| 『傷痕』 |
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それは、船の進路を一路ジャヤに向けてから、辿り着くまでの間に起きた些細な出来事。
アラバスタを後にし、海軍を退け、一息吐いていた矢先に、いきなり船内から現れたニコ・ロビンをよりによって新たな仲間に加える羽目になった。呑気な船長とは裏腹に、緊迫感が一瞬船上に走ったが、ロビンの巧みな懐柔策により、何時の間にか彼女は受け入れられ、様子見ということで一応の片は付いた。 が、その直後から突如始まった不可解な事態が、奇遇と非常識な現象を引き寄せ、呼んでもいない厄介事に翻弄されてしまう。 何とか落ち着いて皆で状況を把握した頃、ロビンの一言に端を発した「空島」に、行くと言って聞かない船長の意向に従い、情報収集と空へ向かう術を知る為に進路を変更、かくしてゴーイング・メリー号は真っ直ぐジャヤへの一途を辿っている―――。 真昼の世界と真夜中の世界は、同じモノのようでいて全く違う様相を呈している。 今、自らの足場である甲板から知れる世界と言えば、虚空と海水と潮風とが織り成す、ごくごく馴染んだ色。 闇に塗り潰された無辺の星空の下、彼方より吹き抜ける風は限りなく優しく、不可視の気流が頬を滑り後方へと流されていく。唯、沈黙し黒く何処までも深い海原は、全てを呑み込むかのような虚無を思わせた。 だからというわけではないのだが、別世界のような空間の中、語る者のいない船上で一人、見張り役として夜を明かす責務をまっとうしながら、おれはぼんやりと先日までの出来事を反芻していた。 偉大なる航路―――『海賊の墓場』、もしくは『楽園』か。ルフィがいつだったかそんなことを言っていた。 (確かに、噂通りの難所には違いねェな・・・) 傷心のクジラに始まった一連の騒動をゆっくりと思い返す。 ウイスキーピークでは、勘違いからルフィと対決する羽目になり、リトルガーデンでは迷子になって囚われて脚を切ろうとしたらギリギリのところでルフィが来た。ドラム王国は船番だったからよくは知らないが、ルフィがしゃべるトナカイを仲間に引っ張り込んで嬉しそうにしていて。アラバスタでは砂漠と枯れた街を経てレインベースに辿り着き、一悶着あってから、ルフィと別れて暴動阻止の作戦をアルバーナにて決行。自分の仕事を終えて王宮前に集結したらルフィが居て、これが最後だと堅く言い切るから決着をつけてこいと促した。 ルフィが覚醒してから出航し海軍を振り切るまでを考慮して、グランドライン突入直後からの日数を計算すると、約二週間になる。 途中、何回か進路変更したり、海軍に見つかったり、何故かルフィの兄貴が出てきたり色々あったが。 指折り数えてから、嘆息する。 (たった二週間の間に、これだけのことがあったってのに、散々苦労した挙句手に入れたモンが何もねェってのも変な話だよな) それはあまり正確な考察ではないが、一時的でもルフィが仲間と認め便乗していた者がいなくなった喪失感が、おそらくは物足りなさの原因だろうから。「誰を仲間にするか」はルフィの権限でルフィが決めることだが、「仲間になるか否か」の選択肢は本人に委ねられている。だから、ビビの件はある意味当然の帰結と言えなくもないが。 (まあ、船医も増えたし結果オーライか。ルフィも満足そうだったし・・・) 知らず、笑みが零れた。おれが唯一膝を折る男の決断はいつも誰かを救う。自分の身体がズタボロになろうとも、尚他人の為に動くことを厭わないのがルフィだから。大した器だとつくづく思う。それは果たして無茶を無茶と思わぬ故か、或いは覚悟の上での所業か、その真意は定かではないけれど。 刻一刻と変化する事態の中でも、あいつは唯毅然と顔を上げて、黒幕との死闘に一人きりで挑み続けた。