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、明日の新年会来るやろ?」


親戚の謙也からケータイに電話がかかってきたのは、ちょうど大晦日の紅白歌合戦が始まって少し経ったころだった。こたつの中でごろごろとテレビを眺めていた私は、若干眠くなっていて、何かを思考することが億劫な気分だった。


「……えー、わからん。親は行くやろけど……」
「なんで?来んの?」
「……うーん、……」


毎年、元日に忍足家親戚一同が、謙也の家に集まる新年会。挨拶をして、おせち料理を食べて、お年玉をもらって……。どうせ、いつもと変わらない新年会。

子どもの頃は楽しみに思ったりもしていたけれど、中学3年にもなった今は、いっそ自分の家で寝ていたい気持ちのほうが大きくもある。


「侑士も来るで」
「え?せやって前、今回は帰って来んて言うとらんかった?」
「なんや急に来れるようになったらしいわ。今日帰ってきて、今うちにおんねん。おじさん達も一緒に、泊まるんやで」
「そうなん?じゃあ今、侑士そこにおるん?」
「おるで。代わるか?」
「かっ、代わらんでええよ!……侑士、元気そうなん?」


謙也が侑士に代わるというのを、私は慌てて、とっさに断ってしまった。


「ああ、元気やで。また背伸びたんとちゃうかな」
「ふうん、そっか……」
「ほな、も明日来るよな?」
「……うん。行く」
「そか、じゃ待っとんで。ほなな」


謙也と侑士と私の3人は親戚の中でも同い年で、小さい頃からよく一緒に遊んだりしていた。明るくて活発な謙也と、クールで理知的な侑士という正反対な二人に挟まれるのは、意外と居心地がよくて、私はそんな二人と一緒にいるのが好きだった。

けれど、中学に上がるとき侑士が東京に引っ越してしまい、それからは謙也と私の二人だけが大阪に残された。


(……侑士)


あんなにいつも一緒にいた侑士は、今では一年に何回かしか顔を見ることができなくなってしまった。そうして、なんとなく、昔のようには気安く話しかけられないような、そんな気持ちになってしまう。

どんどんと背が伸びて、声が低くなって、大人っぽくなっていく侑士を見るのは、嬉しくもあり、だけど切ないような気持ちにもなった。私の知らない侑士が増えていく度に、あの楽しかった日々が遠く離れて過去になっていくような気分になった。








「よお、明けましておめでとさん」
「……おめでと。今年もよろしく」


出迎えてくれた謙也は、まあ、いつも通り。通ってる学校も同じだし、しょっちゅう会ってるからさほど感慨深くもない。招き入れられたリビングでとりあえず出されたジュースを飲む。


「あ、侑士。来たで」


侑士、という単語で一瞬、緊張して体が強張るような気がした。けらりと明るく笑う謙也のそばに、侑士が近づいて来るのが見えた。


「ああ。久しぶりやなあ、
「……う、うん。そやなあ……」
「元気にしとったか?」
「うん、元気やったで。そう……、うん。元気やったで」


同じこと二回言うてるがな!という謙也のツッコミは正直、頭に入ってこなかった。

そんなことより、どうして近頃は、侑士と話すときにどことなく緊張してしまうのか、それが自分でもわからなかった。あんなに一緒にいたのに、今さら、何を緊張することがあるのか。まるで、他人のように。


「いや、な、侑士がおらんとどうも調子悪いねん」
「そ、そんなことないやろ!私普通やろ!」


謙也が突然そんなことを言い出して、私は思い切り否定をしてしまい、かえって白々しくなってしまった。たしかに、侑士のいない生活は、心のどこかで寂しいと感じていたのは事実だったから。


「そうかあ?ま、ええけど。そや侑士この前な……」


久しぶりに会った侑士は、電話で謙也の言ったとおり、また少し背の伸びたようだった。顔立ちも、以前よりも大人びた感じがする。

せやな、と謙也の話を頷いて聞くその姿はとても落ち着いて見えて、本当に私らと同じ歳なんかな、と思ってしまうくらいだった。



「前にが欲しい言うてたゲーム買うてん。あとで侑士も一緒にやろや」
「ああ、せやな。お前らとゲームするんも、久々やな」
「せやろ!……、おい、どないしてん。さっきからボーッとして」
「…………え?」


しばらく、謙也と侑士の二人で会話しているところを眺めていたかと思ったら、いつの間にかぼんやりしていたのか、突然謙也に肩を掴まれてはっとした。気がつけば、二人の視線が私一人に集中している。


「あ、ああ……ごめん。……何の話やったっけ?」
「ゲームの話しとってん。ホラ、が前欲しい言うとったやつの」
「そうなん、謙也あれ買うたんやなあ……すごいなあ」
「なに、言うてん」


呆れた顔をする謙也のとなりの侑士と目が合って、思わずそれを下に逸らしてしまった。
昔なら、一緒にいてもこんなにあれこれ考えたりすることもなかったのに、今はもう、色んな思いで頭の中がいっぱいになってしまう。

なんでなん?



