土に触れ、旬の素材を
味わいながら何想う?
目の前の畑に実った無農薬の露地野菜を、食べる。素材本来
の風味が生きた料理を口に運ぶたび、えもいわれぬ季節感が心
をも優しく包み込む。そして、食事をゆっくり堪能したあとは、
“薬水”を沸かした風呂へ……
身体の内外から滋味がじんわり
としみわたる、群馬県の新治村にある農園民宿「かかし」は、
そんな場所だ。
都会のホコリを
はたきにおいで
上越新幹線を上毛高原駅で降り、
名湯で知られる猿ケ京方面へと向か
うバスに乗る。待ち合わせの停留所
で途中下車すると、脇に一台のワゴ
ン車が停まっていた。車内には、今
回お邪魔する『かかし』宿主の村田
幸男さん(49)と妻の久美子さん(45)、
そして前日から宿泊しているという
東京都の谷澤文恵さん一家。挨拶も
そこそこに、私もさっそく同乗する。
と、車はどんどん山奥へとわけ入っ
ていき、やがてうっそうとした森の
中で停止した。
「じゃあ、ここで“きのこ狩り”を
しま〜す」
そいつぁまた急な展開ですな、と
戸惑う私を尻目に、谷澤さんの長女、
菜々子ちゃん(5)と次女のあすかち
ゃん(3)は、村田さんの声で弾かれ
たようにキャッキャとはしゃぎなが
ら険しい森の奥へと駆けていった。
遊歩道などという気の利いたものは
いっさい整備されておらず、まさに
道なき道を行くといった状態なのだが、元気な彼女たちにそんなことは
関係ないようだ。
「あった〜、きのこ見つけた〜!」
「ねえお母さ〜ん、なんか虫がいる
よ〜!」
早くも楽しそうな明るい声が山中
にこだまする。そして、そんな孫の
姿を微笑ましく見守るように、谷澤
さんのお爺ちゃんお婆ちゃんも後へ
と続く。かたや谷澤さんも、9ヶ月
になる長男の文也くんをおぶったまま、ザッザッと力強い足取りで山の奥へ……いやはや、なんてたくましい家族だ。と、あっけにとられていた私も、遅れちゃイカンとあわてて歩き出す。が、腰まで茂った野バラ
の刺に引っかかるわ、あちこちに転がる雑木につまづくわで、なかなかまともに進めない。
加えて日頃の運
動不足がたたり、まるで蜘蛛の巣に捕われてもがくオヤジというか、なんだか一人だけ森の中であたふた踊っているような状態になってしまった。
「おじちゃん、だいじょーぶ?」
およそ一時間後、私は谷澤さんの娘たちに手を引かれながら、やっとのことで深い森から抜け出した。足はフラフラ、喉はカラカラ、とてもきのこ狩りどころじゃない。そういえば、『かかし』のホームページに
“都会のホコリをはたきにおいで”
なんて書いてあったけど、ホコリを
はたくどころか、さんざん転げ回っ
た私の全身にはいろんな草の実がびっしりと付きまとい、得体の知れぬ
「ひっつき虫」まみれである。でも、
不思議と気分は爽快だ。
身体に優しいひとときを
宿に着くと休む間もなく、続いて谷澤さん一家は目の前の畑で泥だらけになりながらサツマイモを掘り、さらにペッタンペッタンと威勢よく餅を搗いた。もちろん、どの場面でも子供たちは大活躍だ。そしてしばらくすると、庭先の東屋に大きな鉄鍋が運ばれてきた。みんなで採った、いや正確に言うと私以外の皆様が採って下さったきのこと、村田さんの畑から収穫した野菜をふんだんに使った野趣あふれる汁だ。それに搗きたての餅、ふかしたサツマイモが夕食のメニューとなった。
そこへ新たにやって来た宿泊客、埼玉県の高橋さん夫妻を交え全員で卓を囲む。日が落ちると少し肌寒くなったが、やはりこういった食事は外でいただくに限る。炭火で暖を取るうちに初対面同士が自然とうち解け、話も弾む。
「ここに来るの、うちは今年三回目なんですよ」
と言うのは谷澤さん。訪れるようになったきっかけは、やはり子供たちを自然に触れさせたいという思いと、長女の菜々子ちゃんに以前、軽いアトピーの症状があったことだそうだ。聞けば、高橋さんにも同じくアトピーに悩む娘さんがおり、療養にどうかと視察に訪れたのだという。
「ここのごはんなら安心して食べさせられるし、お風呂も肌にいいみたいですから」
と谷澤さんが言うように、『かかし』で出される通常の食事は、村田さんが作った露地栽培の無農薬野菜が中心だ。そして今回のように秋はきのこ、また春は山菜などといった野山の恵み。米も、近隣農家に委託した無農薬米を、栄養の残る五分搗きにして炊いたものだ。また、事前に告げておけば除去食にも細かく応じてくれる。
