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| 11. 気の中枢 ( Energy Center ) |
人の身体 には Chakra ( チャクラ ) と 呼ばれる 7つ の Energy Center ( 気の中枢 ) がある。
この Chakra には、私たちが 高次 の 意識 に 進化 していく 過程 で 学んでいく、
人に 共通 の Spiritual ( 精神的 ・霊的 ) な Lesson ( 教え ) が 隠されている。
古代から 伝わる この 教え は、
人の Energy System ( 気系 ) の姿、その動き や、傾向 について、驚くほど 正確 な 描写 をしている。
Chakra System ( チャクラ 体系 ) は、
人の成熟の 過程 に見られる 7つの 明確 な 段階 を、
Archetype ( 元型 ) として 描写 したものである。
Chakra は、身体の 脊髄の 基底 から 頭頂 まで、縦一直線 に 並んでいるが、
これは私たちが 物質世界の 誘惑 を 徐々に 克服 することによって、
神性 へと 昇華 していく 過程 を 暗示 している。
Chakra にある 学び を マスター していくにつれ、人は 力 ( Power ) について、
また 自己 についての 知識 を 得て、それが 自分の 魂 に 統合 されていき、
高次の Spiritual ( 精神的 ・霊的 ) な 意識 に 向かう 道を 前進 していくことができるのである。
7つの Chakra に 表される Spiritual な 学び を 要約 する。
第1 Chakra 物質世界 についての 学び
第2 Chakra Sexuality ( 性の意識や行動 )、仕事 、物欲 についての 学び
第3 Chakra Ego ( エゴ ・自我 )、人格 、自己敬愛 についての 学び
第4 Chakra 愛 、赦し 、慈しみ についての 学び
第5 Chakra 意志 、自己表現 についての 学び
第6 Chakra 知性 、直観 、洞察 、叡智 についての 学び
第7 Chakra Spirituality ( 精神性 ・霊性 ) についての 学び
これらの Spiritual な 学び は、高次の 意識 へと 私たちを 導いてくれる。
これらの Spiritual な 学び の 必要性 と 責任 を 無視 すると、
その Energy が 病気 となって 現れる。
これは、病気 とは Inner Power ( 内面の力 ) が 枯渇 した状態 であると 捉えることができる。
私たちの 身体系 にある 7つの Energy Center ( 気の中枢 ) には、
それぞれ、7つの 真理 のうちの ひとつが 内包 されている。
この 真理 は、内面で 脈動 を 続け、
その力の 適切な使い方 に 沿って 生きていくよう、私たちを 導こうとする。
私たちは、この 7つの 真理 に関する 知識 が
Energy System ( 気系 ) の中に 織り込まれた 状態で 生まれてくる。
これらの 真理 を
ないがしろ にすると 魂 と 肉体 の両方 を 弱体化 させ、
逆に 尊ぶと、魂 と 肉体 を 強化 してくれる。
気 ( Energy ) とは 力 ( Power ) であり、身体 は 気 ( Energy ) を 必要 としている。
つまり、身体 は 力 ( Power ) を 必要とする。
Chakra は 力 ( Power ) との 交わり について 語っている。
例えば、最初の レベル では、
集団の中での Identity ( 帰属意識 )、
そして 家族の中で 力 ( Power ) を もつことに、どう 対処するかを 学ぶ。
後の レベル では、
一個人として、 Power を 個性化 し、 Control することを 学んでいく。
そして、心 、思考 、さらに 意識 を Control する 術 ( すべ ) を だんだんと 学んでいく。
あらゆる 選択 は、
信頼 、あるいは 恐れ によって 動機 づけられ、意識 に ひとつの 方向性 を 与える。
Chakra System ( チャクラ 体系 )では、
それぞれの Energy Center ( 気の中枢 ) には、特定の 力 ( Power ) が 内在 する。
これらの Power は、
最も 比重の重い 物理的な Power から 最も Aether ( エーテル ・霊気 ) 的な、
あるいは Spiritual ( 精神的 ・霊的 ) な Power へと 上昇 していく。
私たちが 人生で 直面する 体験 も、これと 同じ順で 起きていく 傾向 にある。
第1、第2、第3 Chakra は、
物質的、外面的な 力 ( Power ) との 関わりを もたらすような 問題 に 合わせられている。
第4、第5、第6、第7 Chakra は、
非物質的で 内面的な 力 ( Power ) に 合わせられている。
そこには 私たちの 意識 を 拡大 ・成長 させる シナリオ が 書かれている。
私たちは この 7つの 真理 を 知っている 状態で 生まれてくる。
実は、私たちは 皆、これらの 真理 が 「 生物学的な かたち 」 をとった 存在 である。
私たちは 物心 ついたときから、自分の属する 集団の 実践する 教え を 通して、
この 真理 の さまざまな かたちを 学んでいく。
教えられていることを 意識 していなくても、
それは 私たちの 内面 で 自動的 に 目覚める ようになっている。
身体で、心で、自然の秩序の 存在 を 感じる 体験 を通して、それは 目覚めていく。
私たちは 成長 していくにつれて、
これらの 真理 の 中身 を さらに 深く、はっきりと 理解 するようになっていく。
そこに 含まれる メッセージ に 何かを 感じて 行動 したり、情報 を 象徴的 に 解釈 し、
そこに 隠された Archetype ( 元型 ) がもつ メッセージ を 理解 したりするようになる。
意識 を 外面の世界から 内面 に 向けていくにつれ、
私たちは 象徴的 な ものの見方 を 学んでいく。
内面では 私たちは みな 同じであり、
直面する Spiritual ( 精神的 ・霊的 ) な 体験 も 全く同じ なのである。
まわりにある 外面の世界 は 「 幻想 」 であり、一時的 なものである。
言わば、物理的 な 舞台装置 である。
内面 にある 同じものを 求めていけばいくほど、象徴的 な見方 が 力 ( Power ) をもち、
私たちの 意識 を 拡大 ・成長 させる 体験 へと 導いていくようになる。
参考文献 ”Anatomy of The Spirit ” より 一部引用
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| 12. チャクラ と 身体 の 関連 |
| Chakra |
位置 |
霊的な学び |
神経系 |
臓器系 |
内分泌腺 |
機能障害 ・疾患 |
1
Root
根
|
尾骨
付近
|
地に足をつける
生命力 創造性
解放 手放すこと
生存本能
|
仙骨尾骨
神経節
|
生殖器系
性腺
排泄器官
直腸 肛門 尿道
|
性腺
精巣
卵巣
|
泌尿器疾患
生殖器疾患
消化器疾患 痔
|
2
Sacral
仙骨
|
臍下
|
対人関係の
倫理 ・尊厳
セクシュアリティ
性の意識や行動
|
仙骨神経叢
|
泌尿生殖器系
腎臓 膀胱 性腺
消化器系
小腸 大腸 盲腸
|
性腺
ライディヒ細胞
Leydig cell
|
泌尿器疾患
生殖器疾患
消化器疾患
|
3
Solar Plexus 太陽神経叢
|
上腹部
正中
鳩尾
|
個人の尊厳
個人の力
自己敬愛
|
太陽神経叢
|
消化器系
胃 十二指腸
肝臓 胆嚢 膵臓
脾臓 副腎
|
副腎
|
消化器疾患 癌
消化器潰瘍 膵炎
糖尿病 胆石 肝炎
副腎疾患
|
4
The Heart
心臓
|
胸骨
中央部
周辺
|
慈愛 共感
内的調和
遠隔知覚
|
心臓神経叢
|
循環器系 心臓
呼吸器系 肺
気管支 乳腺
免疫系 胸腺
|
胸腺
|
心臓 ・脳血管疾患
呼吸器疾患
自己免疫疾患
細菌 ・ウイルス感染症
|
5
Throat
咽喉
|
咽喉仏
付近
|
自己表現
意志 創造力
コミュニケーション
遠隔聴覚
|
自律神経系
副交感神経
胸髄神経節
|
呼吸器系
口腔 声帯 気管
甲状腺
副甲状腺
|
甲状腺
|
呼吸器疾患
甲状腺疾患
副甲状腺疾患
コミュニケーション障害
|
6
The Brow
眉間
|
前頭部
中央
鼻橋
上部
|
直観的洞察
覚醒意識
内的視野
遠隔視覚
|
自律神経節
|
眼 耳 鼻
副鼻腔 松果体 下垂体
脊髄 視床下部
|
下垂体
松果体
|
副鼻腔疾患
眼疾患
内分泌障害 ・異常
|
7
Crown
冠
|
頭頂部
|
高次の意識
霊的探求
内的探求
|
中枢神経系
脳神経系
|
大脳皮質 松果体
|
松果体
下垂体
|
精神障害 ・疾患
脳神経疾患
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参考文献 ”Vibrational Medicine ” / ”Anatomy of The Spirit ” より 一部引用
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| 13. 癒されることへの 恐れ |
病 を 恐れるのと 同じくらい、癒されることを 恐れている 人 は たくさんいる。
意識 している、いない にかかわらず、
恐れ の 感情 が 癒し に どれほど 悪影響 を 及ぼすかを 理解 すれば、
癒し の 過程 を 妨げているのが 自分 だということが 良く分かる ようになるだろう。
「 人 は 当然 、誰でも 治りたい と 思っている 」
こう考えることは 誤解 を 生むばかりか、危険 でさえありえる。
病気 は、
ふつうなら 望めないような 注目 を まわりから 集める 強力 な 手段 となりえる。
そう考えてみると、病気 は 何かを 得るための 手段 として 魅力的 にさえ 見えて来る。
また、病気 が、
