(卒業シリーズ@ 第二ボタン / 謙也)


「ひぐっ、うう、うえっ」
「何で、お前がそんな泣いてんねん。卒業すんの、俺やぞ」
「……う、ぶえっ」
「式ん時大泣きしとったんも、あれお前やろ?」
「せ、せやってえ、謙也先輩がおらんくなるなんてヤですもんっ」

そう俺の前で周囲の目も気にせず号泣するのは、一学年下の女子マネージャーやった。 日頃から、謙也先輩、謙也先輩と俺に懐いとったから、まあこうなるのは予想できたことやけど。

「同じ高校受ける言うとったやん。そしたらまた会えるし、んな泣くなや」
「そんな、一年も先輩おらんなんて寂しいですーっ」

謙也先輩いいいいい、という子どものように駄々をこねるのを何とかななだめな。
卒業生で賑わう校舎前。俺ら、かなり注目されとるやん。

「わかった、わかったから、泣くなって」
「は、はい、ずびまぜん……ううっ」
「あー……せやなあ。そや、なんか、いっこ願い事聞いたる」
「えっ」
「なんか、あるか?」
「ほんなら、謙也先輩、第二ボタンくださいっ!!」
「もう、言う前にもぎとっとるやないか……」

謙也先輩、の辺りですでにその手は俺の制服からボタンをむしり取っとった。

(なんや、てっきり付き合うてくれ言うのかと思ったわ)

「おおきにありがとうございます、家宝にします!」と泣きながら笑うそいつは、なんや犬みたいで可愛かった。ま、イグアナのが可愛ええけどな。

「そない寂しいなら、俺と付き合うか?」
「……!?へっ、ええ、へへえ?!」
「おい、おかしなってへんか」
「ほん、まですか?これドッキリですか!!」
「んなわけあらへんやん」

しばらくポカンとしたあと、その目からはまたダーッと涙が流れてく。

ほんまはこれ、もっとちゃんと機会を持って言おうと思っとったんやけど。
ま、遅かれ早かれ、一緒や。ええか。

「どないするん?」
「は、はい!はいっ!付き合います!お願いします!!」
「ほな、よろしゅうな」
「うええ謙也先輩いいいい」
「いたっ、わかったから!やめ、ちょ、鼻水つくやろ!!」




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(卒業シリーズA 下級生 / 海堂)


本当に、大丈夫なんスか、と彼は言った。

「大丈夫だよ」
「本当かよ。アンタ、高等部でやってけるのかよ」

俺がいなくても、という続けて聞こえた声は独り言のように小さかった。
卒業式のあと、私をここへ連れてきた彼はそれからずっと不機嫌そうで。

「うん。心配性だね、薫ちゃん」
「だって、そりゃ、アンタが……!」

その続きを言おうとして、でも、やめたみたいだ。
さらに不機嫌そうな顔になって、睨むように、教室の床を見ている。他に誰もいない、この教室の。

私の晴れの日くらい、ちょっとくらい笑ってくれたっていいのにな、と思いながらも。

「私が、しっかりしないから。いつもごめんね」
「……別に」
「年上なのに、面倒ばっかりかけちゃって」

彼氏である薫ちゃんは、私より一つ年下の二年生だ。
でもすごくしっかりしてて、どこか抜けてる私の世話をいつも黙ってしてくれていた。

「高等部行ったら、もうちょっとしっかりするよう頑張るね」
「……」
「薫ちゃんに迷惑かけないように、なるから」
「……別に、ならなくていい」
「え、なに?」

突然、ぎゅっと強く握られたその手はすごく熱くて、少し震えていたかもしれない。

「アンタがいなくなって、俺はどうすればいい」
「……薫ちゃん?」

手が痛いよ、と言おうとしたところで、顔を上げた薫ちゃんと目が合って私の口は動くのをやめた。 鋭いその目つきの中に、どこか、寂しそうな色が映っている。

本当に、大丈夫なんスか、と彼は言った。

彼は、言った。…………誰に?


「どこにも行かないよ。ずっと薫ちゃんと一緒だよ」
「……」
「だから、泣かなくてもいいんだよ」
「な、泣いてねえよ!」

そうは言っても、やっぱり泣きそうだったと思うのだ。
掴まれたのとは反対の手で薫ちゃんの頬を触ってみると、ほら、その通りになるのだった。




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(卒業シリーズB 仰げば尊し / 佐伯)


『続いて、3年C組……』

体育館の壁には紅白の幕が張られて、いつもとは全く違う雰囲気だった。
所狭しと並べられた椅子に座りながら、私は唯一つの名前が呼ばれるのを待つ。

それは、自分の名前じゃない。


『佐伯 虎次郎』
「はい」

その声にぴくりと体が反応する。少し首を伸ばすようにして見ると、彼は壇上への階段を上っていた。 それから一礼し、校長先生から卒業証書を受け取るのを息を呑むようにして見守る。

後ろの方の席の女子生徒が、小さく「佐伯くん」と誰かに言っているのが聞こえた。

それから階段を下りて、先生達に礼をして、そのまま自分の椅子に戻っていくのを横目で眺めていた。

今日で、彼を見るのもきっと最後だろう。
三年間、好きでも、結局一度も話せなかった。


(佐伯くん)

その名前を口に出すのも少し緊張するくらい。

あなたは、知っているだろうか?私の顔を、声を、名前を。
こんなにも、好きなのだと。知っているだろうか?

(知るわけない)


『卒業生、在校生起立』

卒業証書授与が終わって、そのあとの来賓の祝辞や在校生の送辞、卒業生の答辞で誰が何をしゃべったのかもよく覚えていない。
気が付くと耳に聴こえるのは仰げば尊しのピアノの前奏だった。

近くの生徒がみんな鼻水をすすっていても、私はあまりそんな気分にはならない。

時折、たくさんの人の隙間から、佐伯くんの横顔が見えたり隠れりしているのを、目を凝らすようにして見ていた。

きっとこれで最後だから、目に焼き付けようと、思った。


(あなたが好きです)

もう、二度と会うことはなくても。


「いざさらば」