『ハンドメイドハピネス〜ギブ・アンド・テイク』




 ――しまった。
 そう思ったときには、すでにゾロは無言で席を蹴っていた。
 自室へと立ち去る背中が、これ以上話しかけるなと雄弁に語っている。
 普段ならさりげなく間に立ってとりなしてくれるもうひとりの同居人は、あいにく今は留守にしていた。声音にうんざりした色が混じった時点で引き下がるべきだったと悔やんでも、すでに遅い。
 サンジはソファーにひっくり返って天井を仰いだ。
 盛大にため息をつく。ひとり残されたリビングの広さが目にしみた。
「言いすぎた、かな」
 それは認める。だが、こうもきっぱりと拒絶されると妥協を知らないその態度が腹立たしく思えてくることは否めない。
 ゾロとひとつ屋根の下に暮らすようになってひと月あまり。親密にとはいかないまでも、それなりにやれていると思っていた。
 その矢先にこれだ。
「あー、クソッ」
 毒づいて、サンジは己の髪を腹立ちまぎれにぐしゃぐしゃと掻き毟った。


 周期的に伝わる振動が脳を揺さぶり、心地良いまどろみを掻き乱す。忘我のうちに夢とうつつを行き来していたゾロの意識は、刺激に引きずられやがて現実へと漂ってゆく。
 うっそりと目覚めたゾロは、眉間に低気圧の雲を漂わせて洗面所に向かった。
 廊下を通り抜けざま、うたた寝の邪魔をした殴りつけるような音の正体に気づいて足を止める。
 アイボリーの四角い箱。
 それは最近、この家に持ち込まれたばかりの全自動洗濯機だった。賑やかしく音と振動で自己主張しながら、熱心に働いている。
 顔を洗っても頭蓋骨の内側にこびりつく眠気が取れないままダイニングに足を踏み入れた彼の鼻腔を、淹れたてのコーヒーの香気がくすぐった。
「あら、お目覚め?」
 湯気のたつカップとソーサーを手にしたロビンが声をかけてくる。
 半眼でこめかみを押さえているゾロの表情を見て、彼女は廊下へちらりと視線を向けた。
「せっかく天気がいいから、彼のを使わせてもらってるんだけど」
 小首をかしげる。黒髪がさらりと流れた。
「音、大きかったかしら」
 ゾロは顔をしかめた。
「・・・壁が揺れて頭に響くんだよ」
「そうなの? 振動って結構伝わるものなのね、ごめんなさい」
 その事実にたった今気づいたような顔をして、ロビンはけろりと謝った。
「そこのサンドイッチはあなたの分だそうよ」
 コーヒーはまだあるからお好きにどうぞ、という言葉におざなりに頷いて、ゾロはダイニングチェアに腰を下ろした。
 遅い朝食を食べはじめたゾロの耳に、モーターが停止した勢いで洗濯機がガコン、と鳴くのが聞こえた。
 脱水完了を知らせる電子音に、ロビンが立ち上がる。
 これもサンジが持ち込んだものであるらしい洗濯籠と抱えて戻ってきた彼女は、ゾロの背後を通り過ぎながら独り言のように囁いた。
「今から洗えば昼までには干せるわね」
 階段を上ってベランダに出る。少しばかり肌寒いが、陽射しは優しく暖かい。
 庭に目をやると、梅のつぼみがふくらんでいるのが見えた。じきに白い可憐な花をつけ、見る者の目を楽しませてくれるだろう。
 籠から取り出した衣類をひとつひとつハンガーにかけては軒下に広げていく。かつての洗濯機がずっと前に壊れてからは近所のコインランドリーでおざなりにすませていたから、外に干すのは久しぶりである。
 陽光の下、他愛もない作業が不思議と楽しいような気がしてロビンは笑った。
 一方、二度寝の誘惑と溜まった洗濯物とを天秤にかけていたゾロだったが、サンドイッチとコーヒーを腹に納め終わる頃にはだいぶ眠気も薄れていたので行動を起こすことにした。
 山なす衣類を洗濯機に放り込んでカバーを閉じたところまではよかったが、家電製品の操作があまり得手でないゾロはさっそくつまづいてしまった。
 以前のものとボタンの配置がまるで違うのである。
 でたらめに押して誤動作を招くのもためらわれて、眉根を寄せて立ち往生していると。
 横合いから白い腕が伸びて、リズミカルにボタンを押した。洗濯機が即座に注水を開始する。
 透明なカバー越しに中を見て、ロビンは尋ねた。
「洗剤は入れたの?」
「あ」
「ここから、一度に一枚ずつ使って頂戴」
 足元の箱からシート状の洗剤を取り出し、ひょいと放り入れる。
 憮然とするゾロに、彼女はやわらかい、しかし有無を言わさぬ口調で言い渡した。
