湖東錦の歴史
江戸時代に岐阜の真平氏が栽培され、その後、滋賀の丸平氏が譲り 受けられました。 そして十六年愛培されていました。それを明治十六年に 大阪の服部氏が譲り受け、二十五年もの年月をかけて子付きになりました。
この三鉢のうち、一鉢は池田公爵家に納り、一鉢は昭和十二年五月、大阪魚治楼 での大会で常盤園松村氏の仲介で藤井氏が譲り受けました。右は当日の記念写真 (杉村和則氏保存)です。
その後藤井氏は四十年ほど苦心されましたが、子出しが悪い上、出た子も ユウレイであったり青であったり・・・上柄品は一本もできませんでした。 しかし、その後新しく出る葉の縞柄がだんだん良くなって行き散斑も加わっ て、神秘的な美しさを放つようになりました。それも二本子付きで・・・
参考文献:昭和42年12月1日誠文堂発行「総合種苗ガイドB古典園芸植物編」ガーデンライフ編昭和62年3月21日樺r田書店発行「富貴蘭」田口源夫編著
