『幸せのカタチ』




それは、周囲にとって予期せぬ事態だった。


 身体から伸びる拘束具を引かれ、一瞬前のめりになりかけた身体を堪える。皮膚に食い込む鋼鉄の鎖。振り被る大袈裟な構え。肉を抉るべく黒光りする鋭利な刃先。眼前を睨み据えながら、『溜め』を足裏に託し、踏み込む膝に重心を預け、引き摺られた振りをして。前屈みの姿勢から、掴んだ鎖と共に、相手より数秒早く、蹴り出す。

 地から離れて、ダイブする身体。先刻まで眼前にあったシーンが眼下へと流れていく。視界の隅に捉えた幾つもの瞠目した顔。何事か叫ぶ声。それらに応える間も、意思もなく。ただ一人に向ける合図。そして―――。
 色の付いた世界が、脇から押し寄せて来た水流に呑み込まれた。その時、鼓膜を振動させた水音を最後に、外界の音という音がシャットアウトされる。眼に痛い、紺碧の潮水。その底へと沈んでいく身体に反して、口の端から頬を滑る気泡が、水中に儚い音を響かせて水面へと昇っていく。
 コポコポコポ・・・。
 それを見るとはなしに見送りながら、重力から免除された空間の中で、次第に増していく負荷を肌で感じた。前後左右の区別も付かない状況は、四肢のチカラが入らない心身にことさら不安を募らせる一方で、それまでピンと張り詰めていた緊張の糸を断ち切る役目も担ってくれた。
 次第に、曖昧にゆらゆらと揺れて判然としなくなる空色。浮上する術も無く、もがくことさえ適わず、遠退いていく視界。
(あと少し、辛抱すれば必ず・・・)
 そこまで考えたところで、フェードアウトするように意識が薄れ、そして途切れた。



 アフタヌーンティーと洒落込むにしては、大きくズレた時刻。陽も傾きかけるかと思われる頃、ゴーイング・メリー号の専属コックを顎で使う航海士が、心底呆れたという口振りで呟いた。
「あんたってほんとバカよね。先のこと考えて行動してても、自分がピンチになってたら意味ないじゃない」
 鎖骨の前辺りで重ねた手の甲に軽く顎を乗せて、その視線をカップに生じた波紋に落としている。先の発言は、溺死しかけたにも拘らず後遺症もなく復帰した剣士から簡単な事情を聞き出し、二言三言の感想を述べた後で改めてした指摘である。
 耳が痛ェな、と口には出さず、ゾロは独りごちた。彼女の発言は、彼の自尊心に少なからずの差し障りを生むのだが、間違っていない分否定しようがない。
「しょうがねェだろ。人質取られて、背水の陣で、腕の自由は利かねェし。咄嗟の判断にしちゃァ上出来だったと思うぜおれは」
 先手を打たれて一刻の猶予もないあの状況下で、相手の重装備を利用する以外のどんな策があったってんだよ。結果的に上手く行ったのだから、そんな言い方しなくてもいいだろ。とは言わず、発言内容は多少なりセーブした、はずが・・・どうも不満が顔に出ていたらしい。
 ダンッと派手にテーブルを叩く音が響いたかと思うと、肩を怒らせたナミが鬼の形相で声を荒げた。
「その咄嗟の判断と『気紛れ』とやらで、こっちはイイメーワクしてんの!もうっ、全然懲りてないんだからあんたは!大した怪我もなかったから良かったけど、ルフィが戻って来た時ホント吃驚したんだからね!縛られてるわ、アンタが溺れるって喚くわ、助けに行こうとしたら道は忘れるわ!問題起こすなってあれほど言ったのに!少しはこっちの身にもなりなさい!!」
 鼻息も荒く一気に捲し立てられて、懸念した通りの剣幕に思わず閉口してしまう。売り言葉に買い言葉では埒が明かないと、一応言葉を選んだつもりだったが、どうやらそんな努力も徒労に終わったようで、おれの発言は見事にナミの地雷を踏んだらしい。
「そうだぞクソマリモ!ナミさんの手を煩わせてんじゃねェ!もっとおれのように刻み込んどけハートに!『一にナミさん、二にナミさん、三四もナミさん、五にナミさん』だ!ささっ、ナミさんvこんな野郎相手に大声出したから喉渇いたでしょう?アップルティーのお代りをどうぞvv」
「ありがとサンジ君」
「・・・・・・」
 意味不明な台詞を投げ付けたまま、反転しておれに見せるのとは真逆の、腰の低い姿勢で振る舞うアホ約一名。露骨な差別と贔屓を、恥ずかしげもなく披露するこいつにこそ、他人への気遣いが切実に必要だと思うのはおれだけか?いや、尻馬に乗って好き勝手ほざくだけのクソ腰巾着はどうでもいいんだ、別に。
 ナミは、・・・言うだけ言ったらすっきりした、みてェな顔してるが、おれが物申したらまた矢のような剣幕で怒るに決まってる。
 なんだよ、おれ発言権ねェのか始めから?じゃ、ココに居る意味ねェよな。さっさと消えるに限るぜ。
「ごちそうさん」
 面倒臭いのとウザイのとを相手にすることに疲れたおれは、胸中の決断を実行に移す為に、一言言い置いて席を立った。軽く口を付けただけの湯のみを残し、皆に背を向ける。
 ボトムのポケットに両手を突っ込んで、ふと思った。自然猫背になるこの姿勢が、今見ようによっちゃ敗者の姿に見えなくもねェのがまた癪に障るが、この際そんなこたァどうでもいい。それよりも。去り際、自分に投げ掛けられたナミの要らぬ一言。なんとなく自覚していた事実だけに、他人から指摘されると余計哀しくなってくる。
(あークソ、嬉しくねェ。マジで嬉しくねェ。)