人生 を 大きく 変えなければいけない という メッセージ を 伝えてくる こともある。
人生 の あらゆる 側面 で、人 は 何よりも 変化 を 恐れる。
そのため、病気 よりも 変化 のほうを 恐れてしまい、
必要な 変化を 起こすのを 先延ばし にするという パターン に はまり、
それが 病気 となって 表れることもある。
今日の holistic ( 全体論的 ) な 視点 にみられる 基本的 な 誤解 は、
すべての 病 を、
「 その人の 中 にある ネガティブ な 側面 が 引き起こした 結果 である 」
と 定義 していることである。
過去 の 悲しい 体験 や、心身 に 悪影響 を 及ぼす ネガティブ な 態度、
あるいは 過去世 の 悪い 業 が 原因 となる、という 考え方 である。
だが、ネガティブ であることだけが 病 の 源 ではない。
病 は 身体 を 通して、それがなければ とても 足 を 踏み入れる ことはなかった
学び や 洞察 へと 人 を 導いてくれる 場合 もある。
意識 を 広げ、人生 の さらに 大きな 意味 を 理解 する 触媒 となる 可能性 も 秘めている。
病気 は 恐怖 を 伴うことは 確かだが、それはまた、
人を 「 人生の神秘 」 の 本質領域 へと 招き入れる 誘い でもある。
私たちの 人生 は、さまざまな 神秘 の 連続 でできている。
生きることの 意味 を 問いかけながら 人 は 生きていく。
この 問い を 人生 の 友 として 扱い、
自分 の 本質 の 最も 奥 にある 深層 へと 自分自身 を 導く ことによって、
私たちは 「 内なる存在 」 を 発見する。
病気 は、自分の中 にある 「 内なる存在 」 を 見つけさせてくれる。
すべての 源、人類、そして すべての 存在 と ひとつである ということを 気づかせてくれる。
参考文献 ”Why People Don't Heal and How They Can ” より 一部引用
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| 14. 癒し に関する 誤解 |
意識 と 病気 との つながり は、現在、多くの 考察 と 科学的研究 の 対象 となっている。
否定的 な 思考 や、それが 私たちに 与える 影響 について 考えることは、
人生 を よりよい 方向へ 向けてくれる。
心身 と 気 ( Energy ) が 元来 もっている つながり に 気づくことは
癒し を 触発 する 力 ( Power ) を 秘めている。
内なる存在 から 促される 学び を
慢性の 病、死 に 至るような 病 から得る 場合もあると、私たちは 悟らねばならない。
病 を 通して 起こる 人の 変容 は、
畏敬の念 とともに 長く 語り 継がれてきた テーマ であり、
内なる存在 の 意志 を 信じる 心 は、
劇的な 洞察 や 癒し をもたらす 可能性を 秘めている。
内なる存在 から 促される 学び を 受け入れることは、
Spiritual ( 精神的 ・霊的 ) な 成熟 に 向かっていくための 鍵 を 握る 行為 である。
また、身体的、精神的 どちらの 困難 も 癒していく 鍵 でもある。
病気が 霊的 な 危機 である場合も、あるいは 否定的な 性向 から 生まれたものだとしても、
人間の 本性 は 癒し の 手段 を 求めるようになっている。
しかし、病気 に 立ち向かう 人たちと 関わってきた 体験 を 通して わかったことがある。
癒し を 得られない 原因 とは、
自分の 治癒力 よりも、心 の 深層 に 存在 し、
癒し を 妨げるほど 強い 力 ( Power ) をもつ 「 思い込み 」 の 方 に
自分の 信頼 を おいてしまっている ことである。
人の 精神的、感情的 な 力 ( Power ) を 完全 に 支配 し、
癒し を ほとんど 不可能 にしてしまうほどの 力 ( Power ) をもつ 根本的 な 誤解 が 4つ ある。
どれも 心 の 「 傷 」 の 意識 と 密接 に つながり、その 存在 を 支えている。
そして、身体 を 修復 するよりも、逆 に 弱める 役割 をしてしまう。
この 「 思い込み 」 の パターン は、
癒し の 可能性 を 信じるという、希望的 な 信念 をも 凌駕 するほど 強力 なものである。
なぜかというと、
希望 にあふれた 楽観的な 思い は、癒し の 可能性 に 向けられたものであるのに 対し、
病気 は 目の前の 現実 であり、
癒し を 妨げる 強い 「 思い込み 」 が その 存在 を 支えてしまうからである。
癒し は つかむことのできない 存在 だが、
病気 のほうは、実際 に 感じ、時 には 見ることさえできる。
このような 「 思い込み 」 の 支配力 を 打破 する 最も 効果的 な 方法 は、
まず 自分が それを 信じ込んでいる ことを 認識 し、
他 にも 同じように 信じている 人 がいるとしても、あくまでも それは ひとつの 「 思い込み 」 であり、
かならずしも 事実 ではない、と 気づく ことである。
それから、意識 して その 影響力 から 脱却 するように 努める。
次回から 紹介する 予定の 4 つ の 誤解 の ひとつひとつ を 読みながら、
自分に こう 問いかけてみよう。
「 これは 自分も 信じていることだろうか? 」
あらゆる 「 思い込み 」 は、抵抗 なしに 精神 から 離れることはない。
しかし、本気で 真の 癒し を 求めるならば、
癒し を 妨げる 「 思い込み 」 を 手放し、
癒し の 可能性 を 信じる 信念 を つくり出していくしか 選択 の 余地 はないのである。
参考文献 ”Why People Don't Heal and How They Can ” より 一部引用
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| 15. 癒し に関する 第1 の誤解 ~ 心の傷 |
人生の歩み のなかで 起きる 感情的、心理的 な 傷 に 影響 されない というのは、
ほとんど 不可能 な 話 である。
多くの 人々が、人生 は 心理的 な 傷 の 積み重ね であり、
それを 癒す ことは ほとんど 無理 だと 感じるようになっている。
傷 は 手放す ことができる、 という 考え方 に 対しても、こんなふうに 答える。
「 あなたには わからない。 あの 体験以来、私 という 人間 は 変わってしまった。
いまさら それを どうやって 変えられる というのか? 」
このような 人々 は、トラウマ となるような 体験、悲しみ をもたらす 体験 をしてからは、
新しい 体験 は すべて 自分 に もたらされた 「 傷 」 という フィルター を 通してみてしまう 傾向 がある。
その後、人生 に 起きたことに 対しては、必ず 過去 の 体験 を 投影 する。
新しい 人間関係 ができても、前と 同じ パターン が 繰り返されるのではないかと 疑ってかかる。
縁 のできそうな 人 に 対しては、自分 は 過去 の 体験 のせいで、
あなたを 完全 に 信頼 することは 決して できないだろうと 警告 を 発する。
プライベート でも、仕事上 でも、人生 は とにかく 不運 の 連続 であり、それを 変えることは できない。
自分 に やってくるはずだった 、やってきて然るべきだった 幸運 の チャンス を
傷ついた 過去 が、すべて 奪い去ってしまったから、というのである。
このような 精神状態 は ネガティブ なものであり、自分 を 限定 してしまう。
敗北主義 にも 陥っているが、それを 維持 することで 大きな力 を 得る人もいる。
期待 も 要求 もされず、限られた 責任 しかない 人生 を 過ごす 免罪符 が 与えられるからである。
他の人 に 助けを 求めて 依存 し、その人の 罪悪感 を 利用 して、
いつまでも 助けてもらうことを 可能 にしてくれるのである。
このような 人は、感情的、身体的 な 虐待 を 受けたことを 理由 にして
達成 できなかった、今も できないでいる クリエイティブ な 目標 について、残念 そうに、悔しそうに 語る。
傷 は 過去 のものとして 水 に 流そう、などとは 言わない
社会的 に 安心 できる 環境 を 提供 してくれる サポート ・ グループ を 探し求める。
年 を 重ねる につれて、傷 から 一歩 踏み出し、異なる 人生観 へと 足 を 踏み入れるのは 難しくなる。
このように 人を 動かしてしまう 力 と、保護 された 状態 に 慣れてしまうにつれ、
自分 を 変えるのが どんどん 困難 になっていく。
心の傷 を 強調 することは、傷 そのものと 変わらないほど 精神 に 損傷 を 与える。
傷 について あれこれ 思い煩う ことは、それ 自体 が 自分 を 傷つけ、鞭打つ 行為 であり、
意識 は 回復 ではなく、常 に ダメージ のほうへと 向けられる。
ネガティブ な 意識状態 は、それに 見合った 肉体 しか つくり出すことはできない。
ゆえに、健康 を 回復 することも 維持 することも できなくなる。
人生 が 心の傷 によって 決定 づけられるという 「 思い込み 」 を 手放す のは 困難 なことである。
この 誤解 を 正すのが 特 に 難しいのは、
それが その人 にとって 便利 で 都合 のいいもの ( 正当化の理由 ) だからである。
自分自身 の 失敗 や、何も 達成 できていない という 事実 を、
人のせい ( 自分 は 被害者 ・犠牲者 ) だと 思わせてくれる。
この 「 思い込み 」 を 手放す ただひとつの 方法 は、
自分 の 人生 の 質 というものについて、もっと 自分 で 責任 を もつようにすることである。
「 何々に なることもできたのに、傷ついた 過去 が それを 妨げた 」
と 考えている 自分 に 気づいたら、
その 不可能 な 「 何々 」 という 目標 を 満たす 一歩 を 踏み出す ことである。
≪ 自己探求 のための チェックリスト ≫
1.人生 を もっと よくしていく 努力 を していないことに、何か 言い訳 を していないか?
