診 療 方 法    適 応 症 状    自 己 治 癒 へ の 導 き    診 療 案 内    H O M E
  自己治癒への導き   ~ なぜ 、 あなたは 癒されないのか 、どうすれば それを 癒せるか ~

 1.気と感情  2.気は嘘をつかない  3.第一印象を信じる  4.直観的洞察で診る
 5.身体は人生の履歴  6.内面の力  7.癒せるのは自分だけ  8.依存症
 9.人生を変える 10.象徴的な見方 11.気の中枢 12.チャクラ
13.癒されることへの恐れ 14.癒しに関する誤解 15.心の傷 16.孤独への恐れ
17.痛みに薬で対処する 18.変化は不可能 19.病気は人を内面に向ける 20.自己発見の旅
21.内面の旅への気づき 22.個人の意識 23.象徴視点 24.象徴意識

 
 1. 気と感情 人生を つくる体験が、人の身体を つくる


   生きているものは、すべて Energy ( 気 ) で 脈動 している。
   すべての Energy には、情報 が 内包 されている。
   量子物理学者 は、身体 の 生物学的 な プロセス によって 発生 する 電磁場 の 存在 を 認めている。
   科学者 は、人体 が 電流 を 発生 させていることを 認めている。
   これは、生きた 細胞組織 が Energy を 発しているからである。


   肉体 の まわり には、
   腕 を 完全 に 伸 ばしたところまで、全身 を 包んでいる Energy Field ( 気場 ) がある。
   この Energy Field は Information Center ( 情報の中枢 ) であり、
   極めて 高度な Sensory System ( 知覚体系 ) でもある。


   この System を 通 し、人 は まわりにある 全てのものと、常 に 「 コミュニケーション 」 を とっている。
   この コミュニケーション とは、
   まわりの人の身体 と メッセージ の やりとり をする 一種の 「 意識の電流 」 である。
   この Energy Field から 発生する メッセージ が、直観的洞察能力 を もつ人 によって 知覚 される。


   人の Energy Field ( 気場 ) は、
   ひとりひとりの Energy ( 気 ) を 内包 すると 同時 に それを 外 に 映 し出す。
   人の 内面の 体験 は、
   外界の 体験 によって、つくりだされる プラス ・ マイナス 両方の Emotional Energy ( 感情の 気 ) を 蓄積 し、
   その Energy が 身体 を 包み込んでいる。
   この 感情 のもつ 力 が、体内 の 細胞組織 に 影響 を 及ぼす。
   人の 履歴 ・人生 を 構成する 感情 の 体験 が、人の 身体 そのものとなる。


   Energy System ( 気系 ) において Emotional Energy ( 感情の 気 ) を もつ 体験 には、
   過去、現在の 人間関係 ( 個人的、社会的 )、深遠 な 体験、心の 傷 となっている 体験 や 記憶 、
   信念体系 ( パターン )、ものの見方 ( 霊的 なもの、迷信 も 含む ) などが あげられる。
   こういった体験 から 来る 感情 は、
   身体の Biological System ( 生物学的体系 ) のなかに Cording ( 符号化 ) され、
   蓄積 されて、細胞組織 の 成り立ち に 影響 する。
   そして その 細胞組織 が、感情 を 映し出す Energy の Temperament ( 気質 ・性質 ) となる。


   Energy Field ( 気場 ) が伝える メッセージ の 例 として

   あなたの ネガティブ な 感情体験 は、
   細胞組織 に Damage ( ダメージ ・損傷 ) を与える Emotional Energy ( 感情の気 ) を もつ。
   現在 の あなたが 過去 の ネガティブ な 感情体験 を よく 思い出 したり、
   批判 や、権威 のある 人物、教育、あるいは 失敗 などに どう 対処 するかを 決めるたびに、
   過去 の ネガティブ な 感情体験 を 引き合い に 出していれば、
   細胞組織 に さらに Damage を 与え続ける ことになる。


   プラス の イメージ や 心地良い 体験 の Energy ( 気 ) も Energy Field ( 気場 ) に 蓄積 されている。
   良い 体験、悪い 体験 ともに、Energy Field だけでなく、細胞組織 にも 記憶 として 記録 される。


   感情 が 引き金 となって 生じる 化学物質、Neuropeptide ( ニューロペプチド ) は、
   思考 が 物質 の かたち を とったものである。
   感情 は 身体の 内部 に 物理的 に 存在 し、細胞 や 体内組織 と 相互作用 しあっている。
   脳 の 内部 で 感情物質 を 創り出し、それを 受けとる 細胞 と まったく 同じ 細胞 が 全身 に 見られる。
   脳 が 問題 を 認識 する前 に 身体 が 反応 し、感情物質 を 創り出しているという 現象 も 見られる。


   脳 が 問題 を 認識 する前 に 身体 が 反応 する 例 として
   思い出してみよう。
   あなたが 大きな 音 に 反応 するとき、考える 間 もなく、身体 が 反応 してしまうだろう。


   ある 神経生物学者 の 記述 が 引用 されている。
   「 私たちが まだ 理解 していない、
   何か 別の かたちの Energy ( 気 ) が 存在 しているのは 間違い ありません。
   身体 が 死 を 迎えると、そこから 離れていくように 思われる Energy があります ……。
   心 は 細胞 すべてに あるのです。
   私たちの Emotional Energy ( 感情の 気 ) が 身体 に 蓄積 されています。
    …… Energy という 概念 でしか 説明 できない 現象 が たくさんあるのです 」


   参考文献 ”Anatomy of The Spirit ” より 一部引用


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 2. 気は 嘘を つかない


   感情 の Energy ( 気 ) は、高度 に 複雑化 した プロセス によって、生物的 な 物質 に 転換 される。
   ラジオ 局 が ある ひとつの 波長 を 使うように、体内 の 臓器 と 各系 は、
   特定 の 波長 の 感情的、心理的 な Energy を 吸収 したり、処理 したりするように 微調整 されている。


   身体 の 各部分 は、
   それぞれ 特定 の 周波数 の 微細 な Vibrational Energy ( 波動 Energy ) を発 していて、
   健康 な 状態 のときは、すべて その 「 波長 が 合っている 」 という 状態 になる。
   通常 の 周波数 の Vibration ( 波動 ) が 出ていない 部分 は、
   そこに 何か 問題 があることを 示している。
   Vibration の 強さ の 変化 は、病気 の 性質 や、その 深刻 さの 度合い に 変化 があったことを 表 し、
   病気 の 発生 の 引き金 となった ストレス の パターン を 見せてくれる。


   身体の Energy ( 気 ) を このような かたちで 解釈 する やり方 を、
   Vibrational Medicine 「 波動医学 」 と よぶこともある。
   Energy の 医療 は とくに 目新しいもの ではない。
   これは、最古 の 時代 からある 医学 や、そのもととなっている 信念体系 に 似ている。
   中国 の 医療 から、先住民 の あいだに みられる シャーマン の 治療法 などが この中 に 入る。


   ストレス を もたらす 状況 のために Energy ( 気 ) を 消耗 したことを 直観的 に 感じ、
   しかも その 状況 を 改善 するような 行動 ができれば、
   ストレス が 実際 に 身体 に 害 を 及ぼす 確率 が 減る。
   そして、まったく 無くなってしまう 可能性 もある。


   Energy ( 気 ) の 概要 を 解説 し、人の Energy Field ( 気場 ) を 感じ、
   その Energy System ( 気系 ) の 構造 を 理解 する プロセス を 始めてもらう ことは できるし、
   自分自身 の Inner Power ( 内面の力 ) の 源 が 何か を 知 り、直観 を 育んでもらうことも 可能 である。


   どうやって 「 気の情報 」 を 得ているのかを 説明 すると、
   まず いちばん 強い Impulse ( 衝動 ) を 感じとる。
   いちばん 強い Vibration ( 波動 ) と いっても いいだろう。
   このような Vibration は、身体 のなかで 弱くなっていたり、
   病気 に かかっていたりする 部分 に 直接関係 がある。
   人の Energy Field ( 気場 ) は、バランス を 失っている 部分、あるいは 病気 に かかっている 部分 を、
   本人 に 意識 させる 情報 だけを 発信 する。


   医学的 な 情報 を 提供する 直観 は、
   健康 と 生命 を 大切 にするという 身体自体 の 意図 と、何とか 協力 しようとする。
   身体 に どんな 仕打ち を しようとも、私たちの Energy ( 気 ) は、常 に 健康 を 求めていく。


   たとえば、口 や 言葉 では 嘘 を ついても、Energy Field ( 気場 ) は、
   真実 を 語っていないという 「 エナジー レベル の事実 」 を 相手 に 伝える 現象 が よく見られる。
   気 は 嘘 を つかないし、つくことは できない。


   参考文献 ”Anatomy of The Spirit ” より 一部引用



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 3. 第一印象を 信じる


   自分 について、あるいは 相手 についての 直観的 な 印象 を 受け取る には、
   どんな イメージ でも、浮かんでくるものに 注意 を 払う。


   ほとんどの 人 は、健全 な 直観 ではなく 安心 できる 直観 を 求めて、
   健全 な 洞察 よりも 安心 できる 洞察 を 聞きたがる。
   将来、あるいは 何か 未知 なものに 対しては、そこに 導いてくれる 安全 な 道 を 選ぼうとする。
   心 を 乱すような 洞察 や、
   自分 や 相手 の 望み に 合わないような 洞察 を 無視 したい 誘惑 に 駆られる。


   診断 を 求めてくる 人たちは、
   すでに 何かが おかしいことは 直観的 に 気づいているのに、
   それに 対して、何か ほかの 理由 を 与えてくれる ことを 望んでいる。
   例えば、
   「 ごく自然 な 身体の 変化 が 起きているだけで、別 に 悪いところは ありません 」 などである。


   だが、相手 が 聞きたがっていることではなく、真実 を 伝えることが 大切 である。
   診断 を 求めてくる 人 に 対して、
   本人 が 「 受け入れたくない 」 と 感じていた 直観的洞察 を 伝え、
   「 恐れていた 通り になった 」 と 本人 が 確認 する 結果 に なったことがある。


   彼らの 直観能力 も 診断 する 側 と 変わらぬほど 正確 である。
   自分 に 起こる 結果 を 知っている のである。
   診断 する 側 には 「 恐れ 」 が 無いので、本人 よりも 冷静 に データ の 解釈 が 可能 なのである。


   人 は 自分の 恐れる ものに 対峙 するように 魂 に 導かれ、成長 ・拡大 するように 促されている。
   直観能力 を 育むことは、
   あらゆる 体験 の 裏側 に 隠された 「 真の学び 」 に 気づく 助け にもなってくれる。


   参考文献 ”Anatomy of The Spirit ” より 一部引用



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 4. 直観的洞察で 診る


   直観能力 は すべての 人 に もともとある、生存 のための 能力 である。
   内観的、瞑想的 な 状態 から ものを 見るようにしていると、直観 を 受けとりやすい 条件 が 整う。
   客観性 を もつことは、受けとる 印象 を 解釈 し、
   象徴的 な 背景 に その 印象 を 置きかえて 考えてみるのに 役立つ。


   直観的 に、人を 診る場合、個人的 な 印象 と、非個人的 な 印象 とを 区別 する 必要 がある。
   自分自身 の 直観 が 正しい ことを 示す はっきりした 印象 とは、
   そこに 先入観 や、Emothional Energy ( 感情的な 気 ) が まったく 介在 しない 状態 である。
   ある 印象 に 自分自身 の 感情的 な つながり を 感じたとしたら、
   その 印象 は 純粋 なものではない と 私 は 確信 している。


   この 印象 とは、聴覚的 でも 視覚的 でも ない。
   極めて 微弱 な 電流 をもつ、瞬間的 に 頭の中 に 見える イメージ のようなものである。
   相手 の 身体全体 を ながめた後、目を 閉じる。
   それぞれの Energy Center ( 気の中枢 ) に 意識 を 集中 していく。
   すると、象徴的 な イメージ が 湧いてくる …… 。


   人の Energy Field ( 気場 ) の 読み方 「 直観的洞察能力 」 を 育むには、
   この 能力 の 背後 にある 真理 に 気づき、実際 の 体験 を 積み重ねていく中で、
   自分 の 直観 の 第一印象 を 信じる ことが 絶対 に 必要 になる。


   参考文献 ”Anatomy of The Spirit ” より 一部引用



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 5. 身体は 人生の履歴


   Vibrational Medicine 「 波動医学 」 からみると、私たちは みな 歩く 履歴 そのものである。
   すべての 出来事、すべての 人間関係 について、
   身体 には、自分 の これまでの 人生 が 包み込まれている。
   人生 が 展開 していくなかで、
   私たちの 身体 の 健康状態 は、生命 が 息づく 履歴 の Embodiment ( 体現 ) である。
   身体 は、自分 のもつ 強み や 弱み、希望 や 恐れ を 映し出す のである。


   すべての 思考 は、どれも 身体 を 駆けめぐり、生理学的 な 反応 を 引き起こしている。
   思考 のなかには、爆雷 のように 反応 を 起こすものもある。


   例えば、恐怖 や 恐れ に 満ちた 思い は、身体 の すべての System ( 系 ) を 起動 させる。
   胃 が 固くなり、心拍数 は 増加 し、汗 が 噴き出す 場合もある。
   愛情 に あふれる 思い は、全身 を リラックス させる。
   もっと 微妙 な 思考 もあるし、無意識 のものもある。


   すべての 意識 できる レベル の 思考 と、無意識 レベル の 思考 の 多くは、
   確実 に 生理学的 な 反応 を 引き起こしている。


   内容 には 関係 なく、すべての 思考 は、まず 気 ( Energy ) の 形態 で 体内 に 入ってくる。
   感情的、精神的、あるいは 心理的 な 気 ( Energy ) を もつものは、
   生物的 な 反応 を 生み出し、細胞組織系 に 蓄積 される。
   私たちの 意識、思考、感情 の 体験 は、毎日 ゆっくりと、身体系 へと 織り込まれていくのである。


   精神面、感情面での 明晰 さを 曇らすような 疲労 が、継続的 に 増大 していくというのは、
   身体 の 上で 何かが おかしい ことを 示す 気 ( Energy ) の 症状 である。
   苦痛 を 伴わないために、ほとんどの 人 は これを 症状 とは 考えない。

   しかし、睡眠時間 が 増えているのに 疲労 が とれない 場合 には、
   身体 が 「 エナジー レベル で 病気 である 」 ことを 伝えようとしている サイン である。
   気 ( Energy ) の この 段階 で この メッセージ に 耳 を 傾けていれば、発病 を 防げることも 多い。


   うつ ( 鬱 ) 状態 というのも、調子が 悪いことを 示す 気 ( Energy ) の 症状 である。
   臨床医学 の 世界 では、うつ ( 鬱 ) 状態 というのは、
   一般的 に 感情的、精神的 な 障害 と みなされている。
   だが 長期 に わたる うつ ( 鬱 ) 状態 が、身体 の 病気 の 前ぶれ ということもよくある。


   気 ( Energy ) という 言葉 を 生命力 と 置きかえても いいだろう。
   長期間 の うつ ( 鬱 ) 状態 は、間違いなく 慢性的 な 疲労 を 引き起こす。
   気 ( Energy ) が なければ、健康 を 保つこともできない。


