく注意することはないのだが、あまりに基本的なエチケットやマナーがないがしろにされたまま、放ったらかしにされている気がしてならない。食堂の台所に散乱している食い散らかされた食べ残しを載せた皿の山を見る度にため息が出る。それはともかくとして、朝食時には昨夜の残りの肉団子をおかずにした。あまりに寝る前に食べるものではないが。
 
 今日もまた11時半頃に起き出した。前は10時半にはたいてい起きていたので、寝過ぎたと思ってしまうが、実は10時台に起き出すほうが普通ではないのだ。
 
 12時にいつもどおりカップめんを持って食堂に行くが、食堂の湯沸かし器の調子が悪いのか、お湯がぬるくおかげで生煮えのメンをするらねばならない羽目に陥る。普通体に悪いとシリながらもつい飲んでしまうスープもさすがに今日は全部捨ててしまった。
 
 その後はヴェイユの『ロンドン論集と最後の手紙』を読む。手紙のところに入って大分読みやすくなった。
 
 4時前にテレビをつけたら『ポンキッキーズ』をやっていたので見た。『知らばか』の再放送なんかやらずに一週間とおして『ポンキッキーズ』を流せばいいのにと思う。
 
 
※こうやってどうでもいいことをダラダラと書き綴っているのは、話し相手がいないためだろうと思われる。こうやってワープロに起こしながらこの日記を読み返していると、「何言ってるんだ、お前は?」と自分に突っ込みたくなる。
 
1999・11・27・土
 昨日夕飯のカレーライスを食べ過ぎたために、仕事に入ってしばらくはやたら腹が重たくてしんどかった。トイレでちょっと吐いたりしても今一つすぐれない。11時の休憩時間前後が一番つらくて半ば本気でI原さんにことわりを入れて仕事をあがろうかと思った。11時の休憩時間に再び吐き気をもよおす。
 
 10時頃T課長にもらった夜勤のシフト表で再来週また夜勤をやらねばならないと分かって、やや憂鬱な気持ちになったのも手伝ってか、体全体が重かったのだが、この時に吐いたことによって大分楽になった。その後はごく普通に仕事をしていた。仕事をあがってそのまま風呂にも入らず布団にもぐりこむ。
 
 今朝9時頃だったかに一度起き出し、昨夜ゲットしておいたパンと牛乳を食べ、再び床に就く。結局今日もまた12時近くまで寝てしまった。天気予報では、曇り時々雨であったが、空を見上げると結構晴れていたので、思い切って四度目の伊吹山登山に出かける。今回は例のわき水が出る神社ではなく、登山口の近くにあるわき水で水をくんで登り始めた。
 
 登山口まで自転車を走らせている間、山の中腹から山頂にかけて所々雪化粧をしているのをみとめ、少々不安を覚えたりもしたが、強引に登ることにした。
 
 雪化粧をした状態では、登山客に出くわすこともごくまれだろうと思いきや、意外に人に会った。とは言え、これまで登山中に会った人の数に比べるとかなり少ないが。
 
 四合目あたりまではあまり雪を目にしなかったのだが、それ以降は雪化粧をした風景がずっと目の前に広がり、また地面もずっとぬかるんでいた。おかげでジーンズのすそをずいぶんと汚してしまった。
 
 本当は紅葉を撮るつもりでカメラを持って行ったが、結局は雪景色を撮るのにフィルムを費やすことになった。山頂付近の店はのきなみ閉まっており、しかもその時若干空に雲がかかって僕一人しかいない山頂でさすがにやや心許ない気持ちになった。
 
 山を降りてそのままいつものスーパーで買い物。スーパー中の総菜屋の最後に一つ残った弁当をどうにかゲットする。帰りにコンビニでビールを買って寮に戻った。何はともあれ思い切って登山を決意しておいて良かった。
 
1999・11・28・日
 昨夜は登山の疲れが思った以上に身体に影響をおよぼしており、日記も布団の仲でうつらうつらしながらもどうにかこうにか書いたという感じだった。そしてその疲れは今日までひきずることになる。
 
 今日の夜中3時頃から幾度となく目を覚ましながら8時過ぎまで寝てしまう。日曜の定番『おジャ魔女どれみ』を見た後アランの『精神と情熱の八十一章』を読もうとするが、またうつらうつらし始めて、そのままうつぶさになったと思って、ふと時計に目をやると11時。これ以上布団に身を委ねてもらちがあかないと、やっとのことで完全に布団から離れる。とりあえず一週間分たまった洗濯物を洗濯機にぶち込みコンビニに昼食の弁当を買いに行く。またまた性懲りもなくビールを買ってしまった。
 