「……ん?ああ、今行く〜!ほな、俺ちょっとオカン呼んどるから行って来るわ。二人で何か話しといてや」
「え……?あ、ちょお、謙也っ」


私が呼び止める前に、謙也はその場から姿を消していた。騒がしいあいつが去ったあとに残ったのは、口数の少ない侑士と、緊張して上手く喋れない私の二人だった。

二人きりにされても、何を話していいのかわからない。一体、小さい頃はどんなことを話していたのか、そんなこともう思い出せず、私は少しの間、侑士の方を見ることができずにただうつむいていた。


「久しぶりにこっち帰ってくると、色々変わっとるもんやなあ」


となりの方で、落ち着いた声でしみじみと侑士が言うのが聞こえて、黙ってうなずいた。


も、ちょっと見ん間にえらいべっぴんになっとったから、驚いたわ」
「……はっ?!な、なに、言うてんの」


予想外の侑士の言葉に思わず顔をバッと上げてそちらの方を見ると、侑士は穏やかに笑っていた。からかわれた、と気付いてももう遅い。


「やっとこっち向いたな」
「…………」
「そないな顔せんでも。なんや、俺、に嫌われてしまったんかと思うわ」
「そっ、そんなこと、あるわけないやん!!」


その否定の言葉は自分が思ったよりも大きな声になってしまった。侑士は「ならええけど」とまた少し笑った。侑士の笑った顔を見るのはどうにも久しぶりのような気がして、わけもわからず胸が苦しい。


「こっちの暮らしは何も変わりないんか?」
「……ないよ、べつに。毎日おんなじやし、つまらん」
「そうか」
「…………」
には、謙也がついとるから、大丈夫やんな」
「は、謙也ァ?あんなやつ、いっつもふざけとって、何の役にも立たんやん」


ははは、と笑う侑士とは裏腹に、私は必要以上に不機嫌そうな顔をした。本当は謙也のこと、そんな風には思っていない。だけど、せっかく久しぶりに会ったのに、侑士がそんな風に謙也の話を持ち出してくるのが面白くなかった。


「侑士やって、東京で楽しくやっとるんとちゃうん」
「そうでもないで」
「……嘘。もう、あっちに馴染んで、こっちのことなんか忘れてしまったんやろ」
「なんや、そんな風に見えるか?」
「見えるよ。せやって、あんまこっち帰って来おへんやんか」


そんなこと、侑士のせいじゃないとわかっている。

侑士がこっちにおらんで、寂しい、と素直に口にできたらいいのに。あとで絶対に後悔すると知りながら、つまらない意地ばかり張ってしまうのはいくつになっても変わらない。

だけど、「どこにも行かんで、ずっとここにおって」と泣いてもそれが叶うことはないとわかっているから、行き場のない思いが胸の中でうろうろする。


「東京は、がおらんで、つまらん」
「…………」
「大阪のが、ずっとええわ。ほんまはずっとこっちおりたいんやけど、すまんなあ、
「…………」


侑士は昔から、人の心の中が透けて見えているのではないかと思うくらいに、他人の心の機微に敏感な子どもだった。すべて口にしなくても、いつも、わかってくれていた。

そのときどきに、私が一番欲している言葉をかけてくれるそれは、私にとって、言いようもないくらいの安心感を得るものだった。


「東京より、こっちのが……私のおる方のが好きなん?」
「ああ、のおる方が好きやで」
「……そうなん。ほんなら……、テニスと、私やったらどっちが好きなん」
「……テニスと?そやなあ……。そら、やな」


そんなの、どんなにかくだらない質問だと思うのに、侑士はちょっと考える素振りをしてから真面目そうに答えた。侑士はいつだって、私のくだらない話に付き合ってくれた。それが謙也なら、何やそれと笑うのに、侑士はそうしなかった。


(なら、謙也と私やったら、どっちが好き)


たとえば、そんな無理やりな質問をして、侑士の気持ちを独り占めしようとしたって、そんなのとても虚しいことだと思うのに。

でも、たとえ嘘でも、侑士に好きと言って欲しかった。






「さてそろそろゲームでもすんで!侑士、


突然、明るいテンションの声が後ろの方から聞こえて、そちらに首を向けるとそこには、空気の読めない謙也がへらへらした顔をして立っていた。


「謙也、もう用は済んだんか」
「ああ。何や話の途中やったか?侑士」
「いや、ええんや。ほなら謙也の部屋行こか。な、
「……うん」


結局、その質問を侑士には聞けないまま。

それから二階に上がって、しばらく、謙也の部屋で三人でゲームをした。対戦をするときでも謙也は私に手加減をしないけれど、侑士はいつもさりげなく私の勝てるようにしてくれたりした。