   この プロセス の はたらき を よく示している 例を 参考文献 より 紹介 する。

   ≪ Client ( クライアント ) の 訴える 症状 ≫

   1.全般的 に 気分が 優れない。
   2.疲労 が 継続的 に 増大。
   3.左 上腹部 に 強い 痛み。
   4.酷い 鬱状態。

   この 診察時点 では、他の 医療機関 の 精密検査 の 結果 は 「 すべて異常なし 」
   病理的 な 異常 ・疾患 は 認められない。

   ≪ 直観的洞察 による 診断 ≫

   身体 の 左 上腹部 の 特定 の 臓器 から、重苦しい 低い 波動 の Energy ( 気 ) を 感じとった。
   何らかの 病理的 な 疾患 が そこに あるのではないか と 感じられた。

   クライアント は 仕事 や 家族 に 対して、
   重苦しい 責任感 を 背負っていて、それが 苦痛 の 原因 に なっていた。
   自分 が 生きたいように 生きていくことは 不可能 なのだ と 本人 は 強く 感じ、
   ほかの 感情 を 押しのけて、この 気持ち だけに 思い を めぐらせていた。


   誰 でも ネガティブ な 感情 は もっているが、そのすべてが 病気 を 引き起こす わけではない。
   病気 になるのは ネガティブ な 感情 が 支配的 な 力を 持つときである。
   この クライアント の例 は、まさに その ケース に 当てはまる。


   本人 に 対して 自分 の 仕事 が 自分 にとって いいものなのか、改めて 考えるようすすめた。
   クライアント は、仕事 を 辞めたい 気持ち は 認めたものの、
   家族 のことを 考えると、ほかの 仕事 には つけない と 感じていた。
   クライアント の 考える 責任 とは 自分 を 犠牲 にしても 他人の 世話 を するということ であり、
   自己 も 同時 に いたわり、自分 が 満たされるように 人生 を 設計 しなおすことは 不可能 だった。


   二週間後、医療機関 の 再精査 を 行った 結果、
   特定 の 臓器 に 病理的 な 疾患 の 反応 が 認められた。
   ただちに 手術 が 行われたが、術後、4ヶ月 も 経過 しないうちに、この世 を 去る 結果 となった。


   癒し には、発想 を 転換 するための 集中 した 努力 が 必要 なこともある。
   この クライアント は、自分の 職業 に 対する 悲しみ と そこから 抜け出せない という 閉塞感 が、
   身体 の 生理 と 健康 を 変えてしまっているという 事実 を 認められなかった。


   人生の あらゆる 部分 が 身体 を つくり上げるという 考え方 を 「 受け入れる 」 ことも、
   癒し の プロセス の 一部 である。
   それを 頭の中 だけの レベル から、身体 という 物理的 な レベル にまで もっていき、
   この 真実 を 腹 で、そして 細胞 で 感じ、100% 信じる 必要 がある。


   人生 の 履歴 が 身体 となる という 考え方 には、
   人 は 、健康 も 病気 も 自らが つくり出しているという 真理 がある。
   しかし、この 真理 を 乱用 して、病気 になった人や、自分 を 責める 必要はない。
   人が 意識的 に 病気 を つくり出すことはない。


   自分の ふるまい が、
   身体 に 有害 な 行動 や 態度 だと、気づかないでいる 結果 として、病気 は 発生 する。
   病気 になり、自分 の 態度 を 見なおすことを 余儀 なくされて 初めて、
   人 は 日常 の 恐れ や 反感 に 満ちた 態度 が、実 は 身体 に 悪い 物質 だと 悟る。


   気 ( Energy ) とは 力 ( Power ) である。
   つらかった 出来事 を いつまでも 思い出し、気 ( Energy ) を 過去 に 送り続けていると、
   今 という 瞬間 に 存在 する 身体 から 力 ( Power ) が 漏れ出し続けて、
   それが 病気 に つながっていく。


   力 ( Power ) は 癒し にも、健康 を 維持 するのにも 不可欠 なものである。
   無力感 を 生み出すような 態度 や 考え方 は、
   自分を 愛する 心 を 低下 させるだけでなく、肉体 から 気 ( Energy ) を 枯渇 させ、
   全体的 な 健康 を 弱めてしまうのである。


   参考文献 ”Anatomy of The Spirit ” より 一部引用


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 6. 内面の力 ( Inner Power )  


   Energy System ( 気系 ) を Inner Power ( 内面の力 ) の表現 として見る 例を 参考文献より 紹介する。

   ≪ Client ( クライアント ) の 訴える症状 ≫

   1.うつ病。
   2.首と 肩の 痛み。
   3.常に 疲労感 を伴う。

   ≪ 直観的洞察 による 診断 ≫

   クライアント は 自分には 人として 何かが 欠けている と感じていて、いつも 人の 承諾を 求め、
   ひとりになることに 言い知れぬ 恐怖 を 覚えている。
   クライアント の 自尊の念 は、
   まわりの人 、特に 自分の子供を Control ( 支配 ) する Power に 基づいている。
   クライアント の 恐れ ( 自分には 何かが 足りない という気持ち ) は、まるで ブラックホール のように、
   まわりの人を 吸い寄せ、最終的には そこに入る 人を 押し潰してしまう。


   子供たちに対して、あれこれ 文句を 言い続けているのは、
   弱い子供 であれば クライアント に 依存し、巣を 離れることが できなくなるからである。
   さらに、成績でも スポーツ でも 子供たちが 成し遂げたことに対し、
   とにかく 何かしら 欠点 を 見つけ出す。
   それは、自分が 精神的 な 支え となることで、
   子供に 力 ( Power ) を 与えるのが 嫌 だったからである。


   まわりの人間を Control ( 支配 ) するには、かなりの 気 ( Energy ) が 必要であり、
   しかも 実際に 自分が Control していると 感じることが 全くなかったために、
   クライアント は いつも 疲れきっていた。
   慢性的な痛みは、他の人間を Control できないために 起きたことだった。


   この クライアント は、いつか 子供たちが 家を去る という、
   避けようがない 出来事に 対処することができなかった。
   本人は 何でも 子供のためだけを 思ってしてきた ということ意外、決して 認めようとしなかった。


   充分な 衣 ・食 ・住 を 提供 してきたのだから、
   子供たちを しっかりと支える 立派な 親なのだ と 自分では 思い込んでいた。
   しかし、常に 子供たちの 感情面での発達を 押さえ込もうとしてきたというのは、
   本人が 認めることのできなかった 事実 である。


   人を Control する 病的な 戦いを あきらめない限り、
   癒し ( 自己治癒 ) が 起こることはない。
   クライアント は Inner Power ( 内面の力 ) という 概念を 持つ必要がある。
   つまり、Inner Power を 生み出し、
   自分は ひとりでやっていける というような、Emotional Power ( 感情的な力 ) を 生み出す 能力である。


   この クライアント には、外面的な意味での Power の 概念しかなく、
   それを 子供たち という 外部の Source ( 源 ) から 得ていた。
   しかし、クライアント 自身が 自分の 真実 と 直面しない 限り、実際の 癒し ( 自己治癒 ) は 起きない。


   自分自身の 真実、
   自分が抱える 問題を どのように 自分が つくりだしているか についての 真実、
   まわりの人と どういう関係を 持つのか についての 真実 に 気づき、受け入れる ことが、
   癒し ( 自己治癒 ) には 欠かせないのである。


   力 ( Power ) というのは、人としての 体験 の 根底 にあるものである。
   肯定的であれ、否定的であれ、ものの見方 や 信念 の パターン は、
   すべて 私たちが どういうかたちで Power を 定義 し、
   それを使う、あるいは 使わないか の 延長 である。
   誰ひとり、 Power という 問題 から 自由 でいられる 人は いない。


   例えば、自分には 何かが足りない という 気持ち や、無力感 に 対処しようとする。
   逆に 人を Control しようとするかもしれないし、
   自分に Power を 与えてくれると 信じる 状況を Control しようとするかもしれない。
   あるいは、人間関係での 安定性を 維持 しようとすることもあるだろう。
   力 ( Power ) との関係は、私たちの 健康の Core ( 核 ) にある 問題なのである。


   気 ( Energy ) の 情報 は、常に 真実 を 見せる。
   その人の 気 ( Energy ) は、人前での 言葉 に 隠された 本当の 気持ちを 表明 し、
   その 真の 気持ちは、必ず 何らかの 象徴的な かたち をとって あらわれてくる。
   私たちの 身体、魂は、常に 真実を 表現 しようとするのであり、
   そのための道を 必ず 見つけ出すものなのである。


   私たちは、自分に 力 ( Power ) を 与えるものは 何かを 意識する 必要がある。
   大切なのは、まず 自分の Power の Symbol ( 象徴 ) が 何かを 明確に 把握することである。
   そして、その Symbol に 対する 自分の 象徴的、物理的な 関係は 何かを 理解することである。
   身体 や 直観 が 伝えてくる メッセージ に 耳 を 傾ければ、
   どんな 病気に 対しても、癒し ( 自己治癒 ) が 起きる 環境が 整えられる。


   参考文献 ”Anatomy of The Spirit ” より 一部引用


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 7. 自分を癒せるのは 自分だけ


   Vibrational Medicine 「 波動医学 」 は Holistic ( 全体観的 ) な 哲学をもち、こう教えている。
   「 自分の健康を つくり出す 責任 は 自分にある。
   ある レベル では、自分が 病気の 発現 にも 関わっている。
   自分を 癒すことで、病 の 癒し に 関わることができる。
   それは、肉体的、心理的、感情的、Spiritual ( 精神的 ・霊的 ) な 存在としての
   自分を 同時に 癒すことを 意味している。」


   「 癒す 」 と 「 治す 」 は 同じではない。
   「 治す 」 というのは 病気の 身体的な 進行を Control ( 管理、抑制 ) できたということである。
   身体の 病気が 治っても、
   もともと 病気の一部 であった 感情的、心理的な Stress が 軽減されたとは 限らず、
   病気が 再発する 可能性も 充分ある。


   「 治す 」、という プロセス ( 過程 ) は 受動的である。
   患者は 医師 や 処方される 治療処置 に、
   自分を いかようにしてもいい という 権限 を 与えてしまう 傾向 がある。


   これに対し、「 癒し 」 とは、自分から 取り組む 積極的な 内面の プロセス である。
   これまでの ものの見方 や 記憶、信念 などを 見直し、
   自分が 感情的、Spiritual ( 精神的 ・霊的 ) に100% 回復する 妨げになる 否定的な パターン を
   すべて 手放したい と 欲することである。


   この内面の 再検証の プロセス で、
   明確な 「 意志 」 を もって 生きる人生を 改めて つくり出そうとするとき、
   それは 必ず 自分のまわりの 状況の見直し へと つながっていく。
   この 「 意志 」 とは、
   自分の人生 についての 真実、そして自分が 気 ( Energy ) を どういうかたちで
   使ってきたのかについての 真実 を 見据え、それを 受け入れられる 意志 であり、
   気 ( Energy ) を、
   愛 と 自己敬愛 の 気持ちや、健康を 創造するために 使い始めようという 意志 のことである。


   通常医学で 使われる 言葉は、
   Vibrational Medicine 「 波動医学 」 よりも ずっと 軍事的な イメージ をもつ。
   「 患者 は ウィルス に 襲われた 」、 「 異物が 細胞組織 を 侵し、悪性となった 」 といった具合である。
   通常医学の考え方は、
   患者を いわれのない 攻撃を受けた 罪の無い 犠牲者 として見る。


   通常医学の処置では、癒し の 責任 は 医師 のもとにある。
   患者の 医師への 協力は、処置の過程で、ある程度 大切 にされるが、
   患者自身 の ものの見方 となると、とくに 重要な 関係はない と考えられている。
   薬 と 外科手術 が ほとんどの 仕事を 片づけてしまう。


   「 何でもいいから、とにかくやってくれ 」、という 受け身の態度 でいると、
   その人は 完全 には 癒されない。
   回復 はするかもしれないが、
   病気の 源 であったものに きちんと 対処しないで 終わってしまう 可能性がある。


   これとは 対照的 に、Holistic ( 全体観的 ) な 療法を 成功 させるには、
   患者が 自分の 癒し の プロセス に100% 関わっていこう という気持ちが 必要になる。


   Holistic 医学 と 通常医学 では、力 ( Power ) に ついて まったく 対照的な 見方をとる。
   能動的な見方と 受動的な見方だ。
   通常医学の処置 と違い Visualization ( イメージング ・視覚化 ) のような Holistic な 技法 になると、
   積極的な患者は、さらに その効果を 高めることができる。


   つまり、患者の 意識 と、Therapist ( セラピスト ) や Therapy ( 療法 ) のもつ 力 ( Power ) との間に
   気 ( Energy ) の つながり が 生じるのである。


   参考文献 ”Anatomy of The Spirit ” より 一部引用



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 8. 依存症 タイプ の人


   前にあげた 首と腰に 慢性の痛み がある 鬱状態の クライアント は、
   受動的な力 しかない 人の 典型である。

   このような 「 依存症 」 の人は、
   まわりにいる 誰かから、あるいは その人を通して 力 ( Power ) を得るのだと 思い込んでいる。
   意識的 に あるいは 無意識 に、クライアント は 「 自分ひとりでは、何の価値もない 人間だ 」 と考える。


   そういう人は、お金や 社会的地位、あるいは 政治や 軍隊や 宗教などの 権威 を通じて、
   また、影響力のある人物 との関係を 通じて Power を 手に入れようとする。
   自分の ニーズ を 直接 表現することはしないが、
   満足のいかない 状況を 我慢したり、あれこれ 操作したりする Technique ( 技巧 ) に たけてくる。


   人の Energy System ( 気系 ) を 見ると、
   ひとりひとりの人と まわりとの 関わりは、一種の 電磁回路と 考えることができる。
   この circuit ( 回路 ) は、すべて 私たちの 身体を 通っていて 外部のものや 人々と 接続されている。


   人は 自分の Energy System の中 に 力 ( Power ) を 引き込めるよう、
    力 ( Power ) を 象徴するもの や 人物に 惹かれていく。
   そこから Power を得るための Target ( 標的 ) といってもいいだろう。
   だが、この Target と つながると、
   逆に それは 自分自身の Energy Field ( 気場 ) から Power を 奪い、
   その Target へと 与えてしまうことになる。


   あなたが 望ましくない かたちで、
   人 あるいは 何かの 「 虜 になっている 」 、
   あるいは 何か 物に対して 過度に 「 思い入れがある 」 というとき、
   あなたは 自分が 力 ( Power ) を 失っている ことを はっきりと 表現している。


   この一番 極端な 例が 「 中毒 」 である。
   アルコール 、ニコチン 、薬物 、物 や 人 に 依存すること ……
   どんな タイプ の 中毒 であろうと 中毒 を 起こしている人の Energy Circuit ( 気の回路 ) は
   あまりにも 強く その対象と 接続 しているため、
   その人は もはや 自分の 理性を 使うことができない状態 に 陥っている。


   アルコール 、ニコチン 、薬物、物や人に 対する 依存 などの 中毒 は、
   癒しの プロセス から 人の 意識 を そらしてしまう。
   依存症 タイプ の人が 自分の Energy Circuit ( 気の回路 ) を 接続させる 対象とは、
   自分の 力 ( Power ) を 渡してしまった 人 や 物 なのである。