トラブルメーカーらしく皆を振り回しながらも、猛然と突き進み貪欲なまでに敵を追い詰め打ち崩し、そうして長らく続いていた悪夢はようやく終幕を迎えた。 (あいつが・・・) ―――と。 ガコンッと板戸を勢い良く押し上げる音がひとつ響いたのを訝しんでそちらを見やると、其処から這い出てきたシルエットにぎくりとする。今の今まで脳裏を占めていた人間が眼下に立っていたからだ。 麦藁を押さえつつ、ぐるりと辺りを一瞥してから心底不思議そうに呟く。 「・・・なんでまだ夜なんだ?」 くあっと大欠伸を噛ましてから、おれの気配に気付いたのか、ふいと上方にある見張り台へと視線を寄越して来た。 「寝ボケてんのか?まだ夜明けまで二時間くらいあるぞ」 白み始めた空に気付いて凡その見当をつけて忠告してやる。おれの声が届いているのかいないのか、ルフィは答えず、んんっと仰け反りながら伸びをして、そのまま声を張り上げた。 「ゾローっ、降りて来いよ。お前が相手してくれたら、寝ないで済む」 「お前なァ・・・・」 どうやら聞いてはいたようだが、寝直す気は更々ないようで、何処までも身勝手な言葉が返ってきた。その表情は悪戯を思い付いた悪童そのもので、もう咎めることも思い付かないくらい何もかもが莫迦らしく思えた。さっきまでおれの頭の中にいた過去のこいつと今其処からこちらを見上げているこいつは全くの同一人物であるというのに。共通しているのは、独断を貫くスタイルくらいだ。 深い溜め息を殊更にゆっくりと吐いてから、諦めと了解の意思表示として、断る理由を特に持たなかったおれは大人しく甲板へと降り立つ。 「・・・で、何しようってんだ?」 なんとなく口調が投げ遣りになっている気がする。だが、ルフィはそんなことにはお構いなしで、口許に軽く笑みを刻んでから後方の甲板へ脚を向けた。同意を必要とせず、おれが勝手に付いて来るのをただ待っている。 時折、ルフィと二人きりでこうして会話らしからぬ会話をしていて思うこと。ルフィはおれが相手だと何でもない内容の時は一々言葉で表さない。まったく、話さなくても伝わると思い込んでいるのだとしたらそれは大きな間違いだと叫びたくなる。おれはルフィの考えることなど半分も分かりはしないのに。 階段を上りきり、手摺りに座り込み朝日を待ち望んでいるルフィを見止めて、無言のまま壁際に腰を下ろした。 カモメの鳴き声が、静寂を破るように頭上に響いている。夜明けまで、あと約二時間。 「ゾロ」 何時の間に近付いたのか、直ぐ間近で吐息を感じて、びくりと肩が揺れた。 壁に押しつけるように更にルフィの顔が視界一杯に広がった時、唇の感触と舌の熱さを感じて、おれは眼球を外界から覆い隠した。啄ばむ様に何度も角度を変えては唾液が口端を伝う。鼻孔から漏れる息と鼻濁音が鼓膜を震わせ、触れ合い舌を絡ませる度に湿った水音が生じる。それは熱を煽る行為かと思いきや、だが決して劣情を無理矢理煽るモノではなくて。ふと、 「・・・・ルフィ?」 離れた唇に奪われた体温を思いながら深い情の色を湛えた双眸を見詰め問う。けれど、返答は当然のように無くて、代わりに緩く抱き締める腕が堅くしなやかにおれを包み込んだ。先に進むより留まることを選んだルフィの様子に、おれは掴んでいた手を肩から背に回し、強く抱き締め返すことで応じる。 つと、ここに至るまでの二週間、まともにセックスもしていなかったことを思い出す。体力の無駄遣いを極力抑える為にしなかったのだ。ルフィは、性欲も普通にある男だが、食欲ほど無闇に旺盛でもなく、加減をよく熟知しているようで。ただ、気を張らないとヤり潰されるのは目に見えているから、連日になった時は極力一、二回で止めるようにしている。壊されでもしたら洒落にならない。 けれど、先程の接吻を仮に二週間空いたことへの気遣いになぞらえるなら、これほど「らしく」ない優しさもなくて可笑しかった。