それは昔からずっとそうで、けれどべつに手加減をしない謙也に腹を立てることはなくて、むしろ気を使う侑士のような男子のほうが珍しいのだと思った。


「私ちょっと休むわ。二人でしとって」


少ししてゲームに疲れるとパスして、あとはずっと謙也と侑士の二人でやっていた。私はそれをベッドの上で眺めながら、近くにいたイグアナと遊んでいた。


(…………ねむい)


昨日寝るのが遅かったせいか。ゲームの音楽を遠くに聞きながら、ウトウトとしてしまい、私はいつの間にか眠ってしまった。


………………。

………………。

……それから、どれくらい寝ていたのだろうか。ふと、誰かの話す声が聞こえてぼんやり目を覚ました。まだまどろむ意識の中、それが侑士と謙也の声だということがわかった。


(……なに、話しとんのやろ……)


少しだけ目を開いてみると、もうゲームはやっていなくて、テレビの画面は暗かった。その前に座って、二人は小さめの声で何か話をしている。盗み聞きは悪いなと思いながらも、少し気になって、耳を澄ませてしまう。


「……べつに、俺は……。そう言う侑士かて、どうなん。彼女とかおらんのか」
「俺か?俺は……まあ、とくに決まった相手はおらんのやけど……」


(恋バナか……?)


今まで、この三人で恋愛話とかそういうのは一度もしたことがなかった。変に気まずくなったりするのが嫌で、何となく敬遠していて、誰も話題に出したりすることはなかった。だからそういう話を耳にするのは、何となく、不思議な気持ちになる。


(……二人のときは、話したりするんやな……)


男子だけのが、色々話しやすいところもあるんだろう。自分だって、女子相手にしか話せないこともたくさんあるけれど、それは少し、寂しい気もする。一体いつからそうなったのか。


(決まった相手はおらんて……、そのうち侑士も東京で彼女できたりすんのやろか……)


東京の女に侑士をとられるのは、こっちで彼女ができることよりも何倍も気分の悪い思いがする。ツンと澄ましたいけ好かん東京女が、ベタベタと侑士に触るのなんて考えただけでイライラする。


(はよ、こっち帰って来たらええのに……)


そうしたらまた昔みたいに、侑士と謙也と私とでつるんで色々楽しくできるんとちゃうん。


「なあ、のことやけど……。やっぱり、侑士がおらんとあかんのとちゃうかな……」
「そんなことあれへんやろ。に必要なんは、俺より謙也やって、前も言うたやろ」
「……せやけど、が好きなんは侑士みたいやし」


(……なに、急に何のこと?なんで、私?)


「たまに会うからってだけやろ。と仲いいんは、昔から謙也のほうなんやし」
「……そうかなあ」
「そうやろ。謙也やって、のこと好きとちゃうん」
「そりゃ、好きやけど……。あっ、ちゃうで、この好きは女として好きなんやなくてな、妹とか友だちとしての好きなんやからな。勘違いせんといてや」
「はいはい、せやな」


私が侑士を好きとか、謙也が私を好きとか。なんでそんな話この二人がしとんの?
現状がよく理解できなくて、でもここで突然起き出して会話に入っていく勇気はなくて、ただ寝たフリを続けるしかなかった。


「せやからのこと頼むわ、謙也」
「……わかっとるわ」
「よお面倒見たってや」
「やから、わかっとるって」


(……なんで、侑士が謙也にそんなこと言うん?)


なんか、私のこと謙也に任せる、みたいな感じ。それって、つまり侑士は私のこと好きじゃないってことなんじゃないの。だから謙也に譲るみたいな、そんな感じなんじゃないの。


(なんで。なあ、なんでそんな話しとんの)


頭の中で色んなことグルグル考えても、それを口に出すことはできなかった。それから少しして、下の階で誰かが謙也と侑士の名前を呼んで、二人が一緒にこの部屋を出て行くまで、私は起き上がることができなかった。

電気の消された暗い部屋で、やっとベッドから下りようとすると、いつの間にか私に掛けられていた毛布が半分床にずり落ちた。


(……そんなん、私だけ何も知らんのやん……)


わけもわからず、ただ呆然とした。自分のいないところで、二人だけで話の進んでいる疎外感と、やはり侑士は、自分を好きではなかったのだというショックとが相まって。頭が混乱して、なんとなく、泣きたかった。








「……ああ、起きたんか。よお寝とったな。あの部屋、寒なかったか?」
「…………」


謙也の部屋でしばらくぼうっとしてから、一階に下りるとちょうどリビングに侑士がいて、声を掛けられたけれどただうなずくしかできなかった。あんな話聞いてしまったから、一体どんな顔したらいいのかわからない。


