日本で受けないフー

さすがに最近は、「なぜフーは日本で受けないのか?」という声を聞くことが無くなったような気がする。時代が一巡りしたということだろうか?恐らく今ほどフーの国内盤が容易に手に入る時代は無いのではないか?ミッシェル・ガン・エレファントが、フーの『オッズ・アンド・ソッズ』のジャケットのオマージュしたポスターを目にするとそんな思いが脳裏をよぎる。

まだ輸入盤が自分には、縁遠いものだと勝手に決め込んでいた高校時代…・・その当時とにかくフーというのは、貧乏で無知で友人の乏しい高校生にとっては、フォローするのが、大変なロック・バンドだった。色々なことを自分の足で探し当て、取り込んでいかねばならない。なにせどれだけのアルバムが出ているのか?ということさえろくに把握できない状況だったのだ。できることと言えば、ただひたすら音楽雑誌、ロックについて書かれた書籍に目を通し、レコード屋をこまめにチェックするという地味な作業だけだった。アメリカでのMTVの煽りを受けて、当時少しだけはやっていた向こうのプロモーション・ビデオを流すテレビ番組でフーの映像を見ることが出来ようものなら、まさに狂喜乱舞状態だった。その頃に見たあの有名なモンタレ・ポップ・フェスティバルにおける「マイ・ジェネレーション」の演奏は、話には聞いていたがまさに度肝を抜く物だった。今にして思えば、ビートルズやストーンズに比べて隅に追いやられている傾向にあるフーを好きであるという自分にいささか逆説的な特権階級意識のようなものを感じていたのかもしれない。まさに悪しきファン心理というやつである。さらに裏を返せば、そのような意識を抱かせるほど当時の僕にとってフーが魅力的であったということでもある。

今を溯ること十年前に書いた「トミー、ジミーそして僕」でも少しだけ触れた彼らの名作『四重人格』を映像化した『さらば青春の光』が僕が高校2年の秋頃、深夜映画として放映された。当時同じ部屋で寝起きをして、同じ音楽を聞いて過ごしていた4つ下の弟と興奮しながら見たのをかなり鮮明に覚えている。殆ど忘れ去られたように近くのレコード屋に置いてあったかなり盤が反った恐らくその頃でもかなり珍しいと思われる国内盤の『四重人格』を手に入れたのは、それからすぐであった。

その頃自分の頭の中のかなりの部分をこのフーが占めていたように思う。「どうしてフーはこんなに不当な位置に押し込められているのだろう?」ずっとそんな思いが頭の中を渦巻いていた。彼らの映像を集大成した『キッズ・アー・オールライト』を見るとその答えが少しだけ見えてくる。その包括的な答えはそう簡単に出せるものではないから、あまりそのことについてくどくどとは、書かない。しかしその一部をあえて言うとやはり彼らはわかりにくかったのだと思う。それをさらに言い換えると彼らを明確に喚起させるようなイメージを描くのが、殊日本においては、困難だったということだ。

彼らがファースト・アルバム『マイ・ジェネレーション』をリリースしたのが65年。最初のコンセプト・アルバム『セル・アウト』を出したのが、67年。わずか2年の間にリズム・アンド・ブルースの影響の大きい比較的ハードな音から殆ど脈略なくポップでサイケな音作へと大きく様変わりする。ストレートに情報が伝わってこなかったその当時の状況を考えると、多くの音楽ファンにとって、混乱を来すものでしかなかっただろうことは容易に想像がつく。次のアルバム『トミー』にしたって、一応教科書的には名盤と言われてはいるが、その頃どれだけの人があのアルバムを愛聴盤にできたのだろう?と思うと首をかしげざるを得ない……そんな地味なサウンドであり内容であった。ファーストで「おいぼれる前にくたばりたい」と叫んでいた奴等が、わずか3年後には、「僕を見て、僕を感じて、僕に触れて、僕を聞いて」である。彼らの実像が見失われて当然だろう。そしてその後彼らは、『ライブ・アット・リーズ』、『フーズ・ネクスト』といった名盤をリリースしていくが、やはり日本での人気は今一つなままだったようである(『フーズ・ネクスト』等割に日本人受けする楽曲で固められていると個人的には、思うのだが。)そして、ヴォーカルのキャラが今一つ地味で、なおかつドラムとギターが、妙に目立っているというのも、ライブ、もしくは映像を通して彼らに接することができない以上は、マイナス以外の物ではないように思える。まあいいそんなマイナスのイメージばかり数え上げていったところで、彼らが受けなかったという事実に変わりは無いのだし、今の状況を見る限り、そのような状態は脱しているのだから。

今僕は、この文章を書くに当たって彼らの名作『フーズ・ネクスト』を久しぶりに聞き直している。ある種の人間にとって、フーの楽曲はビートルズよりも、ストーンズよりも十代の青臭さ刺激し、容認し、肯定しさえする音楽であることを改めて感じた。例えば、このアルバムのオープニング・ナンバー「ババ・オライリー」の中でこう歌われる。「泣かないで、そんな目を向けないで、たかが十代の不毛じゃないか」このフレーズを聞いて、何度泣きたくなるような感情に教われたことだろう。十代の不毛……・確かに十代なんてたいていは不毛だ。大江健三郎の「セブンティーン」の主人公にとってのそれのようにその多くは、恥辱に満ちたものでしかない。しかしだからと言ってそれを通過しないで済ますことはできない。フーの楽曲の殆どを手がけているピート・タウンゼントは、そのジレンマを熟知しているからあのような曲を作り続けることができたのだろう。

オープニングで「十代の不毛」を歌い上げた後で、この『フーズ・ネクスト』というアルバムは「新しいボスに会ってみたら、何と前のボスじゃないか!」というフレーズで幕を閉じる、しかも「二度と馬鹿にされないぜ」と繰り返される曲の終わりで……そのパラドキシカルな歌詞は、ずっと僕にある問題を投げかけていたのではないだろうか?ということを今になってふと考えてみたりする。

最早僕は十代とはとても言えない年齢に達してしまった。しかし、かと言って十代の連中に説教を垂れる身分とか器とやらを身につけたかと言えば、それにも程遠い。中途半端といえば実に中途半端だ。古いボスもいなければ、新しいボスもいない。しかし旧態依然であるということには、さして違いない。そんな今の自分の状況を考えていると、ふと彼らの初期のヒット・ソング「恋のピンチ・ヒッター」の次のようなフレーズが、頭を駆け巡る「単純に見えることが実は複雑なんだ」確かにそうだ。甲であるかのように見えるものが、実は、全くその正反対である乙である。おおざっぱに言えば、この歌の内容はこのようなものだ。バブルも援助交際も環境ホルモンも、いやロッキードさえ関係なかった時代にフーは、ギターやアンプを壊しながらもこんなことを歌っていたのだ、と考えると少し不思議な気がする。別に殊更に彼らが今の時代を見越していたのだとか、とってつけたことを言うつもりは毛頭無い。しかし、パラドキシカルでないものを見出すほうが、最早困難になっているようなこの時代に、一見ストレートでありながら、その実非常にパラドキシカルな歌を歌い続けてきたフーを聞くという行為に、また新たな意味が見出せるのではないか?そんな気がしてしまうのである。

 

付記 このフーについては、ずっとまとまった文章を書こうと思っていたのですが、なかなか実現するには到りませんでした。これはあくまで現段階での習作とも言えるものです。何時になるかまだ未定ですが、そのうち彼らの作品を改めて集中的に聞いた後で、彼らについての文章を書こうと思っています。


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