「これが終わるまでは暇でしょ。私は掃除機をかけるから、お風呂を洗ってきてくれる?」
 このときになってようやく、ゾロはサンジの不在に気づいた。ロビンが朝から立ち働いているのに手伝いに現れないとなれば、出かけているのだろう。
 そういえば、昨日何やら口論になりかけて席を立ったきり、顔を合わせていない。
「・・・ま、いいか」
 ゾロはスウェットの袖をまくり、裾をからげて黙々と風呂場の掃除を始めた。


「よーし、こいつで最後だ。ありがとなサンジ、助かったぜ」
「いや、おれもついでがあったし。気にすんな」
 サンジは友人の買い物に付き合って、郊外のホームセンターを車で訪れていた。
 木の板やブロック、レンガなどをせっせとトランクに詰め込み、入りきらない分はリアシートに押し込んでドアをロックする。
 運転前にちょいと一服、と煙草を取り出し、サンジは傍らの友人に尋ねた。
「他にどっか行くとこあるか?」
「いや、もう充分。・・・お、もう昼じゃねえか。そういや腹減ったなー」
 ウソップは時計を見て、思い出したように腹のあたりをさすった。
「クルマ出してくれた礼しなきゃな。けど、金は使っちまったし・・・そうだ、うちでメシ食ってくか?」
「いいのか? じゃ、お言葉に甘えて。おふくろさんの炒飯をご馳走になれるならこのくらい安いもんだ」
 煙草を携帯灰皿に押し込み、サンジは車のエンジンをかけた。ウソップも助手席に滑り込む。
「おい、そっち見てくれ」
「左オーライ。後ろ、オーライ」
「よし」
 駐車場を通り抜け、車道へと出る。
 流れに乗って一息ついた頃、おもむろにウソップが口を開いた。
「なあ、ちょっと聞いていいか」
「あん?」
「ひょっとしてお前、今日はあんまり早く帰りたくねェな〜とか思ってねェか」
 サンジは内心ぎくりとしたが、平静を装って答えた。
「や、別に。つーか、なんでそう思うよ」
「今日の約束、こないだまでは来週でもいいかっつってたのに、やっぱ明日行くってわざわざ電話してきただろゆうべ。家にいたくねェのかなと思って」
 聡い彼には最初から気づかれていたようだ。ごまかすのはやめにした。
「何だお見通しかよ。まあ、戻りたくねェっつーか、気まずいっつーか、全然大したことじゃねェんだけど」
 もごもごと言い淀んでいると、ウソップがとんでもないことを言った。
「あのキレーな家主さんとケンカでもしたのか?」
「んな訳あるか!」
 サンジはシートから飛び上がる勢いで叫んだ。
「おれはレディを悲しませるような罪深いことは断じてやらねェ主義だ」
「知ってるよ。だったら、何で気まずいんだ?」
「それは、その・・・おい、ひょっとしてこれ誘導尋問か?」
「別に詮索はしねェよ。けど、話してすっきりすることもあるんじゃねェかと思ってさ」
 ウソップは口数は多いが、口は堅い。この機会に話してみるのもいいかもしれない。
「送り賃代わりに聞いてくれるか」
「ああ」
 ひとつ頷いて、彼は呑気な表情を引き締め、話を聞く姿勢になった。
「いま世話んなってるレディの家に、もうひとりおれと同じように間借りしてる奴がいるって話はしたよな」
「おう、聞いた聞いた。お前と同い年で、やっぱり家主さんの遠い親戚とかいう」
 ウソップの言葉に頷く。
 本当は違うのだが、彼女の外聞を考えて友人に話すときには親戚同士ということにしていた。
「で、その兄さんがどうしたよ」
「昨日そいつを怒らせた。・・・と、思う」
「何やったんだ?」
 サンジは一瞬ためらって、説明をぼかした。
「ちょっとばかし、言葉のすれ違いがな。おれも少々言いすぎたとは思うんだが」
「それで、ケンカになったのか」
「いや。なりかけたんだが結局シカトされた」
「シカト?」
「どうにも会話が続かねェ相手でな。悪い奴じゃあねェんだが、愛想のねェこと岩のごとしだ。蹴りと怒号が同時に飛んでくるうちのジジイのがまだやりやすいぜ」
 それでか、とウソップはやっと納得がいったように腕を組んでシートに背中をもたれさせた。
「家族でないとそのへんはなかなか、難しいかもな」
 元来血の気の多いサンジは、同じく短気な養父と意見が衝突するたびに派手な殴り合い、いや蹴り合いをしてきた。だが、それが原因で養父との関係が損なわれたことは一度もない。