   この タイプ の人が 陥りやすい 中毒 は、治りたい と思う 本人の 欲求 よりも 強い 支配力 を持っている。
   自分自身に 力 ( Power ) を 与える 選択 をすることに 慣れていないため、
   自分の 気 ( Energy ) を ほかに 手渡してしまうという パターン に 縛られてしまう。


   人は アルコール 、ニコチン 、薬物 などが 健康に 害を 及ぼすことは 理性 では よくわかっている。
   しかし、
   一時的でも リラックス させてくれると 信じ込んでいる からこそ アルコール 、ニコチン 、薬物 を 求めてしまう。


   依存症 タイプ の人は、
   この感情的な ニーズ を 正当化 し、「 癒し 」 についての 取り引きを 試みようとする。
   人を 力 ( Power ) を得るための Target ( 標的 ) に 「 執着 」 させているのは、
   理性ではなく 感情的な ニーズ である。


   「 癒し 」 とは ひとりでする 作業である。
   だれも 本人の代わりに 癒してあげられる人はいない。
   助けることはできるが、癒されるために 「 執着 」 を 捨てなければならない 辛い 体験 や 記憶 を、
   その人に代わって 手放してあげる ことは できないのである。


   参考文献 ”Anatomy of The Spirit ” より 一部引用


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 9. 癒されない 人生を変える


   癒されないことへの 答え を、直観的洞察に 求めてくる人は、
   自分の人生を 変える 必要があると 感じている人が ほとんどである。


   妻や夫、あるいは 職場から 離れるのを 恐れている人もいるし、
   自分の 感情的な ニーズ とは 相容れない 状況の中に、何とか 生きる道を 見つけようとしている人もいる。
   「 自分が どれほど 不幸 か知らずにいたときのほうが、今より ずっと 楽 だったような 気がします 」
   と語る人は、数えきれない。


   一度、自分の 感情的な ニーズ を 意識 するようになると、それを 忘れてしまうことはできない。
   何が 不幸 の 原因 になっていたかに 気づいてしまうと、その 気づき は 消滅 させることはできない。
   私たちは、結局 何らかの 選択 をしなければならない。


   選択する力 ( Power ) というのは、能動的な力 ( Power ) である。
   能動的な Power を持つ 感覚は、ワクワク すると同時に、恐ろしいものでもある。
   人生で、現在 ( いま ) の 自分に 合わなくなった 部分を 変えたい、
   という 欲求 を 私たちに 持たせるからである。
   そして、ひとつの 部分を 変えることは、
   他の 満足できない 部分 に対しても 疑問 を 投げかける きっかけ となる。


   人生を 変えるのが 難しいのは、
   すでにある関係に 忠実 でありたいから、ということが多い。
   私たちは、家族関係の中で、家族との 絆 というかたちで この 忠誠心 を 学ぶ。
   しかし、自分自身に 忠実 になることは、これと しばしば 矛盾 する。
   それを 全うしようとすると、家族に 大きな 混乱 を もたらすこともある。


   例えば 本人が 既婚者の場合、
   自分に 忠実 になると、現在の 結婚生活を もはや 続けていけない と 気づくことがある。
   近親者に 相談すると、「 家族のことを 考えなさい 」 と言われる。
   このような ケース は、
   集団への 忠誠 が 自分に対する 忠誠 と 対立 するという、きわめて よく見られる 例 である。
   しばらくの間は 集団への 忠誠 を 尊重 できるかもしれない。
   しかし、感情的な ニーズ に 充分な 「 力 」 がついた時点で、
   理性が 心 ( 感情 ・魂 ) を だまし続けられなくなってしまう。


   幸せを 感じない 本人は、結婚生活を 続けることで 終わりのない 内面の 葛藤 に 苦しむ か、
   あるいは 罪悪感 に さいなまれながらも 離婚 を 求めるかの どちらかである。


   このことを よく示している 例を 参考文献より 紹介する。

   Client ( クライアント ) は 深刻な 卵巣癌 を 患い、さらには、乳癌 が 発生した。
   本人の 結婚生活 は、もう ここ 数年の間 こわれていた。
   癌 を 治したがっていたが、
   自分を 軽蔑 の目で見ていた 夫との 生活を 続けていたのである。

   夫に 認めてもらうために クライアント は ひたすら 努力を 続けていた。
   本人は 自分のことを 状況を うまく操れる 人間だと思っていた。
   その力 ( Power ) を 結婚生活 に 対処するのに 使ってはいたが、
   自分の 求めるものは 得られなかった。
   ありもしない 話題を でっち上げては 夫の 注意を 引こうともした。
   しかし、夫の 関心も 尊敬も 得られることはなかったのである。

   二人の間の もうひとつの 問題は お金 だった。
   夫には 高額の 収入 があったが、クライアント の使う お金 は 厳しく 管理 されていた。
   本人は 自分自身が 自由 に使える お金 を 得るために、仕事をしようと 考えたことはなかった。
   仕事 に つながるような 特技 は 何もないと 頭から 信じていたからである。

   なぜ、夫のもとを 去らなかったのか という 問いかけ に対し、
   本人は 自分が これまで 感情的 にも 経済的 にも 自立 できたことはなく、
   さらに 今ほど 助けを 必要 としていることはないから と 答えたのである。

   皮肉なことに 夫の 話題 になると、まるで 呪い にでもかかったかのように、
   本人の顔には 一種の 夢見るような 表情が あらわれ、こう言った。

   「 あの人は 純粋 に 優しい人間で、仕事の プレッシャー が ひどいだけなのです。
   本当 は 私を 愛してくれています。 愛情表現が なかなか できないだけなのです。 …… 」


   ≪ 直観的洞察 による 診断 ≫

   気 ( Energy ) の 観点 からみると、
   最初は 卵巣、次に 乳房 と、女性的な部分で 癌 が発生したことに 大事な 意味 がある。

   クライアント の 病気は、
   女性として 拒絶 されたという 感情の 象徴的な あらわれ である。   
   性器は、私たちの 履歴の 気 ( Energy ) でも、特に 人間関係、外部の環境の中で
   自分が どういう 身の置き方 をしてきたかを 語る 気 ( Energy ) を 内包 している。

   本人が、自分には Inner Power ( 内面の力 ) があると 全く 思えなかったのは
   夫を 自分の 安心感の 源 と 見ていたからである。
   身体は、常に 「 無力の信号 」 を 受け取っていた。
   クライアント は 一年も たたないうちに この世を 去っていった。


   変化が 必要であるがために、「 癒し 」 の プロセス が 恐ろしい 体験 となる人もいる。
   意識的、あるいは 無意識 に、
   力 ( Power ) の 対象から Energy Circuit ( 気の回路 ) を 切り離す ということは、
   その対象に 別れを 告げる ことだと わかっているのである。
   対象から 自分を 切り離したい 気持ち と それに しがみつきたい 自分との間で、
   葛藤 が 繰り返される 状態となる。


   「 癒し 」 は 行動 を 起こすことを 要求される。
   じっと待っていれば、やがて起きてくれる 出来事ではない。
   自分の Inner Power ( 内面の力 ) を 引き出し、
   現在 ( いま ) の 自分 に 合わなくなった 信念 や 行動 パターン を 捨てて、
   新しい 健全な 目で 自分を 見るための 力 ( Power ) を得る、
   というのが 私たちの 本来の姿である。


   「 自分の 癒し には、自分で 責任 を もつべき 」 である。


   参考文献 ”Anatomy of The Spirit ” より 一部引用


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 10. 象徴的な見方


   人が ものを よく見ようとするとき、癒し は 必ず 起きる。
   しかし、その情報を 自分の 現実 とするためには それを、吸収する 内的 な 手段が 必要である。


   ≪ 象徴的な見方の ガイドライン ≫


 1.人生で 直面する 困難から、何か 意味を 見出す。

   自分の健康に それが どういう つながり をもつか、何が 力 ( Power ) を 失う 原因 となるか、
   それを どこで 感じるかを 考え、感じ取ってみる。


 2.常に 自分のことを、肉体と 同時に、気 ( Energy ) の 存在 であると考える。

   気 ( Energy ) の 存在 は、
   すべての 思考や 周りと関わりの 状態を 伝達し、記録する 役割がある。
   人生で起こる 出来事が 身体を つくり上げることを 常に 意識 する。
   それが 感情的、身体的な 力 ( Power ) に どんな 影響を 与えるか を考える。
   このとき、自分を 正当化 するような ある特定の 解釈をしたいという 欲求があると、
   気 の 情報を 正確に 受けとることができない。


 3.常に 気 ( Energy ) の 自己評価 をする。

   身体の それぞれの Energy Center ( 気の中枢 ) に対し、静かな、客観的な、かたちで 内省 する。
   Energy System ( 気系 ) の 健康状態に 常に 意識 を 向けることで、
   自分の Energy Field ( 気場 ) の stress の 蓄積を 感じとることを 学び、
   エナジー レベル の 段階で 自分を 癒せるよう 自己評価を 習慣づける。


 4.気 ( Energy ) が 漏れ出しているのに 気づいたら、
   それを取り戻すのに 役立つ 本質的なことだけに 焦点 を合わせる。

   その場合、「 なぜ、自分は Energy を 失っているのか? 」 を 頭 と 心 の 両方に 問いかける。
   危機 に 直面 したときには、その肉体的な面を 越えた 要素を 見るように 努める。


 5.「 誰が 」 ということよりも、「 何が 」 自分から 力 ( Power ) を 奪っているのかを 問いかける。
   気 ( Energy ) を 奪っている人とは、実は 自分の ある部分の 反映 にすぎない。

   例えば、誰かに 嫉妬 しているとしたら、
   あなたにとっての問題は、その人ではなく、その人に 反映 された 自分の Shadow ( 影 ) である。

   嫉妬 の対象 に 焦点 を合わせても、自分を 癒すことにはならない。
   次から次へと 同じことを 教える 「 教師 」 が 送られてくるだけであり、
   新しい教師 は 前の教師 よりも 強烈 になる。
   あなたの課題とは、その教師 に 反感 をもつことではなく、教えを 学びとることである。

   自分の Power が 枯渇 している 原因 が、
   ある特定の人にあると 誤って 判断すると、恐れ と 批判 の 悪循環 に陥る。
   改めて Energy Center ( 気の中枢 ) に 意識 を 向けて その人物が 自分との関係において
   どんな種類の Power を 持っているかを 感じとり、
   自分の 視点 の対象を 教師ではなく その 学び におくことが 必要である。


 6.癒しの プロセス で 要求されるものを シンプル にする。

   どんな 病気や 危機でも、癒し に 要求されるものは 同じで、
   病気や 問題を 力 ( Power ) の 機能不全 と考える。
   自分の使命は、傷を 体験 し、その 体験 を 通りすぎていくことであり、
   その中に 生きることではない。

   自分を 犠牲者 ・被害者 のように 考えたり、行動 したりしない。
   犠牲者 ・被害者意識 を 感じることは 病気 や 問題 を 悪化 させるだけである。

   自分の 気 ( Energy ) の 癒し を 支えていくためには、
   過去に 自分を傷つけた 相手や 自分自身を 「 赦す 」 、
   自分の中に ずっと残っている 問題に 執着 するのを やめて 「 手放す 」 、
   といったことが 大切である。

   癒し を 起こすには、自分が 望まない 人生 ( 仕事 や 結婚生活 など ) を 変える 必要がある。
   大事なことは、癒し が 求める 意識 の 変化を 実際に 起こす ということである。

   うわべだけの 言葉を 口 にしたり、 行動するだけでは 癒し はもたらされない。
   肯定的な 意識 や 思考 の 変化 が 癒し を 起こすのである。
   どんな 病気であろうと、肯定的な見方は 欠かせないが、
   癒し には 全身全霊での 取り組みと、やり遂げる 意志 が 要求される。
   身体を 癒すこと、人生の 難題を 癒すこと、あるいは 象徴的な見方を 学ぶこと であっても、
   常に そこに 意識 を向け、実践していくことが 大切 である。

   あなたの 癒し に あまり 進展が 見られないとしたら、
   自分自身で 癒し の 力 ( Power ) を 妨げている 可能性 がある。
   健康 になる ということは、
   あなたが 気づいている 以上に、何かを 脅かす ものなのかもしれない。
   病気が 治ると 誰か 他の人との Power Balance ( 力の バランス ) も 変わってしまう、
   ということもありえる。

   ほんの わずかでさえ 癒し を もたらさないとしたら、
   自分の中にある 意識、無意識 レベル の 妨害 の可能性、あるいは、
   自分の 癒し の中に この人生を 終える 準備が 含まれるという 可能性を 考えてみる 必要がある。


 7.Spiritual ( 精神的 ・霊的 ) な 側面を 簡略化する。

   肉体の 死後 や、個人の 神 についての 概念は、別に 難しいことが 要求されているわけではない。
   真理 が これまで 重要なこととして 表してきたこと だけを 信じる。


   1.あらゆる状況 は、一瞬 のうちに 変わる。  だからこそ あらゆる 病気には 癒し がある。

   2.一貫 した 生き方 をする。  自分の 真実 を 体現 して 生きる。

   3.変化 は 常に 起きている。
     すべての 存在は 平穏 なときと 危機 に直面するときの 両方を 体験する。
     変化 が 起きるのを 止めようとするのではなく、変化 の 流れに乗る ことを 学ぶ。

   4.誰か 他の人が 自分に 幸福 を もたらしてくれるわけではない。
     幸福 とは 個人の 内面的な 見方、態度 であり、それぞれの 責任 である。

   5.人生は 本質的 に 学び の 体験 である。
     すべての 状況、人間関係、難題 には、
     自分で 学ぶか、人に 教える 価値のある メッセージ が 隠されている。

   6.すべての 状況 において、肯定的な Energy は 否定的な Energy よりも 効果的 に はたらく。

   7.現在 ( いま ) という この瞬間 に 生きる。  そして、まわりへの 赦し の 心を 実践する。


   人生は きわめて 単純な 永遠の 真理 で 動いている。
   私たちは、人生を 必要以上に 難しく してしまっている。

   健康、幸福、それに Energy Balance ( 気の バランス ) を 達成するというのは、
   否定的な面よりも 肯定的な面に 意識 を向け、
   自分が 真理 と 知っているものと、
   Spiritual ( 精神的 ・霊的 ) に 調和 のとれた かたちで 生きることである。

   誰もが 同じ 真理 を 学び、
   自分の 神性 が、自分を通して 内面から はたらくようにしていく、というのが 私たちの 使命 である。

   物理的な 現象を 越えた レベル で ものごとを 見れば、
   人生の 難題には 学び があると 気づく 力 ( Power ) を 得ることが できる。


   参考文献 ”Anatomy of The Spirit ” より 一部引用


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 11. 気の中枢 ( Energy Center )


   人の身体 には Chakra ( チャクラ ) と 呼ばれる 7つ の Energy Center ( 気の中枢 ) がある。
   この Chakra には、私たちが 高次 の 意識 に 進化 していく 過程 で 学んでいく、
   人に 共通 の Spiritual ( 精神的 ・霊的 ) な Lesson ( 教え ) が 隠されている。
   古代から 伝わる この 教え は、
   人の Energy System ( 気系 ) の姿、その動き や、傾向 について、驚くほど 正確 な 描写 をしている。


