思い出のアルバム第9回カルメン・マキ

&OZ『カルメン・マキ&OZ』

 カルメン・マキがロックを歌っていたと知ったのは、すでに何度か引き合いに出している『青春音楽グラフィティ』という日本のロック・フォーク系ミュージシャンを紹介した本によってであった。それまでカルメン・マキに対するイメージといえば、おおよそ子供向けとは思えない辛気くさい歌をうたうバタ臭い顔をしたおばちゃんに近いおねえちゃんといったものであり、自分に近しい存在ではとうていなかった。そういうイメージがある人がバンドを率いてロックを歌っていたという事実は、少なからず当時中学生だった僕の興味をひいた。また彼女がOZの前にブルース・クリエーションと一緒に作ったアルバムが日本のロック屈指の名盤と言われたという記述もなんだか気になったし。このあたり権威主義の誹りを受けてもしょうがないところだが、やはりロックを聴き始めて間もない頃は、何かと一般的評価というのが気になるのだ。

 それはともかくとして、このカルメン・マキ&OZというバンドは、仮にその記述を目にしただけだったならば、日本のロックの歴史に残るバンドの一つとして自分の頭に位置づけられるだけでおそらくその後殆ど省みられることがなかっただろう。それがどうしてこのバンドの音を耳にすることになり、かなり聞き込むことになったのかというと多少の説明が必要になる。僕の実家から歩いて五分もかからないところに僕の父方の祖父の代からつき合いがある一家があった。その一家には僕よりずっと年上の三人兄妹があり、とりわけその家の長女(僕より十五くらい上だったと思うが)は、それこそ七十年前後の日本映画に出てきそうなちょっとバタ臭い、格好良い不良的なカラーを持った人で、僕はとりわけこの人になついて、色々と遊んでもらっていた。おそらくその後僕が中学、高校へと進むに従って、何かとこの人に頼ることも多くなるはずだったのだが、残念ながらこの人は僕が小学五年の暮れも押し迫った頃に突然薬による事故で死んでしまった。この人が生きていたら、その後かなり影響を受けていただろうと思う。このあたりはかなり個人的な事情なので、このあたりではしょるとして、ロックに興味を持つようになった中学生のとき、この人のレコード・ライブラリーにこのアルバムを見つけ、その家の他の人は全然聞かないようなので、僕がそのアルバムを譲り受けたというわけである。

 最初にこのアルバムを聞いた印象は、とりあえず「暗いなあ」というものだった。とりわけオープニングの「六月の詩」なんか、僕はどういうところからそう思ったのか今となっては謎だが、夏にレイプにあった女の人の歌だと想像していた。おそらく単なる色情狂であろう。そんなことはまあいい。どんなふうにしてこの「暗い」アルバムをどうやって好きになっていったかというと、ひたすら耐えたのである。性急さだけで生きているかのような中学生時代に十分近くの曲が半分を占めるこのアルバムを聞きとおすのは、決して楽なことではない。でもとりあえず「これは多分良いアルバムなんだ」と思って何度も繰り返し聞いた。でも「ひたすら耐えた」というのは少々誇張しすぎたかもしれない。二曲めの「朝の風景」なんかはある種の愛らしさを思わせるものだし、「午前一時のスケッチ」は詩は中学生にとってはややディープだけれど、のりがいいし、「きのう酒場で見た女」での陽気なアバズレ的な軽快さもそれなりに心地よかった・・・・・・て要するにこの三曲は長尺じゃないってだけの話じゃないか(笑)。とにかくそういうやや短めの曲から入っていってこのアルバムに慣れ親しんできたような気がする。何よりカルメン・マキのヴォーカルにはこれまで聞いたことがない説得力を感じたし。結局のところその説得力のおかげで長尺の曲もなんとか聞き通すことができたと言える。
そういえば、こと日本人に関して言えば、この人以外の女性ロック・ヴォーカリストを聞き込んだことがほとんどない。ちなみに今僕が手にしている『カルメン・マキ&Z』の再発CDのライナー・ノートをSHOW-YAの寺田恵子が執筆しており、こんなことを述べている。「マキが私をロック界に生んでくれたように、私も私の世界で早くたくさんのSHOW-YAを生みおとしたいと思っています。」僕が認識する限り彼女(寺田恵子)が生み出したかもしれないSHOW-YAはスターダムに上がっていないし、またカルメン・マキに匹敵する女性ロック・ヴォーカリストというのは僕の見解では未だ登場していない。ただ椎名林檎がその存在感といい危うさといいかなりの水準を見せているが、彼女の場合あまりに突出して才気走ったところが鼻につくきらいがある。単にカルメン・マキというヴォーカリストのキャラクターだけでなく、この『カルメン・マキ&OZ』におけるバンドの音、歌詞その他に感じられるある種の奔放さが椎名林檎には、欠落しているような気がしてしょうがないのだ。それよりも彼女と何かと比較される小島麻由美のほうに林檎にはない奔放さがあるように想われ個人的には、こちらをひいきにしている。
とまあここまで書いてきて、そういえば僕はこのアルバムをあまりロックのそれとして聞いていなかったのではないだろうか、ということに思い至った。しかしこのアルバムにおけるカルメン・マキのヴォーカルはまがうことなくロックのそれである。どうもこのあたりは説明が難しい。ロックのフォーマットをとっていながら、ロックを超越しているのかと言えば、それは明らかに違うし、中身は演歌か何かでそれをロック・バンドをバックにして歌っている似非ロックというのも断じて違う。ひとつにはまだ日本におけるロックというジャンルが未分化だった混沌とした時代にある独特の雰囲気がこういう世界を作りだしたとも言える。それに初期のカルメン・マキは周知のとおり寺山修司の天井桟敷に所属しており、大ヒット曲「時には母のない子のように」を始めとする寺山のペンによるフォーク調、あるいは歌謡曲調の曲を歌っていたという経歴からの影響も少なくないだろう。とりあえず教科書的には歴史の一コマという位置づけで逃げることができるのだけれど。このあたりの分析は、初期の彼女の作品からさかのぼってやらなければいけないが、とりあえず今回はこのあたりにとどめておこう。その初期の彼女の音源を集めた二枚組編集盤『カルメン・マキ ベスト&カルト』もかなり良いので、興味のある人は聞いてみてください。

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