詰将棋集覧

詰将棋集覧加藤 與吉

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『詰将棋集覧』の作者加藤與吉(温水)は香川県坂出の人で、元治元年(1864年)生まれ、昭和11年に73才で没。
小菅剣之助八段(名誉名人)の弟子であった。実際は師弟というより、地方の愛棋家という存在だったと思われる。 加藤氏は、この作品が発表された明治末年は三段で、後に四段の免状を小菅氏から与えられている。
この作品集は正式に出版されたものではなく、明治41年3月1日から明治43年にかけて当時の『大阪時事新報』に毎週1回懸賞出題連載された作品を「将棋月報」の選者であった山村兎月氏が百題手書きの写本に纏められ『詰棋めいと』第2号に発表されたものである。
『詰将棋集覧』は明治・大正の詰将棋低迷期のなかで注目に値する作品集である。 当時、専門棋士の作品には殆ど見るべきものはなく、詰将棋の灯は川村古遷、竹内伊蔵、松本朋雅、加藤與吉、高橋与三郎など民間の愛棋家に受け継がれていった。今日のアマ作家全盛期の貴い先駆者達である。
加藤温水の作品は、明治期の作品としては高水準のものである。 不完全作が非常に多いのが欠点だが、作品の内容は知名度の高い『将棋万象』よりかなり上のように思われる。 この時代では貴重な作品集である。



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