「そういえば、たまに思うけど、アンタだんだんルフィに似てきてるわよ。アホっぽい言動なんかが特に」

 一瞬立ち止まって憮然たる眼光で睨み返す。すると「それとも、元からそうだったかしら?」などと、嫌味たっぷりの台詞で追い討ちを掛けられた。こういう時この女と喋ると、やたら神経すり減らすことを再確認させられる。何やら怒る気力も殺がれて、さらに言い募る声達を聞き捨て、おれはダイニングを後にした。



 剣士の後を追うように、武器庫の整理と整備をすると言って出て行った狙撃手を見送ってから。
「あいつって、時々仲間にも警戒心剥き出しなくせに、自分のことには結構無頓着なトコ、あるのよねェ」
 残された面子相手に、しみじみと、だが確信めいた口調で形のいい唇から真実が零れ落ちる。
「ほんと、誰かさんの良くないトコばっかり吸収しないで欲しいわ」
 敢えて名指しにしないナミの心中を慮り、サンジは同感の意を込めて深い頷きを返した。一連の遣り取りを終始見守っていた残りの船員の内、一匹は軽く首を傾げ、よく解らないといった風な双眸を発言者に向け、もう一人はテーブルに肘を付き片頬に手の平を添えたまま、得心したような、意味ありげな笑みをただ浮かべた。そして、当の本人は、慣れてしまった溜め息を一つだけ吐いて、気持ちを切り替えるように、先刻新作だとコックが紹介したレモンチーズタルトとダージリンティを静かにオーダーした。