2.過去の 傷 を 誰かと 比べあってはいないか? もし、しているなら それは なぜなのか?
3.傷 を もつ おかげで 自分 に 何か 力が ついたような 気 が していないか?
4.心の傷 を、人 との 絆 を つくる 手段 と 考えてはいないか?
参考文献 ”Why People Don't Heal and How They Can ” より 一部引用
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| 16. 癒し に関する 第2 の誤解 ~ 孤独 への 恐れ |
to stand on one's two feet again → 「 再び 自分 の 足 で 立てるようになる 」
これは、健康 を 取り戻す という 意味 で 使われる 英語 の 表現 である。
つまり、自分 のことは 自分 でやり、ひとり立ち できる という 意味 である。
しかし、心理的 に 傷ついた 人 にとっては、
健康 になり、独立 するということは、孤独 になり、弱い 自分 を さらすのに 等しい。
多くの人 にとって、この 勇ましい ひとり立ち、そして その 延長線上 にある 孤独 への 恐れ こそ、
癒す ことができないという 膠着状態 の 核心 にあるものである。
さらには、そういう人 は こう 信じている。
いったん 癒されれば、ずっと 癒された 状態 のままでいられる。
健康 の 訪れ とともに、感情的、心理的 な 支えの 必要性 も、何となく 消滅 してしまう‥‥‥。
私たちは、毎日、いつでも、健康 を つくり出している。
癒し とは、Spirituality ( 霊性 ) と 同様 に、終わりのない 継続 する プロセス である。
癒し とは、心 の ニーズ が 完結 したことを 表すのではなく、心 を 開く 入り口 となるものなのである。
癒し には ひとりで 勇ましい 努力 をしていくことが 必要 なのでは? と 思い込んでいるかぎり、
私たちは 「 そんな 大変 なことを わざわざ 始めることもないだろう 」 という、
きわめて 便利 な 言い訳 ができる。
ささやかな 癒し の 一歩 を 踏み出す のでさえ、誰かに 依存 しなければならない 人 もいるが、
健康 を 取り戻すために、自分自身 で 人生 に 変化 を 求めた 人 も たくさんいる。
≪ 参考文献 から、白血病 と 診断 された ある男性 の 例を 紹介 する ≫
彼 は 診断 を 下されてから、二日 とたたないうちに、
心 と 身体 との 関係 を 用いた 治療法 に 関する 本 を 手当たり 次第 読み始めた。
生活 の あらゆる 部分 を 変えてしまい、アパート の 壁 の 色 まで、
心 を 静められると 感じられた 色 に 塗り替えてしまうほどだった。
友達 のなかで、彼の 行動 に 敬意 を みせてくれたのは ひとりだけだった。
残りの みんなは 彼を からかうだけで、
自然食 を 口 に するようになり、
Spiritual ( 精神的 ・霊的 ) な道 の 実践 を 始めたときには、
特 に ひどく 揶揄 された。
やがて 彼 は 以前の 友人 たちは 接触 を 絶つようになってしまったが、
最初 は 会いたい 気持ち が 残っていたものの、
とにかく 健康 の 回復 に 100% 焦点 を 合わせた 生活 を 続けたかった。
たとえ それが 沈黙 の中に ひとりで 生活 することを 意味 したとしても、
癒し のために 必要 なら、
喜んでやろうではないか という 気持ち だったのである。
彼の 新しい ライフスタイル は、たしかに 孤独 な 一面 を 伴うものだった。
だが、ひとりでいるということが、逆 に 彼 にとって いい友 となったのである。
さらには、新しく 成長 していく 自分を 彼 は とても 気に入り、
尊敬 できるようになっていった。
ときには 以前 の 友達 との 付き合い が またほしいと 思うことは あったものの、
自分の 強さ を 感じられ、自分で 生活 していけるという
新しい 発見 を 楽しめるようにも なったのである。
どんなに 寂しいときでも、
自分の 未来 を ポジティブ なものとして 思い描き、
寂しさ ではなく、友人 に 囲まれ、希望 あふれる イメージ を 描くことで 心 を 慰めた。
2年 を 経ずして、病状 は あきらかに 快方 へと 向かった。
後 に 彼 は 結婚 し、
自然食 や Spiritual な道 の 実践 について 分かち合える 新しい 友人 たちを 見つけたのである。
癒し のために 必要 となる 条件 は 人 によっては 厳しいものかもしれない。
特 に、親しい 仲間の 一部、あるいは 全員 との 決別 を 要求 されれば なおさらだろう。
誰もが 友人関係 を 手放すことを 必要 とするわけではないが、
もし 必要 ならば、
現実的 にみても それしか 選択 の 余地 は ないだろう。
これまでの 友人関係 を 手放さなければならなくなったら、
人生 は 繰り返される サイクル であることを 忘れないようにしよう。
冬 のあとには、必ず 春 が 訪れる。
孤独 、友情 は、それぞれ 異なった 時期 に 異なった 癒し の 役割 を 演じてくれる。
あるいは、同じ 時期 でも、異なる時 に それぞれの 役割 がある。
癒し は 永遠 に 孤独 を 必要 としているわけではない。
≪ 自己探求 のための チェックリスト ≫
1.癒されてしまうと、サポート グループ から 捨てられる のではないか とか、
同情 を 寄せてくれない のではないか と 恐れては いないか?
2.癒された 自分を 思い描くとき、自分 ひとりでいるところを 想像 してしまわないか?
3.癒される ということは、人との 別れを 意味 すると 捉えていないか?
参考文献 ”Why People Don't Heal and How They Can ” より 一部引用
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| 17. 癒し に関する 第3 の誤解 ~ 痛み に 薬 で 対処する |
身体的 な痛み、感情的 な痛み、どちらも、痛み は 病気 の 存在 を 示していることが 多い。
あらゆる 痛み を ネガティブ なものとして 考えるのが 普通 である。
しかし、痛み は 教師 でもあり、自分 の 身体 に 注意 を 向けるように 教えてくれたり、
自分 を 弱くしてしまうような 状況 から 身を 離し、
尊厳 をもって 力強く 行動 できるような 状況 に 身を 置くように 伝える メッセンジャー でもある。
薬漬け の 現代社会 では、
ほとんどの 肉体的 あるいは 精神的 な 痛み を 薬 で 忘れてしまおうとする 傾向 が 強い。
CM は、頭痛、腰痛 を はじめ、想像 できる あらゆる 種類 の 症状 を 抑える 薬 を すすめる。
慢性の痛み が、充実 した 人生 を 送るうえで 深刻 な 障害 となり、
肯定的 な ものの見方 を 維持 するのを きわめて 困難 にするのは 疑い のない 事実 である。
精神的、心理的 な 痛み は、私たちの 注意 を 引くための シグナル でも あり得る。
修復 されるのを 懇願 している 精神 や 身体 の 部分 に 注意 を 向けさせる 役目 を 果たすのである。
痛み を あまり 早く 薬 で 抑えてしまったり、抑え過ぎたりするのは、誤り かもしれない。
本当 に 癒されたわけではないのに、そうだと 勘違い することが あるからである。
癒し の 過程 の ある 段階 で、鎮痛剤 の 使用 が 欠かせないときもあるが、
いつも 薬 が 必要 なのか、
痛み が 自分 の 生活 について 伝えようとしていることから 目 を そらしていないかを
きちんと 問いかけてみる 必要 がある。
薬 は 往々にして 事態 を さらに 悪化 させてしまう。
薬を 飲むと、身体 に 起きている 症状 を 体感 することができず、
「 痛みの不在 」 を 治癒 と 同じことと 思い込んでしまう 可能性 がある。
痛み の中へと 入っていくのを 恐れず、
身体 を 修復 するのを 助けてくれる 味方 と考えよう。
それは 身体が あなたの 注意 を 100% 引きつけられる ただひとつの 手段 かもしれないのである。
薬の 依存症 を 認識 したら、徐々に 投与を 減らす 計画を 立てる。
困難 であろうこの 課題 を やり遂げるのには、
実際 に 摂取量 を 減らしていく前 に、もとの自分 に 戻っていく 過程 で
手を 携え、心を 支えてくれる セラピスト と 接触 することを すすめたい。
痛み の中に 入っていく 心の 準備 ができたら、そこで おそらく 誰かの 助け が 必要となる。
どこから、あるいは どうやって 始めたらいいのかも わからないことが 多いだろう。
ひとつの やり方 は、まず 自分の 観察 から 始めることである。
一日の 生活の中で、自分の 内面 に 苦痛 を 伴う 思い や ものの見方 が
どれだけ たくさんあるか 意識 を 向けてみよう。
それが いかに 肉体的 な ダメージ を もたらしているか わかるよう、その 内容 を 書き留めてみる。
自己像 が 痛ましい ものだったり、
人生 は 苦痛 に 満ちていると 考えていたことに 気づく かもしれない。
自己の 深層 の 核 の部分で 自分が 実は 悲観的 な 人間 であり、
肯定的 な 面 は 割り引いて 考え、
すべてを 否定的 に 眺めていたと 気づくことさえあるかもしれない。
痛み が、実 は Spiritual な 課題 が 形 を 変えたものであり、
自分では とても 想像 できなかったほど、精神 を 強靭 にする 手段 として
あなたの 人生を 訪れていたとわかることも あり得るのである。
≪ 自己探求 のための チェックリスト ≫
1.痛み を いつも 敵対するものとして みてはいないか?