   Chakra System ( チャクラ 体系 ) は、
   人の成熟の 過程 に見られる 7つの 明確 な 段階 を、
   Archetype ( 元型 ) として 描写 したものである。
   Chakra は、身体の 脊髄の 基底 から 頭頂 まで、縦一直線 に 並んでいるが、
   これは私たちが 物質世界の 誘惑 を 徐々に 克服 することによって、
   神性 へと 昇華 していく 過程 を 暗示 している。


   Chakra にある 学び を マスター していくにつれ、人は 力 ( Power ) について、
   また 自己 についての 知識 を 得て、それが 自分の 魂 に 統合 されていき、
   高次の Spiritual ( 精神的 ・霊的 ) な 意識 に 向かう 道を 前進 していくことができるのである。


   7つの Chakra に 表される Spiritual な 学び を 要約 する。

   第1 Chakra  物質世界 についての 学び
   第2 Chakra  Sexuality ( 性の意識や行動 )、仕事 、物欲 についての 学び
   第3 Chakra  Ego ( エゴ ・自我 )、人格 、自己敬愛 についての 学び
   第4 Chakra  愛 、赦し 、慈しみ についての 学び
   第5 Chakra  意志 、自己表現 についての 学び
   第6 Chakra  知性 、直観 、洞察 、叡智 についての 学び
   第7 Chakra  Spirituality ( 精神性 ・霊性 ) についての 学び


   これらの Spiritual な 学び は、高次の 意識 へと 私たちを 導いてくれる。
   これらの Spiritual な 学び の 必要性 と 責任 を 無視 すると、
   その Energy が 病気 となって 現れる。
   これは、病気 とは Inner Power ( 内面の力 ) が 枯渇 した状態 であると 捉えることができる。


   私たちの 身体系 にある 7つの Energy Center ( 気の中枢 ) には、
   それぞれ、7つの 真理 のうちの ひとつが 内包 されている。
   この 真理 は、内面で 脈動 を 続け、
   その力の 適切な使い方 に 沿って 生きていくよう、私たちを 導こうとする。


   私たちは、この 7つの 真理 に関する 知識 が
   Energy System ( 気系 ) の中に 織り込まれた 状態で 生まれてくる。
   これらの 真理 を
   ないがしろ にすると 魂 と 肉体 の両方 を 弱体化 させ、
   逆に 尊ぶと、魂 と 肉体 を 強化 してくれる。


   気 ( Energy ) とは 力 ( Power ) であり、身体 は 気 ( Energy ) を 必要 としている。
   つまり、身体 は 力 ( Power ) を 必要とする。
   Chakra は 力 ( Power ) との 交わり について 語っている。


   例えば、最初の レベル では、
   集団の中での Identity ( 帰属意識 )、
   そして 家族の中で 力 ( Power ) を もつことに、どう 対処するかを 学ぶ。
   後の レベル では、
   一個人として、 Power を 個性化 し、 Control することを 学んでいく。
   そして、心 、思考 、さらに 意識 を Control する 術 ( すべ ) を だんだんと 学んでいく。
   あらゆる 選択 は、
   信頼 、あるいは 恐れ によって 動機 づけられ、意識 に ひとつの 方向性 を 与える。


   Chakra System ( チャクラ 体系 )では、
   それぞれの Energy Center ( 気の中枢 ) には、特定の 力 ( Power ) が 内在 する。
   これらの Power は、
   最も 比重の重い 物理的な Power から 最も Aether ( エーテル ・霊気 ) 的な、
   あるいは Spiritual ( 精神的 ・霊的 ) な Power へと 上昇 していく。
   私たちが 人生で 直面する 体験 も、これと 同じ順で 起きていく 傾向 にある。


   第1、第2、第3 Chakra は、
   物質的、外面的な 力 ( Power ) との 関わりを もたらすような 問題 に 合わせられている。
   第4、第5、第6、第7 Chakra は、
   非物質的で 内面的な 力 ( Power ) に 合わせられている。
   そこには 私たちの 意識 を 拡大 ・成長 させる シナリオ が 書かれている。


   私たちは この 7つの 真理 を 知っている 状態で 生まれてくる。
   実は、私たちは 皆、これらの 真理 が 「 生物学的な かたち 」 をとった 存在 である。


   私たちは 物心 ついたときから、自分の属する 集団の 実践する 教え を 通して、
   この 真理 の さまざまな かたちを 学んでいく。
   教えられていることを 意識 していなくても、
   それは 私たちの 内面 で 自動的 に 目覚める ようになっている。
   身体で、心で、自然の秩序の 存在 を 感じる 体験 を通して、それは 目覚めていく。


   私たちは 成長 していくにつれて、
   これらの 真理 の 中身 を さらに 深く、はっきりと 理解 するようになっていく。
   そこに 含まれる メッセージ に 何かを 感じて 行動 したり、情報 を 象徴的 に 解釈 し、
   そこに 隠された Archetype ( 元型 ) がもつ メッセージ を 理解 したりするようになる。


   意識 を 外面の世界から 内面 に 向けていくにつれ、
   私たちは 象徴的 な ものの見方 を 学んでいく。
   内面では 私たちは みな 同じであり、
   直面する Spiritual ( 精神的 ・霊的 ) な 体験 も 全く同じ なのである。


   まわりにある 外面の世界 は 「 幻想 」 であり、一時的 なものである。
   言わば、物理的 な 舞台装置 である。
   内面 にある 同じものを 求めていけばいくほど、象徴的 な見方 が 力 ( Power ) をもち、
   私たちの 意識 を 拡大 ・成長 させる 体験 へと 導いていくようになる。


   参考文献 ”Anatomy of The Spirit ” より 一部引用


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 12. チャクラ と 身体 の 関連


Chakra 位置 霊的な学び 神経系 臓器系 内分泌腺 機能障害 ・疾患


Root




 尾骨
  付近




 地に足をつける
 生命力 創造性
 解放 手放すこと
 生存本能


 仙骨尾骨
  神経節




 生殖器系
 性腺
 排泄器官
 直腸 肛門 尿道


 性腺
 精巣
 卵巣



 泌尿器疾患
 生殖器疾患
 消化器疾患 痔




Sacral
仙骨



 臍下





 対人関係の
  倫理 ・尊厳
 セクシュアリティ
 性の意識や行動


 仙骨神経叢





 泌尿生殖器系
 腎臓 膀胱 性腺
 消化器系
 小腸 大腸 盲腸


 性腺
 ライディヒ細胞
 Leydig cell



 泌尿器疾患
 生殖器疾患
 消化器疾患




Solar Plexus
太陽神経叢



 上腹部
  正中
 鳩尾



 個人の尊厳
 個人の力
 自己敬愛



 太陽神経叢




 消化器系
 胃 十二指腸
 肝臓 胆嚢 膵臓
 脾臓 副腎

 副腎




 消化器疾患 癌
 消化器潰瘍 膵炎
 糖尿病 胆石 肝炎
 副腎疾患


The Heart
心臓



 胸骨
 中央部
 周辺



 慈愛 共感
 内的調和
 遠隔知覚



 心臓神経叢





 循環器系 心臓
 呼吸器系 肺
 気管支 乳腺
 免疫系 胸腺


 胸腺





 心臓 ・脳血管疾患
 呼吸器疾患
 自己免疫疾患
 細菌 ・ウイルス感染症



Throat
咽喉



 咽喉仏
  付近




 自己表現
 意志 創造力
 コミュニケーション
 遠隔聴覚


 自律神経系
 副交感神経
 胸髄神経節



 呼吸器系
 口腔 声帯 気管
 甲状腺
 副甲状腺


 甲状腺





 呼吸器疾患
 甲状腺疾患
 副甲状腺疾患
 コミュニケーション障害



The Brow
眉間



 前頭部
  中央
 鼻橋
  上部


 直観的洞察
 覚醒意識
 内的視野
 遠隔視覚


 自律神経節





 眼 耳 鼻
 副鼻腔
 松果体 下垂体
 脊髄 視床下部


 下垂体
 松果体




 副鼻腔疾患
 眼疾患
 内分泌障害 ・異常




Crown



 頭頂部




 高次の意識
 霊的探求
 内的探求


 中枢神経系
 脳神経系



 大脳皮質
 松果体



 松果体
 下垂体



 精神障害 ・疾患
 脳神経疾患




   参考文献 ”Vibrational Medicine ” / ”Anatomy of The Spirit ” より 一部引用


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 13. 癒されることへの 恐れ


   病 を 恐れるのと 同じくらい、癒されることを 恐れている 人 は たくさんいる。
   意識 している、いない にかかわらず、
   恐れ の 感情 が 癒し に どれほど 悪影響 を 及ぼすかを 理解 すれば、
   癒し の 過程 を 妨げているのが 自分 だということが 良く分かる ようになるだろう。
   「 人 は 当然 、誰でも 治りたい と 思っている 」
   こう考えることは 誤解 を 生むばかりか、危険 でさえありえる。


   病気 は、
   ふつうなら 望めないような 注目 を まわりから 集める 強力 な 手段 となりえる。
   そう考えてみると、病気 は 何かを 得るための 手段 として 魅力的 にさえ 見えて来る。
   また、病気 が、
   人生 を 大きく 変えなければいけない という メッセージ を 伝えてくる こともある。
   人生 の あらゆる 側面 で、人 は 何よりも 変化 を 恐れる。
   そのため、病気 よりも 変化 のほうを 恐れてしまい、
   必要な 変化を 起こすのを 先延ばし にするという パターン に はまり、
   それが 病気 となって 表れることもある。


   今日の holistic ( 全体論的 ) な 視点 にみられる 基本的 な 誤解 は、
   すべての 病 を、
   「 その人の 中 にある ネガティブ な 側面 が 引き起こした 結果 である 」
   と 定義 していることである。
   過去 の 悲しい 体験 や、心身 に 悪影響 を 及ぼす ネガティブ な 態度、
   あるいは 過去世 の 悪い 業 が 原因 となる、という 考え方 である。


   だが、ネガティブ であることだけが 病 の 源 ではない。
   病 は 身体 を 通して、それがなければ とても 足 を 踏み入れる ことはなかった
   学び や 洞察 へと 人 を 導いてくれる 場合 もある。
   意識 を 広げ、人生 の さらに 大きな 意味 を 理解 する 触媒 となる 可能性 も 秘めている。


   病気 は 恐怖 を 伴うことは 確かだが、それはまた、
   人を 「 人生の神秘 」 の 本質領域 へと 招き入れる 誘い でもある。
   私たちの 人生 は、さまざまな 神秘 の 連続 でできている。
   生きることの 意味 を 問いかけながら 人 は 生きていく。
   この 問い を 人生 の 友 として 扱い、
   自分 の 本質 の 最も 奥 にある 深層 へと 自分自身 を 導く ことによって、
   私たちは 「 内なる存在 」 を 発見する。


   病気 は、自分の中 にある 「 内なる存在 」 を 見つけさせてくれる。
   すべての 源、人類、そして すべての 存在 と ひとつである ということを 気づかせてくれる。


   参考文献 ”Why People Don't Heal and How They Can ” より 一部引用


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 14. 癒し に関する 誤解


   意識 と 病気 との つながり は、現在、多くの 考察 と 科学的研究 の 対象 となっている。
   否定的 な 思考 や、それが 私たちに 与える 影響 について 考えることは、
   人生 を よりよい 方向へ 向けてくれる。
   心身 と 気 ( Energy ) が 元来 もっている つながり に 気づくことは
   癒し を 触発 する 力 ( Power ) を 秘めている。


   内なる存在 から 促される 学び を
   慢性の 病、死 に 至るような 病 から得る 場合もあると、私たちは 悟らねばならない。
   病 を 通して 起こる 人の 変容 は、
   畏敬の念 とともに 長く 語り 継がれてきた テーマ であり、
   内なる存在 の 意志 を 信じる 心 は、
   劇的な 洞察 や 癒し をもたらす 可能性を 秘めている。


   内なる存在 から 促される 学び を 受け入れることは、
   Spiritual ( 精神的 ・霊的 ) な 成熟 に 向かっていくための 鍵 を 握る 行為 である。
   また、身体的、精神的 どちらの 困難 も 癒していく 鍵 でもある。
   病気が 霊的 な 危機 である場合も、あるいは 否定的な 性向 から 生まれたものだとしても、
   人間の 本性 は 癒し の 手段 を 求めるようになっている。
   しかし、病気 に 立ち向かう 人たちと 関わってきた 体験 を 通して わかったことがある。


   癒し を 得られない 原因 とは、
   自分の 治癒力 よりも、心 の 深層 に 存在 し、
   癒し を 妨げるほど 強い 力 ( Power ) をもつ 「 思い込み 」 の 方 に
   自分の 信頼 を おいてしまっている ことである。


   人の 精神的、感情的 な 力 ( Power ) を 完全 に 支配 し、
   癒し を ほとんど 不可能 にしてしまうほどの 力 ( Power ) をもつ 根本的 な 誤解 が 4つ ある。
   どれも 心 の 「 傷 」 の 意識 と 密接 に つながり、その 存在 を 支えている。
   そして、身体 を 修復 するよりも、逆 に 弱める 役割 をしてしまう。
   この 「 思い込み 」 の パターン は、
   癒し の 可能性 を 信じるという、希望的 な 信念 をも 凌駕 するほど 強力 なものである。


   なぜかというと、
   希望 にあふれた 楽観的な 思い は、癒し の 可能性 に 向けられたものであるのに 対し、
   病気 は 目の前の 現実 であり、
   癒し を 妨げる 強い 「 思い込み 」 が その 存在 を 支えてしまうからである。
   癒し は つかむことのできない 存在 だが、
   病気 のほうは、実際 に 感じ、時 には 見ることさえできる。


   このような 「 思い込み 」 の 支配力 を 打破 する 最も 効果的 な 方法 は、
   まず 自分が それを 信じ込んでいる ことを 認識 し、
   他 にも 同じように 信じている 人 がいるとしても、あくまでも それは ひとつの 「 思い込み 」 であり、
   かならずしも 事実 ではない、と 気づく ことである。
   それから、意識 して その 影響力 から 脱却 するように 努める。


   次回から 紹介する 予定の 4 つ の 誤解 の ひとつひとつ を 読みながら、
   自分に こう 問いかけてみよう。

    「 これは 自分も 信じていることだろうか? 」

   あらゆる 「 思い込み 」 は、抵抗 なしに 精神 から 離れることはない。
   しかし、本気で 真の 癒し を 求めるならば、
   癒し を 妨げる 「 思い込み 」 を 手放し、
   癒し の 可能性 を 信じる 信念 を つくり出していくしか 選択 の 余地 はないのである。


   参考文献 ”Why People Don't Heal and How They Can ” より 一部引用


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 15. 癒し に関する 第1 の誤解 ~ 心の傷


   人生の歩み のなかで 起きる 感情的、心理的 な 傷 に 影響 されない というのは、
   ほとんど 不可能 な 話 である。
   多くの 人々が、人生 は 心理的 な 傷 の 積み重ね であり、
   それを 癒す ことは ほとんど 無理 だと 感じるようになっている。
   傷 は 手放す ことができる、 という 考え方 に 対しても、こんなふうに 答える。