 事の顛末は、よくあるような実に下らないモノだった。
 偉大なる航路を航海する途上、ログを辿って寄航した港が偉くガラの悪ィトコで、以前のジャヤ島の如く、おれとルフィが、無銭のままそこいらの散策に出掛けたんだ。途中でルフィと逸れちまって、まあ別にガキじゃねンだからってほっといて、その辺だらだら歩いてたら、一億の賞金首と六千万の賞金首を一網打尽にしようってどっかの馬鹿(名前忘れた)が、周到にも騙され易いルフィを人質にしてから、おれの前に姿を現した。偉そうな口を利く割に、甲冑を着込んでガチガチに武装してるわ、仲間引き連れて数を恃むわ、姑息なテ使いやがるわ、簡単な挑発には乗るわ。そんな腰抜け相手に時間取られんのも癪なんで、一気にカタ付けようと思って。荒縄で縛り上げられたルフィと呑気に御対面して、軽口の応酬して。刀を抜こうとしたら人質を盾に動くなと制されて、御丁寧にも特殊合金製だとかいう鎖でおれを捕縛しやがった。両刃に先端から伸びた片刃を合わせた三枚刃の、無駄に重量感のある戦斧でその馬鹿がおれを斬り殺そうとして―――。
 とまあ、そこまではありがちな、ベタな展開だったんだが。選択の余地も、思案する猶予もなかったから、とりあえず動いた。躊躇いもなく地を蹴る。後方に迫っていた海へ向かって。
 自分へのリスクが増すのはこの際、捨て置いて。要は、おれに注意を引き付けて、ルフィに後を任せるって寸法。無策というか無謀というか、今考えりゃ逆の立場でやりゃ良かったんだろうが、結果的に唖然としたヤツらを瞬時にルフィが片付けたんだから、及第点だろ。落ちる寸前目配せしといたらルフィの奴ピンと来たらしくて、見事な連携プレー。
例の馬鹿は、鎖が武装した肘部分の装甲に繋がってておれが渾身の力で無理矢理引っ張ったら、一緒に海ン中にダイブ。その取り巻き連中は脚だけでルフィにノされて、あっけない幕切れとなった(らしい)。張合いのねェ奴らだ。
 その後は断片的にしか記憶が無くて、動かない身体を引き摺られるか抱えられるかしたんだろう。おぼろげな感覚でベタベタに張り付いた服が気持ち悪いとか眼が痛くて開けてらんねェとかその程度の認識しかできなかった。いつ引き上げられて、いつ鎖を解かれたのか、そういったことは全然覚えてねェ。



「はァ・・・ったく。堪んねェぜ、あのヒステリーは」
 逃げ込んだ格納庫で、詰めていた息を吐き出し、誰にともなく愚痴る。適当に引っ張り出した火薬箱の上に無造作に脚を投げ出していると、開けっ放しの戸口からウソップが遅れて入って来た。同情と苦笑を織り交ぜた面差しで、おれの呟きを拾う。
「ナミなりに心配してんだ、そう言うなって」
 船員のムードメーカーにして仲介役でもあるヤツらしい、双方の立場と心中を汲んだ発言でやんわりと諭される。口調も言葉も、気遣い屋としての労わりを含んでいたから、少しだけだが慰められた。
「ああ、解かってる。・・・それより、ありがとな。チョッパーから聞いた」
 だから一応、殊勝な言葉を告げて、その後に、今回の騒動で海中に沈んだおれを引き上げてくれた礼を付け加える。キッチンじゃなんだかんだとナミに問い詰められていたから、謝意の言葉を伝えられなかった。口許だけの微笑を添え軽く頷いてそれに応えたウソップが、視線を僅かに落としたおれの顔にそれでも残る不快の色を見て取ったらしい。
「解かっててもまだ不満、って顔してるな」
 顔を上げると、『ウソップ工場』なる本来の定位置に腰を下ろし、こちらを見返す双眸にかち合う。
(・・・誤魔化してもいーんだが。ま、いいか。)
 何気なく先を促す、気のいいお節介屋を見据え、一人くらい吐露しても悪かねェよなと自分に言い聞かせる。そして、さっきは口論の火種になるからと敢えて避けた台詞を、遠慮も容赦も要らなくなった場所で、おれは不敵な笑みを湛えながら言い放った。
「まあな。あるに決まってんだろ。確かに、おれにも落ち度はあった。その点は反省する。けど、直接迷惑掛けたのはお前と、あとチョッパーくらいだろ?おめェらに言われんのならまだ聞く気にもなれる。けど、世話にもなってねェ奴らに好き勝手言われて気分良く反省する奴なんかいねェだろ」
 別に喧嘩がしたいんじゃねェ。相手が突っかかって来るのに、リアクションを返したら何故かいつも険悪ムードになるだけの話だ。ウソップくらいあけすけで裏のない配慮をしてくれるンなら、わだかまりもなく素直にもなれるんだが。ああも皮肉られちゃァ、返すべき謝罪の言葉も消えちまうだろ?
 大概おれも勝手だなと頭の隅で認識しつつ、誰が聞いても了見狭いと思うだろうことを胸中で付け足す。
 おれの発言にしばしの沈黙を守り、思案顔を巡らせたウソップが、困ったような顔をして呟いた。
「ん〜、そりゃまァ確かに・・・
 おれだって悪かったと思ってても、非難ばっかりされちゃムッとしちまうし」
「だろ?」
 呟きに同意で返すおれに、しかしウソップは右掌を見せて待ったを掛けた。
「けどなァ、やっぱ吃驚するだろ、お前が溺れたなんて聞いたら。おれもまさか!って一瞬思っちまって。けど、ルフィの状態見たらやっぱそうなんだ、早く助けなきゃヤベェって全力ダッシュしたんだぜ?ルフィなら今更で済むけど、用心深いお前が落ちるなんて想像つかねェから余計焦るし。そりゃナミも気が気じゃなかっただろ。だから、大事に至らなかったって解かった途端安心してさ、安心した分だけ心配させてー!って怒りが涌いて来たんだと思うぜ。案外そんなモンだきっと。直接迷惑掛けなかったとしてもな、間接的でも心配掛けたのは事実だろ」
「・・・うーん」
 オーバーアクションを交えながらだが、ナミのフォローもして、自分の心情も正直に吐露するウソップの言葉には重みがある。ただ、事の顛末をざっと考えても、自分に非があるとはどうにも思えなくて。何かもっと根本的に、違うような、理解できていないような、そんな思いがふと脳裏を過った。
 思考の飛んだおれに構わず「それにな」と言いさして、ウソップが一呼吸の小休止を挟んだ。そうして、言い聞かせるというより独り言に近い口振りで切り出した。
「おれ思うんだ。つまりさ、こと戦闘に関しての力量と自信の度合がお前やルフィとおれらじゃまるで違うんだ。だから多少無理しても、お前らは平気だったりするけど、おれにはできなかったり、ナミには思い付かなかったりすんだな。よっぽど逼迫した状況でもなけりゃ、命掛けるなんて普通はまずできねェし。それこそ、一大決心なんだ。もう後がないって思い知らされて、やっと自分の中でやるしかねェって覚悟が決まる。始めから覚悟出来てるお前らは、リスクが高くても簡単にやっちまうけど、そうじゃねェヤツからしたら、お前らのやることが、案外無謀に見えたりするモンなんだぜ?」
 それでも、おれはお前らを頼りしてるし、誇りにも思ってるけどな、と。遠い目をして語ったその言葉も、最後の部分でちらりとおれを盗み見てはにかみながら発した言葉も、嘘吐きな男の、偽りでない本音。その気持ちを有り難く感じながら、知らず軽くなっていたシコリに気が付いて、たまには相談もいいモンだ、と思い直した。