「これからも一緒に住むなら、何かあるたびに気まずいのはイヤだよなあ」
「そういうこった。けど向こうから歩み寄ってくれるとは思えねェし・・・どうしたもんかな」
 前方の信号が赤に変わった。ゆっくりと停止する車の中、カーラジオから流れる曲だけが反響する。
 ウソップは、おれはそいつと会ったことはないけど、と前置きして言った。
「一緒に住むようになってまだひと月くらいだろ? あんまり難しく考えずに、慣れるのを待ってみるのもいいんじゃねェかな」
「慣れる?」
 訝しそうなサンジに、彼はこういうことだよと人差し指を立ててみせた。
「人間、どんな状況に置かれてもいずれは慣れちまうもんだ。しんどい職場でも、そりが合わねェ相手でもな。同じ家に住んでりゃどうしたって毎日どっかで顔合わせるんだから、その状態にもじきに慣れるさ」
「そんなもんかね」
「そんなもんだよ。お、青だ」
 ブレーキから足を離す。再び車は動き出した。
「気まずいと思うのは、できればそいつとうまくやっていきたいと思ってるからだろ?」
「・・・まあ、そうだな」
「だったらなるようにしかならないと思って気楽に構えとけよ。その上で、お前のやりたいようにするってことでさ。昨日のことも悪かったと思うならその通りに言えばいい。案外、気にしてんのお前だけかもしれねェぞ」
「だといいけどな」
 ため息をつくサンジに、ウソップはらしくねェなあ、と困ったように笑った。
「またなんかあったらいつでも言えよ」
「おう。ありがとな」
 友人のいたわりを温かく感じながら、サンジは少し強くアクセルを踏み込んだ。


 家の中の掃除をすべてやり終え、ふたりがようやく人心地ついた頃には昼を回っていた。
 まだ、サンジは帰ってこない。
 以前ならば、休日にゾロが起き出すのはこのくらいの時間になってからだった。適当にコンビニで買ってきた惣菜のたぐいか宅配ピザで腹を満たして再びベッドにもぐりこみ、日が暮れるまで眠る。
 ロビンはといえば、彼女も仕事が忙しくなるほどにキッチンを活用する機会が減ってきていたから、ここ数年この家のコンロは湯を沸かす以外の使われ方をほとんどされていなかったし、冷蔵庫に入っているのは酒瓶と保存食だけ、という状態――だった。かつては。
 それが今では、仕事を離れてもキッチンに立つことをまるで苦にしない同居人が彼らのためにせっせと食事を作ってくれる。
 食べることも含め、ふたりは万事において淡白だったが、最近は三度の食事が少し楽しみになってきていた。
 留守にするときもサンジは例外なくぬかりない。電子レンジの中で「温めなくても大丈夫だけどお好みで」とメモの貼られたランチプレートが出番を待っていた。
 冷めても美味しく食べられるように工夫されたそれはふたりの好みに合わせて献立を変え、それでいて彩りよく調えてある。
 同居を始めたばかりの頃、食事の支度をするたび何が好物かと聞いてきたサンジがふと思い出された。卯の花のコロッケも、葱としらすたっぷりの卵焼きも、いつだったか聞かれて答えた覚えがある。
「美味しいわね」
 フォークを止めて、ロビンがぽつりと言った。彼女が食事どきに話しかけてくるのは珍しい。
 彼女のために作られたメニューはゾロには馴染みのないものばかりだが、やはり本人の好物なのだろう。
「そういうことは本人に言ってやれ」
 そうね、と笑ってロビンはカップを手に取った。
「あなたは言わないの?」
 意外なひとことにゾロは思わず彼女を見、そしてほとんど空になっているプレートを見た。
 口の中のものを嚥下してから答える。
「お前が言えば充分だろ」
「あら、あなたも美味しいと思ってるんでしょう?」
 だって彼の作った食事は急いで詰め込んだりしないでゆっくり食べるものね。
 冷静に指摘され、しぶしぶ認める。
「・・・思ってるよ」
 ならば言うべきだ――とは彼女は言わなかった。
 口にしたのは、まったく別のことだった。
「このあいだ、誕生日を聞かれたわ」
 誰に、とは聞かずともわかった。つい先日、ゾロも同じ質問をされていたから。
 ロビンは揺れるカップの水面に視線を落とした。
「教えてあげたけど、私は五日前に過ぎていたの。そうしたら彼、こう言ったのよ。『残念、もっと早く知ってたら腕によりをかけてケーキを焼いたのにな』って」