   「 あなたには わからない。 あの 体験以来、私 という 人間 は 変わってしまった。
    いまさら それを どうやって 変えられる というのか? 」


   このような 人々 は、トラウマ となるような 体験、悲しみ をもたらす 体験 をしてからは、
   新しい 体験 は すべて 自分 に もたらされた 「 傷 」 という フィルター を 通してみてしまう 傾向 がある。
   その後、人生 に 起きたことに 対しては、必ず 過去 の 体験 を 投影 する。


   新しい 人間関係 ができても、前と 同じ パターン が 繰り返されるのではないかと 疑ってかかる。
   縁 のできそうな 人 に 対しては、自分 は 過去 の 体験 のせいで、
   あなたを 完全 に 信頼 することは 決して できないだろうと 警告 を 発する。
   プライベート でも、仕事上 でも、人生 は とにかく 不運 の 連続 であり、それを 変えることは できない。
   自分 に やってくるはずだった 、やってきて然るべきだった 幸運 の チャンス を
   傷ついた 過去 が、すべて 奪い去ってしまったから、というのである。


   このような 精神状態 は ネガティブ なものであり、自分 を 限定 してしまう。
   敗北主義 にも 陥っているが、それを 維持 することで 大きな力 を 得る人もいる。
   期待 も 要求 もされず、限られた 責任 しかない 人生 を 過ごす 免罪符 が 与えられるからである。
   他の人 に 助けを 求めて 依存 し、その人の 罪悪感 を 利用 して、
   いつまでも 助けてもらうことを 可能 にしてくれるのである。


   このような 人は、感情的、身体的 な 虐待 を 受けたことを 理由 にして
   達成 できなかった、今も できないでいる クリエイティブ な 目標 について、残念 そうに、悔しそうに 語る。
   傷 は 過去 のものとして 水 に 流そう、などとは 言わない
   社会的 に 安心 できる 環境 を 提供 してくれる サポート ・ グループ を 探し求める。


   年 を 重ねる につれて、傷 から 一歩 踏み出し、異なる 人生観 へと 足 を 踏み入れるのは 難しくなる。
   このように 人を 動かしてしまう 力 と、保護 された 状態 に 慣れてしまうにつれ、
   自分 を 変えるのが どんどん 困難 になっていく。


   心の傷 を 強調 することは、傷 そのものと 変わらないほど 精神 に 損傷 を 与える。
   傷 について あれこれ 思い煩う ことは、それ 自体 が 自分 を 傷つけ、鞭打つ 行為 であり、
   意識 は 回復 ではなく、常 に ダメージ のほうへと 向けられる。
   ネガティブ な 意識状態 は、それに 見合った 肉体 しか つくり出すことはできない。
   ゆえに、健康 を 回復 することも 維持 することも できなくなる。


   人生 が 心の傷 によって 決定 づけられるという 「 思い込み 」 を 手放す のは 困難 なことである。
   この 誤解 を 正すのが 特 に 難しいのは、
   それが その人 にとって 便利 で 都合 のいいもの ( 正当化の理由 ) だからである。
   自分自身 の 失敗 や、何も 達成 できていない という 事実 を、
   人のせい ( 自分 は 被害者 ・犠牲者 ) だと 思わせてくれる。


   この 「 思い込み 」 を 手放す ただひとつの 方法 は、
   自分 の 人生 の 質 というものについて、もっと 自分 で 責任 を もつようにすることである。
   「 何々に なることもできたのに、傷ついた 過去 が それを 妨げた 」
   と 考えている 自分 に 気づいたら、
   その 不可能 な 「 何々 」 という 目標 を 満たす 一歩 を 踏み出す ことである。


   ≪ 自己探求 のための チェックリスト ≫

   1.人生 を もっと よくしていく 努力 を していないことに、何か 言い訳 を していないか?

   2.過去の 傷 を 誰かと 比べあってはいないか? もし、しているなら それは なぜなのか?

   3.傷 を もつ おかげで 自分 に 何か 力が ついたような 気 が していないか?

   4.心の傷 を、人 との 絆 を つくる 手段 と 考えてはいないか?


   参考文献 ”Why People Don't Heal and How They Can ” より 一部引用


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 16. 癒し に関する 第2 の誤解 ~ 孤独 への 恐れ


   to stand on one's two feet again → 「 再び 自分 の 足 で 立てるようになる 」
   これは、健康 を 取り戻す という 意味 で 使われる 英語 の 表現 である。
   つまり、自分 のことは 自分 でやり、ひとり立ち できる という 意味 である。


   しかし、心理的 に 傷ついた 人 にとっては、
   健康 になり、独立 するということは、孤独 になり、弱い 自分 を さらすのに 等しい。
   多くの人 にとって、この 勇ましい ひとり立ち、そして その 延長線上 にある 孤独 への 恐れ こそ、
   癒す ことができないという 膠着状態 の 核心 にあるものである。


   さらには、そういう人 は こう 信じている。
   いったん 癒されれば、ずっと 癒された 状態 のままでいられる。
   健康 の 訪れ とともに、感情的、心理的 な 支えの 必要性 も、何となく 消滅 してしまう‥‥‥。


   私たちは、毎日、いつでも、健康 を つくり出している。
   癒し とは、Spirituality ( 霊性 ) と 同様 に、終わりのない 継続 する プロセス である。
   癒し とは、心 の ニーズ が 完結 したことを 表すのではなく、心 を 開く 入り口 となるものなのである。


   癒し には ひとりで 勇ましい 努力 をしていくことが 必要 なのでは? と 思い込んでいるかぎり、
   私たちは 「 そんな 大変 なことを わざわざ 始めることもないだろう 」 という、
   きわめて 便利 な 言い訳 ができる。
   ささやかな 癒し の 一歩 を 踏み出す のでさえ、誰かに 依存 しなければならない 人 もいるが、
   健康 を 取り戻すために、自分自身 で 人生 に 変化 を 求めた 人 も たくさんいる。


   ≪ 参考文献 から、白血病 と 診断 された ある男性 の 例を 紹介 する ≫

   彼 は 診断 を 下されてから、二日 とたたないうちに、
   心 と 身体 との 関係 を 用いた 治療法 に 関する 本 を 手当たり 次第 読み始めた。
   生活 の あらゆる 部分 を 変えてしまい、アパート の 壁 の 色 まで、
   心 を 静められると 感じられた 色 に 塗り替えてしまうほどだった。

   友達 のなかで、彼の 行動 に 敬意 を みせてくれたのは ひとりだけだった。
   残りの みんなは 彼を からかうだけで、
   自然食 を 口 に するようになり、
   Spiritual ( 精神的 ・霊的 ) な道 の 実践 を 始めたときには、
   特 に ひどく 揶揄 された。

   やがて 彼 は 以前の 友人 たちは 接触 を 絶つようになってしまったが、
   最初 は 会いたい 気持ち が 残っていたものの、
   とにかく 健康 の 回復 に 100% 焦点 を 合わせた 生活 を 続けたかった。
   たとえ それが 沈黙 の中に ひとりで 生活 することを 意味 したとしても、
   癒し のために 必要 なら、
   喜んでやろうではないか という 気持ち だったのである。

   彼の 新しい ライフスタイル は、たしかに 孤独 な 一面 を 伴うものだった。
   だが、ひとりでいるということが、逆 に 彼 にとって いい友 となったのである。
   さらには、新しく 成長 していく 自分を 彼 は とても 気に入り、
   尊敬 できるようになっていった。

   ときには 以前 の 友達 との 付き合い が またほしいと 思うことは あったものの、
   自分の 強さ を 感じられ、自分で 生活 していけるという
   新しい 発見 を 楽しめるようにも なったのである。
   どんなに 寂しいときでも、
   自分の 未来 を ポジティブ なものとして 思い描き、
   寂しさ ではなく、友人 に 囲まれ、希望 あふれる イメージ を 描くことで 心 を 慰めた。

   2年 を 経ずして、病状 は あきらかに 快方 へと 向かった。
   後 に 彼 は 結婚 し、
   自然食 や Spiritual な道 の 実践 について 分かち合える 新しい 友人 たちを 見つけたのである。
  

   癒し のために 必要 となる 条件 は 人 によっては 厳しいものかもしれない。
   特 に、親しい 仲間の 一部、あるいは 全員 との 決別 を 要求 されれば なおさらだろう。
   誰もが 友人関係 を 手放すことを 必要 とするわけではないが、
   もし 必要 ならば、
   現実的 にみても それしか 選択 の 余地 は ないだろう。


   これまでの 友人関係 を 手放さなければならなくなったら、
   人生 は 繰り返される サイクル であることを 忘れないようにしよう。
   冬 のあとには、必ず 春 が 訪れる。
   孤独 、友情 は、それぞれ 異なった 時期 に 異なった 癒し の 役割 を 演じてくれる。
   あるいは、同じ 時期 でも、異なる時 に それぞれの 役割 がある。
   癒し は 永遠 に 孤独 を 必要 としているわけではない。


   ≪ 自己探求 のための チェックリスト ≫

   1.癒されてしまうと、サポート グループ から 捨てられる のではないか とか、
     同情 を 寄せてくれない のではないか と 恐れては いないか?

   2.癒された 自分を 思い描くとき、自分 ひとりでいるところを 想像 してしまわないか?

   3.癒される ということは、人との 別れを 意味 すると 捉えていないか?


   参考文献 ”Why People Don't Heal and How They Can ” より 一部引用


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 17. 癒し に関する 第3 の誤解 ~ 痛み に 薬 で 対処する


   身体的 な痛み、感情的 な痛み、どちらも、痛み は 病気 の 存在 を 示していることが 多い。
   あらゆる 痛み を ネガティブ なものとして 考えるのが 普通 である。
   しかし、痛み は 教師 でもあり、自分 の 身体 に 注意 を 向けるように 教えてくれたり、
   自分 を 弱くしてしまうような 状況 から 身を 離し、
   尊厳 をもって 力強く 行動 できるような 状況 に 身を 置くように 伝える メッセンジャー でもある。


   薬漬け の 現代社会 では、
   ほとんどの 肉体的 あるいは 精神的 な 痛み を 薬 で 忘れてしまおうとする 傾向 が 強い。
   CM は、頭痛、腰痛 を はじめ、想像 できる あらゆる 種類 の 症状 を 抑える 薬 を すすめる。
   慢性の痛み が、充実 した 人生 を 送るうえで 深刻 な 障害 となり、
   肯定的 な ものの見方 を 維持 するのを きわめて 困難 にするのは 疑い のない 事実 である。


   精神的、心理的 な 痛み は、私たちの 注意 を 引くための シグナル でも あり得る。
   修復 されるのを 懇願 している 精神 や 身体 の 部分 に 注意 を 向けさせる 役目 を 果たすのである。
   痛み を あまり 早く 薬 で 抑えてしまったり、抑え過ぎたりするのは、誤り かもしれない。
   本当 に 癒されたわけではないのに、そうだと 勘違い することが あるからである。


   癒し の 過程 の ある 段階 で、鎮痛剤 の 使用 が 欠かせないときもあるが、
   いつも 薬 が 必要 なのか、
   痛み が 自分 の 生活 について 伝えようとしていることから 目 を そらしていないかを
   きちんと 問いかけてみる 必要 がある。


   薬 は 往々にして 事態 を さらに 悪化 させてしまう。
   薬を 飲むと、身体 に 起きている 症状 を 体感 することができず、
   「 痛みの不在 」 を 治癒 と 同じことと 思い込んでしまう 可能性 がある。


   痛み の中へと 入っていくのを 恐れず、
   身体 を 修復 するのを 助けてくれる 味方 と考えよう。
   それは 身体が あなたの 注意 を 100% 引きつけられる ただひとつの 手段 かもしれないのである。


   薬の 依存症 を 認識 したら、徐々に 投与を 減らす 計画を 立てる。
   困難 であろうこの 課題 を やり遂げるのには、
   実際 に 摂取量 を 減らしていく前 に、もとの自分 に 戻っていく 過程 で
   手を 携え、心を 支えてくれる セラピスト と 接触 することを すすめたい。


   痛み の中に 入っていく 心の 準備 ができたら、そこで おそらく 誰かの 助け が 必要となる。
   どこから、あるいは どうやって 始めたらいいのかも わからないことが 多いだろう。
   ひとつの やり方 は、まず 自分の 観察 から 始めることである。


   一日の 生活の中で、自分の 内面 に 苦痛 を 伴う 思い や ものの見方 が
   どれだけ たくさんあるか 意識 を 向けてみよう。
   それが いかに 肉体的 な ダメージ を もたらしているか わかるよう、その 内容 を 書き留めてみる。


   自己像 が 痛ましい ものだったり、
   人生 は 苦痛 に 満ちていると 考えていたことに 気づく かもしれない。
   自己の 深層 の 核 の部分で 自分が 実は 悲観的 な 人間 であり、
   肯定的 な 面 は 割り引いて 考え、
   すべてを 否定的 に 眺めていたと 気づくことさえあるかもしれない。


   痛み が、実 は Spiritual な 課題 が 形 を 変えたものであり、
   自分では とても 想像 できなかったほど、精神 を 強靭 にする 手段 として
   あなたの 人生を 訪れていたとわかることも あり得るのである。


   ≪ 自己探求 のための チェックリスト ≫

   1.痛み を いつも 敵対するものとして みてはいないか?

   2.身体の痛み から 何かを 学んだことはあるか? それは何か?

   3.痛み に 対処 するのに、化学的 な 薬品 に 頼る 傾向 はないか?
     それとも 内面 に はたらきかける 方法 を 選ぶか?

   4.鎮痛剤 や 睡眠薬 に 依存 していないか?