 その夜。早々に寝床部屋に下りたおれは、就寝するまでの束の間を、居合わせたオトコと無為に過ごしていた。照明から離れた、ハンモック寄りのソファーに陣取ってぼんやりと天井の木目を眺めてみる。マストを挟んで反対側に垂れ下がるランプが、琥珀色に発光し辺りをほんのりと映し出す。寝る為だけにあるような何もない部屋で、時折、波間に揺らめく船底が鈍く軋んだ呻き声を上げた。
 話の口火を切るのは常にその男で、柔らかな感触に頭部を預けたおれはその度に適当な相槌を繰り返す。強過ぎず弱過ぎず、辺りを照らすランタンの灯に反射する、意思なき具足達。部屋を満たす空気は安息を匂わせ、腹に残る毒気さえ消してくれるような気がした。傍らの男は、相変わらず床に横たわる絨毯の上で、よく通る声を響かせながら、取るに足らない話題の為に舌を動かしている。
 色気のない部屋で、惰性的な言葉の往来。いたずらに睡魔を招き寄せるだけの遣り取り。幾分か重たく感じられる目蓋を擦りながら、ともすると攫われそうになる意識を繋ぎ止める。怠惰で緩慢な、それでいて何処かこの閑散とした部屋にしっくり来る、この感覚を何と呼ぶのか。一方は他愛無い会話の、振って応えてを受動的に受け流し、他方は気怠げな一方の返事にも特に機嫌を損ねるでもなく淡々としている。お互い、何の遠慮も要らないことをよく知っているから、こんな一見無意味にも思える時間でも共有できるのだ。
 いつの間にか会話は途絶えていて、代わりに落ちてきた静寂を享受する。
 鈍っていく思考。薄れていく意識。緩み切った心身。適度な火照りを宿す手足。曖昧になる自我。それ手放す心地良さ。ひとときの休息。そこに割り込む、違和感。いや、それとも既視感?皮膚を這うモノ。寄せては返す波のような、同じ部分を行き来する動き。何処か甘美な痺れを伴い。それとは別の小さな痛みを至る所に感じながら、次第にソレがじわじわと下降していき―――。

