サイキッカー達は孤独だった。

その能力が軍や政府に露見したらもう最後だ。
待っているのは収容所、軍事目的の過酷な人体実験。生きて塀の外へ出ることは絶対にかなわない。
そして、彼らが"楽に死ねる"ことは、それこそ絶対にない。

運良く軍に囚われなかったとしても、彼らは苦悩から免れることはない。
サイキッカーの能力を、人間は恐れる。ゆえに彼らは社会からはじき出され、迫害される。所詮は"化け物"や"悪魔"。人間扱いはされないのだ。
人間と同じ言葉を話し、同じ外見を持ち、同じ物を食べる。そして人間と同じように、身を切れば血も出るし痛みも感じる。口汚く罵られれば哀しみ、傷つく。
どんな能力があろうと心は人間と同じだと、誰も想像した事はないのだろうか。

誰も救ってはくれない……
しかし2010年のある日。
突然、凛とした声がサイキッカー達の脳裏に響いた。

「私はキース……
『ノア』は全てのサイキッカーを歓迎する……」

始まりがいつなのかも分からない、永遠に続くと思われた迫害の歴史。
その終わりが今、始まる!
救世主の声を聞いた彼らは、その瞬間から"迫害される者"ではなく"選ばれた民"となった。
サイキッカー達は立ちあがった。そう、人間達が恐れていた事態がついに起こったのだ。すなわちそれは、サイキッカー達が連帯すること。
キースは、「ノア」総帥として、そのネットワークの中心となった。

世界中で迫害を受けているサイキッカー達は、キースに届けと精神の声を張り上げていた。その苦しみようは様々であった。
軍に目をつけられ、追い詰められている者。
今まさに研究所内で、死に至る実験を施されている者。
または社会から迫害され、肉体的・精神的苦痛に蝕まれている者。
キースは全てのサイキッカーを救おうと尽力した。具体的な助けを求める声には自らそこへと赴き、"同志"を守るために戦った。
心の救いを求める声には"絶望してはならない"と言葉をかけ、安らぎと慰めを与えた。救われたサイキッカーは、自分は独りではないと知る。そして「ノア」の同志は着々と増えて行った。
キースは誰に対しても、どんな類の苦しみにも平等に接した。そこには一つの例外もなかった。誰かから見て些細な事でも、当人には死に至るほどの苦しみなのだ。
そしてその苦しみの源はただひとつ「サイキッカーである事」なのだから。

今日も今日とてキースは、迷える子羊の声を拾っていた。
「キース様……ぼ、僕は……もう一人の僕が勝手に人を殺すんです! 助けてくださいキース様あぁ!!」
こんな切実な悩みの声が、次々に届くのだ。
「ソニア、行ってくれ」
「承知しました」
二重人格の殺人鬼を取り押さえるために、キースは側近の女性型バイオロイドを向かわせた。彼女はキースが最も信頼する同志のひとりだ。
本来ならば自ら行きたいところだが、今キースはこの場を動けなかったのだ。今日はまた、一段とテレパシーが多い……
「待たせたな。次の方どうぞ」
キースが言うと、次の相談者W.Rさん15歳がテレパシーを送信してきた。
「キース様……実は、姉が行方不明なんです」
そうか、それは切実な。
キースはひとしきり、姉の特徴と失踪時の状況を聞き出した。そして、出来る限りのことはしようと約束した。
「あと、もうひとついいですか?」
W.Rさん15歳は、キースが"それじゃ頑張ってね"と言うより早く台詞を継ぎ足した。
「ど、どうぞ」
「私、貧乳なんです。どうしたらいいでしょうか」
……
最近、とみにテレパシーが増えている。特にこの、午後11時〜深夜2時はなかなかキースまで繋がらない。せっかく繋がったんだからついでにもう一件、とW.Rさん15歳が思うのも当然だろう。キースはあまり自信はなかったが、テレビで見た知識を脳裏から引っ張り出した。
「……豆乳と納豆とざくろと……あと……イソフラボンを摂ってはどうだろう」
「そんなのとっくにやってるわよ! もういいわ!」
ブチッ。
唐突に回線は切られた。キースは疲労を感じたが、すぐに気を取り直した。救いを求める声は次々に届いているのだ。
「あ……あの……両親と街フッ飛ばしちゃいました……どうして僕をそっとしておいてくれないんでしょうか」
大変だね、とりあえずノアに来なさい。
「兄が食い倒れ人形そっくりなんです。大●千里にも似てます」
それは悩みなのか。
「巨乳だと思ってた妹が付け乳なんですーー! 私はもうどうしたらいいやらー!」
ずっと付けとけ。ばれなければいいんだ。
「生まれた……? いつ……どこで……?」
米俵から生まれたことにしとけ。
「私、音痴らしいんです。自分ではそんなことないと思うんですけど、息子に言わせるとジャ●アン以上らしくて……」
いいじゃん、武器になって。
「パソコンが電源入れてもうんともすんとも……」
何にでも寿命はある。
「サボテンが根腐れしちゃいました。水やりすぎでしょうか」
「なんか肩が痛くて上がらなくて……五十肩でしょうか」
「高校二年の男子です。同級生の男を好きになっちゃいました。告白して友達関係が崩れるのも怖いし……キース様ならどうしますか?」
「二日酔いなんですけど今日は会社休めなくて……うをえっぷ」
「うちのハムスター55gあるんです。太りすぎですか?」
「夫に内緒で風俗でバイトしてるのがばれそうなんです」
「健康診断で血管年齢50歳代だって言われちゃいました……どうしたらいいんですかキース様!!」