ソフトな扱いなど普段から全くしないルフィが気まぐれに見せるそういった意外な一面がおれは存外に好きだったから。その気配が伝わったのだろう、ルフィの気配もふわりと綻びる。 「なんか嬉しそうだなゾロ・・」 久々に触れ合う皮膚の温もりは、情欲の熱ではなく、もっと穏やかな感情の灯火によるもので。譬え、おれ達には似つかわしくなくても、気まぐれに芽生えた感情を殺してしまうのは少しだけ惜しかったから。 「あの腐れワニ野郎は、強かったか?」 言葉が自然と口をついて出た。 「んん?・・ん?、強いっていうよりしつこかったな・・」 何処か眠そうな声が気怠げな色を纏って空気を振動させる。温かいというより熱いカラダが、冷やりと刺すような朝焼けの中で、絶えず熱を発散し続ける体内をめぐる血潮を思わせた。 生きていると。幻ではなく、偽りでもなく、あの激戦の最中を生還し、今間違いなくルフィはこの腕の中に居るのだと。ただそれだけのことが訳もなく嬉しくて、気持ちを綻ばせた。ただ――― ルフィの対決の行方を、仲間の誰一人として見ていない。そのことが、あの死闘がどれほどルフィの心身を削り、極限状態に置かれ続けたルフィの命を削ったのか、想像するのを困難なものにする。 人知れず無茶をした挙句、あのまま人知れず死んでいたとしたら、おれは一生ルフィを恨み続けていただろう。 決着後、ルフィと合流して、極度にまで蓄積された疲労のせいか、おれも含めて皆がその場に頽れた時は気付かなかったが、手当てを受け、処置を施しても目覚めないばかりか熱まで出したルフィの状態を目の当たりにしてようやく、どれほど苛烈な戦闘をルフィが強いられたかが察せられた。 ルフィは、何も語らないし、聞いても全てを伝えない。だから、何を感じて何を思ったかなど、おれには分からないけれど。弱音だけは絶対に吐かない男が、下手をすると自分よりも生き急ぐ人生かもしれないと思い至った時は、やるせなくて、歯痒くて、無性に腹立たしかった。 (あ。ヤベェ・・なんかムカついてきた) この腕の中が誰のものよりも強靭で安心できると知っていたけれど、凝り固まったしこりを思い出して、じわりと例えようのない不快感が胸を埋める。それでも、余計な感情を気取られたくないから、別のことを口にした。努めて平静を装いながら。 「・・・そういやおれ、お前の戦ってる姿まともに見たことあんまねェよな」 意識が引き摺られて、完全に話を変えることは困難だったけれど。 「あァそうだっけ?・・・ん、まァいいじゃん。どうせおれが勝つし・・・」 この上なく幸せそうなどうしようもなく締まりのない声が耳を打つ。半分しか聞いていないという風な生返事を返し、一人だけ御満悦の体でおれの気持ちなどほったらかしの声。 「ワニん時は、流石にちっとヤベェかもって思ったけどな・・・」 無自覚な呟きに一瞬激しさを増した心の揺れが、背に置かれた十指の爪を無意識の内に弛緩した皮膚へと食い込ませた。 多くを語らずに、平気そうな顔をして何でもないと言外に匂わせておいて。串刺しにされたという瞬間の己の苦しみを、こんなにも容易く吐露してみせるのが憎憎しい。 生きていたからこそ吐ける言葉とはいえ、それがどれほど聞き手を苦しめるか、思いもしない。傲慢だと胸中で吐き捨てて、余裕たっぷりの笑みに心が冷えていく。 そんな思いをひた隠しに隠して、成る丈ルフィの眼を直視しないようにと肩口に額を押し当てる。そしてふと眼に止まったモノに疑問を抱き、更に問い掛けた。 「ココ、まだ痛むか?」 上着の前だけはだけた隙間から覗く傷痕。そろりと指を下方へ滑らせ、背中の表皮に残る外傷の痕跡に行き着く。 誰も知らないルフィの痛み。 「いんや。もう、あんま痛くねェ・・」 「・・・そうか」 鳩尾を深く貫かれたと聞いたから、凄惨極まる傷痕かと想像したが、早々に包帯は取られ、露になった腹直筋の上に浮かぶ其れは思いの外小さかった。 