「ッッ・・!!」
 最悪を極めた寝覚めに、過剰な反応を示す理性。さっきまで見ていたのは夢だった、と認識するのに僅かな時間を要した。あまりにリアルな熱と感触。額に浮かんだ冷汗を拭う。
それから、ふと、ひんやりとした肌寒さを感じて視線を自身に向けると、
(・・・オイ。)
「何してくれてンだよ、てめェは」
 腹巻はそのままに、喉元までたくし上げられたタイトの白シャツ。夢の続きを連想させる状況、というよりコレが最低な夢見の、そもそもの原因か。故に、自然と下降する声のトーン、険しくなる表情を自覚する。
 数分前と変わらぬ現実がそこに転がっている。ただし、平然と人の寝込みを襲う莫迦が約一名、脇に手を付いてこちらを覗き込んでいて。
「ん?ああ、悪ィ」
 悪びれもせず零れた笑みには、露骨な下心が見え隠れしていた。途端に擡げる疑念。ほどなくして、それは確信へと変わる。半眼のまま上体を起こし、捲くられたシャツを下ろす為に視線を戻した、その一瞬の隙を突いてルフィが背後に滑り込む。後方から抱き寄せる頑強な腕が腰に絡み付き、逃げ道を完全に断たれた。
(あー、ほんッとにコイツは・・・)
 どうしてくれようと、あれこれ思考を巡らせていると、ルフィがぐっと顔を寄せ、ふたりきりのこのムードに特有の低音声音を耳元に滑り込ませる。
「お前がシたくねェなら止めるけど、おれはお前とシてェんだ」
 それでもイヤ?と、苦しげな色を孕ませた吐息混じりの囁きをダイレクトに耳元に吹き込まれる。ルフィの放つ雄の色気に当てられて、抵抗する意思を殺がれたようにざわざわと浮き立つココロとカラダ。
(・・・ヤベェ。今のはキた。)

 おもむろに再開された不埒な企み。
シャツの隙間から皮膚をまさぐり始めた不穏な右手五指。その無造作に這い回る動きが、まるでシャツ内で蠢く生き物のように見え、視覚的ないやらしさを助長する。
「ンっ・・・んんッ、ンッ」
 揉み込むような動きから、親指と食指で突起の先端をグリグリと弄られて、上擦る声を必死に堪える。さらに爪を食い込ませる刺激は、慣れた痛みと恥骨にまで至る酷い痺れをもたらした。それに悶えのたうつ肢体を易々と封じ、左手首を後ろ手に引いて、ルフィがよりぴったりとへばりつく。
 密着する体温。首筋を撫ぜる熱い吐息。時折後頭部に擦り寄る鼻先。その間も、押し潰され擦られる度に上がる悲鳴を引き出す為か、突起を弄る指が休むことはない。赤く腫れるほど充血した乳首の硬度を確認して、ようやくルフィは手を退けた。
 過ぎた快楽の代償にピリピリとした痛痒感に苛まれる苦しみ。ゆっくりと確実に快楽に蝕まれ、溺れていく肉体。自ら望み乱れる様を見るのがイイのだと、いつだったかそんなことをルフィが言っていた。
「・・・・はぁ・・・はぁ・・」
 久々の、且つ強烈な刺激に、喘ぐばかりだった息を何とか整える。ルフィがおれにくれるインターバル。数少ないおれへの気遣い。
 そうして、無骨で悪戯好きな手指が消えてから、代わりに馴染むのは、肌に侵食する熱と染み込む匂いだった。ゆっくりと同化していく錯覚。触れ過ぎた温もりと嗅ぎ慣れた体臭の一体感。肩口に顎を乗せたり、項や耳の裏に唇を寄せて触れるだけのキスを落としたり、時には吸引の赤い痕を残す。それを幾度となく繰り返して。
 細やかで心地良い反面、じれったい緩慢な仕種。焦らしがルフィの常套テク。焦らして焦らして最後には自ら官能を貪るよう仕向けられる、生殺しの感覚。ある意味、拷問のような。けれど、それはただの前戯に過ぎなくて、更なる仕打ちは寧ろこれからだった。