……ああ、なんてことだ。
サイキッカー達はこんなにも悩みが多いのか!
全ての悩みを受けとめて、全部のメッセージにレスを付けていたら、時間がいくらあっても足りやしない。
ああ……僕はどうしたら……

キースは苦悩していた。
津波のように押し寄せるサイキッカーの心の声に翻弄され、疲労し切っていたのだ。
そこに、丸メガネの謎の東洋人が現れた。
「どうされましたキース様?」
キースの腹心の同志(表向き)、リチャード・ウォンである。
彼はぐったりしているキースの傍に、いつのまにやら立っていた。
「ずいぶんとお疲れのようにお見受けしますが……」
見て分からんかい、と口答えする元気も、もはやキースには残っていなかった。
「……"掲示板にグロ画像貼られて困ってます"という悩みには……とりあえずタグが使えないように設定しとけと返答した……」
やっとそう言ったキースに、ウォンは細い目を更に細めて答えた。
「それでいいではありませんか。全てキース様が背負い込む必要はありません。キース様のお力をもってしても、荒らし野郎をアクセス禁止にすることまではできないのですから」
「……しかし、こういう具体的な解決策が落ちているケースは稀だ。おおかたの悩みはもっと、精神の奥深くから発生している」
ふう、とキースはひとつため息をついた。
こうしてウォンと話をしている間にも、新たな声はガンガンと届き、キースが開封閲覧するのを待っている。
キースは小さく首を振ると、気を取りなおした。彼らには自分しかいないのだ。
自分がここで倒れてしまっては、彼らの心に平安はない。
「続きをする……独りにしてくれ」
総帥らしくできるだけ偉そうに、キースはウォンに告げた。
「了解いたしました。それではキース様、あまりご無理なさらないように」
そう言い残してウォンは煙のように消えた。アンタ何しに来たんだ、と突っ込む元気すらキースには残されていなかった。

独りになったキースはユーザーサポートを続けた。
こうして自分が頑張ることによって、ひとつでも苦しみが消えるなら本望ではないか。
それはまさに、「ノア」設立の理想そのものである。
そして、また今、キースは新たな声を受信した。
「……キース……さ……ま……」
声はなにやら苦しげである。
「キース様……あぁ……」
「……?」
どうも声も精神の波長も尋常ではない。キースは受信感度を上げた。
「どうした? 何があった? 私でよければ力になる……話してみたまえ」
キースは、苦しげに息をつく声に優しく応えた。
「キ……キース……様あぁ……はあはあ……」
一体なんだろう。なにかゴソゴソ音がする……ような気がする。
僕の名を呼びながら、何をしているのだ?
「ハアーハアー……キース様……ああん」
「な、何!? 何してるんだ君は!!??」
さすがに何かあやしげな気配を感じたキースは、座っていた椅子から立ち上がり飛び退った。
「キース様……ハアハア……お、教えてくださいっ……」
「なっ……何だ……?」
おそるおそる聞き返すキース。
自然に体が後退する。ふと気づくと後ろは壁だった。
怪しい人物は、キースの全身をなで上げるような、やーらしい声で質問した。
「きっ……今日……どんなパンツはいてますかあぁ?」

