将棋玉図

将棋玉図   桑原君仲

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将棋玉図序

将棋の奇巧たるや、其人の賢愚邪正おのづから盤面に顕れて、覆い隠すことあたわず。予が祖父宗桂の愛弟なりし桑原君仲は、生質篤実にして、多智なり。盤上の等弟は各きそいて高く進むことを願うに、桑原四段の巧手なりしかば、これに五段の功を 免許せんと進めしに辞して不昇。就中詰物に妙を得しが故に、この玉図百局を造て称誉せり。見つべし。百図の手段巧にして、しかも直く正しくしてまた奇なるを。 是其性の自あらわるものなり。書肆北村堂みづから此技を好むのもあまり妙手奇行に至る物、求めて梓行せざるはなし。此書も亦あながちに乞う志の功なれば、梓行を免すのついでに、いささか君仲が生質を記して序にかう。

天保七年四月十一代目大橋宗桂

 

解  題

「将棋玉図」は幕末の棋客桑原君仲四段の作品集である。詰将棋の最高峰である「将棋図巧」(贈名人伊藤看寿作)と「将棋無双」(七世名人伊藤宗看)を古図式の両横綱に例えるならば、玉図は大関格と言い得る作品集であろう。
作者桑原君仲は八世名人、九代宗桂に師事し棋力は四段であったが、序文にもあるように五段位を薦められたが辞して四段に止まったなど奥床しい人であったようだ。君仲の素性その他については殆ど判らないが、幼名を駒次郎といい、晩年は旗本の株を買ったというから裕福な町人であったのかも知れぬ。 生年没年ともに判然しないが、彼のもうひとつの作品集「将棋極妙」が嘉永二年に出版されていて、それが君仲の遺作集となっているから、没年は嘉永元年(1848年)前後であったと思われる。
ともかく彼は天保七年(1836年)にこの「将棋玉図」百番を著し、さらに嘉永二年(1849年)に「将棋極妙」百番を遺して詰棋史上に偉大な足跡を残した才人である。江戸時代の詰棋史上、作品二百題を残したのは五世名人二代伊藤宗印と彼の二人しかいない。これをもってしても彼の偉大さの一端が知れるであろう。
さてここで「将棋玉図」の内容及びその歴史的位置付けについて語ってみたい。彼の作品を語るには、まずその歴史的背景を知らねばならない。初代宗桂の献上図式に始まり、歴代名人の献上する図式百番は次第に進歩発展し、詰将棋らしい体裁を整えてきた。特に三世名人初代伊藤宗看の「将棋駒競」からは手余りが廃され、五世名人伊藤宗印により興味本位の創作型詰将棋が誕生したことは詰棋史上特筆すべきであろう。 そして享保宝暦時代に至って伊藤看寿、宗看兄弟により空前絶後の傑作といわれるあの「将棋図巧」と「将棋無双」が生まれたのである。 君仲の「将棋玉図」はこれ等から約八十年遅れて出版されている点に着目せねばならない。「図巧」及び「無双」は後世の作家にとって憧憬であり、絶望でもあった。 看寿兄弟によって築き上げられたあの高い壁は、もはや乗り越すことのできない絶望として彼等の前に立ちふさがっていたのである。
三代宗看の後を継いで(二十七年間の空位があったが)八世名人に襲位した九代宗桂は男らしくこの壁に挑戦(?)した。 彼の作品(献上図式「将棋舞玉」)はかなり天才的で特に趣向詰にみるべきものが多い。しかし神局ともいえる看寿宗看の作には及ばなかった。そして九世名人大橋宗英以後はすべて戦意を放棄した。つまり詰棋献上の制を廃止したのである。 詰棋界にとって遺憾なことではあった。民間棋士桑原君仲はこの時代の人である。彼は九代宗桂に師事したらしいから、かなり詰物においても感化を受けたとも思われる。そして名人家元派の詰棋に対する戦意喪失ぶりを見て、あるいは「我こそは・・」という野心を持ったとも思われる。 家元派にとって詰将棋に対する逃口上は「詰将棋蔑視」しかなかった。詰将棋を一題も作らなかった時の名人大橋宗英が理由を聞かれて「詰将棋は君仲づれにもできるからなあ」と答えたという逸話は有名であり、よくこの間の事情を物語っている。 しかし君仲は民間棋士であったから何等家元派の権威のような拘束感なしに詰将棋に取り組めたのであろう。
彼は在野にありながら当時詰将棋の第一人者であった。彼は彼なりに「図巧」や「無双」の存在を見つめ、何らかの新生面を開こうと考えたものと思われる。 その最も大きな成果は「詰将棋の近代化」であろう。彼は曲詰を多く取り入れたほか、構成の簡潔な軽妙な作品を作った。彼の作品は図巧や無双に比べて軽快であり近代的な感じがする。これは彼の棋力が看寿宗看に及ばなかったためかも知れないが、なんとなく慌しくなった世相の反映ともみられ、詰将棋の近代化として興味深い。 彼の作品は大型の構想作よりも妙手を中心とした中短編の方に味がある。勿論長編も作っているが、構成密度等の点で図巧や無双には敵わない。 彼の作は概して平明であり複雑難渋なものは少ない。この点鑑賞に際して却って共感を覚える場合もあるであろう。 また特筆すべきは、変化長が殆ど見られぬ点で、このことも近代化のひとつとして銘記せねばならない。

門脇芳桂

 
実戦集


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