 耳朶を食まれさらに甘噛みされて、堪らず喉がヒクつく。その反応に低く喉を鳴らしたルフィが、今度は滑った舌先を這わせてきた。
「・・・ぅッ」
 生温かい湿ったモノに襲われ、首筋から腰までがゾクゾクとざわめく。肌が粟立ち、小刻みな震えが走る。

 不意に、無骨な指が腹巻と寛げたボトムの隙間から忍び込んだ。先刻の刺激で半端に勃起したペニスを掴み、亀頭を丹念に弄られて、引き攣った悲鳴が喉から溢れる。ジッパーを下ろす音が聞こえて、尻に当たる硬いモノがルフィのソレだと解かり思わず身震いした。
「決めていいぞ、どうしたい?」
 敢えていつものトーンで、導く声。合間合間に、気紛れで裏筋を搾り込むように擦り上げては、応えようとしたおれを泣かせて邪魔するくせに。
「オマエ次第だ」
 そんな殺し文句を言えるなら。
「・・ッ・・じゃ聞け、よ・・ぅっ・・」
 人を玩びながら淡々とした態度を取るのが恨めしくて、つい声を荒げてしまうけれど。ぴたりと止んだ妨害に安堵してから、深呼吸を一つ吐いて、静かなる要求を口にした。
「・・・処理してねェんだから、生はナシだ。それと、安眠妨害の罰としてサービスはフェラ一本。それ以上は却下。無理強いしやがったら、即打ち止め。半殺しの刑に処す」
 ギラリと睨め付けて、本気を仄めかす。
了承を促す眼差しを真っ向から受けたルフィが、僅かに苦笑して囁いてきた。
「冷てェなァ。
 ココこんなにしたの、お前なのに」
そういって押し付けてくるルフィのペニスは、下着越しにもパンパンに張り詰めているのが解かるほどで。
「知るかっ、イヤなら一人でマスでもかいてろ!」
 腕を解かれソファーを下りて、予備の毛布を引っ張り出し絨毯の上に広げ、ドカリと腰を下ろす。

 あれだけの嫌がらせを受けても、これから受ける卑猥で屈辱的ですらある行為も、この男であれば、許せてしまえるのは何故なのか。
(・・・それだけコイツがおれにとって特別ってことか。)
 認めたくない時が時にはあるけれど、認めざるを得ないのもまた事実で。

 盛大な溜め息一つ。諸々の感情が綯い交ぜになった複雑な心境を体現するに足るだろう空気の塊。
 ふと、名を呼ばれ、振り向くと唇に柔らかな感触。
「溜め息吐いたら、その分幸せが逃げちまうぞ?」
 無自覚な発言と根拠のない内容に、一瞬、どう切り返そうか迷ったが。
(・・・てめェに言われたくねェ。)
 胸中でそう毒づいてから、それでも、口端に乗せたのは別のことだった。
「いんだよ。もう幸せなんだから、満足してる」
 何の抵抗もなく、舌先を滑り落ちた現実。嘘偽りのない本音。ルフィになら、言い切れる自分がいる。
「な?」
 重ね合わせたルフィの手の甲に、試すようなキスを落とす。一瞬瞠目した双眸が、独特の笑い声と共にふわりと綻んだ。
「その割によくキレるよな」
「・・・うっせーな。てめェのせいだろ」
 最後まで、軽口には軽口で返す遣り取りに辟易しながらも、どちらからともなく笑みが生まれる。そうして、相変わらず存在するルフィとの繋がりを今はただ感じていたいと、身体に触れる熱を知覚しながら、静かに眼を閉じた。



 感情の赴くままに行動する。いつもではないが、時には言葉にもしながら。
 誰に知れていても、例え、誰一人知らなくても構わない。
 お前さえ知っていてくれるなら―――。



 数時間後。

 精液でベタベタになった毛布を丸めて脇に追いやり、剣士を抱え直して新たな毛布で包める。終わった途端、意識を睡魔に明け渡したカラダ。腕の中に戻ってきた温もりに、その丁度良い重さに、ルフィは人知れず、笑みを浮かべていた。昼間触れた時の冷たさとは真逆の、熱を孕んだ安らかな吐息をただ見守りたくて。
「続きはまた明日な」
 オヤスミ、と囁く唇の、今日最後の接吻は、差し出された彼の全てに応えるように。繋いだ彼の手の甲にそっと、触れるだけのモノとなった。