こんなちっぽけな孔ひとつ開いたくらいで死なれては堪らないけれど、鉤爪型の凶器ならば、骨も皮膚も筋肉も血管も容赦なく突き破る威力を持つ。 骨や肉、臓器の全てに至るまで、傷付けられれば痛みが走る。いくら特異体質で常人とは違うといっても、痛覚をないものにできるわけではない。不死身の肉体を手にしているわけでもない―――。 ぶちりと何かが切れた気がした。感情の抑えが利かなくなり、捌け口を求めて喉元を迫り上げる不快感は尋常ではなく。 背に回していた腕を解き、憮然と肩を押しやる。おれは口を引き結んだまま、胸の内を吐き出しそうになるのを必死に堪えながら、ルフィを睨み据えた。 「ん・・・?どうしたゾロ」 異変に気付いたルフィが、眼を瞬かせてこちらを覗き込んでくる、が。 「付き合え」 ルフィの温もりを振り切るように、おれは敢えてぶっきらぼうに言い放った。 東の空には朱が滲み、闇を払拭する光明にまっさらなシーツを広げたような天空が一面を包み込む。冴え渡る海上には海鳥の群れが飛び交い、夜明けを待ち侘びるかの如く落ち着かない様子を見せていた。 おれは澄み切った空気を軽く肺へと押し込みながら、場違いな感情が自分の中で渦巻いているのを自覚していた。 ルフィ相手に何を遠慮する必要があるのか、悩むべき気遣いをおれは持ち合わせていない。譬え自分の中で一方的に芽生えた感情であっても、自分で消せないのだから火種となった張本人に消してもらうしかない。 眉根を寄せ、疑問符を浮かべるルフィを一瞥しつつ、「和道一文字」を残し帯刀していた残りの二本を外して見せる。それらを甲板の隅に置き、身軽な身体になって向き直ると、腕組みをして未だおれの豹変ぶりの理由に思い至っていないルフィが、じっとこちらを見据えていた。 余計な言葉などこの際必要ない。ただ、一言だけルフィに伝えさえすれば。 「ケリ、つけようぜ」 弾かれたようにルフィは眉を跳ね上げ見開いた眼と呆けたように開いた口許が、一拍の呼吸の後、何か感じ取ったように綻び、承諾のいらえを返してきた。 「手加減は?」 おれの眼光を静かに受け流しながら、ゆっくりと腕を解きルフィが問う。 「要らねェ」 今から始まる勝負は、殺し合う為でも、体力を奪い合う為でもなく、確認する為のモノ。 ルフィに怒りを覚えているのは確かだ。けれど、それを駆り立てるのは憎悪でも嫌悪でもない。 唯、ルフィだから、求める―――理屈ではなく、求める。何を以ってその証と成すかは時と場合によって違うけれど。今は、相手を縛る言葉ではなく、温い体温と絶頂感でもなく、直接対決という形でルフィを感じていたかった。だた、それだけ―――。 無表情と形容すべき面構えでこちらを真っ直ぐ見詰めるルフィの眼が、射抜くように鋭さを増す。 白い鞘を投げ捨て、抜き身を下段に構えた姿勢でおれはぴたりと制止した。ルフィはと言えば、完全な戦闘態勢ではなく、飽くまでも自然体のまま鷹揚たる態度で殊更に身構えることをしないまま。 おれは全身の感覚をルフィという一点に集中させ、息を詰めつつ、間合いを測りながら左足を半歩前にずらした。一旦、右脇腹に太刀を引き、腰溜めにしてからタイミングを見計らい、刹那――、 ダンッ! 大きく踏み出した右脚と共に左腕を疾風の如く振り上げる。しかし袈裟懸けに走る軌道は空を切り裂く音を残して、虚しくその威力は霧散した。 手応えもなく消えたルフィの気配が唐突に背後へ迫るのを感じて背筋がぞわりと総毛立つ。反射的に右へ跳び退き、繰り出される拳をどうにか身を捩って交わし、避けた勢いを利用して、右肩口から振り翳した白刃を無造作にルフィの右脇腹目掛けて振り下ろす。 しかし、すんでの所で素早く身を屈め懐に入り込んだルフィは、眼の端に入ったおれの刀の動きを手首を捕らえ捻ることで封じ、そのまま伸び上がって無造作におれの横っ面を殴打した。