思い出のアルバム第7回
キンクス『不良少年のメロディ』
緑をバックにしてスポットライト(?)を浴びたその少年はズボンをおろし、お尻を出している。当然のようにその目からは幾粒かの涙が。そしてその少年を威嚇するかと思わせる鞭を持ったやせた男のシルエット。多分にマンガチックなキンクスとしては異色であるジャケットにくるまれた一枚のレコード、それが『不良少年のメロディ』である。
日本で出たキンクスのアルバムの殆どはこれと言って日本独自の邦題をつけられたことは無かったと思うけれどこれと『この世はすべてショービジネス』は別。そしてこの邦題は安易といえば安易だけれど、とても良いと思う(ついでに言えば後者も独特のチープさが感じられて好きだ)。このアルバムの原題をそのままカタカナ表記したタイトルを邦題にするより百倍良い。本当のところは良く分からないけれど、あまりセンスの無い人があまり深く考えないでつけたタイトルだというような気もしないではない。それが妙にはまってしまうのがキンクスらしいと考えるとちょっと楽しくなる。
良く知られているように、このアルバムを出したRCA時代のキンクスはあまりにレイ・デイビスの趣味を満開させ過ぎたためにものの見事に売れなかった。確かにマニアと名乗るには、あまりにおこがましいとは言え、それなりのキンクス・ファンを自認する僕でさえもかの『プリザベーション 第一幕』と『同 第二幕』はまともに聞いたことが数えるほどしかない。それでもクソッタレの(?)RCA時代の最後を飾るこのアルバムは手に入れたのがちょうど高校を卒業した直後ということもあって、独特の感情を抱きながらよく聞いていた。思えばRCA時代のレコードが廃盤になって久しい状況の時期にあまり良い状態ではあったけれど、とりあえずまともに聞ける国内盤がそれほど高くない値段で手に入れることができたのは結構貴重だった。しかも歌詞カードに訳詞もついていたのは有り難かった。多分あの頃RCA時代のキンクスのアルバムと言えば、どこかの国から出てたこの『不良少年のメロディ』とその前の『ソープ・オペラ』のカップリング盤くらいではなかったろうか?それだってどこででも手に入るなんて代物ではなかった。とにかくアルバムを手に入れたのと高校卒業とが微妙に交叉したのは、それなりに象徴的に思えたことは間違いない。ただただロクでもないだけの高校生活だったが、その卒業式もただくだらないだけ。だから余計にこのアルバムで歌われる卒業式に逆説的な感慨を覚えたという印象が強く残っている。
それにしても『ヴィレッジ・グリーン』あたりから二十歳代の人間に相応しからぬ、イギリスの伝統への懐古や市井の人々の悲哀を歌にしてきたレイ・デイヴィスとキンクスが何故ここにきて、やりたい盛りの十代の少年を主人公にしたコンセプト・アルバムを作ったのか、という疑問がふとわいてきた。十代の少年とは言っても、これはある程度の年齢に達した、まあ要するに当時のレイ・デイビスくらいの年齢のかつての不良少年の回想という形態をとっているのがミソかもしれない。なにせこのアルバムのオープニング・ナンバー「スクールデイズ」は次のような出だしで始まる。
「もしあなたが人生のうちで最も幸せだった時期に思いをはせるなら
ちょっとの間過去に目をむけなさい
あなたが幼かった頃を思い出してごらん
悲しい出来事は考えず
ただ楽しかった時のことだけを考えなさい」
同じ十代の少年をテーマにしたフーの『四重人格』とは随分趣が異なる。というよりその少年に対する眼差しが全く違うのだ。『四重人格』の主人公ジミーはとりあえずあのアルバムの中ではずっと少年のままであり、そのジミーの眼差しで基本的にストーリーが綴られていた。だからこそあのアルバムで語られた幾つかのエピソードは時に生々しくさえ映る。それに比べると『不良少年のメロディ』の場合、そこで語られるエピソードのどれもが独特のノスタルジックな柔らかさに包まれている。時折非常に意識し合ったピート・タウンゼンドとレイ・デイビスという二人のクリエイターの資質の違いをよく物語るものだ。そういえばこのアルバムを発表した頃のキンクスのステージでは、レイ・デイヴィスが校長先生(アナログのB面二曲目のタイトルである「ヘッドマスター」のこと。冒頭で触れた鞭を持った男のシルエットの正体でもある。)のお面を被ったり、スクールボーイの格好をしたらしいが、これも『四重人格』が映画化されたのと対照的だと言える。
ところでこのアルバム、他のキンクス・ファンの中ではどんな位置づけなのだろうか?鳥井賀句氏や山川健一氏はこのアルバムをフェイバリットに挙げてはいるが、しかし『ロック名盤』みたいな本にこのアルバムが取り上げれることはまず無いと言っていい。いわゆる名盤と言われているアルバムと、人気の高いアルバムとが必ずしも一致しないというのは、ありがちなことだがそれにしてもこのアルバムの位置づけは結構難しいものがあるかもしれない。とりあえずRCA時代のアルバムの中では『マスウエル・ヒルビリー』の次に人気の高いアルバムではないか、という気はする。しかし一般にキンクスの名盤と言われている『ヴィレッジ・グリーン』や『アーサー』あたりのアルバムと比較するとどうか?話は元に戻ってしまうが、『ヴィレッジ・グリーン』や『アーサー』、さらに『プリザベーション』のようなアルバムを出した後にこの『不良少年のメロディ』みたいなアルバムを出すキンクス、もといレイ・デイビスってやっぱり変だ。だからこそ一部熱狂的なファンを生み出すことにもなっているのだけれど、正直言って僕は彼の一挙一動をつぶさに見つめようというファンでは無い。そういえばこのアルバムを最後にキンクスはRCAを去るのだけれど、僕はその後のキンクスの動向を殆どフォローしていないし、あまりフォローしようという気にもならない(もちろん来日するとでもなれば、話は別だが)。今度のキンクスのオリジナル・アルバム・リマスター・シリーズで、最初のCD化の時何曲かカットされていた『ワン・フォー・ザ・ロード』で完全盤で出たなら買おうかと思うくらいである。つまりこの『不良少年のメロディ』というアルバムは僕のようなある種保守的なキンクス・ファンを満足させた最後のアルバムだと言うことができるだろう。このアルバムの最後で「もう過去を振り返るまい」と歌っているレイ・デイビスだが、その彼は今キンクスを含めたこれまでの自分の歩みを総括しようとしている。その後に来るものは何か?とりあえず僕はそれだけは自分の目で確かめたいと思う。