――――――――――こっこれは……
痴漢テレパシ――――――――――!
「ぎゃああああーーーっっっ」
「どーしましたキース様!」
キースは椅子を抱え上げて、床に叩きつけんとしていた。次の瞬間、そのキースの体を、ウォンが背後から羽交い締めにしていた。
「その椅子は高価かったんです! 壊すなら別の物に…」
「やかましい! 凍れ!」
椅子は原子運動を止められて、塵となった。
「一体どーしたというのです!」
「痴漢だっ! イタテレ(イタズラテレパシー)だ!」
キースは蒼い瞳に涙を溜めウォンを見上げ、声を震わせながら顛末を話した。ウォンはそんなキースを見下ろし、ふむふむとうなずいた。いつもながら、真面目な顔なんだか笑ってるんだか分からないが。
「……というわけだ!」
「ふむ。それで、相手にはなんと?」
はぁ!?
想像もしていなかったウォンの言葉に、キースはリアクションできなかった。そして白い顔を真っ赤にして怒鳴った。
「僕がこんな目にあってるのになんだその言いぐさは! 変態相手に返事なんかするものか!」
「はははは、何をおっしゃいますやら」
「……え?」
ウォンは阪神ファンに嫌いな球団を聞いたらジャイアンツと返ってくるのと同じくらい迷いなく、きっぱりとキースに告げた。
「痴漢とはいえ、サイキッカーである事には変わりません! さあ、お返事してさしあげなさい! 彼は回答を待っていますよ!」
両手を広げ、演説するウォン。その堂々としすぎの態度を見ていたら、キースはなんだか、自分の方が間違っているような気がしてきた。だがしかし……
「そ、そんな……でも……いやだ……恥ずかしい……」
確かに彼は同志には変わりないのだろう……でも、でも……
目を潤ませ、白い頬を赤らめて、軽く親指を噛む。
ウォンは目を眇めた。そして、辱めを受け、それでも己の立場と地位を自覚するが故に羞恥に耐えるキースの姿を堪能した後、おもむろに言い放った。
「しかたがありませんね、キース様がいやだとおっしゃるなら私が代わりにお答えしましょう。キース様の本日のお色はですねぇ」
「や、やめないか! 自分で言う! ……変態とはいえ……同志……だものな……」
何故本日の僕のおパンツの色をおのれが知ってるのだ、と突っ込む気力すらも、もはや生贄となったキースには残されていなかった……

キースは変態に、青いケンケンのトランクスですと答えた。弦楽器のような美しい声は震え、わずかに掠れていた。
「……こ……これで満足か……」
本人の意思とは裏腹に、その姿と声は天井知らずに扇情的であった。
変態は心ゆくまで満足したらしく、回線を切断した。切る寸前までハアーハアー言っていた。
屈辱と羞恥に、耳まで赤く染めたキースをウォンは、めちゃくちゃ満足そうに眺めていた。何も知らないキースはウォンにすがりつくように訴えた。
「ウォン……こ、今度こんなテレパシーが来たらどうしよう」
「はははは、大丈夫です。当分来ませんよ」
「何故そんなに自信たっぷり!? もうこんな恥ずかしいのは……僕……!」
「大丈夫ですってば。ほとぼりが冷めないうちに送ってきたら、発信元が割り出されちゃうじゃないですか」
そこまで命知らずじゃないです私は。でもまー、いいもの見せていただきました。椅子一脚の犠牲なら安かった……と、変態は心の中で呟いた。
「……そうかな……」
この後もキース様の悩み相談室は続く。……が、この件の後、匿名テレパシーは受けつけない、メールアドレスを必ず記載する、などアクセスに関するルールが設けられた。

……ちなみに変態の正体にキースが気づくまで、2年の歳月を要した……