今日は仁の誕生日だから、いつものお礼に私が料理するよと申し出たけど、絶対にやめろと断られた。

遠慮しなくていいのに、と言えば「してねえよ」とどうやら本気の感じで返されてしまったので、やっぱり不味いのか……と諦めていつも通り仁に作ってもらった。

そして夕ご飯を食べ終わった後、私はおもむろに立ち上がって冷蔵庫を開ける。

「今日ケーキ買って来たんだ。一緒に食べよ」

バイト帰り、ケーキ屋に寄って仁の好きなモンブランを自分の分と二つ買った。それを箱から出してお皿に乗せ、紅茶も入れて、テーブルの上に並べる。

「はい。モンブランだよ」
「……」

自分も席に座って食べ始めようとしたところ、ふと目をやると仁はフォークを手に取らないまま、じっとお皿の上のケーキを見つめてる。どうしたんだろう。

「食べないの?」
「……栗」
「え?」

何かボソッと呟いたけどよく聞こえない。

「なに?」
「栗」
「栗……?栗がどうしたの」
「栗が乗ってねえ」
「え?」

そう言われてみれば……。だけどべつに、上に乗ってないタイプのモンブランっていうだけなんじゃないの。

「それがどうかした?」
「栗の乗ってねえモンブランはモンブランじゃねえ」
「えーだって、商品名にモンブランって書いてあったよ。だからモンブランには変わりないでしょ?」
「違え。こいつにはモンブランのポリシーってもんがねえんだよ」
「……なに言ってんの?」

なんなのだろう。この、モンブランに対する情熱は。そんなにこだわりがあるなんて、今まで知らなかったな。確かに思い起こしてみると、仁が食べるモンブランにはいつもちゃんと栗が乗っていた様な……?

でも、そんなの気にしたことないよ。

「これじゃだめなの」
「モンブランとは呼べねえな」
「仁はモンブランのなんなわけ?」

べつにどうでもいいじゃん……と思いつつ、そんなこと言ったらきっと怒るし。なんか語り出されたら面倒くさいのであまり深くは触れないでおこう。

こんなことになるならマンゴータルトにしておけばよかったかな、とちょっと思ったけど、だってあのお店にマンゴータルト置いてなかったんだもん。

「そう。ごめんね、知らなくて」

仁の分のモンブランを下げようとすると、即座にお皿を強い力で掴まれて動かせなくなる。

「……食わねえとは言ってねえだろ」
「だって気に入らないんでしょ?いいよ、私が食べるから」
「お前これ以上まだ太る気かよ」
「痩せるなって言ったのは仁じゃん!」

ああだこうだと言い合いをしているうちに結局は奪われて、仁は黙ってモンブラン……ではない何かを食べていた。

なんなの……と思いつつ食器を片づけて、一人先にリビングへと移動してソファに腰を下ろす。

ちょっと拗ねながらも(モンブランは栗入り……)、と筆圧高めにメモしていると後から仁がやって来てとなりにどっかりと座ったので私はメモを隠し、ちらっとそちらを一瞬見たけどまたすぐに逸らした。

せっかく買って来たのに、こんなのモンブランじゃないとか。あんなに批判しなくたっていいのに……と、言われたことを思い出せばなんだかショックだし。それにどんどん不満が膨らんできて、むっつりと黙り込んでしまう。

すると、むに、と頬を摘まれる感覚がして、この期に及んでなに?と機嫌の悪くなっていた私はちょっと怒った顔をしながら仁の方を見る。

「離して」

と素っ気なく言うと、その手はぱっとすぐに離れた。

そういえばさっき、どさくさに紛れて私のこと太ってるとか言ってた……!と、もはやモンブランとは関係のないことまでもがなんだか気に食わない。そして気が付けば、私は不平を口に出していた。

「……なに?モンブランのポリシーって。なんで食べ物にポリシーとか求めちゃってるの?バッカみたい」
「……」
「栗が乗ってないとかなんとか文句言っちゃってさ、結局食べてんじゃん!」
「……」

心の中で悶々としていた思いが、一度外に出てしまえば解放されたかの様に止まらない。

「せっかく仁が喜ぶと思って買って来たのに。見た途端、栗、栗って……ひどいよ!だってモンブランって書いてあったんだもん!」
「……」
「仁のばか。甘党ヤンキー。そんなに栗が好きなら、もう栗と結婚すればっ?言っとくけど私、結婚式には出席しないからねっ!」
「……」

普段私がこんな風に怒ってあれこれ言うことがないせいか、仁は何度か瞬きしつつ黙ったまま私のことを見てる。驚いているのだろうか。それとも、あまりに罵り方が幼稚で呆れてる?