   参考文献 ”Why People Don't Heal and How They Can ” より 一部引用


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 18. 癒し に関する 第4 の誤解 ~ 変化 は 不可能


   癒し に関する この 誤解 は とくに、人の 力を 衰弱 させる。
   病気 であろうと なかろうと、
   この 思い込み は 精神 の 内面 で 強い 影響力 を 持っているからである。


   変化 は 不可能 だと 私たちが 信じる 理由 は 簡単 である。
   誰 ひとりとして 変化 を 好む 人 は いないし、
   自分自身 が 変わることを 好む 人 は いないからである。
   私たちは すべてが 前と同じ、よく知っている 状態 のままがいいのである。
   恐ろしいことに、最悪 の 状況 でも 同じなのである。


   変化 は 片時 も 休まず 起きているし、避けられないもの であるにも かかわらず、
   私たちは、人生の 変化が 起きるのを 何とか 防ごうとするのに 多大な 努力を 払う。
   依存 することを やめたり、ボディ・ワーク を 日常的 に 行うだけで、
   癒し を もたらすのには 充分 な 変化だと 多くの人が 自分を 正当化 する。


   このような 変化 が 治癒 を 助けるのは もちろんだが、
   癒し を 妨げている 本当の問題 に 対しては、
   ほとんど 何も 貢献 しない。
   癒し には、外面的 なものだけではなく、内面 の 変化 が 欠かせないのである。


   自分の ものごとの 見方 や、
   どんな 行動 パターン を 変える 必要 があるのか よく 考えようとしないまま、
   病 の 癒し を 求めることは できない。


   自分 に 対して、
   「 自分 は いまの 人生に 満足 しているのだろうか? 」
   「 自分自身が 必要 としていることに 充分な 注意 を 払ってきただろうか? 」
   と 問いかけてみては どうだろうか。

   このような 問いかけは、自分自身 に 意識 を 向けさせ、
   人生の方向 や、自分の 本質 さえも 変えることを 余儀 なくさせるだろう。
   このようなことが 起きたとき、内面の 葛藤 が 始まる。
   自分の 本質 を 変えることは 結局 無理 だ、と 自分 に 繰り返し 言い聞かせる。

   そして 自分 に こう言う。
   「 いつも 自分 は こうだった。これが 自分という 人間 なのだ。」


   「 真の 変化 は 不可能 だ。」 という 思い込み は、人の 内面 に 深く 根ざすものである。
   すべてが、そして 誰もが この 真実 を 証明 しているように 思い込もうとする。
   それは なぜか?
   人が 変われない と 信じている 以上 に、自分自身も 変わりたくない からである。


   内面の 深層 に 変化 を 織り込んでいくには、
   これまで 直視 するのを 避けていた 自分の 内面 を しっかりと 見据える 必要 がある。
   自分の 内面 の中 には、意識 では 全く 気づいていない 部分がある.。
   それは、自分では 認めたくない、向き合いたくない 内面の 影 の部分 である。


   理由は 何 にせよ、内面の 影 の部分 と 直接 、対峙 する 必要 に 迫られるだろう。
   これは 生やさしい ことでは ないかもしれない。
   誰でも 自分の 闇 の 部分 に 飛び込んでいくのは 避けたいし、
   恐れ や ネガティブ な 性向 を 白日の下 には さらしたくないのである。


   参考文献 から、変化を 望まず 癒されなかった 例 と 変化を 望み 癒された 例 を 紹介 する。

   ≪ 変化を 望まず 癒されなかった 例 ≫

   卵巣癌 に 侵された ある女性 について。

   彼女 は まず、催眠療法 の セラピスト に 助けを 求めた。
   催眠状態 で、彼女 は 老いていくことへの 恐れ について 語り始めた。

   年をとるのは、美 や 性的な 魅力 を 失うこと、
   つまりは 女性 としての 力を 失ってしまうことでもある と 彼女 は 信じていた。
   彼女 にとって 老いとは 治療法 のない 病気 であり、
   年老いた 女性 として、自分よりも 若くて 魅力的 な 女性 を みるよりは、
   死 のほうが ましと 全身全霊 で 思っている、と言うのである。

   トランス 状態 から 戻ってきた 彼女 に セラピスト が この話をしてみると、
   彼女の 反応 は それを 真っ向から 否定 する というものだったのである。

   「 どうして 老いることを 恐れる 必要 が あるのですか?
   だって、自然な 生命の 流れですもの。 誰もが 皆 老いていくのです。」

   次の セッション で、セラピスト は、美しい 女性の 写真 が 載っている ファッション 雑誌 を 見せた。
   そして、モデル の 美しさ について 意見 を 求めた。
   ページ を めくるごとに 彼女 は 落ち着かない 様子を 見せ始め、
   「 お化粧の下 は、皆 ごく 普通の 女性よ。 」 と 言うのだった。

   セラピスト が、彼女自身が そのような 美しい 女性 に なった 人生 を 想像 するように 言うと、
   緊張 は にわかに 高まった。
   「 そんなことは まったくわからない。 」 と 彼女 は 言った。

   次 に セラピスト は 尋ねた。
   「 ここに 出ている 女性たちは、年齢 を 重ねていくことを 恐れているでしょうか? 」

   「 もちろんですよ 」 と 彼女。
   「 恐れない、なんて 無理 です。 顔が 財産 なんですから。
     それが なくなれば、キャリア も 人生 も 終わりよ。 年とった 女 を 求める 男 なんて いませんからね。」

   「 その言葉で、あなたは 実 は 自分のことを 語っているのよ。」 と セラピスト は 言った。
   「 そのことに 気づかなくては だめ。 この 恐怖 は 心の 本当 に 奥深く にあって、
     女性 としての 身体 が 老いる プロセス に 許しがたい 反感 を 持っているために、
     あなたは 女性性 そのものを 表す 臓器 を 破壊 しているのです。」

   自分の 病気 と、本人の 想像 によって 産み出された 老い の 恐怖 とは 何の 関係も ない、
   癌 は 仕事 の ストレス の 結果 、もしくは、運 が 悪かっただけだ と 彼女 は、言い張った。


   この 危機 に ついて、彼女 は 何か 別の 解釈 がないかと 考えることさえ できなかった。
   彼女 にとって、視点 を 変えるというのは 不可能 だった。
   人生を 変えることも、
   自分の イメージ を 変えないですむ 範囲 までしか 許すことが できなかったのである。


   ≪ 変化を 望み 癒された 例 ≫

   皮膚癌 に 侵された ある女性 について。

   彼女 は、どんな 種類の 治療法 でも 受け入れる 開かれた 心を 持っていた。
   さまざまな 可能性 を 調べた 彼女 は、
   瞑想の先生 でもある セラピスト と 出会い、週2回 の ペース で セッション を 続けた。

   「 表 に 出かけないときは、自分の 内側 に 入っていく 」 という 生活 が 続いた。
   セラピー の 一部 として、
   彼女 が まず 瞑想状態 に入り、それから 質問 に 答えるように 指示 された。
   100% 協力 する 態度 に なれるように、
   彼女 は 詩 を ひとつ 書き、リラックス して 瞑想状態 に入る前 に、数回 これを 復唱 した。
   「 内 に 入り、自分を 癒す。 戻ってくるのは 健康 を 取り戻した 私。」

   彼女 は こう語ってくれた。

   「 やらなければならないことだと わかっていましたから、
    抵抗 するよりは 進んで 協力 したほうが 自分 のためになると 思ったのです。
    誰かと 親しくなるのを 恐れているとは
    露 ほども 思ったことは ありませんでしたが、実 は そうだったんです。

    それに、狭い 空間 に 対する 恐怖症 があることが わかりました。
    鍵 のかかった 部屋 から 出られないのではないかという 恐怖 です。
    外 にいるのが 大好きなのは このせいではないかと 思います。
    おかげで 日光 に 当たりすぎたのも よくなかったのでしょう。

    セラピスト は、この 二つの 恐れ は、
    どちらも 『 近づく 』 ということに 関係している と 指摘 してくれました。
    いまは、密閉 された 部屋 にいるときには 自分 に 話しかけることにしています。
    もう 怖くないんだと 自分 に 言うのです。
    そして、何か 他の 恐怖 が どこか 自分の 内面 に 隠れていたら、
    どうぞ 出てきて 顔を 見せてとも 言います。 もう 何が 来ても 大丈夫 ですから。」


   この 変化を 望み 癒された 例 は
   癒し に ついて あまり 深刻 に 思いつめない アプローチ をとるという
   ひとつの ポジティブ な 選択肢 を 示している。


   ≪ 自己探求 のための チェックリスト ≫

   1.変化を 起こすべく 行動 するよりも、その変化 について 考えていることのほうが 多くはないか?

   2.変化とは エキサイティング な 冒険 ではなく、面倒 で 気分 が 沈むものだと 想像 してはいないか?

   3.変化が 起きると 人生の コントロール が きかなくなり、混沌状態 になると 思っていないか?


   参考文献 ”Why People Don't Heal and How They Can ” より 一部引用


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 19. 病気 は 人を 内面 に 向ける


   これまで 4つの 誤解 を あげてきたが、
   どれひとつとして 信じていないという人は、おそらく いないのではないか。
   これらの 誤解 は、あまりにも 広く 蔓延 しているため、
   そこに 付随 する 思考 パターン や 行動 パターン から 抜け出すには 大変 な 努力 を 必要 とする。


   始めの 一歩として、この 4つの 誤解 で 述べてきた、ポジティブ な 方法 を どれか 試してみよう。
   そして、癒し を 支える 役割 をし、
   大事 な 内面 の 変化 を 生むのに 役立つ と 思われる 他の 方法 を 加えていけばよい。


   途中 で 感じるであろう 絶望 や 疲労感 を 恐れる 必要 はない。
   いつでも ポジティブ で 強い 人間 で いられる人 は いない。
   最善 の 状況下 でさえも そうだ。


   本 を 読むと、癒し など 実 に 簡単 に できるように 書かれている。
   精神状態 を 変え、ポジティブ になり、行動 を 起こして、正しい 食生活 を しなさい‥‥‥。
   それほど 簡単 なら どんなに すばらしいだろう。


   だが、そうではない。
   何度 も 何度 も 自分 の 内面 を 見つめて、自分 の 信じ込んでいる 誤解 と 対峙 し、
   そこにある 恐れ や ネガティブ な パターン を 手放すことを 要求 される。
   これは、癒されたあとも 実践 していくことを 求められる。
   自分 の 内面 を 見つめ、病気 と 対峙 することを 学び、そこに 意味 を 見出すとともに、
   その プロセス を 通りすぎて、癒していくことを 求められる。


   自分自身 の 内面 に さらに 深く 入っていくしか、私たちに 選択肢 は ないのである。
   よく 使われる 表現 だが、
   外 に 抜け出す 方法 は ただひとつ、逆 に 内側 に 入っていくことなのである。   


   人生 そのものも、このような 誤解 の 中 を 通り過ぎていく 旅 であり、
   キャリア の 危機 、結婚 の 破綻 、愛する人 との 死別 などを 通し、
   途中 の さまざまな 段階 で 私たちは 何度も 同じ 恐れ と 対峙 することになる。
   例えば、
   友人 が 自分 を 羨むようになり、友 として 捨てられてしまう のではないか という
   恐怖 で 満たされてしまうこともある。


   人生 の あらゆる 体験 は、私たちを 自分 の 内面 へと 引っ張っていく。
   なぜなら、成功 しても 失敗 しても、
   自分 は 前よりも よくなっているのか、それとも 悪くなっているのかを、
   私たちは いつも 自問 し、
   自分 の どこが 一番 影響 を 受けたり、変わったりしているのだろうか と 考えるからである。


   病気 は 人 を 内面 に 向けさせ、
   自分自身 のことについて、もっと 意識 するように 要求 するのである。


   参考文献 ”Why People Don't Heal and How They Can ” より 一部引用


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 20. 自己発見 の 旅


   私たちは 誰 でも、同族意識 と 集団 の 世界観 に どっぷりつかった 状態 で 人生 を 始める。
   始めは まず 血縁集団 からである。
   同族意識 の 世界観 は、当然 ながら 集団 に 属する。

   殺人 は いけない、というような 普遍的 な 真理 もあれば、
   「 わが 宗教 だけ が 真 の 宗教 である 」 という 信念 のように、特定 の 集団 に 独特 のものもある。

   私たちの Energy Circuit ( 気の回路 ) は、
   理性 の 年齢 ( 7歳前後 ) に 到達 する 以前 でさえも、
   集団 の 長老 たち ( 親、教師、宗教 や 政治 の 指導者 ) の 影響力 を 通して、
   すでに 集団 の 信念体系 と つながっている。


   同族意識 の 考え方 の 枠 から 抜け出し、個人の意識 に 進んでいくのは、
   自分 と 世界 との 関係 が どうなっているのかを 問い始めるときである。

   「 自分自身 のことは どうなのだろう。
    自分 の 求めるものは どう 実現 していけば いいのだろうか。
    自分 は 何を 求めているのだろう? 」

   この プロセス は、きわめて 微妙 な かたち で 始まる。
   ひとつの 趣味 や 特定 の 食べ物 に 対する 興味 が だんだん 薄くなり、
   別の 活動 や 違う 種類 の 食事 に 関心 を 持つようになるのと 似ている。


   世界 に おける 自分の 場所 に ついて 見方 が 変わる ということは、
   趣味 を やめる よりは ずっと 深刻 な 問題 だろう。

   人生 に 対する 慣れ親しんだ 見方、
   そこにある すべてのものに 対する 見方 から 離れる というのは、
   不安 や 恐れ の 伴う プロセス なのである。

   枠 に はまった 同族意識 の 見方 から 個人 の 意識 へ の 移行 は 避けられない ものである。
   いちばん 慣れ親しんだ 世界が、もはや 自分 には 合わなくなる、
   という 瞬間 が、誰 にでも いつかは やってくる。


   私たちは、いまの 自分を 超えて 成長 していく ようになっている。
   年齢 を 重ねていく ことが 避けられない のと 同様 に、
   これも 避けることが できないものなのである。

   きっかけ は 感情的、内面的 な 危機 であることも あるだろうし、
   きわめて 単純 な 人生の 選択 が、
   予想 しなかった 方向 へと 自分を 導いていく ということも あるだろう。

   または 、とても 居心地 の よかった 場所 が、今度 は 居心地 が 悪くなってしまい、
   これまでの 自分自身の 歴史 が 朽ちて、
   その 異臭 に 息が 詰まるようにさえ 感じてしまう 瞬間 が 訪れる ことも あるだろう。


   自己探求 は、もたらすものも 多く、
   Spiritual ( 精神的 ・霊的 ) な 成長 のために 大事 なものである。
   だが、自分自身を 知る と いうことを どうも 私たちは 恐れてしまう ことが 多い。

   それは、癒し に 関する 第2の 誤解 で 述べてきたように、
   自分 に ついて 深く 知ろう とする プロセス を、
   身を 切るような 孤独感 と 関連づけて 考えてしまう からだろう。

   人 は 生まれつき 集団 の中で 生きていくように できているが、
   同時 に 家族 や 友人 、知己 を 得た 人たちだけではなく、
   あらゆる 生命 が 自分の 集団の 延長 であることを 学ぶようにも なっている。


   私たちは 躍動 する ひとつの 大きな エナジー ・システム ( 意識 ) の 一部 である、
   と 気づく ことが 求められる。
   慣れ親しんだ 状況 から 離れた、別の 自分を 知っていくことで、
   初めて これが わかるようになる。


   私たちは、
   いつも 必ず 誰かが 自分の 世話を 焼いてくれ、いろいろ 決めてくれる というような、
   誤った 安心感 を もたらす 環境 から 離れる 必要 がある。
   そのような 環境 のもとで
   人任せ の 人生を 生きることは、自分自身 の 知性 や 心の 中身 を 知ることを 妨げてしまう。

   逆 に、ひとりの 人間が 内面 へ と 旅 して まわりから 離れ、
   個人 として 自分を 確立 する 権利 と 必要性 を 別の 人間が 邪魔 することも、
   許されるものではない。
   これは、配偶者 だろうと、子供 であろうと、あるいは 友人 であっても 同じことである。


   個人 として 進化 していくためには、
   集団 との しがらみ から 自分 を 解き放ち、
   精神の深層 に あるものを 分析 して 内面 へと 突き進み、
   自分の 影 の 部分に 対峙 する 必要 がある。


   ある 行動を 起こす という 決断 は 、別の 行動の 可能性 を 排除 することでもある。
   理想的 な 選択 というものが ない場合 も 私たちは 受け入れる 必要 がある。
   最も 大切 なのは、選択 そのものではなく、その 選択 の 裏 にある 理由 なのである。

