極私的レビュー野沢亨司『白昼夢』
不遇な天才シンガーにわずかばかりでも光を!!ということで、現在彼を知る恐らく唯一の手がかりである『白昼夢』の全曲レビューに挑んでみました。本文中にも書いてますが、もしこのアルバムに興味を持たれた方ぜひ買って聞いてみてください。
十日間ばかり平均して一日二回くらいこの『白昼夢』なるアルバムを聞いている。横溝正史の文庫本の表紙と梅図かずおを足して二で割ったような不気味なジャケットがまず目に止まった。そしてレコード会社による宣伝文句「不遇の天才シンガーが残した幻想的な名品 トイ・ピアノが脳をかけめぐり残酷な童話世界に誘う」にも惹かれるものを感じた。そして知り合いがフリー・ペーパーでこのアルバムが良いと少しだけ触れていたのも引っかかっていた。そして実際買ってみてものの見事にはまってしまったというわけ。
ところでその宣伝文句についてだが「童話世界」というのはともかく「残酷な」という形容はその実二曲にしか当てはまらないと思う。しかし彼の音世界を伝えるのにこれくらいのインパクトのある言葉を使用しなければならないのかもしれない。とにかく彼の作る音楽は唯一無二のもので多分誰にも真似できないものだと思う。DRAC(僕が未だに関わっている同志社大学の音楽研究会というサークルの通称)の研究会で彼を紹介したとき、「最初シド・バレットみたいなのを想像していた」と書いたが、その唯一無二さという点でシド・バレットを持ち出すというのもあながち間違っていないだろう。
それにしても彼の音世界を文章でどう表現したらいいのだろう?とにかく聞いてください、としか言いようがないのだが、多少なりともこの世界への糸口になるようなものにしなければ、この文章を書いている意味がない。とりあえず手元にあるCDの解説を参照するところから始めようか…
野沢亨司は、一九五〇年に宇都宮で生まれ、大学進学にともない上京してきたようだ。ちなみにこのアルバムが出たのはおそらく七二年だと思われる。レコーディングは七一年の一二月から翌年の六月までという当時としては異例と言える長い期間を費やしている。しかしこれにはビジネス上のゴタゴタが少なからず関係していると思われるとのこと。そのゴタゴタのためにこのアルバムは全く宣伝してもらえず、まさに「不遇」としか言いようのない境遇に置かれることになる。その後彼は小室等のバックでギターを弾いたりして、もう一枚アルバムを作って故郷の宇都宮に戻り東洋医療関係の仕事に携わっているという。ここらへんの経緯もちょっとシド・バレットしている。ここで彼に「日本のシド・バレット」というレッテルを張り付けたるなる衝動にかられないわけではないが、小島麻由美を「平成の笠置シズ子」と呼ぶのと一緒くらい間抜けなことになりそうなので止めておこう。それはともかく歴史に埋もれさすにはあまりに特異な才能の持ち主であることを今一度強調しておく。僕は不勉強で「アシッド・フォーク」というのがどんなものなのかよくは知らないのだけれど、彼の音を聞いている限りではそう呼ぶのが最も相応しいような気がする。幽玄の世界とも言えるかもしれない。そのアシッド感覚とは裏腹に正統派フォーク的なとても穏やかな曲も演るのだが、僕としてはそちらの曲のほうが好みである。アナログでは内ジャケにあたるところに載っている何枚かの写真が、その穏やかな曲の世界と見事にマッチしている。特に僕が好きなのは、彼が住んでいたと思われるアパートの出入り口のところで彼がアパートを背にして写った写真である。このCDを買って以来僕は幾度と無くこの写真を見入っている。そして京都の百万遍周辺をぶらついては「あんなアパートないかなあ」と考えるのだ。これでなんとなしこのアルバムの雰囲気が伝わったでしょうか?多分伝わってないと思うのでとりあえず全曲解説にうつります。