2.身体の痛み から 何かを 学んだことはあるか? それは何か?
3.痛み に 対処 するのに、化学的 な 薬品 に 頼る 傾向 はないか?
それとも 内面 に はたらきかける 方法 を 選ぶか?
4.鎮痛剤 や 睡眠薬 に 依存 していないか?
参考文献 ”Why People Don't Heal and How They Can ” より 一部引用
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| 18. 癒し に関する 第4 の誤解 ~ 変化 は 不可能 |
癒し に関する この 誤解 は とくに、人の 力を 衰弱 させる。
病気 であろうと なかろうと、
この 思い込み は 精神 の 内面 で 強い 影響力 を 持っているからである。
変化 は 不可能 だと 私たちが 信じる 理由 は 簡単 である。
誰 ひとりとして 変化 を 好む 人 は いないし、
自分自身 が 変わることを 好む 人 は いないからである。
私たちは すべてが 前と同じ、よく知っている 状態 のままがいいのである。
恐ろしいことに、最悪 の 状況 でも 同じなのである。
変化 は 片時 も 休まず 起きているし、避けられないもの であるにも かかわらず、
私たちは、人生の 変化が 起きるのを 何とか 防ごうとするのに 多大な 努力を 払う。
依存 することを やめたり、ボディ・ワーク を 日常的 に 行うだけで、
癒し を もたらすのには 充分 な 変化だと 多くの人が 自分を 正当化 する。
このような 変化 が 治癒 を 助けるのは もちろんだが、
癒し を 妨げている 本当の問題 に 対しては、
ほとんど 何も 貢献 しない。
癒し には、外面的 なものだけではなく、内面 の 変化 が 欠かせないのである。
自分の ものごとの 見方 や、
どんな 行動 パターン を 変える 必要 があるのか よく 考えようとしないまま、
病 の 癒し を 求めることは できない。
自分 に 対して、
「 自分 は いまの 人生に 満足 しているのだろうか? 」
「 自分自身が 必要 としていることに 充分な 注意 を 払ってきただろうか? 」
と 問いかけてみては どうだろうか。
このような 問いかけは、自分自身 に 意識 を 向けさせ、
人生の方向 や、自分の 本質 さえも 変えることを 余儀 なくさせるだろう。
このようなことが 起きたとき、内面の 葛藤 が 始まる。
自分の 本質 を 変えることは 結局 無理 だ、と 自分 に 繰り返し 言い聞かせる。
そして 自分 に こう言う。
「 いつも 自分 は こうだった。これが 自分という 人間 なのだ。」
「 真の 変化 は 不可能 だ。」 という 思い込み は、人の 内面 に 深く 根ざすものである。
すべてが、そして 誰もが この 真実 を 証明 しているように 思い込もうとする。
それは なぜか?
人が 変われない と 信じている 以上 に、自分自身も 変わりたくない からである。
内面の 深層 に 変化 を 織り込んでいくには、
これまで 直視 するのを 避けていた 自分の 内面 を しっかりと 見据える 必要 がある。
自分の 内面 の中 には、意識 では 全く 気づいていない 部分がある.。
それは、自分では 認めたくない、向き合いたくない 内面の 影 の部分 である。
理由は 何 にせよ、内面の 影 の部分 と 直接 、対峙 する 必要 に 迫られるだろう。
これは 生やさしい ことでは ないかもしれない。
誰でも 自分の 闇 の 部分 に 飛び込んでいくのは 避けたいし、
恐れ や ネガティブ な 性向 を 白日の下 には さらしたくないのである。
参考文献 から、変化を 望まず 癒されなかった 例 と 変化を 望み 癒された 例 を 紹介 する。
≪ 変化を 望まず 癒されなかった 例 ≫
卵巣癌 に 侵された ある女性 について。
彼女 は まず、催眠療法 の セラピスト に 助けを 求めた。
催眠状態 で、彼女 は 老いていくことへの 恐れ について 語り始めた。
年をとるのは、美 や 性的な 魅力 を 失うこと、
つまりは 女性 としての 力を 失ってしまうことでもある と 彼女 は 信じていた。
彼女 にとって 老いとは 治療法 のない 病気 であり、
年老いた 女性 として、自分よりも 若くて 魅力的 な 女性 を みるよりは、
死 のほうが ましと 全身全霊 で 思っている、と言うのである。
トランス 状態 から 戻ってきた 彼女 に セラピスト が この話をしてみると、
彼女の 反応 は それを 真っ向から 否定 する というものだったのである。
「 どうして 老いることを 恐れる 必要 が あるのですか?
だって、自然な 生命の 流れですもの。 誰もが 皆 老いていくのです。」
次の セッション で、セラピスト は、美しい 女性の 写真 が 載っている ファッション 雑誌 を 見せた。
そして、モデル の 美しさ について 意見 を 求めた。
ページ を めくるごとに 彼女 は 落ち着かない 様子を 見せ始め、
「 お化粧の下 は、皆 ごく 普通の 女性よ。 」 と 言うのだった。
セラピスト が、彼女自身が そのような 美しい 女性 に なった 人生 を 想像 するように 言うと、
緊張 は にわかに 高まった。
「 そんなことは まったくわからない。 」 と 彼女 は 言った。
次 に セラピスト は 尋ねた。
「 ここに 出ている 女性たちは、年齢 を 重ねていくことを 恐れているでしょうか? 」
「 もちろんですよ 」 と 彼女。
「 恐れない、なんて 無理 です。 顔が 財産 なんですから。
それが なくなれば、キャリア も 人生 も 終わりよ。 年とった 女 を 求める 男 なんて いませんからね。」
「 その言葉で、あなたは 実 は 自分のことを 語っているのよ。」 と セラピスト は 言った。
「 そのことに 気づかなくては だめ。 この 恐怖 は 心の 本当 に 奥深く にあって、
女性 としての 身体 が 老いる プロセス に 許しがたい 反感 を 持っているために、
あなたは 女性性 そのものを 表す 臓器 を 破壊 しているのです。」
自分の 病気 と、本人の 想像 によって 産み出された 老い の 恐怖 とは 何の 関係も ない、
癌 は 仕事 の ストレス の 結果 、もしくは、運 が 悪かっただけだ と 彼女 は、言い張った。
この 危機 に ついて、彼女 は 何か 別の 解釈 がないかと 考えることさえ できなかった。
彼女 にとって、視点 を 変えるというのは 不可能 だった。
人生を 変えることも、
自分の イメージ を 変えないですむ 範囲 までしか 許すことが できなかったのである。
≪ 変化を 望み 癒された 例 ≫
皮膚癌 に 侵された ある女性 について。
彼女 は、どんな 種類の 治療法 でも 受け入れる 開かれた 心を 持っていた。
さまざまな 可能性 を 調べた 彼女 は、
瞑想の先生 でもある セラピスト と 出会い、週2回 の ペース で セッション を 続けた。
「 表 に 出かけないときは、自分の 内側 に 入っていく 」 という 生活 が 続いた。
セラピー の 一部 として、
彼女 が まず 瞑想状態 に入り、それから 質問 に 答えるように 指示 された。
100% 協力 する 態度 に なれるように、
彼女 は 詩 を ひとつ 書き、リラックス して 瞑想状態 に入る前 に、数回 これを 復唱 した。
「 内 に 入り、自分を 癒す。 戻ってくるのは 健康 を 取り戻した 私。」
彼女 は こう語ってくれた。
「 やらなければならないことだと わかっていましたから、
抵抗 するよりは 進んで 協力 したほうが 自分 のためになると 思ったのです。
誰かと 親しくなるのを 恐れているとは
露 ほども 思ったことは ありませんでしたが、実 は そうだったんです。
それに、狭い 空間 に 対する 恐怖症 があることが わかりました。
鍵 のかかった 部屋 から 出られないのではないかという 恐怖 です。
外 にいるのが 大好きなのは このせいではないかと 思います。
おかげで 日光 に 当たりすぎたのも よくなかったのでしょう。
セラピスト は、この 二つの 恐れ は、
どちらも 『 近づく 』 ということに 関係している と 指摘 してくれました。
いまは、密閉 された 部屋 にいるときには 自分 に 話しかけることにしています。
もう 怖くないんだと 自分 に 言うのです。
そして、何か 他の 恐怖 が どこか 自分の 内面 に 隠れていたら、
どうぞ 出てきて 顔を 見せてとも 言います。 もう 何が 来ても 大丈夫 ですから。」
この 変化を 望み 癒された 例 は
癒し に ついて あまり 深刻 に 思いつめない アプローチ をとるという
ひとつの ポジティブ な 選択肢 を 示している。
≪ 自己探求 のための チェックリスト ≫
1.変化を 起こすべく 行動 するよりも、その変化 について 考えていることのほうが 多くはないか?
2.変化とは エキサイティング な 冒険 ではなく、面倒 で 気分 が 沈むものだと 想像 してはいないか?
3.変化が 起きると 人生の コントロール が きかなくなり、混沌状態 になると 思っていないか?
