この前の数学のテストが返ってきた。
べつに一生返ってこんでもええのに、返ってきてしもた。


「前々から知っとったけど、ほんまアホやってんな」
「うっさいな、勝手に点数見んといて」


左斜め前の席の忍足謙也が、自分の高得点のテストをチラつかせながらイスの背もたれにヒジをかけてこちらを見ている。ニヤニヤしながら。

てかおかしいやろ、忍足ていつもあんなアホなことばっかやっとるんに何でテストはいい点数とれるん?そこが医者の息子と平サラリーマンの娘との違いなん?そうなん?そうなんやな?お願いそうやって言うて!


「1ケタて」
「せやから見んなて。口に出すなて」
「ジブン、赤点姫やな」
「そんな姫嬉しないわ」
「パーフェクトレッドやな」
「へんな異名つけんな」


ほんま腹立つわ、このパツキン。大体、クラスの他の女子には優しくしとんのに何で私にだけいつも意地悪やねん。おかしいやろ。私かて同じ女子やのに、XX染色体持っとるのに、不平等や!平等にせえや!デモ起こすで!

しかし一緒にやってくれる人がおらへん。一人ぼっちのデモてなんやねん……寂しすぎるわ。


「呆れる通り越してかわいそうやわ」
「同情すんならアンタの点くれや」
「悪いけど用にやる点は余っとらん」
「お前はスネオか!忍足も大概ケチやな」
「ケチちゃう。エコや」
「どっちかて同じやろ」
「全然ちゃうわ。志がちゃうわ」
「もうええてエコ談義は」


静かにせえ、という先生の声で忍足は前に向き直った。ああ、ほんま疲れるわ。忍足と絡むと、体力の消費量ハンパないで。中3になっても小学生みたいなんやから。

それに比べて、白石くんは大人っぽいよなあ。優しいし頭いいし運動もできて何よりイケメンやし。ほんま忍足と友だちなんて信じられへんわ。


「アンビリーバボーやわ」
「……は?何が?」


休み時間、頬杖をつきながら思わずつぶやくと、忍足がこっちを振り返った。


「何でもあらへん。ただ、この世の不平等さを嘆いてただけや」
「意味わからへんし。そんなことより追試の心配でもしといたほうがええんとちゃうか」
「うっさいな、あんたには関係ないやろ」
「ほお、あとで泣いても教えたらんからな」
「誰があんたなんかに教わるか!私が教わりたい人は、他におるんやからな」
「……誰や?」
「教えたらん」


何が悲しくてこの意地悪パツキン男に頭下げて勉強教えてもらわなあかんねん。
いや、たしかにこの前のときは土下座してヤマ教えてもろたけど……今回はちゃうで!私はついに楽園を見つけたんや!



「……あの、白石くん。ちょっとええかな?」
「ああ、さん。何やろ?」


午前中からずっとタイミング見計らっとった私は、放課後、白石くんがちょうど一人になったところに声をかけた。忍足が周囲にいないことを確認してから。


「その、同じクラスのよしみでちょっと頼みがあんねんけど……」
「うん、何?」
「知ってのとおり私頭悪いやんか。そんで今度、数学含めその他諸々追試があんねん。へへへ、そんで……」
「ええで」
「えっ?まだ言うてへんけど……」
「勉強教えてくれってことやろ?俺でよければ、ええけど」
「ほっ、ほほほほんまああああ」


やっぱり四天宝寺のバイブルはちゃうわあ。まだ何も言うとらんうちからわかってくれはるなんて、さすがやな。忍足とは月とスッポンやな!


「ほな明日から、昼休みとか、空いた時間にしよな。放課後も部活ない日なら付き合えるし」
「ありがとう……!ほ、ほな、よろしゅうな……」
「こちらこそ」


やったでえ!優しくてイケメンの専属コーチ見っけたった!

スキップしながら帰ってたら校門の辺りでジャージ姿の忍足に出くわして、「頭おかしなったんか」とか言われたけどそんな腹立たんかった。なぜなら私には白石くんという強い味方がついてるからや!







