第三章

エミリオを探すウェンディーを追うのは、「新生ノア」だけではなかった。
「ノア」にも、その敵である軍にも所属しない第三勢力。
「ハンター」と呼ばれる赤毛の電撃使いが、彼女の前に立ちふさがる。
鋭い眼光。獲物を前にした肉食獣のような瞳がウェンディーを睨む。
彼は、静かに口を開いた。
「……お前は偽乳だな?」
ウェンディーは、不安を声に現わさぬよう、強い口調で返す。
「……だとしたら?」
ハンターは、その答えに満足した。狩りの時間だ。
「お前には死んでもらうぜ」
何故。
というツッコミを入れる間もなかった。偽乳ハンターは瞬時に結界をめぐらせると
雷光で作られた剣を手に斬りかかってきた。
戦うしかない。……それにしても……
「なんでみんな知ってるのよーーー!!!」

怒りと屈辱に任せてハンターを倒したウェンディーは、横たわる彼を見下ろして呟いた。
「今はまだ……この偽乳が必要なの……」
2年前の台詞だがドンマイ。

そしてついに。
彼女の捜し求めた相手……エミリオが現れた。
背も伸び、見違えるほどに凛々しく成長した彼だが、
ウェンディーには一目でエミリオだとわかった。
「エミリオ、探したわよ! よかった……無事だったのね」
青空の真ん中での再会。ウェンディーは喜びと安堵に涙が出そうだった。
だが。
「……誰だ……お前は……」
エミリオは、苦痛の呻きを漏らしながら頭を振った。
目の前の人物に、見覚えがある。
見覚え……否、そんなんじゃない。
もっと大切な……懐かしい……でも、思い出せない。
「どうしたのエミリオ! 私よ、ウェンディー(偽乳)よ!」
「ウェ……ン……かっこ……にせ……ちち……かっことじ……うわあああ!」
偽乳!?
混乱する記憶と心。それは再び暴走へと、彼を導いた…。

風を、ほとばしる魔光が制した。
だが、戦っている間中ずっと感じていた、この風の懐かしさと優しさ……
「……ここは……僕は今までどうしていたんだ……?」
クリアになっていく思考。緑の風は、脳裏にかかっていた霞を全て払拭してくれた。
「エミリオ……元に戻ったのね……よかったぁ……」
ウェンディー!
彼の大切な彼女の後ろ姿……その背中には……
「ぐはぁ!」
乳が縦に二つ並んでいた。
先の戦闘中、ミラージュステップを使った時、ずれたのだ。
「ウェンディー……まさかその乳!」
ウェンディーは、ずれた乳を直しながら、エミリオを労るように言った。
「だ、大丈夫よ。これしきの乳、なんともないわ」
「僕の……僕のせいでこんな乳に……!」



「ノア」のブレーンにして総帥より偉そうだったあの男。
現・軍サイキッカー部隊の司令官、リチャード・ウォン。
奴だ。奴が全ての元凶だったのだ。
微乳に悩んでいたウェンディーに、偽乳を与えた男。
その偽乳によって彼女は微乳から貧乳へと華麗なる転身を遂げた。
が、ずれては何にもならない……しかもバレバレである。
「人の乳をなんだと思ってるの……!? 許せない!」

エミリオはウォンの私室にいた。
全ての決着を付けなければならない。
「ウォン……僕は決してあなたを許さない!」
怒りに震えるエミリオの言わんとしていることが、ウォンにはすぐにわかった。
「おやおや、せっかく2サイズもアップして差し上げたのに。
もう少し私の苦労というものも考えていただきたいですねぇ」
「苦労……? 人に偽乳付けておいて……」
「偽乳とは人聞きの悪い。私は彼女を本来(ならこのくらいあると嬉しいかなーレベル)の
サイズにしてさしあげただけですよ」
ウォンには悪びれる様子はなかった。
「嘘だ……よくも……よくも……!」

ウォンをあっさり倒したエミリオがふと気づくと、周囲は異様な空間となっていた。
「ここはどこなんだ……き、君は誰だ……?」
目の前に鏡があるのかと錯覚した。
白銀の翼を持つ自分とそっくりの人物。
彼は、やはり自分そっくりの声で語り掛けた。
「フフフ……僕は君さ……」
「君は僕……? 一体どうなってるんだ?」
「ははは、まぁ君が僕の事を知らなくても無理はないさ。
だって君にとって僕は忘れたい存在なのだから」
「……どういう意味だ?」
「フフフ……せっかく2サイズアップしたのに、お前は邪魔なんだよぉ!!」

同じ力を持つ相手。さすがに手強いし、戦いにくい。
苦闘の末、エミリオが一本先取する。
白銀のエミリオはよろめきながらも反撃に出ようとした。
「そんなに偽乳がいやか!!」
白銀の彼は偽乳肯定派なのか。
違う! そんなものいらないんだ! でかきゃいいってものじゃない!
ウェンディーのだからいいんだ! サイズなんてどーでもいいんだー!
「もう僕は迷わない!」
迷ってたんかい。
というのはさておき、エミリオはどうにか白銀の自分を討った。
一度結界の底に倒れ伏した彼は再び浮かび上がり、結界の外へと消えていく。
「フフ……お前がいくら僕を否定しても無駄さ! 僕はオマエ自身なんだからな!」
虚空へとその身を溶かしながら、捨て台詞を吐く。
「嘘だ! 僕はお前なんかと違う! 僕は……僕は……!」
白銀の光はエミリオの絶叫には応えずに、暗闇へと消えていった……


最終章

最後の戦いを終えて、立ち尽くすエミリオの元にウェンディーが駆け寄る。
「エミリオ! 無事だったのね!」
…………
エミリオは答えない。
ちらりと盗み見るウェンディーの胸には、先ほどずれて背中に回っていた偽乳が収まっていた。
「さあ行こう……エミリオ」
……ニヤリ。
エミリオは危険な目をした……

サイキッカー。精神の情報網を持つ者達。
そのウワサ伝達速度は光通信ケーブルの比ではない。
今や全世界のサイキッカーの間に、偽乳疑惑が蔓延していた。
「貴様……偽乳だな?」
「ち、違うわ! そんなの関係無いわ!」
「フ……どうかな? 貴様の体に聞いてやる!」
とかいうアブナイ会話が展開する今日このごろ。
サイキッカーの理想郷は当分できそうにない。

さらばだ