よりたい






跡部の彼女であるは郡を抜いた美貌の持ち主で、周囲の人間はみな彼女のことを美人だ、綺麗だと褒めた。が自分の容姿を人に自慢することはなかったけれど、謙遜することもなかった。

誰に何と褒められても、まるでそれが当たり前であるかのように何も言わず、少しだけ微笑んでそこにいる。


は跡部と付き合う前から、すでに学園内では有名人だった。中等部の入学式ですごく綺麗な子がいる、と周囲の奴らが騒いでいたのを今でもよく覚えている。は学園のアイドルとなるには十分すぎるほどのルックスの持ち主だったが、彼女がそこまで至らなかったのはやはり性格のせいだろう。

は誰に対しても愛想を振りまくような人間じゃない。良い意味でも悪い意味でも、自分が一番だと思っているような奴だ。学園内では当然そんな彼女を嫌う者も多いが、同じくらい支持する者も多い。

その証拠に、彼女は毎年開催されるミス氷帝コンテストに3年連続出場を果たしている。これは氷帝の中等部、高等部、大学部を一くくりとして開かれるもので、本選には中等部と高等部が各2名ずつ、そして大学部からは4名が参加する。本選に出場するためには、まずそれぞれに所属する学生たちによる投票で、候補者の中から上位に選ばれなければならない。

どんなに美人だろうと、一般生徒に人気がなくては当選できない。彼女にはどこか人を惹きつけるような魅力があるのだろう。毎年、他とは大差をつけて一位通過していた。

は毎年クラスメイトからの推薦という形で参加していたが、実際のところ本人はとても参加したかったのだけれど、自分から立候補するのはプライドが許さないので、周りが推薦してくれるのを待っていたというところだろう。

ちなみに、はこのミスコンで3年連続グランプリを受賞している。たしかに他の出場者もみな文句なしに美人なのだが、やはりほど華のある者はなかなかいない。

もともと中等部と高等部の出場者は場の雰囲気を盛り上げる為におまけとして招かれるようなもので、本来は大学部の出場者をメインとしていた。なので、が入学してくるまでは毎年大学生が優勝していたらしい。

おまけの中学生が、しかもまだ1年だったがグランプリを受賞したときは学園中が驚いたものだったが、やはりという者も多かった。ちなみに俺は、ミスコンの審査は絶対に仕組まれてると思っていたので、みたいな中等部の奴が優勝したことに別の意味で驚いた。



しかしミスコンともなれば、出場者の中にはダイエットやらエステやらに勤しむ者も多いけれど、は表向きには何の苦労も見せない。もしかしたら影で努力しているのかもしれないが、そういうところを人に見せたり感づかせたりしないところは、少し跡部に似ていると思った。

コンテストの時も他の出場者は緊張したり、いかにも自信がありそうな様子を見せたりするけれど、はいつだって涼しい顔でステージの上にいる。グランプリを受賞しても大げさに喜んだり、泣いたりもせず、ただ司会者の祝賀の言葉に「ありがとうございます」と控えめな笑みを浮かべるだけ。

は、自分がどれほど美しいのかを知っている。普通はそういうのを疎ましいと思うのかもしれないが、俺は彼女のそんなところが好きだった。




「よお、ちゃん」

今はテスト期間中で、みんな自分が受けない試験の時はどこか空いている教室で自習をしたり、話をしたりして適当に時間を潰している。俺もその一人で、たまたま図書室に入ると奥のほうの席にが一人で座っているのを見つけた。となりの席に腰掛けながら、声をかける。

「あ、忍足くん。こんにちは」

は人懐こそうな顔で、にこにこ笑う。
本来ならば彼女はあまり愛想のいい方ではないが、跡部と一緒にいるときだけは誰に対しても笑顔で、すごく優しい。ただし跡部がいないときでも、跡部の友人や知り合いにはかなり愛想がいい。つまり、俺にもいい。

「忍足くんは、このあとまだテストあるの?」
「おう、あと一個な。ちゃんは?」
「私はもう今日はないんだけど……、」
「ああ、跡部と一緒に帰るん?」
「うん。それで待ってるところだったの」
「自分ら仲ええなあ」

そう言うとは嬉しそうに「うん」と言って笑った。こいつは本当に跡部のことが好きなのだろう、と思う。だけどのことだ、心の奥底では何を考えているのかわからない。跡部のことを心から好きでいるような振りをして、実は利用しようと企んでいるのかもしれない。

「でもよかった、忍足くんが来てくれて」
「ん、何が?」
「一人じゃつまらなかったの。本読むのにも飽きちゃって」
「ほお、そりゃよかった」
「ふふ、何かお話しようよ」