@ 築地の唄 まさに先に述べたアパートの写真の雰囲気とマッチした曲。「雨ふるわけでもなし 晴れるでもなし」の部分でのヴォーカルの入り方とヴィブラートのかけ方が絶妙。これといった特徴があるようなないような不思議な声の持ち主なのだけれど、こういうちょっとしたところに彼のヴォーカルのすごさのようなものがよく現れていると思う。しかしこんな地味な曲をアルバムそれもデビュー・アルバムの頭に普通持ってくるか?ちゃんと宣伝してもらったところでどれだけ売れたか分かったものではない、と意地悪な突っ込みを入れたくなるのは僕だけだろうか?でも非常に良い曲である。
A アルバートが唄っている さっき触れた「残酷な童話世界」というのははっきり言ってこの曲ともう一曲にしか当てはまらないが、その二曲のインパクトがあまりに強かったのだろう。確かに夜中にギターを弾いて唄っているのを母親に咎められた少年(とは断定できないが多分そうだろう)が、履いていたスリッパでその母親を殴り殺すなんてのは、ほとんどねこじるの漫画の世界である。ねこじるより二〇年以上も先んじてねこじるの世界を表現していた。確かにこれは売れるはずがない。しかし「ハチのムサシは死んだのさ」なんてどうして売れたのか今一つ釈然としないような曲も売れたことがあることだし、ひょっとしてひょっとするかも…・という気もしないでもないが。
B 街の路地裏 一曲目の「築地の唄」の路線をひきつぐものであろう。この曲も悪くないのだが、いかんせん今一つインパクトに欠ける。しかし例えば「ポッカリ月は 馬酔木の木々の闇から僕を見ている 風ふくたび月はゆらりゆらり」という小学生が書きそうなある種素朴な言葉に絶妙なニュアンスと深みを与える彼のヴォーカルはまさに非凡。決して捨て曲ではない。
C 揺篭の振動に身を任せて 彼は大人の視点を持ってしまった子供か、それとも子供の視点を持ち続けた大人か、というのは大きな問題だ。とりあえずこれは大人の視点を持ちつつあることに対する不安を唄ったものだろう。「僕達は余りにも小さすぎるから」というフレーズでの妙な説得力は特筆もの。歌詞に新しい息吹きを与えるという点において特に彼は傑出した才能を有していると思う。
D 遊びませう 「この人はもしかして中原中也が好きだったのでは?」と思わせるフレーズが時々彼の詩に顔を出す。全くと言っていいほど抽象的な言い回しが出てこないのに妙に抽象的な空気を醸し出すこの曲にもその中也的なところが出ているように思うのだけれど。
E 愚痴 この曲のようにごくごくありがちな日常生活をそのまま歌にしたような曲でも、彼がギターを弾き歌をうたうと、なぜか生活感が希薄になるように思えてならない。別に表現の説得力の問題ではない。彼の頭を通して語られるものは全てそのような現実感を希薄にさせられてしまうという変化を被ることになるのだろう。当たり前を当たり前じゃなくしてしまう希有な才能が端的に現れている。
F 空中に遊ぶ空想家の夢(笛吹童子のバラード) 彼の唯一無二の個性がいかんなく発揮されたという意味で恐らくアルバム中一、二を争う作品だろう。なにせ「彼は雄弁な宇宙宗教家 底無の海に足をはこべば 地面の感触は固い味気無さ」なんてフレーズを気負いやてらいもなく歌ってしまっているのだから。しかし、『笛吹童子』って僕どんな話か全然知らないんですけれど…・・多分この歌詞の内容とはあまり関係無いと思いますがその実どうなんでしょうか?