 チャコールグレイの瞳がまっすぐゾロを見た。何と答えたものか判断しかねて黙っていると、彼女はカップの紅茶をひとくち啜って、続けた。
「『みんなでお祝いしたかった』んですって。私と、あなたと三人で」
「・・・物好きだな」
「そうかもしれないわね。――でも、彼にとっては特別なことではないんでしょうね」
 カップを戻し、ロビンは歌うように言った。
 毎日のように新鮮な食材を買ってくることも、キッチンを清潔に保つことも、テーブルに花を飾ることも。
「彼にとってはきっと当たり前のことなのよ」
 ゼリー寄せをスプーンでひとさじすくい取る。
「私たちの好みを聞いて、こういうものを作るのもね」
 そのまま口に運んでゼリーを味わい、彼女は満足そうに微笑んだ。


 陽のあたるリビングの窓際は、そのまま眠ってもよさそうなほどよい暖かさに包まれている。だがあいにくと普段懇意にしているはずの睡魔は訪れない。
 ロビンが書斎に引き取った後、ゾロはソファーでひとり、ぼんやりと競馬の中継を観ていた。
 もっとも馬の名前さえろくにわからないので、本当にただ観ているだけなのだが。
 ゾロは十代の若者らしくもなく、せっかくの余暇を持て余してしまっていた。休日を寝て過ごすのが常である彼には、テレビを観ることくらいしか暇をつぶすやり方が思いつかない。
 暇だ、とは覚醒していればこそ実感するものだと今更ながらに思う。ロビンのように家に持ち帰ってやる仕事でもあれば、また違ってくるのだろうが。
 そのうち競馬は終わってしまって、ドラマの再放送が始まった。こういうのはあまり好きではない。
 パラパラとチャンネルを変えたが興味をひかれるものはなく、そのまま電源を切った。
 することがなければ、ゾロにとって一日とはうんざりするほど長かった。人並みに朝から起きて余暇を消費するのは、やはり自分には向いていないのかもしれない。
 そんなことを思ったとき、玄関で人の気配がした。
 足音が廊下を抜け、リビングを覗き込む。
「ただいまー。・・・・・おぉ」
 サンジは一瞬、驚いた顔でゾロを見た。起きていたのを意外に思ったのだろう。
「なんか、廊下もここも綺麗になってんな。もしかして掃除した?」
「ああ」
 相変わらず、よく気のつく男だ。自分はロビンから言われるまで食卓の花が入れ替わっていることにも気づかないというのに。
 サンジの視線がシンクに向いた。空になったプレートを見て、その口許がほころぶ。
「お、全部食ってくれたんだな」
 それだけでなぜサンジが嬉しそうにするのかがゾロにはわからない。礼のひとつも言ったわけではないのに。
「ロビンちゃんは?」
「書斎で仕事」
 ゾロが答えたところで、本人が書斎からひょいと顔を出した。すかさずサンジがただいま!と笑顔を送る。
「お帰りなさい。何を買ってきたの?」
「こないだ言ってたやつだよ。せっかく大きい店に行ったから、ついでにと思って」
 テーブルの上に置かれたホームセンターのロゴ入りの袋から紙の箱を取り出し、開ける。箱から出てきたのは、シンプルな文字盤の壁掛け時計だった。
「一応ちょっと値段のいいやつ選んだんだけど、どうだろ。合ってるかな」
 ダイニングの壁に合わせてみると、見やすさがデザインと調和した時計は、控えめな色調の壁紙にあつらえたように似合った。
「ごめんね、ワガママ言って。コンロの前に立ってても楽に見える時計が欲しかったんだ」
 恐縮するサンジに、ロビンはにっこりと微笑んだ。
「いいのよ、時計は幾つあっても困らないものだから。――あ、お昼はごちそうさま。美味しかったわ。白身魚のゼリー寄せが特に」
 それを聞いてサンジは目を輝かせた。
「そっか、気に入ってくれたんだ・・・嬉しいな」
 思いがけない言葉に喜びを隠しきれないようだ。元々下がりぎみの目じりがますます下がっている。
「また作ってもらえる?」
「もちろん! コラーゲンたっぷりだから定番メニューにするよ」
 と。そこでサンジはふと思い出して手を打った。
「そういえばさっき、二階のベランダに洗濯物やら布団やらが干してあるのが見えたんだけど。あれ、取り込まなくていいの?」
 あ、と呟いたのはゾロだった。あまりに久しぶりだったので、干したまま忘れてしまっていたのだ。
 やることが見つかり、ゾロは立ち上がった。ロビンの顔をちらりと見ると、涼しげな視線が返ってくる。彼女はとっくに取り込んだらしい。
