阪田三吉

阪田詰将棋阪田 三吉

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明治3年(1870)6月3日、堺市舳松(へのまつ)で生まれる。棋士として名を現すまでの消息は不明。 明治26年、堺大浜海岸の一力旅館で関根金次郎四段と初手合し敗れる。この対局より関根との数々の熱戦が繰り広げられた。
明治43年7月1日、大阪朝日紙上に七段昇格を宣言。同月「将棋研究会」を発足。明治44年2月、研究会機関誌「将棋雑誌」を創刊。 大正2年、大阪の前田文進堂書店から「一手千金将棋虎之巻」という定跡書を出版。 大正4年2月、小野五平名人より八段位を免許される。
昭和21年7月23日、自宅で77歳で逝去した。昭和30年10月、日本将棋連盟から名人位と王将位を追贈される。
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詰将棋博物館