参考文献 ”Why People Don't Heal and How They Can ” より 一部引用
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| 19. 病気 は 人を 内面 に 向ける |
これまで 4つの 誤解 を あげてきたが、
どれひとつとして 信じていないという人は、おそらく いないのではないか。
これらの 誤解 は、あまりにも 広く 蔓延 しているため、
そこに 付随 する 思考 パターン や 行動 パターン から 抜け出すには 大変 な 努力 を 必要 とする。
始めの 一歩として、この 4つの 誤解 で 述べてきた、ポジティブ な 方法 を どれか 試してみよう。
そして、癒し を 支える 役割 をし、
大事 な 内面 の 変化 を 生むのに 役立つ と 思われる 他の 方法 を 加えていけばよい。
途中 で 感じるであろう 絶望 や 疲労感 を 恐れる 必要 はない。
いつでも ポジティブ で 強い 人間 で いられる人 は いない。
最善 の 状況下 でさえも そうだ。
本 を 読むと、癒し など 実 に 簡単 に できるように 書かれている。
精神状態 を 変え、ポジティブ になり、行動 を 起こして、正しい 食生活 を しなさい‥‥‥。
それほど 簡単 なら どんなに すばらしいだろう。
だが、そうではない。
何度 も 何度 も 自分 の 内面 を 見つめて、自分 の 信じ込んでいる 誤解 と 対峙 し、
そこにある 恐れ や ネガティブ な パターン を 手放すことを 要求 される。
これは、癒されたあとも 実践 していくことを 求められる。
自分 の 内面 を 見つめ、病気 と 対峙 することを 学び、そこに 意味 を 見出すとともに、
その プロセス を 通りすぎて、癒していくことを 求められる。
自分自身 の 内面 に さらに 深く 入っていくしか、私たちに 選択肢 は ないのである。
よく 使われる 表現 だが、
外 に 抜け出す 方法 は ただひとつ、逆 に 内側 に 入っていくことなのである。
人生 そのものも、このような 誤解 の 中 を 通り過ぎていく 旅 であり、
キャリア の 危機 、結婚 の 破綻 、愛する人 との 死別 などを 通し、
途中 の さまざまな 段階 で 私たちは 何度も 同じ 恐れ と 対峙 することになる。
例えば、
友人 が 自分 を 羨むようになり、友 として 捨てられてしまう のではないか という
恐怖 で 満たされてしまうこともある。
人生 の あらゆる 体験 は、私たちを 自分 の 内面 へと 引っ張っていく。
なぜなら、成功 しても 失敗 しても、
自分 は 前よりも よくなっているのか、それとも 悪くなっているのかを、
私たちは いつも 自問 し、
自分 の どこが 一番 影響 を 受けたり、変わったりしているのだろうか と 考えるからである。
病気 は 人 を 内面 に 向けさせ、
自分自身 のことについて、もっと 意識 するように 要求 するのである。
参考文献 ”Why People Don't Heal and How They Can ” より 一部引用
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| 20. 自己発見 の 旅 |
私たちは 誰 でも、同族意識 と 集団 の 世界観 に どっぷりつかった 状態 で 人生 を 始める。
始めは まず 血縁集団 からである。
同族意識 の 世界観 は、当然 ながら 集団 に 属する。
殺人 は いけない、というような 普遍的 な 真理 もあれば、
「 わが 宗教 だけ が 真 の 宗教 である 」 という 信念 のように、特定 の 集団 に 独特 のものもある。
私たちの Energy Circuit ( 気の回路 ) は、
理性 の 年齢 ( 7歳前後 ) に 到達 する 以前 でさえも、
集団 の 長老 たち ( 親、教師、宗教 や 政治 の 指導者 ) の 影響力 を 通して、
すでに 集団 の 信念体系 と つながっている。
同族意識 の 考え方 の 枠 から 抜け出し、個人の意識 に 進んでいくのは、
自分 と 世界 との 関係 が どうなっているのかを 問い始めるときである。
「 自分自身 のことは どうなのだろう。
自分 の 求めるものは どう 実現 していけば いいのだろうか。
自分 は 何を 求めているのだろう? 」
この プロセス は、きわめて 微妙 な かたち で 始まる。
ひとつの 趣味 や 特定 の 食べ物 に 対する 興味 が だんだん 薄くなり、
別の 活動 や 違う 種類 の 食事 に 関心 を 持つようになるのと 似ている。
世界 に おける 自分の 場所 に ついて 見方 が 変わる ということは、
趣味 を やめる よりは ずっと 深刻 な 問題 だろう。
人生 に 対する 慣れ親しんだ 見方、
そこにある すべてのものに 対する 見方 から 離れる というのは、
不安 や 恐れ の 伴う プロセス なのである。
枠 に はまった 同族意識 の 見方 から 個人 の 意識 へ の 移行 は 避けられない ものである。
いちばん 慣れ親しんだ 世界が、もはや 自分 には 合わなくなる、
という 瞬間 が、誰 にでも いつかは やってくる。
私たちは、いまの 自分を 超えて 成長 していく ようになっている。
年齢 を 重ねていく ことが 避けられない のと 同様 に、
これも 避けることが できないものなのである。
きっかけ は 感情的、内面的 な 危機 であることも あるだろうし、
きわめて 単純 な 人生の 選択 が、
予想 しなかった 方向 へと 自分を 導いていく ということも あるだろう。
または 、とても 居心地 の よかった 場所 が、今度 は 居心地 が 悪くなってしまい、
これまでの 自分自身の 歴史 が 朽ちて、
その 異臭 に 息が 詰まるようにさえ 感じてしまう 瞬間 が 訪れる ことも あるだろう。
自己探求 は、もたらすものも 多く、
Spiritual ( 精神的 ・霊的 ) な 成長 のために 大事 なものである。
だが、自分自身を 知る と いうことを どうも 私たちは 恐れてしまう ことが 多い。
それは、癒し に 関する 第2の 誤解 で 述べてきたように、
自分 に ついて 深く 知ろう とする プロセス を、
身を 切るような 孤独感 と 関連づけて 考えてしまう からだろう。
人 は 生まれつき 集団 の中で 生きていくように できているが、
同時 に 家族 や 友人 、知己 を 得た 人たちだけではなく、
あらゆる 生命 が 自分の 集団の 延長 であることを 学ぶようにも なっている。
私たちは 躍動 する ひとつの 大きな エナジー ・システム ( 意識 ) の 一部 である、
と 気づく ことが 求められる。
慣れ親しんだ 状況 から 離れた、別の 自分を 知っていくことで、
初めて これが わかるようになる。
私たちは、
いつも 必ず 誰かが 自分の 世話を 焼いてくれ、いろいろ 決めてくれる というような、
誤った 安心感 を もたらす 環境 から 離れる 必要 がある。
そのような 環境 のもとで
人任せ の 人生を 生きることは、自分自身 の 知性 や 心の 中身 を 知ることを 妨げてしまう。
逆 に、ひとりの 人間が 内面 へ と 旅 して まわりから 離れ、
個人 として 自分を 確立 する 権利 と 必要性 を 別の 人間が 邪魔 することも、
許されるものではない。
これは、配偶者 だろうと、子供 であろうと、あるいは 友人 であっても 同じことである。
個人 として 進化 していくためには、
集団 との しがらみ から 自分 を 解き放ち、
精神の深層 に あるものを 分析 して 内面 へと 突き進み、
自分の 影 の 部分に 対峙 する 必要 がある。
ある 行動を 起こす という 決断 は 、別の 行動の 可能性 を 排除 することでもある。
理想的 な 選択 というものが ない場合 も 私たちは 受け入れる 必要 がある。
最も 大切 なのは、選択 そのものではなく、その 選択 の 裏 にある 理由 なのである。
何かを 恐れて 選択 すると、
その 結果 は、満足 も いかず 不安定 なものに なりがちである。
信じる 心を もって 下した 選択 の もたらす 結果 は、
多少 の つまずき は あるにしても、
おそらく 自分の 進む 必要 のある 方向 へと 導 いてくれる ことだろう。
内面 が 変化 するにしたがって、生活 の 外面 も 変わっていく。
こうした 順 に 変化 が 起きていくのは 自然 な 流れ であり、
どれだけ がんばってみても、この 動き を 止めることは できないだろう。
内面 の 炎 が 自分を 燃焼 しつくそうと しているなかでも、
私たちは 自分 に とって いちばん 大切 な 人々 が 一緒 に 来てくれるよう 仕向けよう とする。
家族 や 友人 に 自分の 体験 していることを 説明 し、少しでも わかってくれるようにと 願う。
あるいは 、自分 は 内面 で 探求 している 心象 を 彼ら 自身 も 魅力 あるものと 感じ、
目の 裏側 に ある 世界 に 飛び込んでいってくれるようにと 願う。
それが うまくいく こともあるだろうが、だめ なことも 多い。
自己発見 の 旅 に 出るという 選択 は あくまでも 信じる 心を もって 行われるものであり、
誰が 一緒 に くるかということに 左右 される 性質 のものでは あり得ないのである。
集団の 本能 とは、その構成員が 慣れ親しんだものから 離れ 、
遠くまで行く 危険 を 冒しそうになったら 思いとどまらせよう とするものである。
自己発見 に 向かう 旅 に 出ようとすると、おそらく 反対 に あうだろう。
なぜなら、集団 とは、本質的 に 構成員 を まとめておこう とするからである。