G 回転木馬の切符売りのおじさん 僕の中ではアルバム中最もつまらなく思える曲。確かにそれなりの個性は伺えるが、普通でないことを普通に歌ってしまったためにつまらなく思えると言えばよいのだろうか。歌詞に今一つひねりが足らない気がしてならない。でもアルバム全体の流れという観点からするとこのアルバムに充分貢献していると思う。アナログ盤ではこの曲がB面の一曲目なのだが、確かにB面の頭が次の「だりだりでぃんどん」ではあまりにディープだ。
H だりだりでぃんどん さびの部分で繰り返されるこの「だりだりでぃんどん」というフレーズは中原中也の詩「サーカス」における「ゆぁーん ゆょーん ゆやゆよん」というフレーズに匹敵する効果を生み出していると言ったら言い過ぎだろうか?彼の言語感覚がいかに研ぎ澄まされたものであるかが良く表れていると思う。しかし正直言ってあまり好きな曲ではないが。
I お菓子やさんになれたからといって毎日おいしいケーキが食べられるとは限りません それにしても長いタイトルだな(笑)。まあ確かに他にタイトルのつけようが無かったのだろうけれど。アルバム中一番コミカルな印象を受ける曲だが、やはり大人でいることに対するぎこちなさがモロに出ている。最後のほうでややお遊び的にフォルセット・ヴォイスで歌うところなど、ある意味で余計に悲壮感を感じさせなくもない。
J 可愛い息子/僕は一体誰でしょう 「アルバートが唄っている」と双璧をなすシュールさと残酷さとそれゆえの逆説的なユーモアに溢れた曲。「アルバートが唄っている」がねこじるの漫画の世界だとすると、この曲は徳南晴一郎の『怪談 人間時計』の世界に通じるように思うのだがどうだろう?お母さんをスリッパで殴り殺してしまう「アルバートが唄っている」に対してこの曲では自分の子供が意地悪な子供にナスビの茎でぶたれて子供がおかしくなってしまう。「『ナスビの茎でぶたれて』って何だよそれ?」などと野暮な突っ込みを入れてはいけない。この曲はメドレーになっていて途中「僕は一体誰でしょう」という曲に変わる。なんとなしT.レックスのファーストに収められている「ウィラード」という曲を思い出してしまった。
K 静寂 次はうって変わって非常に美しく優しいメロディーと詞を持った曲。本当に多彩な曲作りをする人だなとつくづく思う。何てこと無いと言えば何てことない詩なのだけれど妙に心を打つのが不思議だ。「寂しさによく似たやすらぎの中で 僕はうれしいあなたを待っています」なんてフレーズは、掛け値なしに素晴らしいとしか言いようがない。
L 築地の唄(チェレスタ) アルバムのオープニング・ナンバーのインスト・ヴァージョン。これがまた素晴らしい。ヴォーカル・ヴァージョンも素晴らしいが、この穏やかさと優しさに満ち溢れた演奏は、アルバム中の幾つかの残酷な内容を持つ曲に植え付けられた毒素(というか毒素を含んだ薬と言うべきか)を一気に流し出してくれる効果を持っているような気さえする。アルバム全体を締めくくるのにこれほど相応しい曲も無いのではないか?そういえばこのアルバム全体の流れが非常に良く出来ている。ある種トータル・アルバムと言えなくも無い。アルバムを一気に聞きとおしてこの曲を耳にする瞬間、僕は少し幸せな気持ちになれる。
というわけでこの文章を最後まで読んでくれた皆さん、少しはこのアルバムに興味を持ってくれたでしょうか?とりあえず小島麻由美、シド・バレット、ティラノザウルス・レックスの音世界に共感を覚える人はこのアルバムを買って損した気分にならないと思います。そういう人はぜひこのアルバムを買いましょう。これから多少このアルバムが売れたところで、現在音楽シーンから遠ざかっている彼を再びシーンに呼び戻すのは恐らく無理だろうから、とりあえずフォーライフから出したという彼のセカンド・アルバム再発にこじつけるくらいまでこのアルバムを買いましょう。とりあえず最後にCD番号を付記しておきます。
野沢亨司 『白昼夢』TOCT-10390(東芝EMI)