   何かを 恐れて 選択 すると、
   その 結果 は、満足 も いかず 不安定 なものに なりがちである。
   信じる 心を もって 下した 選択 の もたらす 結果 は、
   多少 の つまずき は あるにしても、
   おそらく 自分の 進む 必要 のある 方向 へと 導 いてくれる ことだろう。


   内面 が 変化 するにしたがって、生活 の 外面 も 変わっていく。
   こうした 順 に 変化 が 起きていくのは 自然 な 流れ であり、
   どれだけ がんばってみても、この 動き を 止めることは できないだろう。


   内面 の 炎 が 自分を 燃焼 しつくそうと しているなかでも、
   私たちは 自分 に とって いちばん 大切 な 人々 が 一緒 に 来てくれるよう 仕向けよう とする。

   家族 や 友人 に 自分の 体験 していることを 説明 し、少しでも わかってくれるようにと 願う。
   あるいは 、自分 は 内面 で 探求 している 心象 を 彼ら 自身 も 魅力 あるものと 感じ、
   目の 裏側 に ある 世界 に 飛び込んでいってくれるようにと 願う。
   それが うまくいく こともあるだろうが、だめ なことも 多い。

   自己発見 の 旅 に 出るという 選択 は あくまでも 信じる 心を もって 行われるものであり、
   誰が 一緒 に くるかということに 左右 される 性質 のものでは あり得ないのである。


   集団の 本能 とは、その構成員が 慣れ親しんだものから 離れ 、
   遠くまで行く 危険 を 冒しそうになったら 思いとどまらせよう とするものである。
   自己発見 に 向かう 旅 に 出ようとすると、おそらく 反対 に あうだろう。
   なぜなら、集団 とは、本質的 に 構成員 を まとめておこう とするからである。


   あなたの 中 に、自分の 体験 を 受けとめ、認めてもらいたい という 望み があっても、
   家族 や 友人 が 認めてくれない ことも 充分 考えられる。
   彼ら自身、同じ 体験 を しているわけでは ないからである。

   愛する 人たちに 囲まれていれば、
   あなたの 孤立 を 理解 することが なかなか できない かもしれない。

   表層 で 生きていれば 充分 幸せ なのに 内面 へと 飛び込み、
   自分自身の 人生の 深い 意味 に ついて 考える 必要 など ない のである。
   自己探求 が 人生の 変化 に つながる ことを 直感的 に 知っているため、
   そこを 避けて 通ろうとする のである。


   あなたの 自己発見の旅 は、
   自分でも 気づかないうちに 始まっていた 、ということもある。
   その サイン ( 兆候 ) は 予備知識 さえあれば 、すぐに 気づく ことができる。


   参考文献 ”Why People Don't Heal and How They Can ” より 一部引用


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 21. 内面の旅 への 気づき


   自己発見の旅 が 始まっている サイン ( 兆候 )


 1.慣れ親しんだ 環境 に だんだん 違和感 を 覚えはじめる。

   これは 仕事 や もっとも 親しい 人たちとの 関係 でさえも、
   何か 満たされない という 気持ち として 表れることもある。


 2.気分 の 落ち込み や 疲労感 に 頻繁 に 襲われ、それが なぜか わからない 状態。


 3.強烈 な 孤独感。

   この 孤独 は 終わり を 迎えることは ないという 不安 を 伴うことが 多い。


 4.何かが 大きく 変わった という 絶対的 な 確信。

   将来 が 何を もたらすのかは わからないが、
   もはや 過去 に 戻り、前と 同じ 生き方 を していくことは できないという 確信。


 5.自分が 何を 必要 としているかに 対する 強い 関心。

   それが 何なのかを 知りたい、自分の 体験 を 理解 してくれる 人 に、
   自分は 正当 なものを 求めていることを 認めてもらいたい という、抑えがたいほどの 欲求。

   目覚め の 体験 に 伴う 深い 孤独感 は、
   自分が まっとうな 体験 を しているのだという 何らかの 確認 を 必要 とする。
   このような 体験 を 理解 できる人 に 囲まれていない 場合 は 特 に そうだろう。

   例えば、人を 癒す 力 や カウンセリング など、思っても みなかったような 能力 が 現れ 、
   現実 が 前 とは 違って 見えるようになる。
   そこには、まわりの 人々 や 環境 から 出る 波動 パターン に 対する 感覚 が
   きわめて 鋭敏 に なる 現象 が 伴うことが 多い。

   これまで、まわりの 世界 と 五感 を 通じて かかわっていたところに 、さらに 別の 感覚 が 加わり、
   直観能力 が 目覚める 方向 へと 変化 していく。
   生存本能 や、いわゆる 「 腹で感じる 」 力 は 誰 にでも 備わっているが、
   この 新たな 感性 は、それよりも ずっと 深い 直観能力 の 現れ を 示している。


 6.時間 に 対する 感覚 の 変化。

   同族意識 のもとでは、時間 とは、
   人を 若者 から 老年 という 人生の 各段階 を 経るよう 進めていく 外面的、直線的 な 力 になる。

   何が 達成 できるのか、どれだけ 早く 成功 を 収めていくかは 、
   集団の 速度 に 合わせて 調節 されている。

   癌 が 完治 するには、
   1年間 の 治療 と 5年間 の 良好 な 健康状態 が 必要 であると 集団 が 考えた とすれば、
   同族意識 を 信じる 者 は 自分 にも 同じことを 予測 するだろう。

   しかし、個人の 意識 の 領域 では 、意識 のもつ 力を 発見 していくにつれて、
   時間 は どんどん 相対的 なものとなる。
   かわりに 、自分の 手 に 本来の 力を 取り戻し、内面的 な 自己 を 癒す ことで、
   身体の 回復 の 速度 に どれだけ 影響 を 与えられるかを
   追求 してみる という 選択肢 が 出てくる。

   この 時間感覚 は 何かを 自分 のために つくり出す 速度 にも あてはめられるようになる。
   「 新しく やり直すには 年を とり過ぎた 」 と 考えるのではなく、
   年齢 は 創造性 や 愛、
   そして 人生 を 楽しむことと 何の 関係も ないのだと 信じることもできるのである。


 7.ある種の 食べ物、繊維、環境 にある 毒素 、アスピリン や 一般的 な 風邪薬 などに 対して 敏感 になる。

   それまでは 何の 症状 も 起こさなかったような 物質 、
   例えば 小麦 や 乳製品、カフェイン などが アレルギー 反応 を 引き起こす ようになったりする。


 8.自己啓発 に 関する いろいろな 分野 への 関心 が 強まる。

   自分で 選んで という場合 もあるし、必要 に 迫られて ということもある。
   自分の中 に 何か 新しい Identity ( 独自性 ) が 生まれているという 感覚。
   新しい 野心 に 目覚めたり、
   まったく 新しい ライフ スタイル を 望んだりする 気持ち が 伴う 場合 もある。
   都会 での 生活 を 離れて 田舎 で 暮らしたり、収入 が 減っても、自由時間 を もっと 増やしたり、
   自分の やりたいこと をする 道 を 選ぶかもしれない。


 9.これまで 感じたことのない ほどの 深い 解放感。

   長い間 自分を 同じ 行動 パターン に 縛りつけていた 見えない 鎖 が、
   成長 する 魂 の 大きさに もはや 合わなくなり、それを 断ち切って 自由 に なれたような 感覚。


10.自然 に もっと 触れたり、ひとりになる 時間 を 増やすことが 必要 になる。

   既成宗教 に 対する 不満 が つのり、
   Spiritual ( 精神的 ・霊的 ) な 道 を 探求 する 必要性 を 感じる。

   深い 瞑想状態 や、新しい 人生の道 を 歩んでいく 使命 を 感じたり、
   場合 によっては Kundalini ( クンダリーニ ) の 覚醒 など、Spiritual な 体験 が 始まることもある。


11.果てしなく続く 倦怠感。


12.以前 は 満足 と 充足感 を もたらしてくれたもの すべてに 対する 興味 の 喪失。


13.対症療法 による 医学措置 では うまく 対処 できない 病気 の 発生。


   個人の 意識 へと 向かう 道を 歩もうとする 者 は、
   誰もが このような サイン ( 兆候 ) の どれかを 体験 することになる。
   このいくつかを 同時 に、あるいは これを すべて 体験 する 人 も いることだろう。

   どれも ある種の 課題 を 表している。
   炎症 や 不快 な 症状 が 発生 し、それを 何とか 軽減 したいと 思ったり、
   新しい 技能 や 能力 が 欲しくなったりする。

   このような 難題 に 耐え、それを 解決 していく プロセス は 、
   自分の 歩んでいる 道 が、よく 砂漠 での 体験 に 例えられたり、
   魂 の 闇夜 とも 呼ばれたりする 自己探求 の 旅 で あることの 証 である。

   個人の 意識 と いう 領域 へと 成長 していく には、
   ある程度の 痛み と 不快感 が 生じるのは 避けられない ことなのである。
   だが、同時 に
   さらに 高い レベル の 知識 と 満足感 を もって 躍り出てくる チャンス をも 与えている。
   旅立ち に 際して 直面 する 困難 の 裏側 には 、
   本来の 人生の 目的 に 至る 大きな 喜び と 満足感 が 隠されている のである。


   参考文献 ”Why People Don't Heal and How They Can ” より 一部引用


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 22. 個人の意識 の 目覚め


   個人の力 を 中核 とする 意識 に 移行 していくと、
   自己発見 の 過程 に 終わりはない ということが わかってくる。
   自己 を 表現 し いたわる ということが、当たり前 のことになってくる。

   自分の ニーズ が 何かを 探求 し、それを 口 にすることが 許されるようになる。
   自分を 愛し、きちんと 世話を してやる 必要 が あることが わかり 始めるのである。
   自分自身を 愛する という 考え に 次第 に 抵抗 を 覚えなくなってくる。

   個人の意識 には 、さまざまな ものごとに 関して、
   他とは 違う 優先順位 、語る言葉 、独自の 価値観 がある。
   これまでよりも ずっと 多くの 課題 に 直面 させられているように 感じられる かもしれないが、
   それは 、眠っていた 可能性 の 扉 の 鍵 を 開けたからである。

   自分が もつことさえ 許さなかった 能力 や ものの見方、それに 気の力 を 使う ツール などが、
   実 は 内面 に あることが わかってくるのである。


   自己愛 というのは 、比較的 新しく、しかも 非常 に 誤解 されている 概念 である。
   最初 のほうの 段階 では 、自己耽溺 や ナルシスト 的 な 傾向 として 表れることもある。
   これは 、今まで 考えてもこなかった、
   守るべき 自分の 境界線 を きちんと 押さえるという 課題 を 私たちに 要求 してくるのである。

   自己耽溺 や ナルシスト 的 な 傾向 の 段階 に 続くのは 、
   自分自身 の 感情 を 探求 するという 真 の 必要性 である。


   一番 いいかたち で 表れる 自己愛 とは 、まず 自分自身 を いたわる ことができて、
   現在の ライフ スタイル の中で 自分自身 を 育み 、
   新たな 生命力 を 得るような 選択 が できることである。
   これが 、例えば 毎日 必ず 運動 をする 、ということを 意味する 人も いるだろうし、
   定期的 に 都会 を 離れ 、自然の 豊かな 場所 に 行くこと だという 人も いるだろう。


   自分 に ついて 学び 、自分を 愛することを 学んでいく中で、
   何が 表面 に 出てこようとも 大切 な 点 は 、

   「 自分自身 に 対し、選択 する 権利 を 与え 、自尊の念 を もって 接してあげる。」

   ということである。 そうすれば 、

   「 自分を 愛する ことが できなければ 、互いを 愛する ことなど できない。」

   という 真理 を、身を もって 発見 できるだろう。


   「 個人の意識 」 に 対して 自分を 開くことの 最も 意義深い 側面 は 、
   新たに 感じられる 癒し の 空気 が、健康 な 人間 に なるのは どういうことか について、
   これまでと まったく 違う 見方 を 提供 してくれるのである。

   健康 な人 とは 身体 に 病気 の ない 人だ、という 旧来 の 不正確 な 定義 を 超えて、
   健康 は まず 何よりも 第一 に 、意識 が 決定 するものに なっていく。
   身体上の 病 、とくに 苦痛 を 伴う 病気 を 実際 に 抱えている 人で あっても、
   病 の 内 に 学び と 意味 が 存在 するという 信念 は 、
   自分を 支えていく 希望 と 力 を 与えてくれる ことだろう。


   健康 で あるためには Spiritual ( 精神的 ・霊的 ) な 気づき が 求められる。
   この 気づき は 、健康 と 癒し を 維持 していく プロセス の 根本的 な 一部 と なっている。


   究極的 には 、自己 の 深い 部分 に ついて 学ぶことは、健康 だけではなく、
   物理的 な 意味 での 生活 の あらゆる 面 の 質 を 高めてくれる。
   目標 は 、この 身体 で 生きる 人生 を 100% 受け入れ 、楽しむ ことに あるのである。


   参考文献 ”Why People Don't Heal and How They Can ” より 一部引用


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 23. 象徴視点 の 力


   私たちが 得られる 洞察 の中でも、象徴視点 は 、
   他 と 比べようも ないほど 強い 力 を 持っている。
   Archetype ( 元型 ) の 領域 に ふれることで、人生 で 起きる 出来事 の 「 物理的 な 」 意味 を 超えて、
   内なる存在 、意識 を 進化 させるために 与えてくれた 機会 として
   それを みることが 可能 になるからである。

   物理的存在 よりも 真 の 「 現実 」 であり、
   手で 触れることが できるものよりも ずっと 強力 なのだと 神秘家 たちが 語ってきた 次元 が、
   象徴視点 によって 見えるようになる。


   個人意識 に 比べても、象徴意識 は 、
   よけいな 干渉 の 少ない 状態 で 内なる存在 と 遭遇 できる。
   永遠 と 呼ばれている 高次 の 波動 レベル を 知覚 し、それを 豊かな 内的体験 として、
   Spiritual ( 精神的 ・霊的 ) な 出合い として、
   あるいは 何らかの 神秘的 な 体験 として 顕現 させることが できるのである。
   また、自然 との 深遠 な 関係 、創造性 の 表現 、
   さらには 尋常 ではない レベル の 創造的洞察 、突破口 、解決策 などの かたちを とることもある。


   例えば 、何か 深刻 な 病気 の 診断 を 下されたとする。
   そのような 診断 をされると、
   ほとんどの人は ショック を 受け、場合 に よっては 怒りさえ 感じるが、
   これは ごく 自然 な 反応 だろう。

   しかし、いずれは 、この新しい 状況 に 対処し、
   外からの 何らかの 処置 を 受ける 必要性 を 感じ、薬 を 飲み始める。
   治癒 を 助けるように、食べ物 も 変えるかもしれない。


   何週間かが 過ぎて、自分の 願っていた 結果 が もたらされないとき、
   心の中で ある声 が ささやき 始める。
   「 なぜ こんなことが 自分の身 に 起きるのだろう。
     ちょうど すべてが うまくいっているというのに ……。」

   あるいは こう 尋ねる かもしれない。
   「 別 に 驚くことじゃない。 いつも 自分 には ひどいことばかり 起きる。 もう 慣れている。
     奇跡 など 起こるはずもない ……。」