おれは抗う暇もなく、あっさり吹っ飛んでメインマストに激突する。 派手に後頭部を強打し、ぐらりと視界が揺らいでいる間に、間合いを詰めたルフィに喉頸を押さえ付けられ、甲板に縫い止めるかのように再度叩きつけられた。 「かはッ・・・!」 強か打ち付けた背骨が軋み、痛烈な衝撃を受けた関節が悲鳴を上げる。それにも構わず、体重をかけ圧し掛かったルフィが静かに口を開いた。 「今頃、らしくねェなァ。何がそんなに不満 だった?」 全てを見透かしているようで、何も分かっていないらしい態度が、いかにもルフィらしい。 「・・・別に、理由なんかねェ。勝手にムカついて勝手に八つ当りしてるだけだ」 さっきまで、もう少し心中は複雑だったように思うが、熱を発散させ激情の波が和らいでいく毎に、薄らいでいく蟠りに心は軽くなっていて、それ以上の説明は無意味だと思った。 「ふぅん?」 得心したような相槌ひとつ打って、一旦身を引いたかに見せたルフィだったが、次の瞬間、起き上がりかけたおれの左手を蹴り上げ、指から柄が弾かれ離れた刀に一瞬気を取られた隙に、胸倉を引っ掴まれ強引に床に組み伏せられた。 「ルフィっ、何す・・」 怒気が薄れた隙を突かれて呆気なく昏倒させられ、見上げたとき雄の凶暴さを宿した眼に気が付いて、思わず慄然とする。 「満足したのか?あれっぽっちで。おれは、 まだ全然物足りねェけどなァ」 鼻先が触れるほど間近にあるルフィの吐息が、更なる展開を暗示していて。口調は限りなく優しかったが、眼が笑っていなかった。骨が軋むほど食い込んだ五指の圧力に顔を顰めながら、何をしようとしているのかに思い当たり、無駄な足掻きだと分かっていたが、渾身の力で鉄拳を叩き込む。 「―――ッ!!?」 途端に、声にならない悲鳴を上げて倒れ込み身体を折り曲げ、額に脂汗を浮かべながら咳き込むルフィを見て、予想外の展開に一瞬驚いたが、すぐその原因に思い当たりおれは自分の迂闊さを呪った。 「ルフィっ!大丈夫か!?おいっ・・」 致命傷。常人ならば、疾うに出血多量でショック死しているはずの深手。 その傷痕は、外傷こそ塞がり目立たなくなりつつあるものの、内部まで完治するに至らず、今の衝撃で傷口付近の筋肉か血管かが引き攣れて、ルフィに苦痛をもたらしたのだろう。 「・・・・大丈夫、だ。たぶん・・」 呼吸を整え、のろのろと起き上がるルフィを支えてやりながら、少しばかり自責の念に駆られた。俯いたまま押し黙ったおれを、落ち込んだと思ったのか、頬を叩きながら労わるような声音で。 「そんな顔すんなって。ちょっと痛かっただけだ。もうなんともねェよ」 先刻までの雄雄しさとは少し違う雰囲気で笑って見せる、その態度がやるせなくて、いっそう眉間の皺が深くなった。 常に前を向いて、己の身体を顧みず無茶ばかりするルフィを、船長という役割から肯定する自分とルフィ個人に傾く感情から否定する自分とがいる。矛盾する気持ちだと承知している、けれど止めることはできないから。 「この強情っぱりッ」 「それはゾロだろ」 間髪を容れず、返って来る反論に悪態を吐く。 「っせェよ、莫迦」 それに呼応するように響く独特の笑い声。そうして、抱き締めてくる腕に安堵しながら、胸中で独りごちた。 分かっている。ルフィは死なない。死ぬはずがない。おれも、あいつらも、夢も、約束も、何もかも連れて歩む路を、ルフィは自分に課し、それを享受しているのだから。 手の内に抱え込んだ大切なモノを想う余り、何よりも軽んじてはいけない自分自身を失念しているのなら、その分だけおれが―――おれ達が、支えてやればいいだけのこと。 それが、ルフィの仲間としての存在意義だから・・・・ 日は昇る、闇は消える。 長い長い夜が明ける―――。 終 |