「……ほんで、ここがこうなる。わかる?」
「なるほどなあ……。白石くん、きみは天才やなあ!」


さっそく次の日から毎日、昼休みや放課後に図書室で勉強を教えてもらっていた。
白石くんは頭がいいだけやない、教えるのも上手い。私にもわかりやすく、根気よく丁寧に教えてくれる。


さんやって飲み込み早いで。この分なら追試は無事パスできそうやな」
「へへ……そ、そうかなあ?」


それに褒めて伸ばすタイプで、白石くんと一緒ならあの大嫌いな勉強をすることにさほど苦痛を感じない。この人がもしかして私の運命のコーチかもしれへん。


「よければ日曜も図書館で勉強せえへん?」
「えっ!ええの……?!大事な休みやんか」
「日曜は部活もないし、特に予定もないんでな。さんがよければ、やけど」
「も、もちろんですっ!!お願いします!」


ゴーーーーーーーン!!


勢いよく頭を下げたら、机におでこを思いっきりぶつけてゴーンといい音が鳴った。けど白石くんはそれを笑わずに「大丈夫か?すごい音したで!」と心配してくれて、さらにはおでこをなでてくれた。

これが忍足なら、腹抱えて呼吸困難になるくらい笑ろてるとこや。
て、なんであいつのことなんか思い出すねん。関係ないやろ、今は。







「……今日はどうもありがとなあ、白石くん。付き合うてくれて」
「いや、ええんや。せっかく頼まれたんやんから、俺もできることは何でもしたいし」
「ほんまに、きみはなんてええ人なんやろ……!」
「そんな、泣かんでも。大げさやな」


日曜日、約束どおり白石くんは図書館で勉強に付き合ってくれた。
夕方、帰るとき「途中まで送るで」と言ってくれたので並んで歩きながら他愛もない世間話などをしていた。ら、


「お、お前らこんなとこで何しとんねん……」
「おお謙也やないか。偶然やな」
「げ、忍足」


ばったり忍足と遭遇してしもた。手にコンビニのビニール袋持っとるから、ちょっと買い物に来たんやろうけど。……まずい、白石くんに勉強教わっとるんは内緒にしとるんに、ばれてまう。どないしよう。


「偶然そこで会うたんや。な、さん」
「えっ?あ、そ、そうや。そうそう。ホンマぐーぜんやなあ」
「……せやかて、一緒におらんでもええやんけ。会うてもすぐ別れればええやんけ」
「何や謙也、心配しとるんか」
「は?何言うとんねん白石!!誰が、な、何の心配すんねん!」


忍足は「このあほー」と言い捨てて、もの凄いスピードで走り去って行ってしまった。
一体、何やったんやろ?でも、ばれんでよかった。さすが白石くんや、私が忍足に隠していることもお見通しなんやな。


「謙也も素直やないなあ」
「……ん??」
「いや、何でもない。それより、いよいよ明日は追試やな。さんなら大丈夫や。今まで頑張ったんやから、落ち着いてやれば受かるで」
「ほんまに色々ありがとなあ、白石くん。きみと出会えてよかったで」
「ははは」







「……くん!白石くん!!」
「お、さん。どした?」
「受かったで!追試、無事に全部パスした!!」
「ほんまか!よかったなあ、頑張っとったもんなあ」
「うう、ほんまに……ありがとう……」
「それじゃ、それ謙也にも報告してやってくれへんかな」
「……は?なんで忍足に?」


思わず、感動で出た涙が引っ込んだ。


「あいつも、あれで結構さんのこと心配しとってん」
「そんなわけないよ、忍足いつも私のこと馬鹿にしとるもん」
「そう見えて……や。きっと、喜ぶと思うで」
「でも……」
「頼むわ、さん」


さんざんお世話になった白石くんにそう言われては断れるわけあれへん。ようわからんけど、とりあえず忍足に追試パスしたで!って言えばええんやな?

昼休みならいつもは教室におるはずなんに今日はおらんくて、学校中探し回ってやっと屋上であのド金髪頭を見つけることができた。


「……忍足!」
……」
「何でこんなとこおんねん、探したやろ!」
「俺に用か……?」


どことなく忍足は元気のない様子で、いつもみたいに突っかかってこうへん。
どないしたんやろ、腹でも痛いんやろか?


「その、追試みんなパスしたで」
「そうか、そらよかったな」
「……どないしたん?なんで元気ないん。食あたりでもしたんか?」
「んなわけあるかい」


なんや、てっきりもっと喜んでくれるんかと思っとったのに。そういや最近、白石くんに勉強教えてもらうようになってからあんまり忍足絡んでこんくなったな。日曜の図書館帰りに偶然会うたときもなんや走っていってしまったし。


「ほんならええけど……」
「…………。なんや、最近白石とえらい仲ええんやな」
「へ?」
「昼休みかて二人でおらんくなるし、この前の日曜やって……」
「あ、ああそれはなあ……」
「よかったなあ、末永くお幸せにな」
「なに、言うとんねん。ちゃうよそんなんやあらへんて」
「もうええって」


事情を説明しようとしとるのに、それを聞こうとせずに忍足はさっさと屋上を出て行ってしまうので慌てて追いかける。


「忍足!ちょお待って!ちゃうんよ」


相変わらず無駄にスピード速いんやから!