あなたの 中 に、自分の 体験 を 受けとめ、認めてもらいたい という 望み があっても、
家族 や 友人 が 認めてくれない ことも 充分 考えられる。
彼ら自身、同じ 体験 を しているわけでは ないからである。
愛する 人たちに 囲まれていれば、
あなたの 孤立 を 理解 することが なかなか できない かもしれない。
表層 で 生きていれば 充分 幸せ なのに 内面 へと 飛び込み、
自分自身の 人生の 深い 意味 に ついて 考える 必要 など ない のである。
自己探求 が 人生の 変化 に つながる ことを 直感的 に 知っているため、
そこを 避けて 通ろうとする のである。
あなたの 自己発見の旅 は、
自分でも 気づかないうちに 始まっていた 、ということもある。
その サイン ( 兆候 ) は 予備知識 さえあれば 、すぐに 気づく ことができる。
参考文献 ”Why People Don't Heal and How They Can ” より 一部引用
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| 21. 内面の旅 への 気づき |
自己発見の旅 が 始まっている サイン ( 兆候 )
1.慣れ親しんだ 環境 に だんだん 違和感 を 覚えはじめる。
これは 仕事 や もっとも 親しい 人たちとの 関係 でさえも、
何か 満たされない という 気持ち として 表れることもある。
2.気分 の 落ち込み や 疲労感 に 頻繁 に 襲われ、それが なぜか わからない 状態。
3.強烈 な 孤独感。
この 孤独 は 終わり を 迎えることは ないという 不安 を 伴うことが 多い。
4.何かが 大きく 変わった という 絶対的 な 確信。
将来 が 何を もたらすのかは わからないが、
もはや 過去 に 戻り、前と 同じ 生き方 を していくことは できないという 確信。
5.自分が 何を 必要 としているかに 対する 強い 関心。
それが 何なのかを 知りたい、自分の 体験 を 理解 してくれる 人 に、
自分は 正当 なものを 求めていることを 認めてもらいたい という、抑えがたいほどの 欲求。
目覚め の 体験 に 伴う 深い 孤独感 は、
自分が まっとうな 体験 を しているのだという 何らかの 確認 を 必要 とする。
このような 体験 を 理解 できる人 に 囲まれていない 場合 は 特 に そうだろう。
例えば、人を 癒す 力 や カウンセリング など、思っても みなかったような 能力 が 現れ 、
現実 が 前 とは 違って 見えるようになる。
そこには、まわりの 人々 や 環境 から 出る 波動 パターン に 対する 感覚 が
きわめて 鋭敏 に なる 現象 が 伴うことが 多い。
これまで、まわりの 世界 と 五感 を 通じて かかわっていたところに 、さらに 別の 感覚 が 加わり、
直観能力 が 目覚める 方向 へと 変化 していく。
生存本能 や、いわゆる 「 腹で感じる 」 力 は 誰 にでも 備わっているが、
この 新たな 感性 は、それよりも ずっと 深い 直観能力 の 現れ を 示している。
6.時間 に 対する 感覚 の 変化。
同族意識 のもとでは、時間 とは、
人を 若者 から 老年 という 人生の 各段階 を 経るよう 進めていく 外面的、直線的 な 力 になる。
何が 達成 できるのか、どれだけ 早く 成功 を 収めていくかは 、
集団の 速度 に 合わせて 調節 されている。
癌 が 完治 するには、
1年間 の 治療 と 5年間 の 良好 な 健康状態 が 必要 であると 集団 が 考えた とすれば、
同族意識 を 信じる 者 は 自分 にも 同じことを 予測 するだろう。
しかし、個人の 意識 の 領域 では 、意識 のもつ 力を 発見 していくにつれて、
時間 は どんどん 相対的 なものとなる。
かわりに 、自分の 手 に 本来の 力を 取り戻し、内面的 な 自己 を 癒す ことで、
身体の 回復 の 速度 に どれだけ 影響 を 与えられるかを
追求 してみる という 選択肢 が 出てくる。
この 時間感覚 は 何かを 自分 のために つくり出す 速度 にも あてはめられるようになる。
「 新しく やり直すには 年を とり過ぎた 」 と 考えるのではなく、
年齢 は 創造性 や 愛、
そして 人生 を 楽しむことと 何の 関係も ないのだと 信じることもできるのである。
7.ある種の 食べ物、繊維、環境 にある 毒素 、アスピリン や 一般的 な 風邪薬 などに 対して 敏感 になる。
それまでは 何の 症状 も 起こさなかったような 物質 、
例えば 小麦 や 乳製品、カフェイン などが アレルギー 反応 を 引き起こす ようになったりする。
8.自己啓発 に 関する いろいろな 分野 への 関心 が 強まる。
自分で 選んで という場合 もあるし、必要 に 迫られて ということもある。
自分の中 に 何か 新しい Identity ( 独自性 ) が 生まれているという 感覚。
新しい 野心 に 目覚めたり、
まったく 新しい ライフ スタイル を 望んだりする 気持ち が 伴う 場合 もある。
都会 での 生活 を 離れて 田舎 で 暮らしたり、収入 が 減っても、自由時間 を もっと 増やしたり、
自分の やりたいこと をする 道 を 選ぶかもしれない。
9.これまで 感じたことのない ほどの 深い 解放感。
長い間 自分を 同じ 行動 パターン に 縛りつけていた 見えない 鎖 が、
成長 する 魂 の 大きさに もはや 合わなくなり、それを 断ち切って 自由 に なれたような 感覚。
10.自然 に もっと 触れたり、ひとりになる 時間 を 増やすことが 必要 になる。
既成宗教 に 対する 不満 が つのり、
Spiritual ( 精神的 ・霊的 ) な 道 を 探求 する 必要性 を 感じる。
深い 瞑想状態 や、新しい 人生の道 を 歩んでいく 使命 を 感じたり、
場合 によっては Kundalini ( クンダリーニ ) の 覚醒 など、Spiritual な 体験 が 始まることもある。
11.果てしなく続く 倦怠感。
12.以前 は 満足 と 充足感 を もたらしてくれたもの すべてに 対する 興味 の 喪失。
13.対症療法 による 医学措置 では うまく 対処 できない 病気 の 発生。
個人の 意識 へと 向かう 道を 歩もうとする 者 は、
誰もが このような サイン ( 兆候 ) の どれかを 体験 することになる。
このいくつかを 同時 に、あるいは これを すべて 体験 する 人 も いることだろう。
どれも ある種の 課題 を 表している。
炎症 や 不快 な 症状 が 発生 し、それを 何とか 軽減 したいと 思ったり、
新しい 技能 や 能力 が 欲しくなったりする。
このような 難題 に 耐え、それを 解決 していく プロセス は 、
自分の 歩んでいる 道 が、よく 砂漠 での 体験 に 例えられたり、
魂 の 闇夜 とも 呼ばれたりする 自己探求 の 旅 で あることの 証 である。
個人の 意識 と いう 領域 へと 成長 していく には、
ある程度の 痛み と 不快感 が 生じるのは 避けられない ことなのである。
だが、同時 に
さらに 高い レベル の 知識 と 満足感 を もって 躍り出てくる チャンス をも 与えている。
旅立ち に 際して 直面 する 困難 の 裏側 には 、
本来の 人生の 目的 に 至る 大きな 喜び と 満足感 が 隠されている のである。
参考文献 ”Why People Don't Heal and How They Can ” より 一部引用
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| 22. 個人の意識 の 目覚め |
個人の力 を 中核 とする 意識 に 移行 していくと、
自己発見 の 過程 に 終わりはない ということが わかってくる。
自己 を 表現 し いたわる ということが、当たり前 のことになってくる。
自分の ニーズ が 何かを 探求 し、それを 口 にすることが 許されるようになる。
自分を 愛し、きちんと 世話を してやる 必要 が あることが わかり 始めるのである。
自分自身を 愛する という 考え に 次第 に 抵抗 を 覚えなくなってくる。
個人の意識 には 、さまざまな ものごとに 関して、
他とは 違う 優先順位 、語る言葉 、独自の 価値観 がある。
これまでよりも ずっと 多くの 課題 に 直面 させられているように 感じられる かもしれないが、
それは 、眠っていた 可能性 の 扉 の 鍵 を 開けたからである。
自分が もつことさえ 許さなかった 能力 や ものの見方、それに 気の力 を 使う ツール などが、
実 は 内面 に あることが わかってくるのである。
自己愛 というのは 、比較的 新しく、しかも 非常 に 誤解 されている 概念 である。
最初 のほうの 段階 では 、自己耽溺 や ナルシスト 的 な 傾向 として 表れることもある。
これは 、今まで 考えてもこなかった、
守るべき 自分の 境界線 を きちんと 押さえるという 課題 を 私たちに 要求 してくるのである。
自己耽溺 や ナルシスト 的 な 傾向 の 段階 に 続くのは 、
自分自身 の 感情 を 探求 するという 真 の 必要性 である。
一番 いいかたち で 表れる 自己愛 とは 、まず 自分自身 を いたわる ことができて、
現在の ライフ スタイル の中で 自分自身 を 育み 、
新たな 生命力 を 得るような 選択 が できることである。
これが 、例えば 毎日 必ず 運動 をする 、ということを 意味する 人も いるだろうし、
定期的 に 都会 を 離れ 、自然の 豊かな 場所 に 行くこと だという 人も いるだろう。
自分 に ついて 学び 、自分を 愛することを 学んでいく中で、
何が 表面 に 出てこようとも 大切 な 点 は 、
