(危険なアニキ / 裕太)


「ねえ、私今度、裕太くんのお家に行ってみたいな」
「え!?」
「な、なに?なんでそんなに驚くの?」
「あ、いや……」

めでたく彼女ができてから半年。実家を出て寮暮らしをしている俺は、未だに彼女を自分の家に連れていったことはなく、よって、もちろん家族に紹介をしたこともなかった。

「ダメなの?あ、もしかして、お母さんが反対してるとか……」
「いや、母さんは全然そんな人じゃないよ」
「そうなんだ。じゃあ、なんで?お父さんは、海外に行ってるんだよね」
「いや、その……」

母さんも、姉さんも、べつにいい。たとえ会わせても、きっと笑顔で迎えてくれるだろう。チェリーパイとか焼いてくれて、夕飯も食べていったら?みたいな、極めて和やかな感じにになるだろう。

(気がかりなのは……)

「そういえば、裕太くんって、一つ年上のお兄さんがいるんだよね」
「……」
「会ってみたいなあ。青学に通ってるんだよね、あ……裕太くん?」
「……」

そう、そのアニキ。まだ彼女ができたことはばれてないみたいだけど、もしも、それを知ったら一体どうなるだろう。表面上はニコニコしているだろうけど、その胸中を考えただけで寒気がする。

「ねえ大丈夫?なんか、顔色悪いけど……」
「いや、何でもない。えっと、あ、悪いけど実家今リフォーム中で入れないんだよな」
「そうなの?でも、先週帰ったって言ってたけど……」
「今週から始まったんだよ。あー、確か、3年くらいかかるって言ってたかな……」
「リフォームに3年!?そんなことあるの?」
「あるんだよ。なんでも、忍者屋敷にするんだってさ!うちの家族変わってるから」
「はあ……」

イマイチ釈然としない雰囲気の彼女には悪いと思いつつも、「これもお前のためなんだ、許してくれ」と心の中で謝っておく。

今はただ、平和な毎日を送りたいと、ただそれだけを願う。

もしも3年後にまた同じことを言われたら、今度は何て誤魔化せばいいのだろう。そもそも、3年もあのアニキから逃げ切れるか?と、色々、今から悩ましいのだった。




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(恋の聖書 / 白石)


「白石くん!」
「……あ、またきみかあ。何やろ?」

その子は同学年の女子生徒で、この頃校内で俺の姿を見かけては、大きく手を振りながら走って近づいてくる。

さりげなく”また”と付け足してみても彼女は全くそれを気にする様子などなかった。

「次、体育なん?うちも一限体育やった!今日はテニスやってん」
「へえ、そうなん」
「テニスって案外難しいなあ。今度、白石くんに教えて欲しいわ」
「はは……考えとくわ」

好かれるのは嬉しいけれど、あまりにもグイグイ来られるのはどうも苦手で、いつも少し話しては「ほな、また」とその場を去る。

今日もタイミングを見計らって去ろうとしたところで、後ろの方から慌しい足音とともに「蔵リン!」という俺を呼ぶ声が聞こえた気がした……じゃなくて、聞こえた。確かに。

「アンタやな!?最近、蔵リンに付きまとっとる女って!」
「……ん?あれ、きみ……誰やったっけ?」
「金色小春よ!覚えて!ついでに、蔵リンはアタシのモノってことも覚えとき!」
「(なんでやねん)」
「ハア?なんで、白石くんが金色のものやねん。それ妄想やろ」
「妄想ちゃう!蔵リンはアタシと結ばれる運命なんやから……」

小春はクネ、と体をしならせながら俺に腕を回してきた。けれどそれを俺が振りほどくより前に彼女が小春の腕を掴んで思い切り引き剥がしていた。

「なにすんねん、うちの白石くんに!」
「誰がアンタの白石くんよ!ア・タ・シの蔵リンやってゆうてるやろ」
「ちょお、小春……」

いい加減誤解を招くような言い方はやめて欲しくて、その肩に手をかけて止めようとしたところ、また後ろの方から慌しい足音とともに、今度は「小春うう!!」という声が聞こえた。聞きたくなかったけど。

「小春!浮気か死なすど!」
「うっさいわ一氏!今、蔵リンが大変やねん」
「なに、誰?まさかきみも白石くんのこと好きなん?!」

廊下の真ん中でぎゃあぎゃあ騒いでいる3人にもう手をつけられず、半ば傍観者として力なくぼうっと眺めていたところに通りかかった謙也は、ニヤニヤと笑って

「もてる男は大変やなあ〜白石い〜」

と俺の背中をぽんと叩き、ほななと去っていった。

(助けろや!)




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(ダジャレを言うのは? / 天根)


「校長先生絶好調」
「……え?」
「コンドルがくい込んどる」
「あ、え、なに?なに?」

2年生になって、私は初めて天根くんと同じクラスになって、それから、初めてとなりの席になった。それでわかったのは、彼はすごく無口なタイプで、必要なこと以外は喋らない人なのだということ。

……なので、突然そんなことを言い出したことに心底驚いた。

一瞬、聞き間違えかと思ったけれど、横を見れば天根くんが「どうだ?」みたいな顔で私のことを見ていたので、ああ……確かに彼が言ったのだな、と思った。

「……天根くんて、ダジャレ好きなの?」
「……(こくり)」
「そ、そうなんだ。ちょっと、意外……」

驚いたとはいえ、笑ってあげられなかったのは、悪かったかな。よくわからないけれど、私に言ってきたということは少しは心を開いてくれたということなんだろうか?

もし次にまた彼がダジャレを言ったらそのときは何かリアクションをとらなくちゃ……と思った、そばから。

「素敵なステッキ」
「……は、」
「委員会、休んでいいんかい?」
「……はは……」

……まずい。ダジャレって意外と笑えない……。

引きつった笑いを浮かべれば、ノーリアクションよりも彼を傷つけてしまうと思うのに、どうしても乾いた笑いになってしまうのがつらかった。

(は、早くチャイム鳴って授業始まらないかな……!)

ていうか、天根くん、さっきから自分で言ったダジャレ全部に自分でうけちゃってるんですけど。一体彼の中の笑いの沸点どうなってるんだろうと悩みながら、やっとチャイムが鳴ってくれたのでほっとした。

(ああ、よかった……)

だけどそれからの授業中に、ふと天根くんが私のほうをみて、またボソリと呟いたのだった。

「隣の家に、塀ができたらしいぞ」
「…………へ、へえ〜」