「もう晩メシの時間やで。腹、減っとんのとちゃう」
「…………」
「なあ侑士……あ、。やっと起きてんな。なんや、えらいぼうっとしとるやんけ」


二人にじっと見つめられて、私は、気を抜いたらふと泣いてしまいそうだった。
なんで二人ともそんないつも通りにしてられるん?さっきの、一体なんだったん。


「……なんでもあらへん……」
「そうか?ちょっと疲れとるんやないか?」
「いや侑士、これは腹が減っとるだけやろ。、空腹やと無言になるやん」


心配してくれる侑士と、ちょっとからかう謙也と。そんな二人に挟まれて、いつもなら笑って「ちゃうわボケ」と言い返すのに、今はそんな元気もなくただ首を振るだけだった。


それから家族も一緒にみんなで夕食を食べて、その後は各々のんびりと過ごしていた。ほかの親戚たちが楽しそうに話をしたりテレビを見ているのを横目に、私は誰もいない居間の隅のほうに座って、ぼんやり夜空を眺めていた。



「なんや、。そんなとこおって、何しとるん」


通りがかり、私に気がついて声を掛けてきたのは侑士だった。それから近づいてきて、少し離れたところに腰を下ろす。


「……べつに、何もしとらんかった」
「そうか。あっちでみんなテレビ見とるけど、ええんか?」
「うん……」
「この部屋、暖房ついとらんやん。寒むないんか、そんな薄着で」
「……」


私はうまくその顔を見ることができなくて、返事をするときも畳の目ばかり見ていた。


「ほなこれ着ときや。ないよりええやろ」


べつに、寒いとかは言っていないのに。侑士は着ていた自分のパーカーを脱いで、私の背にかけてくれた。それをちょっと驚きつつも、嬉しいと思ったのに素直に「ありがとう」とは言えずに、ただ、黙って頷くだけだった。


(……私のことなんて、好きやないんやろ……)


なら、なんでそんなに優しくするん。



「……そういうん、東京で覚えたん?」
「ん、何?」
「そうやって、誰にでも優しくするんやろ」


私はなんてアホだ、と思う。まるで自分のオモチャを取られた子どものように、今は、面白くなくて理由もなく八つ当たりをする。侑士はべつに何も悪くないとわかるのに。

だって、侑士のこと好きだったのだって、そんなの私が勝手に一人で想っていたことだ。侑士にとってみれば、そんなの、何の関係もない。知ったこっちゃない迷惑な話でしかない。


(侑士は、べつに私なんていらんのやし)


本当は。東京と大阪どっちが好きかと聞けば、東京と答える。テニスと私どっちが好きかと聞けば、テニスと答える。そうして、謙也と私どっちが好きかと聞けば、謙也と答える。

結局、自分なんてただの親戚の一人でしかなくて、侑士にとってみれば何でもない存在なのだということはべつに、わざわざ誰かに親切に教えてもらわなくたって、知っている。


「……ごめん、何でもないねん」
「どうかしたんか」
「べつに、どうもせんよ……」


もう、放っておいて欲しかった。これ以上そばにいられると、今にも泣いてしまいそうだったから。わかりきったことを今さら再確認して、何を泣く必要があるのかと思っても、涙腺はそれを理解してくれない。


、何やあるなら言うてみい」
「……何もないよ……」


侑士なら、言わなくてもわかっていたのじゃないのか。私が侑士を好きということ、口に出さなくても、気付いていたのじゃないのか。


「……、」
「なんなん、もう……。私のこと好きとちゃうんやろ。なら、優しくせんといてよ……」


視界に映る、自分の靴下の模様が、次第にぼけていくのが見えた。この歳になってまで泣いているところを見られるのは嫌で、膝を抱えてそこに顔をうずめた。


「……もう、放っといてや……」


私の視界は真っ暗だったから、そう言ったとき、一体侑士がどんな顔をしていたのか私にはわからなかった。突然そんなことを言われて、どんな風に思っただろう。

少しして畳と布が擦れる音と襖の閉まる音がしたけれど、顔を上げることはできないまま。


(……最低や、……私)


侑士が、本当は、他の誰よりも傷つきやすいことを知っていながら、ただ自分ばかりが可哀想で、あんなことを言ってしまった。

私なんて、侑士のそばにいられなくて当然だ。本当は東京で寂しくてつらい思いをしているのかも知れないのに。いつだって、私は自分のことばかり。だから、好かれなくて、当然なんだ。


耳の冷たくなるくらい冷えるこの部屋で、ただ、侑士の掛けてくれたパーカーだけが、暖かいと思えた。それだけだった。