七宝駒に生える角


 と、その時、男の隣と向かいの席に、滑り込むように二人の男がやってきて腰を下ろした。
「あんた、この店、初めてだな?」
「ああ」
「見かけない顔だ」
「この町に来たばかりなんだ」
「知り合いと待ち合わせか?」
「まあな。待ち合わせ場所はここじゃないんだが」
「待ち合わせ時間は?」
「一週間後」
「あぁ?」
 向かいに座った男が素っ頓狂な声をあげ、そして笑い出す。
「もしかして日にちを間違えたのか?」
「おいおい。俺がせっかくぼかそうとしたのに、ハッキリ言う事はねえだろ?」
 その返答に声を出して笑ったのは、店の女だった。
 トレイの上のケーキが小さく震えている。
「本当に変な人ですね」
「理解してもらえて嬉しいよ」
 トレイの上からケーキを取ると、男は女に少しだけ微笑して見せた。
「兄さん、名前は?」
「俺? シュウだ」
「シュウ……どこかで聞いたことある名前だな」
「周五郎も修三も秋作もガキの頃はみんなシュウちゃんだからな」
「違いねえ」
 二人の男がドッと笑う。
「それで、何か用か? 一緒にケーキが食いたいってなら、自分で頼んでくれよ。懐具合は良くないんだからな」
 シュウの言葉に二人の男が顔を見合わせた。
「いやいやシュウ兄さん。オレたちは甘い物が苦手なんでさ。実はちょっとお願いがありましてね。懐具合がすこおし良くなると思うんですがね」
「ほぉ。一週間で何とかなる仕事か?」
「そりゃもう。いい女といい仲になって欲しいんです」
「あ。俺、そういうの無理だ」
「シュウの兄貴。そんなことないですって」
「ヤバい筋の姐さんなんじゃないか?」
「とんでもねえ。まあ仕事はそれなりの仕事してるけど、いい女なんでさ」
「いい女なら、お前たちが相手すればいいだろう?」
「それがいい女すぎて手が出せないんですよ」
「高嶺の花か。俺にも過ぎた花だと思うが」
 言いながらシュウはサングラスを外す。
 と、男たちは開けた口を閉じられなかった。
 輪郭のハッキリした容貌に色の薄い瞳とくれば、ハーフかクォーターかと思える。
 どう贔屓しても二十代には見えない落ち着いた風貌に同性である男たちさえドキッとしてしまった。
「どうした?」
「……あ…いや……」
 隣に座っていた男は、動揺してソファの端に移動するほどだった。
 そんな様子を心の中で楽しみながらシュウはケーキにフォークを入れる。
「悪いが他の奴をあたってくれないか。分不相応だと思うからな」
「……いや〜 そんなことはないと思うんですがね」
「そうだ、シュウの兄貴。ちょっと会ってみてはどうすか? 高嶺の花を手に入れたいっていうのは男のサガっすよね?」
「まぁな」
「会ってみて下さいよ。結論はそれからでも。あ、ケーキ奢りますから」
「じゃああと三つもらえるか?」
「は〜い」
「み、み、三つ! 甘党っすね」
「まあな」
 ニヤと笑うシュウの前と隣の男も受けて笑う。
 すぐにケーキが三つ追加で置かれると、
「ほら、一つずつ食え」
「え? オレたちがですか?」
「ああ。男一人で食うのは寂しいんだ。恥ずかしいってのも付け足しておく」
「寂しいじゃなくて、恥ずかしいが一番じゃないんですか? シュウの兄貴は」
「ハッキリ言うな」
「す……すんません」
「本当に変な人だ」
 男の呟きにどうも、と答え、二人の男に名を尋ねる。
「オレはケンジ。こっちはミツルだ」
 ミツルと呼ばれた方が年下なのだろう、ちょこんと首を縦に振って挨拶してきた。
「ケーキの分くらいは頑張るさ」
「頼みます」
 真面目にそう言って二人もケーキに手をつけた。
 大の男三人がケーキを食べる図は、他の喫茶店では再現不可能な図だった。
七宝駒に生える角 より 抜粋


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