全力で思い切り階段を駆け下りても追いつかんくて、私はこの三年間で身につけた、主に先生から逃げるときに使用した校舎の近道ルートを駆使して何とか忍足より先回りすることができた。


「はあ、はあ……忍足!廊下は走んなや!」
「ジブンかて走っとるやないかい」
「あんな、白石くんには、勉強教えてもろてただけなんやで!」
「……勉強?」
「せやで。追試落ちたらシャレにならんし……。やから頼んで勉強教えてもろてん。それだけやで、べつに何もないよ」
「何も、白石に頼まんくてもええやんけ」
「せやって、忍足教えてくれへんやん!他にアテないねんもん」
「……まあ、白石のが俺より頭ええしな。それに優しいし」
「べつに、そんなん言うとらんやん……」


忍足は私が白石くんに勉強教えてもらったんが嫌らしい。まさかそんな風になるとは思わんくて、こんな忍足は見たこともなくて、私はどうしたらええのかわからんかった。

「私、その、忍足の元気のええとこ好きやで!あと、足速いとことか……」
「嘘やろ」
「嘘やないよ、ほんまやって。なんだかんだ、忍足と席近くて楽しいし!」
「ほんまか?」
「ほんまほんま。マジほんま!そや、忍足みたいな彼氏おったら楽しいやろなー……って、え?!」


な、な、何言うとんねん私は?!

あれ、なんでそんなこと口にしてしまったん!びっくりしたわ!ほら忍足も口あけてびっくりしとるやんか!ああどないしよう。アホやと思われたかなあ。


「そ、その忍足!今のはな……」
「俺も、みたいな彼女おったら……楽しいやろなって」
「…………へ」
「ずっと、思っとった……んやけど……」
「……へ、へへへ」


な、何これ?一体今何が起こってん?

やって忍足ずっと私に意地悪やったやんか!そんな、急に私が彼女やったら楽しいなんて言われたって、ど、どういうことやねん。

そりゃたしかに意地悪もされたけど、べつにそんな本気の意地悪やなかったし、なんだかんだ忍足と一緒におると騒いだりふざけたりして楽しいし、それなりに優しいとこもあるし……。

って、もしかして私……。


「私、お、忍足のこと好きなんかなあ……?!」
「お、俺に聞くなやっ」


だからいつも、白石くんと一緒におるときでも忍足のこと思い出しとったんかなあ?
そうか、私、忍足のこと好きやったんやな……。知らんかった。


「その、忍足のこと好きやったみたいです……」
「みたいです、ってなんやねん。好きとちゃうん?!」
「す、好きやで!忍足やって私こと好きなんやないん?!」
「ああ好きやで!ずっと好きやってん、なんか文句でもあるんか!」
「ないわ!そんなら付き合ったらええやん!」
「せやな!そうしよ!」


ははは、と笑いながら私たちは廊下の真ん中でガシッと手を握り合った。ようわからんけど、これで一件落着やな!私は忍足が好き、忍足も私が好き!やから付き合うんや。すっきりや!


キーンコーンカーンコーン


「あ、予鈴や。教室戻らんと」
「そや、これからは俺のこと謙也って呼べや。付き合うとるんやからな」
「せやな、じゃあ私のこともって呼んでな」
「おう、!」
「謙也!」
「「はははははは」」







「おめでとう!」
「おめでとう!」
「おめでとう!」


教室に戻ると、私と謙也はクラスメイト達に拍手で迎えられて、何が起こったのかわからんかった。何か聞いてもみんなおめでとうしか言わんし!今日べつに二人とも誕生日やないし!

エヴァンゲリオンの最終回みたいになっとるやん!!


「二人ともよかったなあ」
「あっ白石くん!何なんこれ!どういうことなん」
「白石、何が起こってん?!」
「あんなあ、きみらの会話教室まで丸聞こえやったで」


「…………え、ほんまに?」


それからしばらくの間、私たちが学校中の生徒に祝われつつからかわれたっていうのは、言うまでもないな。







(やさしい白石くん)