(風紀委員の苦悩 / 仁王)


「あ、あのう…、仁王くん」
「ん?…ああ、なんじゃ」

なぜ私が今仁王雅治くんに話しかけているかというと、それは私が風紀委員だからなわけで…。 風紀委員は交代で週に一回程度、校門付近で風紀検査をしている。だけどうちの学校はそれほど規則が厳しいわけでもない。

ちょっとスカートが短いとか、指定の靴下じゃないとか。それくらいなら、先生も風紀委員も大して注意したりしない。でも、さすがに彼のこの髪の色は……。

さっき、少し髪の色の明るい人を呼び止めてしまったのだから、この人を注意しないわけにはいかない。

でも彼は、なんとなく近寄りがたいというか…独特な雰囲気のある人で。話しかけるのにもかなりの体力を消耗するのに、まさか注意するだなんて。それも私なんかが。
(い、いや…でも、ここは風紀委員としての威厳が……でも…そんな……)

仁王くんを呼び止めたものの、色々な考えが頭の中をグルグル巡って、なかなか二言目が出ない。

それでも、彼は何も言わずに大人しく私の言葉を待っていてくれた。

(見かけほど、怖い人じゃないみたい…)

「…そ、その、髪の色は…ちょっと、あの……」
「…ああ」

私の言いたいことが分かったのか、彼はチョイ、と自分の髪の毛をつまんでみせる。 よかった。ほっと胸を撫で下ろす私。

「いいじゃろ、これ」
「……は?」
「気に入っとるんよ」
「……はあ…」

じゃあ、と言って仁王くんは手を振りながら去っていく。
え?分かってくれてたんじゃないの…?? 何が何だかよくわからなくて、私はぽかんとしてしばらくその場に立ったままだった。

そして、後ろから「上手くはぐらかされたな」と笑う、柳くんの声が聞こえた。




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(恋の後ろ姿 / 鳳)


「先輩!」

ぼんやり廊下を歩いていると、後ろから聞こえる彼の無邪気な呼びかけに思わず振り返りそうになるけれど、それは私を呼んでいるわけではないのだと、頭のどこかではわかっていた。だから、振り向かない。

私の代わりに彼のほうを振り返ったのは、斜め前を歩いていた同じクラスの女の子だった。彼女は男子テニス部のマネージャーで、彼……鳳くんと付き合っているらしい。

やっぱり身近にいる人には敵わないなあ…と、思った。

(…私なんて、一度も話したことないもの)

二人の楽しそうな笑い声が聞こえる。後ろを歩きながらこっそり聞き耳を立ててみても、その内容ははっきりとはわからない。どうやら、部活の話題であるだろうことはわかるのだけど。

(鳳くんは背が高いなあ…)

話の内容は諦めて、今度は勝手に背比べをしてみる。彼は、間近でみると見上げるほど大きかった。いつも校舎から眺めるテニスコートの中の彼は、まるで豆粒みたいだったけど…。

(…あ、)

彼女が、可笑しそうに笑いながら鳳くんの背中を叩いた。でも鳳くんは嬉しそう。
一体、何の話をしているんだろう。

(……)

二つ並んだ背中を見て、なんだか悲しくなった。
きっと私が、こんな風に彼のとなりを歩くことは一生ないんだなあと思って、ふと足を止めた。

涙は出なかった。
角を曲がる二人の後ろ姿が見えなくなるまで、私はずっとその場に立ち尽くしていた。




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(quiet room / 向日)


『先にしゃべったほうが負けだからね!』

最初に無言大会やろうって言い出したのは、どっちだったっけ。

(うーん……、思い出せない…)

まあ、とにかくそんなわけで、私がせっかく岳人の家に来たというのに、そんなくだらない遊びのせいで長い時間私たちは全く口を利いていない。

もういい加減やめようかと言いたいのだけど、なんとなく言い出せない。
なぜならこの勝負に負けると、その人は相手にアイスを奢らなくてはいけないのだ…!

だから、私が「もうこんなことはやめよう」と言うと、岳人は「奢るのがイヤで逃げ出したんだろう」とか何とか言ってきて、ムカッとして、取っ組み合いのケンカになって……と、そこまで想像できる。(のもどうかと思うんだけど…)
だからなんとなくためらう。

ちらりと岳人のほうをみると、漫画を読みふけっている。
私はあんまり漫画は読まないし、ゲームもしないし、でもしゃべっちゃいけないし…で、とにかくものすごく退屈していた。そしてだんだん岳人に腹が立ってくる。

(お前あとで覚えとけよ…!)

やめたいと思っていたけど、ここまでくるとなんだか意地になってしまう。

ふと、岳人が漫画を読むのをやめて近づいてきた。
私はてっきり「もうやめよう」と言いに来たのかと思って、岳人の顔を見てたら急に変な顔をしたので思わず吹き出してしまった。

「はいお前の負けー!アイス奢りな!」
「ふざけんなコラー!!」