 寮に戻ってからは、ビールを飲みながら一度読んだ本を再び読み散らかしたりしていた。3時をまわった頃であったか、再来週の夜勤の昼食用のカップめんを回にディスカウント・ショップまで自転車を走らせる。もともと雲行きがあやしかったのだが、帰りに雨に遭い、少々並行した。
 
 それにしても一昨日から急に寒くなったとはいえ、本当はこんな生ぬるいものではないだろう。寒さが本格的にならないうちに早いとこここを脱出せねばと改めて思う。
 
1999・11・29・金
  2週間のブランクを経ての日勤。何だかやたら新鮮な感じがする。やはり労働時間が長くても、朝から働いているほうが調子がいい。
 
 今週は、ひょっとするともしかしてとは思っていたがO原君と組むことになった。因みにO原君の受け持ちの機械は、K家君と一週間毎の交代でまわしているもの。つまり片方夜勤のときは、片方が日勤のときにまわすというサイクルをなしている。
 
 何となしO原君と一週間通して一緒に仕事をしてみたかったので、ちょっと嬉しい。 しかし午前中は何となし機嫌が悪そうで、表情も仏頂面に近かったような気がする。それはさておいても、前にも書いたようにこの機械に課せられるノルマはややこしいことが多い。今日も昼過ぎまで妙に気ぜわしかった。そして時々オペレーターが機械相手に悪戦苦闘しだして、やたら手持ち無沙汰になり、これまた何やらおいてけぼりにされたような、少々心細い気持ちに襲われたりする。
 
 特に今日は、4時半頃からそんな感じになった。幾度となく機械の部品を調達し、少し製品を加工しては、それを廃棄処分にし、また機械を調整しなおす。そんなことの繰り返しである。ただ5時以降はとなりのT上さんがまわす機械の助手が帰ってしまったので、そちらの手伝いもすることになり、幾分気分が紛れた。
 
 ついでに言うと、この5時に仕事をあがったM上君も最近派遣から来たバイトである。本当は彼ともう一人来ていたはずなのだが、そいつは2日でやめて夜逃げしたらしい。Y君が辞めてから幾度となくこんなことを繰り返しているような気がする。これはどこかに根本的な欠陥があるために生じることだと思えてしょうがない。
 
 そういえば、今日も二人派遣の営業の人に連れられて工場見学に来ていた。何だかやるせない気持ちになる。
 
 仕事を終わって京都の友達M岡のところに電話をする。吉田寮ライブの日程を確かめたのだ。おそらく10日、11日だと思っていたが、17日、18日だという。かなり頭に思い抱いていたヴィジョンがくずれたしまった。
 
1999・11・30・火
 11月もとうとう末日。ここを去る日も秒読み段階に入ったと言ってもいいだろう。
 
 金曜の晩あたりから急に寒くなり、作業服の下に厚手のシャツを重ねるようにしたのだが、作業中は暖房が入るし、何より常に体を動かしているので、いつのまにか汗ばんでくる。特に今日は日中結構晴れたので、かなり気温が上がったようで、思わずシャツを脱いで作業服を着直して作業し、結局そのシャツを作業場に忘れてしまった。
 
 O原君との仕事2日目。やはりあまりややこしくないノルマかと思っていたが、なぜだか妙にウザいことが多かった。どうも今一つ悠々自適という感じで仕事ができない。まあ課せられたノルマその他の関係で仕方がないところもあるが。それよりO原君がややいらついた顔つきになることが昨日より多かったように思えるのが気になった。
 
 それから普通T上さんがまわす筈の機械を珍しくO野さんがまわしていたのが不思議に思えた。普通O野さんは一人用の機械について働いているので、こういうのは珍しいのだ。当のT上さんはどこで働いていたのかよく分からない。
 
 昨日となりの機械の助手をしていたM上君は昨日ケガしたためか出勤していなかったし。どうもこの工場における派遣からのバイトには何か邪悪なものがとりついているのではないかなどとバカなあことを考えてしまう。
 
 そういえば、このあいだ2日でここから逃げた派遣の人間の代わりの奴が今日から仕事に入っていた。昨日も書いたが、こんな短期間の間に人が入れ替わり立ち替わり出たり入ったりするというのは、どこかおかしいと思わねばならない。
 
 今日仕事の終わりにT本から雇用契約書を渡される。もちろん契約期間は12月22日までである。ちょっとした感慨がわかないでもない。