職業作曲家筒美京平という人
筒美京平という作曲家を意識しだしたのは、いつからだろうか?とりあえず近藤真彦の『スニーカー・ぶる〜〜す』が作者とその作品とを意識して記憶した最初の曲だったように思う。それと同時にこの頃から松本隆という作詞家も何となし記憶にひっかかるようになっていたはずだ。時は1980年で当時僕は、小学6年生だった。ピンク・レディーの人気にかげりが見え始め、いわゆるニュー・ミュージック人気はまだ衰えを見せず、たのきんや松田聖子がアリスやツイスト、当時まだシャネルズだったラッツ&スターズ、クリスタル・キングらと共にザ・ベストテンに出演していた。そういえば、もんた&ブラザーズが『ダンシング・オールナイト』の大ヒットを飛ばしたのもこの年ではなかったか。その一方で東京ロッカーズなんて動きがあり、YMOだのプラスチックスだのがNHKでやっていた『600こちら情報部』という子供向け(というか主に小学校高学年から中学生向けだな)番組に出演していたのだから、今思えば何とも不思議な時代ではある。
時代を生き抜くヒットメーカー
そうした混沌とした時代(見方を変えれば混沌としていなかった時代のほうが逆に異常なのだけれど…・)を生き抜き、未だおそらくトップのヒット・メーカーの一人であり続け、2セットもあるボックス・セット(CDの枚数に換算すると計8枚だ)を作らせてしまう、というのはやはりすごいといわざるをえない。ボックス・セットを作らせるには到っていないとはいえ、常にトップ・ヒットの作成に関わっている人間として挙げるとすれば、他に松本隆くらいではないないか?そしてこの松本隆との共作が筒美の手によるヒット曲のかなりの部分を占めるというのも面白い話しである。
そのボックス・セットの発売に合わせて、1月号の『レコード・コレクターズ』が彼の特集を組んでいる。その中でそのボックスに収録されている曲目表が掲載されているのだが、とりあえず驚かされるのは、彼が作ってきたヒット曲の多さと、その楽曲を提供した歌い手の多彩さである。これはもう戦後歌謡曲史に1ページを飾る何てものではない。彼がいない戦後歌謡曲史など考えられない、というレベルに達しているのではないか?また意外なことにあれだけ膨大なヒット曲を生み出してきた人のわりには、その特集で試みられたインタビュー時の写真を見る限り、あまり脂ぎった印象を受けず、むしろ端正でもの静かな紳士という印象を受ける。いや写真だけでなく当のインタビューを読んでも殆ど傲慢さを感じさせることがなく、写真で受ける印象と見事に一致している。一見謎があるような人には思えないけれども、これは大いなるミステリーではないか、と最近になって思えてきたのである。
歌謡曲を「粋」に昇華
この『レコード・コレクターズ』における特集において、最も印象深かった個所の一つが、このボックスに収められているブック・レットに収録されたかの山下達郎のインタビューを引いている部分である。要するに60年代後期から音楽をやり始めた者、しかも自作自演という形でやってきた者の多くにとって、歌謡曲をその最たるものとする商業主義的音楽というのは、すべからく敵であり、当の山下達郎において最大の仮想敵とされていたのが、筒美京平であったというくだりであり、現在の山下氏はその見解が間違っていた、と述べているのには、思わず考えてしまわざるをえないものがあった。歌謡曲の持つ一見下世話とも言える雑食的なパワーには、あなどれないものがある、とはもう10年以上も前に遠藤みちろうが述べていたことだ。そして最近出た渋谷陽一の『ロック大教典』という本の中で彼と対談している元ロック歌手の松村雄策も同じようなことを述べている。その雑食性をもっともスタイリッシュな形で昇華させた職人というのが筒美京平である、という定義付けはどうだろう?くどいようだが、いしだあゆみの大ヒット曲『ブルー・ライト・ヨコハマ』を書いた人が、小沢健二やピチカート・ファイブにもバリバリの現役として曲を提供しているなんて普通考えられるか?これはどう考えても彼が相当の才能の持ち主でありながら、新しい音楽に対する鋭い感性と貪欲な探求心を持っている、としか判断しようがないではないか?そしてインタビューに伺われる物腰の柔らかい人柄をしのばせる語り口と、クールとも言える自分の仕事と状況に対する視線。そういえば別のインタビューで現在活躍している若手のソング・ライターで資質的に自分に近い人にスピッツの草野マサツネを挙げていた、というのも余計に興味をそそられる。
どうも手元に客観的な資料が圧倒的に不足しているために、憶測とこちら側の勝手な思い込みでしか書けないけれど、誰かが彼について徹底的に追求した研究本を作成するべきではないか?先ほど述べた松本隆との共作にまつわるエピソードなど、非常に興味がそそられるところである。考えてみれば、彼は「はっぴいえんど」というまさに日本のロック黎明期のバンドに在籍していた人間であり、それこそ彼が現在手がけている商業音楽に対して、かつては多少なりとも斜に構えていたのではないだろうか?このように考えを膨らませていくと、本当に興味は尽きるところを知らない。とりあえず当のCDボックスのせめてブック・レットだけでもいいから手元に置いておきたい、と切に願う今日このごろである。