かつて私はフーが日本において不当に無視されていることに対して非常な憤りを感じていた。ラジオでかかるフーの曲は「マイ・ジェネレーション」か「キャント・エクスプレイン」それかせいぜい「サマー・タイム・ブルース」といったところ。誰も「トミー」や「四重人格」について真剣に語ろうとはしなかった。例えその意味が完全に理解出来なくともそれがシリアスな意味を担ったものであるということは多少なりとも音楽を聞いていたものならば感じ取れるはずである。何せ海の向こうの音楽だネーティブ並の理解なんか端から求めたりはしない。ただそのシリアスなメッセージなり思想なりを自分なりの言葉で対象化するという作業から始めなければならないと思うのだ。全ては始まりはゼロからなのである。