   そして うつ状態 が やってくる。
   まわりの人たちは みな 、何とか 希望 を 持たせようとするが 、
   自分の 生きている 世界 の どこにも 希望 など 残されているとは 思えない。
   すると、自分の 置かれている 状況 を まったく違う 見方 で 解釈 してくれる 内なる意識 が 現れる。

   そして こう言うかもしれない。
   「 私たちは 誰でも、自分が 犠牲者 であるように 感じる 部分 を もっている。
     それを 考えてごらんなさい。
     親密 な 関係 に なったときに この 犠牲者 の 部分 が 表 に 出てくる人もいる。
     何か 意見 を 求められると 出てくる人もいます。」


   新しい アドバイザー に 、それは よくわかる、と あなたは 答える。
   自分を 含め 今の 例 全部 に 当てはまる人を 知っているとも ……。

   「 そのとおりです。」 と 言われる。
   「 みんな 犠牲者 を 自分の 内 に 抱えています。
     だからこそ、
     その 犠牲者 の 部分 を 自分自身 のものとして 捉え 、影響 されては いけないのです。
     人間の 心理 を 形づくる、ごく 自然 な 一部 に 過ぎないのですから。」

   そして、今度 は こう 聞かれる。
   「 もしも あなたが、自分の 内面 にある そういう 部分 に 直面 し、
     その 悪い 影響力 を すべて 打ち払う 機会 を 与えられるとします。
     それを あなたは 受け入れますか?」


   一瞬 考えた あなたは 、やってみるだろう、と 答える。
   すると、その部分 を 手放す ということは 、
   直接 体験 する 性質 のもので なくてはならない、と言われる。

   自分の 犠牲者 の 部分 に 真正面 から 対峙 しなくては ならないし、
   出合う 状況 も この力に 対抗 できるような 力をもつ 部分 を 発見できるように 、
   犠牲者 が 最も 強力 に 現れてくる 状況 となる。

   いいでしょう、と あなたは 答える。
   すると、身体 に 病気 が 起きる。 これが その 機会 なのである。

   そこで、あなたは また 尋ねる。
   「 どうやって 内なる 犠牲者 と 直面 したら いいのでしょうか?」

   「 病気 は 自分 を 犠牲者 だと 感じさせますか?」 と 尋ね返される。

   「 はい、何の 力 もなく、汚され 、打ちひしがれ 、身体 に 裏切られたように 感じます。
     怖いのです。」

   「 そうしたら、その気持ち に 焦点 を 合わせてごらんなさい。」

   あなたは こう 指示 される。
   「 病気 に 、では ありませんよ。 そして、これから言う 真理 を 導き としなさい。
     難題 が 起きても、それを 決して 自分自身 のものと 考えて 打ちのめされては いけません。
     それが 病気 であろうと、人間関係 に まつわる 心の傷 だろうと、
     仕事の面 での 危機 でも 同じことです。

     最初 の ステップ は 、その 難題 から 自分 を 分離 することではなく、
     その 危機 が あなたの 内面 に 引き起こす、
   「 自分は 犠牲者 である 」 という 感情 に しっかりと 直面 することなのです。

     2番目 の ステップ は 、その 気持ち の中に 、真直ぐ 入っていくことです。
     問題 は 病気 ではありません。
     このことを 毎日 100回 でも、必要 ならば 1000回 でも 繰り返しなさい。
     問題 は 、病気 が あなたの 内面 に 引き起こす 力 の 喪失感 なのです。」


   「 そうしたら、今度 は 自分に 力 を 与えてくれる ようなものを 探し求めて いきなさい。
     身体 に 力 が みなぎるような 選択 をするのです。
     信じる 心 、という 概念 を 育み、
     内面 にある 自分の 魂 と さらに 親密 になるには どうしたらいいか を 考えるようにします。
     問題 は 病気 そのものではない 、
     ということを 自分 に 繰り返し 言うことを 忘れないように。

     あなたは これまで、いつも 打ちひしがれ 、
     怖くて 仕方がない という 気持ち にさせてきた 内面 の 部分 と 直面 しているのであり、
     病気 は 、その怪物 に 真剣 に 立ち向かっていくための 手段 でしかないのです。」

   「 そして、自分の もっている 強さ に 意識 を 向けなさい。
     それが どんなに 些細 なことのように 思えても、
     毎日 自分 が 達成 できたことを 祝福 してあげましょう。
     象徴的 にみれば、どんなことでも 達成 すること 自体 が 大変 なのです。

     いつも 自分に 影響 を 及ぼしてきた パターン を、強さ、弱さ の 両方の 面から 探してみなさい。
     そして、力 を 弱めるほうに はたらく パターン に 対し、
     その姿 を 見せるように 招いてあげるのです。
     一日ひとつでも かまいません。
     それが 何かを 見極め、同じ パターン に はまらないように 、
     今までとは 違う 選択 が できるようにするためです。
     そして、実際 に 新しい 選択 をしてごらんなさい。」


   「 日一日と、あなたの 内にある 犠牲者 は 力を 失い、勝者 が 強くなっていきます。
     日一日と、自分の 人生 との 絆 が 深まっていくのを 感じるでしょう。
     振り回されてしまう 人生 ではなく 、自分の 力 で 方向 を 定めている と 感じられる 人生 です。
     それが あなたの 人生 の あるべき 真 の 姿 です。
     生きたいと 感じさせる 人生 でなくては ならないからです。
     力を 得るということは、自分 には 何でも できる という 気持ち に させてくれるものなのです。」


   「 やがて ある日、
     もはや 内なる 犠牲者 のことを まったく 意識 していない 自分 に 気づく ことでしょう。
     新しい 人生 を つくり出していくことでも、
     あるいは 充実 して 生きてきた 人生 の 終わりに それを 手放す ことで あろうとも、
     直面 せねばならないことならば 、
     何でも 直面 していける 強さ が もう あなたには あるのです。

     生きるという 体験 自体 が、
     普遍的 な 意味 で 非個人的 な 性格 のもの であることを 悟りながらも、
     自分の 人生 に 個人的 に 深く かかわっていく。
     これこそ、まさに 自分を 知る、ということの あるべき 姿 なのです。」


   ここで 一例 を あげてきた、Archetype ( 元型 ) という 観点 から ものを 眺める 見方 は 、
   自分の 内面 に 育むことができる 視点 の 中でも、
   もっとも 満ち足りた 解放感 を もたらす 力 を もっている。

   これを 同族意識 の 力 、個人意識 の 力 と 組み合わせる ことにより、
   象徴意識 は 、ネガティブ と 思える 人生 の 難題 を 解釈 し、たとえ それが すぐにわからなくても、
   その一つひとつが 実 は ポジティブ な 贈り物 であると 気づく 力 を 与えてくれる。


   象徴視点 は 、時間 を 超越 する。 永遠 を 視点 に 据えたものであり、
   人間の 体験 の 範囲内 で これまで 得られた すべての 真理 を 含んでいるものである。

   このことに 気づけば 、
   あらゆる 世代 、あらゆる 文化 に 属する 偉大 な 師 ( マスター ) の 教え に 、
   誰でも 自由 に アクセス することが できるし、
   今日 の 状況 に あてはめることにも 何の 障害 もない のだと わかる。

   今日 の さまざまな 危機 は 、まだ これから 顕現 する 出来事 、
   すでに 起きた 出来事 すべてと つながっていること、
   そして、現在 ( いま ) という 瞬間 に 自分が どういう 反応 を するかが、
   過去 、未来 の 両方 に 影響 を 与えることに 気づく ことも できるのである。


   参考文献 ”Why People Don't Heal and How They Can ” より 一部引用


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 24. 象徴意識への移行


   どんな 状況下 でも、
   その出来事の 裏 にある 意味 を 捜し求める という 選択肢 が 私たち にはある。
   場合によっては 、それは 単 に 、
   自分 に 起きた 出来事 には 何か プラス 面 の 理由 があるはず であり、
   縁 があって 適切 なときが 訪れれば その意味 は 明かされる、と信じるだけであるかもしれない。
   危機 が 訪れているときに この考え方 が 容易 にできる とは 言い難い。
   病気 が 生死 を 分かつようなときには なおさらである。
   しかし 同時 に 、
   これは 最も強い 力 と 明晰 な 洞察 を もたらす 反応であることも 確かである。


   危機 に 反応 するのに 、私たちは 、集団 、個人 、象徴視点 という 三つの 力 を、
   自分 が 身 につけた 順 に 使っていく。
   歴史的 にも、個人としても、これはまったく 同じ プロセス である。
   反応 は 自動的 ともいえるものである。
   状況 に 対処 する やり方 を プログラム されているのである。

   例えば 、病気 の 診断 を 受けると、まず 最初 の 反応 は、地震 に 対するものに 似ている。
   足もとの 世界 が 根底 から 揺るがされる。
   まったく 予期 していなかった 何か 強力 なことが 起こり、
   人生 で いちばん 大切 なものを 変えてしまうかもしれない。
   まわりの 人間 との 関係 や、仕事 の 先行き も 例外ではない。

   このような 段階 で、少なくとも すぐに 肯定的 な 面 を 考えたり、
   地平線 の 彼方 から 希望 の 光 が さすのを 見る ということは ほとんど 不可能 に 近い。
   このため、私たちは まず 病気 に 対して 同族意識 で 反応 しようとする。

   これほどの 脅威 を 与える 可能性 のあるものは、
   最初 に その 物質的 レベル での 意味合い を つかむ 必要 があるからである。
   その 病気 について 理解 を 深め、どんな 措置 の 可能性 があるかなどを 知り、
   病 に 対応 していけるように 生活 を 変えていかなければならないと考えるからである。


   病気 という 危機 が、低いほうの Chakla ( チャクラ ) を 通して 同属意識 に 浸透 したあと、
   それは 徐々 に 個人 の 心 へと 入っていく。
   この 移行 は 重大 であるとともに 、大きな 恐れ を 伴うものである。
   なぜなら、同族意識 の レベル で考え 、行動しているうちは 、
   私たちの 体験 も 集団 の 支援 を 受けることができるからである。

   しかし、それが、個人 の 領域 へと入り、心理的 、感情的 な 反応 を 引き起こすとき、
   私たちは 自分だけで やっていかなければならなくなる。
   明日は どんなことに 直面 しなければならないのかを 思いめぐらせながら、
   夜中 に ベッド に 横たわる 自分に 囁きかけてくる 恐れ を 黙らせることは 誰にも できないのである。


   だが、この 恐れ に 満ちた 旅 の 真っ最中 に 、
   絶望 から 抜け出し、内面の対話 を 求める 機会 が やってくる。
   そして そこからは 、物理的 な 状況 を 超越 した 内なる声 や 洞察 が 現れることも 充分 ありえる。
   そのときこそが、象徴意識 への 移行 なのである。
   この対話の 三つの 段階 は 、次のような パターン で 起こる。


   集団意識

   家族 が、「 この 病気 は みんなに 起きていることで、一緒 に 闘っていこう 」 という 考えをとる。
   医師 は 、データ を 挙げ、医療措置 について 他の患者は この 病気 に どう 対処 したかを 説明 する。
   共通 しているのは 、この 病気 は 集団 として 立ち向かっていくべきもの、という 認識 であり、
   そこにある 根本的 な 問い は 、
   「 なぜ 私たちに こういうことが 起きているのか、どうやって 一緒 に 対処 していくべきか 」 となる。


   個人意識

   いま 直面 しているのは 、実 は 個人 としての 自分 が 対処 すべき 問題 なのだという、
   実際 の 姿 で 病気 を 捉えられるようになる。
   それは 、「 私たち 」 ではなく、「 自分 」 に 起きている ことなのである。
   そのあとに 出てくる 問いかけ が、普通 最も 深い 恐怖 を もたらす。
   「 こんな目に あうなんて、自分 は いったい 何を したというのだろう? 」。
   なぜ 自分 に 、ということさえ 分かれば 対処 していけるかのように 思ってしまう。
   この 段階 では 、自己憐憫 の 感情 や、うつ状態 が 精神 に 浸透 し、
   身体 の 病気 と 変わらぬほどの 深刻 な 危機 となることもある。


   象徴意識

   このような 状況 で、どんな 医療措置 よりも 自分 を 助けてくれる 考え方 がある。
   それは 、いま 起きていることを そのまま 額面どおり 捉えて 反応 するのではなく、
   象徴的 に 捉えていく 力 である。

   「 どうして 自分 に? 」と 問いかけるよりも、さらに 深く、より 真実 に 近い 問い は、
   「 どういう 理由 で これが 起きているのか、どんな 意味 があり、
    どうすれば いちばん いいかたちで 対処 できるだろうか 」 というものである。

   いま 起こっていることを、できるかぎり 自分 を 超越 した 視点 から 思い描き、それができたら、
   まさにその 瞬間 に 、自分 に 最も 大きな 力 を 与えてくれる 対処方法 は 何かを、
   この 新しい 視点 から 考えてみよう。
   自分 が 直面 している 危機 を、まったく知らない人 に 起きている と いうふうに 考えてみて、
   自分なら その人 に どんな 助言 を 与えられるかを 問いかけてみる。

   すべては 「 理由 ( わけ )」 が あって 起きる ことであり、
   その 理由 を 受け入れ、信頼 することが 不可能 を 可能 にする 力 を もつ、
   という Supiritual ( 精神的 ・霊的 ) な 道の教え を 参考 にするとよいだろう。


   この 視点 に 自分 を 置くことができれば、
   内なる声 や、きわめて はっきりとした 洞察 を 得ることも 可能 になる。
   象徴的 な 次元 からは、
   今という 瞬間 を 遥かに 超えて、病気 を 人生 全体 の 文脈 で 捉える こともできるようになる。

   内面 にある Archetype ( 元型 ) の パターン を はっきりと 認識 し、理解 するとともに、
   その部分との 対話 も できるようになり、人生 の 浮き沈み を つくり出してきた 難題 が、
   実 は 繰り返されている ということも はっきり みえるようになる。

   この プロセス を 通して、
   人生 という 自分 に 与えられた 「 謎 」 を 生きていくことが 、ずっと やりやすくなるだろう。
   それは 、この 「 謎 」 の中から 安心感 を 引き出す 手段 を あなたが 身につけていく からなのである。
   たとえ 人生 に 答え が わからない 部分 が あったとしも、
   もはや それが 原因 で 過去 に 執着 し、前 に 進めなくなる ということは なくなり、
   逆 に 自分の 進化 の 道 に ついて さらに 深く、豊かに 知ることが できるようになる。
   これこそ、真の 洞察 が 得られやすい 環境 である。

   象徴意識 は 、内面 に ある 恐れ を、ただの 意味のない 言葉 にしてしまう 力 を 秘めている。
   象徴視点 を もつことで、病気 という 物質界 での 難題 に 、
   「 永遠 」 というものに 対する 実感 を 手 にして 立ち向かっていく ことができるのである。


   ここに 挙げた 三つの レベル の 力 を、
   内面 の 自己 がどう 展開 していくかを 示してくれる モデル で あることを 念頭 において、
   今度 は 「 癒し 」 という 「 謎 」 と 自分 との 関係 に 向き合う ときが 来るのである。


   参考文献 ”Why People Don't Heal and How They Can ” より 一部引用


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