「 自分自身 に 対し、選択 する 権利 を 与え 、自尊の念 を もって 接してあげる。」
ということである。 そうすれば 、
「 自分を 愛する ことが できなければ 、互いを 愛する ことなど できない。」
という 真理 を、身を もって 発見 できるだろう。
「 個人の意識 」 に 対して 自分を 開くことの 最も 意義深い 側面 は 、
新たに 感じられる 癒し の 空気 が、健康 な 人間 に なるのは どういうことか について、
これまでと まったく 違う 見方 を 提供 してくれるのである。
健康 な人 とは 身体 に 病気 の ない 人だ、という 旧来 の 不正確 な 定義 を 超えて、
健康 は まず 何よりも 第一 に 、意識 が 決定 するものに なっていく。
身体上の 病 、とくに 苦痛 を 伴う 病気 を 実際 に 抱えている 人で あっても、
病 の 内 に 学び と 意味 が 存在 するという 信念 は 、
自分を 支えていく 希望 と 力 を 与えてくれる ことだろう。
健康 で あるためには Spiritual ( 精神的 ・霊的 ) な 気づき が 求められる。
この 気づき は 、健康 と 癒し を 維持 していく プロセス の 根本的 な 一部 と なっている。
究極的 には 、自己 の 深い 部分 に ついて 学ぶことは、健康 だけではなく、
物理的 な 意味 での 生活 の あらゆる 面 の 質 を 高めてくれる。
目標 は 、この 身体 で 生きる 人生 を 100% 受け入れ 、楽しむ ことに あるのである。
参考文献 ”Why People Don't Heal and How They Can ” より 一部引用
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| 23. 象徴視点 の 力 |
私たちが 得られる 洞察 の中でも、象徴視点 は 、
他 と 比べようも ないほど 強い 力 を 持っている。
Archetype ( 元型 ) の 領域 に ふれることで、人生 で 起きる 出来事 の 「 物理的 な 」 意味 を 超えて、
内なる存在 、意識 を 進化 させるために 与えてくれた 機会 として
それを みることが 可能 になるからである。
物理的存在 よりも 真 の 「 現実 」 であり、
手で 触れることが できるものよりも ずっと 強力 なのだと 神秘家 たちが 語ってきた 次元 が、
象徴視点 によって 見えるようになる。
個人意識 に 比べても、象徴意識 は 、
よけいな 干渉 の 少ない 状態 で 内なる存在 と 遭遇 できる。
永遠 と 呼ばれている 高次 の 波動 レベル を 知覚 し、それを 豊かな 内的体験 として、
Spiritual ( 精神的 ・霊的 ) な 出合い として、
あるいは 何らかの 神秘的 な 体験 として 顕現 させることが できるのである。
また、自然 との 深遠 な 関係 、創造性 の 表現 、
さらには 尋常 ではない レベル の 創造的洞察 、突破口 、解決策 などの かたちを とることもある。
例えば 、何か 深刻 な 病気 の 診断 を 下されたとする。
そのような 診断 をされると、
ほとんどの人は ショック を 受け、場合 に よっては 怒りさえ 感じるが、
これは ごく 自然 な 反応 だろう。
しかし、いずれは 、この新しい 状況 に 対処し、
外からの 何らかの 処置 を 受ける 必要性 を 感じ、薬 を 飲み始める。
治癒 を 助けるように、食べ物 も 変えるかもしれない。
何週間かが 過ぎて、自分の 願っていた 結果 が もたらされないとき、
心の中で ある声 が ささやき 始める。
「 なぜ こんなことが 自分の身 に 起きるのだろう。
ちょうど すべてが うまくいっているというのに ……。」
あるいは こう 尋ねる かもしれない。
「 別 に 驚くことじゃない。 いつも 自分 には ひどいことばかり 起きる。 もう 慣れている。
奇跡 など 起こるはずもない ……。」
そして うつ状態 が やってくる。
まわりの人たちは みな 、何とか 希望 を 持たせようとするが 、
自分の 生きている 世界 の どこにも 希望 など 残されているとは 思えない。
すると、自分の 置かれている 状況 を まったく違う 見方 で 解釈 してくれる 内なる意識 が 現れる。
そして こう言うかもしれない。
「 私たちは 誰でも、自分が 犠牲者 であるように 感じる 部分 を もっている。
それを 考えてごらんなさい。
親密 な 関係 に なったときに この 犠牲者 の 部分 が 表 に 出てくる人もいる。
何か 意見 を 求められると 出てくる人もいます。」
新しい アドバイザー に 、それは よくわかる、と あなたは 答える。
自分を 含め 今の 例 全部 に 当てはまる人を 知っているとも ……。
「 そのとおりです。」 と 言われる。
「 みんな 犠牲者 を 自分の 内 に 抱えています。
だからこそ、
その 犠牲者 の 部分 を 自分自身 のものとして 捉え 、影響 されては いけないのです。
人間の 心理 を 形づくる、ごく 自然 な 一部 に 過ぎないのですから。」
そして、今度 は こう 聞かれる。
「 もしも あなたが、自分の 内面 にある そういう 部分 に 直面 し、
その 悪い 影響力 を すべて 打ち払う 機会 を 与えられるとします。
それを あなたは 受け入れますか?」
一瞬 考えた あなたは 、やってみるだろう、と 答える。
すると、その部分 を 手放す ということは 、
直接 体験 する 性質 のもので なくてはならない、と言われる。
自分の 犠牲者 の 部分 に 真正面 から 対峙 しなくては ならないし、
出合う 状況 も この力に 対抗 できるような 力をもつ 部分 を 発見できるように 、
犠牲者 が 最も 強力 に 現れてくる 状況 となる。
いいでしょう、と あなたは 答える。
すると、身体 に 病気 が 起きる。 これが その 機会 なのである。
そこで、あなたは また 尋ねる。
「 どうやって 内なる 犠牲者 と 直面 したら いいのでしょうか?」
「 病気 は 自分 を 犠牲者 だと 感じさせますか?」 と 尋ね返される。
「 はい、何の 力 もなく、汚され 、打ちひしがれ 、身体 に 裏切られたように 感じます。
怖いのです。」
「 そうしたら、その気持ち に 焦点 を 合わせてごらんなさい。」
あなたは こう 指示 される。
「 病気 に 、では ありませんよ。 そして、これから言う 真理 を 導き としなさい。
難題 が 起きても、それを 決して 自分自身 のものと 考えて 打ちのめされては いけません。
それが 病気 であろうと、人間関係 に まつわる 心の傷 だろうと、
仕事の面 での 危機 でも 同じことです。
最初 の ステップ は 、その 難題 から 自分 を 分離 することではなく、
その 危機 が あなたの 内面 に 引き起こす、
「 自分は 犠牲者 である 」 という 感情 に しっかりと 直面 することなのです。
2番目 の ステップ は 、その 気持ち の中に 、真直ぐ 入っていくことです。
問題 は 病気 ではありません。
このことを 毎日 100回 でも、必要 ならば 1000回 でも 繰り返しなさい。
問題 は 、病気 が あなたの 内面 に 引き起こす 力 の 喪失感 なのです。」
「 そうしたら、今度 は 自分に 力 を 与えてくれる ようなものを 探し求めて いきなさい。
身体 に 力 が みなぎるような 選択 をするのです。
信じる 心 、という 概念 を 育み、
内面 にある 自分の 魂 と さらに 親密 になるには どうしたらいいか を 考えるようにします。
問題 は 病気 そのものではない 、
ということを 自分 に 繰り返し 言うことを 忘れないように。
あなたは これまで、いつも 打ちひしがれ 、
怖くて 仕方がない という 気持ち にさせてきた 内面 の 部分 と 直面 しているのであり、
病気 は 、その怪物 に 真剣 に 立ち向かっていくための 手段 でしかないのです。」
「 そして、自分の もっている 強さ に 意識 を 向けなさい。
それが どんなに 些細 なことのように 思えても、
毎日 自分 が 達成 できたことを 祝福 してあげましょう。
象徴的 にみれば、どんなことでも 達成 すること 自体 が 大変 なのです。
いつも 自分に 影響 を 及ぼしてきた パターン を、強さ、弱さ の 両方の 面から 探してみなさい。
そして、力 を 弱めるほうに はたらく パターン に 対し、
その姿 を 見せるように 招いてあげるのです。
一日ひとつでも かまいません。
それが 何かを 見極め、同じ パターン に はまらないように 、
今までとは 違う 選択 が できるようにするためです。
そして、実際 に 新しい 選択 をしてごらんなさい。」
「 日一日と、あなたの 内にある 犠牲者 は 力を 失い、勝者 が 強くなっていきます。
日一日と、自分の 人生 との 絆 が 深まっていくのを 感じるでしょう。
振り回されてしまう 人生 ではなく 、自分の 力 で 方向 を 定めている と 感じられる 人生 です。
それが あなたの 人生 の あるべき 真 の 姿 です。
生きたいと 感じさせる 人生 でなくては ならないからです。
力を 得るということは、自分 には 何でも できる という 気持ち に させてくれるものなのです。」
「 やがて ある日、
もはや 内なる 犠牲者 のことを まったく 意識 していない 自分 に 気づく ことでしょう。
新しい 人生 を つくり出していくことでも、
あるいは 充実 して 生きてきた 人生 の 終わりに それを 手放す ことで あろうとも、
直面 せねばならないことならば 、
何でも 直面 していける 強さ が もう あなたには あるのです。
生きるという 体験 自体 が、