「もう知らない!仁なんか、モンブランになっちゃえ!」

言いたい放題言った後、体ごとそっぽを向くと、それ以降はもう口を開かなかった。

……私、なんでモンブランのことなんかでこんなに怒ってるんだろう。一体、なにをやっているんだ……。モンブランになっちゃえ?小学生だって、そんなこと言わないよ。と、自分の膝の上に置いた手を見つめながら考える。

世界一くだらないケンカをしていることは十分わかっていても、何故だか意地を張ってしまう。だって、仁てばひどいんだもん……。

そのまましばらく黙りこんでいると、クイッと服の裾を引っ張られたけど反応せずに無視していたら、また何度か同じ様に引っ張られて、仕方なく無言のまま振り返った。

「……」

見れば、仁はいつもと同じ怖い顔してるけど、なんとなく口には出さないまでも私に悪いと思っているみたいな……そんな雰囲気だった。

「なに」
「……」
「反省してるの」

と聞けば、少し間を置いてから伏し目がちに小さく「……してる」という言葉が返ってきた。

「もう栗栗うるさく言わない?」
「……言わねえ」
「さっきのケーキ、モンブランだって認める?」
「……認める」

やけに素直な態度の仁を眺めているうちに、気が付けば怒りはすっかり収まっていた。すると今度は段々と面白くなってきて、ちょっとした仕返しも兼ねて仁のことをからかって遊びたくなってくる。

ちゃんごめんなさいは?」
「……あ?」
ちゃん文句言ってごめんなさい、って謝るまで許してあげないもん」
「……」

すごい眉間に皺を寄せて睨み付ける様にじっとこちらを見る仁に、さすがに怒っちゃったかな……と思ったけど、しばらく黙った後に小さく口を動かし、何事かをボソリとつぶやいた。

「え?なに……?」

私は耳に手を当てながら、顔をその口元に近付ける。

「…………、」
「……」
「……文句言って…………クソッ」
「……今、クソって聞こえたんだけど」
「……」
「ちゃんと謝る気あるの」

そう問い詰めると、仁は少しの間私の目をみた後、グイとこの手を掴みぐっと自分の方へ引き寄せる。そして抵抗する暇もないまま、私は腕の中に抱き締められていてその顔を見上げれば、仁はじっと私のことを見下ろしてる。

「俺に指図する気か」
「だって、元はと言えば仁が……」
「るせえ。口答えすんな」
「そんなの……」

逆ギレだよ、と言い掛けた途中で無理やりにキスをされ、口を塞がれてしまったのでそれより先は反論出来ないまま。数秒して唇が離れると、仁は間近で私の目を見つめてる。

「……お前、モンブランになっちゃえは言い過ぎだろが」
「……」

急にそんなことを言われて、私はぱちぱちと瞬きをする。

「……モンブラン好きなんだからいいじゃん……、本望でしょ」
「……。したらお前はなんだよ」
「私?」
「お前が栗か」
「……え?」

私が栗?なに言ってんの?と思いつつ、仁はふざけた顔してるわけでもなく。冗談なのか本気なのか、その表情からは読み取れない。

「テメエが栗をやれ」

人生で、栗をやれと命令されたことのある人が、果たして私の他にいるだろうか?もしもいるとするのなら、ぜひ会ってみたいものだ。

あなたは栗きんとんですか?マロングラッセですか?私はモンブランなんですう、と栗談義に花を咲かせることができるかもしれない。それなら明日からは、「職業:栗」にするべきなのだろうか。

などと頭の中でそんなことをぼんやり考えていると、仁にまた頬を摘まれて、はっとした。そもそも栗をやれ、ってなんだ。一体どんな感情で言ってるんだ。頭がいい割には、時々仁は意味のわからないことを話す。

ていうか仁、私にモンブランになっちゃえって言われて、ショックだったんだ……。なんか可愛いな、と思えば可笑しくて次第に笑いが込み上げてくる。

「なんだよ」
「べつに……」
「んで俺の顔見て笑ってんだ」
「だって、……仁、」
「オイ」

お腹が痛くなるくらい、仁の腕の中でしばらくの間けらけらと笑い続けて、モンブランの栗だなんだとくだらないケンカをしていたことなどもう最終的にはどうでもよくなっていた。



夜中になって私は、ベッドの中でふと浅い眠りから目を覚ますと、そういえば……と大事なことを思い出した。せっかくの誕生日だというのに、肝心な言葉をまだ言えていないことに今さらながらに気が付く。

向き合って寝ている仁に向かって、もう眠っちゃってるけど、ぼそりと「仁、お誕生日おめでとう」と小声で口にした。だって仁が、モンブランがどうのこうの言うから、すっかりタイミング逃しちゃってたな……などと考えていると、

「……もう日付変わってんぞ」

と、となりから急に声が聞こえてちょっとびっくりする。

「……え、」

まさか、さっきの聞いてたのかな。まだ寝てなかったの?それとも、起こしちゃったのだろうか。よく聞こえたな……と思いつつも、時計に目をやれば確かに日付はもう次の日になっている。

「じゃあ……お誕生日、おめでとうだった」
「日本語おかしいだろ」

仁はそう言ってちょっと笑った後に、こちらへ手を伸ばして私の頬を撫でたので、その温かさにまるでこの胸の中も温かくなっていく様な、感覚がした。柔らかな幸せに満たされて、本当に大切なものは何かを知る。

「……仁、いつもありがとう」
「……」
「私、栗でもいいから……これからも一緒にいて欲しいの」

特別なものなんて何もいらない。仁がそばにいてくれればそれでいい。だからモンブランにうるさいのも我慢するよ、とそう思っていると、ぎゅっと抱き締められた。その胸にぴったりと顔を付けながら目を瞑り、心地良い気分になっていると、ふと仁が呟く。

「どこ産の栗なんだ、ちゃんは」
「……」

初めてされたちゃん付けにしばらく固まっていると、「どうした」と言われて慌てて思考を元に戻した。またからかわれてる……と思いつつも嬉しくて、ちょっと口元が緩んでしまう。

「えっと、うーん……優紀産?」

少しの間考えてから私がそう答えれば、仁は小さく笑い、それから「上等だな」と優しく頭を撫でた。