 二階に上がると、ベランダから見える西の空はうっすらと茜色に染まろうとしていた。明日は仕事がしやすそうだ、と彼は思った。
 重ねた布団の上に洗濯物を載せ、抱えて持って下りようとしたとき。階段の下から声がかかった。
「おいゾロ、それじゃ足元見えねェだろ。落ちたらどうすんだよ」
「上がる時もこうしたし、別に問題はねェ」
 平然と答えて足を踏み出そうとしたゾロを、待て待てとサンジは制した。階段を駆け上がり、布団の上に積み重なった洗濯物をひったくる。
「余計なことすんじゃねェよ」
 ぎろりと睨んでくるゾロの眼光は、同じ男から見ても正直言って恐い。だが、サンジは負けじと胸を張った。
「おおよ、余計だとも。けどな、手伝うのはおれの勝手だ。お前が階段踏み外して怪我したらイヤだと思うのもおれの勝手だ! 悪ィか!」
 いきなり逆ギレされて、さしものゾロもきょとんと固まってしまう。
 はっとして、サンジは声のトーンを落とした。
「他に人がいるときくらい、たまには使えよ。そういうのがイヤなら、たまにでいいからさ」
 ああしまった、また口が滑った。そう思って次の言葉を選びかねていると、思いがけず返事が返ってきた。
「――そういうの、したことねェんだよ」
 ゾロの顔に、かすかに困惑に似た色が浮かんでいるのを見て、サンジは少し驚いた。
「あいつに使われることはまあ、よくある。けど、使うことなんてねェし」
 ひょっとしてゾロは、他人に頼ったり借りを作ったりするのが嫌いなのだろうか。サンジは、いまだ?みかねているこの男のある一面を見たように思った。
「じゃあ、おれから提案。おれもお前に手伝ってほしいことがあったら遠慮なく言うから、お前もおれに時々は言うってことでどうよ。ギブ・アンド・テイク、これならすぐに貸し借りなしだ」
 それなら、とゾロは頷いた。
「じゃ、後でメシ作るの手伝ってくれよ」
「わかった」
 この男と暮らすようになって初めて、進展らしきものがあった気がする。
 サンジは心の中で、やりたいようにやってみろと背中を押してくれた友人に感謝した。


「それでアクをすくってくれ。じっくり、丁寧に頼む」
 交換条件にと、夕飯の支度をゾロに手伝わせることにした。メインディッシュを仕込む隣で、鍋を任せる。
「アクが出なくなったら言ってくれ」
 流れるような包丁捌きで肉を切り分けながら、サンジはそれとなく切り出した。
 今なら、ちゃんと謝れる気がする。
「・・・あのさ」
「何だ」
「昨日、おれお前に余計なこと言ったよな。休日が重なる日くらい早く起きろよ、とか色々」
 ゾロは鍋にじっと視線を注ぎながら答えた。
「そうだったか?」
「言いすぎたと思う。悪かった」
 謝るサンジに、ゾロはこともなげに言った。
「べつに気にしてねェよ。おれも眠くていらいらしてたんだろうし、お互い様だろ」
 それに、とゾロは言った。
「今日は結局、お前のあれに起こされたしな」
「あれって?」
「洗濯機。朝っぱらからロビンが回してやがって、うるさくて目が覚めちまった」
「ああ、そういうことだったのか」
「結構響くんだよなあれ」
 ひょっとして、彼女はわざとそうしたのではなかろうかとサンジはひっそり思った。洗濯機を置く場所がゾロの部屋に近かったのは構造上の偶然だが、彼女が振動の伝わる先を考慮に入れていなかったとは思えない。
 おれの代わりにゾロを起こしてくれたのかな。
 真実は彼女のみが知ることだが、勝手にそう思っておくことにした。
「で、早起きしてみてどうだったよ」
 ニンニクを擦りつけ、塩と胡椒を少々。
「あ? 正直言って、早起きしても別にいいことねェなと思った」
「・・・あ、そお?」
 拍子抜けする。もう少し、前向きな答えを期待していたのだが。
「あいつにはさんざん使われるし、テレビはつまらねェし、することなくなったらヒマだし」
「だったら、無理しなくてもいいぜ」
 サンジの言葉に、ゾロは少し考えて――意外なことを言い出した。
「ヒマで死にそうだと、寝てたほうがマシだって思うがな。寝てるより面白ェことがあったら起きてもいいぜ」
 目を見開くサンジに、ゾロは口許を緩めてみせた。
「今のがおれからの提案だ。これで貸し借りなしだな」


 それが、彼の笑った顔を見た最初。