普遍的 な 意味 で 非個人的 な 性格 のもの であることを 悟りながらも、
自分の 人生 に 個人的 に 深く かかわっていく。
これこそ、まさに 自分を 知る、ということの あるべき 姿 なのです。」
ここで 一例 を あげてきた、Archetype ( 元型 ) という 観点 から ものを 眺める 見方 は 、
自分の 内面 に 育むことができる 視点 の 中でも、
もっとも 満ち足りた 解放感 を もたらす 力 を もっている。
これを 同族意識 の 力 、個人意識 の 力 と 組み合わせる ことにより、
象徴意識 は 、ネガティブ と 思える 人生 の 難題 を 解釈 し、たとえ それが すぐにわからなくても、
その一つひとつが 実 は ポジティブ な 贈り物 であると 気づく 力 を 与えてくれる。
象徴視点 は 、時間 を 超越 する。 永遠 を 視点 に 据えたものであり、
人間の 体験 の 範囲内 で これまで 得られた すべての 真理 を 含んでいるものである。
このことに 気づけば 、
あらゆる 世代 、あらゆる 文化 に 属する 偉大 な 師 ( マスター ) の 教え に 、
誰でも 自由 に アクセス することが できるし、
今日 の 状況 に あてはめることにも 何の 障害 もない のだと わかる。
今日 の さまざまな 危機 は 、まだ これから 顕現 する 出来事 、
すでに 起きた 出来事 すべてと つながっていること、
そして、現在 ( いま ) という 瞬間 に 自分が どういう 反応 を するかが、
過去 、未来 の 両方 に 影響 を 与えることに 気づく ことも できるのである。
参考文献 ”Why People Don't Heal and How They Can ” より 一部引用
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| 24. 象徴意識への移行 |
どんな 状況下 でも、
その出来事の 裏 にある 意味 を 捜し求める という 選択肢 が 私たち にはある。
場合によっては 、それは 単 に 、
自分 に 起きた 出来事 には 何か プラス 面 の 理由 があるはず であり、
縁 があって 適切 なときが 訪れれば その意味 は 明かされる、と信じるだけであるかもしれない。
危機 が 訪れているときに この考え方 が 容易 にできる とは 言い難い。
病気 が 生死 を 分かつようなときには なおさらである。
しかし 同時 に 、
これは 最も強い 力 と 明晰 な 洞察 を もたらす 反応であることも 確かである。
危機 に 反応 するのに 、私たちは 、集団 、個人 、象徴視点 という 三つの 力 を、
自分 が 身 につけた 順 に 使っていく。
歴史的 にも、個人としても、これはまったく 同じ プロセス である。
反応 は 自動的 ともいえるものである。
状況 に 対処 する やり方 を プログラム されているのである。
例えば 、病気 の 診断 を 受けると、まず 最初 の 反応 は、地震 に 対するものに 似ている。
足もとの 世界 が 根底 から 揺るがされる。
まったく 予期 していなかった 何か 強力 なことが 起こり、
人生 で いちばん 大切 なものを 変えてしまうかもしれない。
まわりの 人間 との 関係 や、仕事 の 先行き も 例外ではない。
このような 段階 で、少なくとも すぐに 肯定的 な 面 を 考えたり、
地平線 の 彼方 から 希望 の 光 が さすのを 見る ということは ほとんど 不可能 に 近い。
このため、私たちは まず 病気 に 対して 同族意識 で 反応 しようとする。
これほどの 脅威 を 与える 可能性 のあるものは、
最初 に その 物質的 レベル での 意味合い を つかむ 必要 があるからである。
その 病気 について 理解 を 深め、どんな 措置 の 可能性 があるかなどを 知り、
病 に 対応 していけるように 生活 を 変えていかなければならないと考えるからである。
病気 という 危機 が、低いほうの Chakla ( チャクラ ) を 通して 同属意識 に 浸透 したあと、
それは 徐々 に 個人 の 心 へと 入っていく。
この 移行 は 重大 であるとともに 、大きな 恐れ を 伴うものである。
なぜなら、同族意識 の レベル で考え 、行動しているうちは 、
私たちの 体験 も 集団 の 支援 を 受けることができるからである。
しかし、それが、個人 の 領域 へと入り、心理的 、感情的 な 反応 を 引き起こすとき、
私たちは 自分だけで やっていかなければならなくなる。
明日は どんなことに 直面 しなければならないのかを 思いめぐらせながら、
夜中 に ベッド に 横たわる 自分に 囁きかけてくる 恐れ を 黙らせることは 誰にも できないのである。
だが、この 恐れ に 満ちた 旅 の 真っ最中 に 、
絶望 から 抜け出し、内面の対話 を 求める 機会 が やってくる。
そして そこからは 、物理的 な 状況 を 超越 した 内なる声 や 洞察 が 現れることも 充分 ありえる。
そのときこそが、象徴意識 への 移行 なのである。
この対話の 三つの 段階 は 、次のような パターン で 起こる。
集団意識
家族 が、「 この 病気 は みんなに 起きていることで、一緒 に 闘っていこう 」 という 考えをとる。
医師 は 、データ を 挙げ、医療措置 について 他の患者は この 病気 に どう 対処 したかを 説明 する。
共通 しているのは 、この 病気 は 集団 として 立ち向かっていくべきもの、という 認識 であり、
そこにある 根本的 な 問い は 、
「 なぜ 私たちに こういうことが 起きているのか、どうやって 一緒 に 対処 していくべきか 」 となる。
個人意識
いま 直面 しているのは 、実 は 個人 としての 自分 が 対処 すべき 問題 なのだという、
実際 の 姿 で 病気 を 捉えられるようになる。
それは 、「 私たち 」 ではなく、「 自分 」 に 起きている ことなのである。
そのあとに 出てくる 問いかけ が、普通 最も 深い 恐怖 を もたらす。
「 こんな目に あうなんて、自分 は いったい 何を したというのだろう? 」。
なぜ 自分 に 、ということさえ 分かれば 対処 していけるかのように 思ってしまう。
この 段階 では 、自己憐憫 の 感情 や、うつ状態 が 精神 に 浸透 し、
身体 の 病気 と 変わらぬほどの 深刻 な 危機 となることもある。
象徴意識
このような 状況 で、どんな 医療措置 よりも 自分 を 助けてくれる 考え方 がある。
それは 、いま 起きていることを そのまま 額面どおり 捉えて 反応 するのではなく、
象徴的 に 捉えていく 力 である。
「 どうして 自分 に? 」と 問いかけるよりも、さらに 深く、より 真実 に 近い 問い は、
「 どういう 理由 で これが 起きているのか、どんな 意味 があり、
どうすれば いちばん いいかたちで 対処 できるだろうか 」 というものである。
いま 起こっていることを、できるかぎり 自分 を 超越 した 視点 から 思い描き、それができたら、
まさにその 瞬間 に 、自分 に 最も 大きな 力 を 与えてくれる 対処方法 は 何かを、
この 新しい 視点 から 考えてみよう。
自分 が 直面 している 危機 を、まったく知らない人 に 起きている と いうふうに 考えてみて、
自分なら その人 に どんな 助言 を 与えられるかを 問いかけてみる。
すべては 「 理由 ( わけ )」 が あって 起きる ことであり、
その 理由 を 受け入れ、信頼 することが 不可能 を 可能 にする 力 を もつ、
という Supiritual ( 精神的 ・霊的 ) な 道の教え を 参考 にするとよいだろう。
この 視点 に 自分 を 置くことができれば、
内なる声 や、きわめて はっきりとした 洞察 を 得ることも 可能 になる。
象徴的 な 次元 からは、
今という 瞬間 を 遥かに 超えて、病気 を 人生 全体 の 文脈 で 捉える こともできるようになる。
内面 にある Archetype ( 元型 ) の パターン を はっきりと 認識 し、理解 するとともに、
その部分との 対話 も できるようになり、人生 の 浮き沈み を つくり出してきた 難題 が、
実 は 繰り返されている ということも はっきり みえるようになる。
この プロセス を 通して、
人生 という 自分 に 与えられた 「 謎 」 を 生きていくことが 、ずっと やりやすくなるだろう。
それは 、この 「 謎 」 の中から 安心感 を 引き出す 手段 を あなたが 身につけていく からなのである。
たとえ 人生 に 答え が わからない 部分 が あったとしも、
もはや それが 原因 で 過去 に 執着 し、前 に 進めなくなる ということは なくなり、
逆 に 自分の 進化 の 道 に ついて さらに 深く、豊かに 知ることが できるようになる。
これこそ、真の 洞察 が 得られやすい 環境 である。
象徴意識 は 、内面 に ある 恐れ を、ただの 意味のない 言葉 にしてしまう 力 を 秘めている。
象徴視点 を もつことで、病気 という 物質界 での 難題 に 、
「 永遠 」 というものに 対する 実感 を 手 にして 立ち向かっていく ことができるのである。
ここに 挙げた 三つの レベル の 力 を、
内面 の 自己 がどう 展開 していくかを 示してくれる モデル で あることを 念頭 において、
今度 は 「 癒し 」 という 「 謎 」 と 自分 との 関係 に 向き合う ときが 来るのである。
参考文献 ”Why People Don't Heal and How They Can ” より 一部引用
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