こうやって笑っているときのは、本当に可愛いと思う。普段女子生徒を睨みつけるときの、氷のような眼差しからは想像も出来ない。

は基本的に女子が嫌いだ。以前から彼女に対して冷たく当たる女子生徒はいたけれど、跡部と付き合うようになってからは、どっと数が増えた。

また、跡部は他の学校の女子生徒にも人気があるので、その彼女を一目見ようとわざわざを尋ねてくる者も少なくない。そういうのは大抵冷やかしで、遠くからを見やって「大して美人じゃない」だの「どうせすぐに捨てられる」だの、好き勝手なことを言う。

「そういや、ちゃんまた芸能事務所にスカウトされたんやってな」
「……え?やだ、どこで聞いたの、そんなこと」

ミス氷帝ともなればテレビ局からの取材依頼や、芸能事務所からのスカウトも頻繁にある。しかしはあまりそういうものに興味を示さない。人に褒められたり、注目されるのは好きなのだけれど、芸能人ともなれば今のように自由は利かなくなる。
彼女は他人に縛られたり、干渉されたりするのが大嫌いなのだ。

「校門前でスカウトされとったら、そら噂になるで」
「あ、その人、家にまでやって来て困ってるの。もうしつこくて」
ちゃん芸能人にならへんの?」
「もう。ほんとに興味ないの、そういうの……」
「なんや残念やな。今のうちにサイン貰っとこう思っとったのに」
「忍足くんってば」

ちょっとだけ怒った振りをしてから、吹き出す。こんな風に無邪気な彼女と一緒にいると、一体どれが本当のなのかわからなくなってしまう。それは少し恐ろしくもあり、楽しくもある。

か弱く、儚そうに見えては実は芯が太く、肝が据わっている。
どんなに陰湿な嫌がらせを受けたって、悪口を言われたって、絶対に泣かない。 下級生だった頃はよく上級生の女子生徒に呼び出しをされて、たった一人で大勢に取り囲まれても、決して逃げ腰になったりしなかった。

それは跡部の彼女としてのプライドなのか、ミス氷帝としてのプライドなのか。





振り返ると、そこには跡部がいた。俺の存在に気が付くと明らかに不機嫌そうな顔になる。
そしては跡部を見るなり、満面の笑みになった。さっきからずっと笑顔だったけれど、たぶんそれは跡部の友達用の笑顔で、今のは跡部用の笑顔なのだろう。この女は、表情を相手によって使い分ける。

「テストはもう終わったの?」
「ああ。……で?」

跡部に睨まれる。何故俺がここにいるのかと言いたいらしい。

「まあそう怒らんと、何もしてへんよ。なあ」

そう言ってのほうを見る。

「そうなの景吾。ちょっとお話してただけなの」

跡部のことを気安く、しかも本人に向かって「景吾」などと呼べるのは、氷帝ではだけだ。それは何よりも、彼女が跡部にとって特別な存在なのだという証明になる。はそれを知っていて、わざと女子生徒たちの前で景吾、景吾と呼んでみせる。

「……帰るぞ」
「はーい。じゃあ、忍足くんお先に失礼するね」

自分の持ち物を片付けながら、が笑顔でそう言った。
跡部の方を見なくても、そっちから視線が突き刺さってくるのが痛いほどわかる。

「おう、気いつけてな」
「うん、付き合ってくれてありがとう。楽しかったよ。よかったらまた今度、お話してね」
「ああ、またな」

ぺこりと頭を下げると、先にさっさと行ってしまう跡部の後を追いかけていって、図書室をでるときにもう一度こちらを振り返ってお辞儀をした後に手を振りながら「テスト頑張ってね」と言ったので、こちらも手を振り替えしつつ「おう」と言った。

いつかあの女の、嘘まみれの仮面が剥がれることはあるのだろうか。
いつか、跡部に向けるような笑顔で俺にも微笑んでくれることはあるのだろうか。


欲しいのなら、友人の彼女だろうがなんだろうが奪い取ってしまえばいい。俺にならきっと出来る……。それなのに、彼女の顔を見る度になぜか臆してしまう。怖いのかもしれない……。もし失敗して、二度とが俺に笑いかけてくれなくなったら、と……。

怖い?この俺が?……まさか。

俺は思わず自分のことをあざ笑った。今までだってずっとそうやって、成功してきたじゃないか。今さら何を怖気づくことがある。

(…………)

泣かせてみたい。あの女の目から涙がこぼれ落ちる瞬間を、この目で見てみたい。そして、あの口で俺のことが好きだという言葉を、言わせてみたい。

だけどきっと、それは俺には一生かかっても無理なのことなのだろう。あの女に本気になっては駄目だなんてことは、初めからわかっていたのに。……行き場のない思いが、どうしようもなく苦しかった。

まさか、この俺がこんな思いをするなんて。



誰よりも綺麗で、可愛くて、狡猾で、性悪な彼女のことが、本当に好きだった。