一方、動物性タンパクといえば平飼い鶏の卵と地元の川で捕れるイワナぐらいで、不公平の無いようそれらは全てオプションとなっている。
宿主の幸男さんは言う。
「畑のものが主体の“粗食”なんですよ、うちのメニューは。肉や魚が好きな方には、野菜がメインディッシュっていうことで物足りないかもしれませんけどね。味付けも塩こしょうや醤油を最小限使うだけのシンプルなものだし。でも、本当はそれがこの風土気候に合った日本人本来
の食事だと思うんですよ。たとえばエスキモーの人たちに『野菜をたくさん食べなさい』って言っても仕方が無いのと同じことで……」
確かに私たち現代の日本人は、必要以上の動物性タンパクを摂りすぎるせいで、さまざまな新しい疾病を抱えるようになったとも言われている。さらに、
「みんなベジタリアンになりましよう、って言うつもりは全く無いですけど、でも若いお客さんに『生のトマトをおかずにしてごはんが食べられるなんて思わなかった!』なんて言ってもらったりすると、やっぱり嬉しいですね」
と幸男さん。そこで私も、谷澤さんの子供たちに訊ねてみた。
「『かかし』のごはん、好き?」
「うんっ!」
「何がおいしい?」
「うめぼし!」「しそ!」「みそしる!」
ちなみに『かかし』で使う味噌は、自ら栽培した大豆を仕込んだお手製だ。それにしても、わずか5歳や3歳の子供にしては何ともシブすぎる答えである。もちろん彼女たちがこう答える背景には、日頃からちゃんとした食育を行っている御両親のしつけもあるに違いないが、極めつけの次の言葉にはやはり驚かされ、そしていろいろと考えさせられてしまった。
「お母さん、おうちでも『かかし』
みたいなごはん作って〜!」
彼女たちは口を揃えてこう叫んだのである。だけど、それは無理な話だろう。毎日採りたての新鮮な野菜を食べるというのは、言ってみればいまや農家の特権だ。
まぁ、谷澤さんの自宅近くに畑があれば別かもしれないが。
「そうですね。でも、うちの特色は食事とかお風呂とか個々のものじゃなくて、この環境での生活を全部ひっくるめて味わってもらうことだと思うんです」
付け加えるように、女将の久美子さんはこう言った。その風呂だが、建物内に岩風呂とヒノキ風呂、そして庭には珍しい五右衛門風呂の三種類がある。いずれも温泉ではなく、宿の裏手に湧く鉱泉水を引き込んで沸かしたものだ。成分には、アルカリ性が強いということ以外に目立った特徴は無いらしいが、実はこの水、古くから地元の人々に“薬水”と呼ばれ重宝されている不思議な水なのだそうだ。宿泊客の中にも、この水を何度も持ち帰り入浴を繰り返した
おかげで、アトピーや胃弱が治ったという人が少なくないという。でも、私は医者じゃないので、実際のところどんな効果があるのかはわからない。が、いずれにせよ土に触れて身体を動かし、新鮮な旬の野菜をおいしく食べ、そしてあったかい風呂に使ってぐっすり寝るという一連の行為は、やはり肉体的にはもちろん精神的にも何かしら有用なことなのだろう。だから、子供連れや湯治のお客さんが多いというのも頷ける。
通勤電車から見た光景
村田さん夫妻は、そもそも農家出身ではない。幸男さんは東京で生まれ育ち、コンピュータのプログラマーとして会社勤めをしていた。それがなぜ農業を、そして民宿をやろうと思い立ったのか。その疑問に、彼
はこう答える。
「ある日、いつもの通勤電車に揺られながら窓の外をぼんやり見てたら、梨の摘果作業をしてる農家の方の姿が見えたんですよ。それが、なんかすごく楽しそうに思えましてね」
もしそれが大変そうに見えていたら、農業なんてやらなかったと思う。そう語る幸男さんはその後、自然農法で有名な福岡正信氏の著書『わら一本の革命』に深い感銘を受け、辞表を提出。そして、全国各地で農業研修を受けた末、知人に紹介されたこの地で十五年前に『かかし』を開業した。現在はおよそ二町歩の畑で年間六十種類近い作物を育てながら、訪れる人々に手料理を振る舞っている。中でも名物は、夏のブルーベリー、深秋から冬にかけての生芋こんにゃくなどだそうだ。
「でも、こんな風に言うとお客さんには申し訳ないんだけど、私は『自分で食べるものを自分で作りたい』と思ってこの宿を始めたんです。それで食べきれない分を、せっかくだからお客さんに召し上がっていただこうと。だから、いくら頼まれても冬にキュウリを出したりすることはできないんですよね」
畑を、そしてその向こうに連なる山々を遠く見渡すような視線で、幸男さんは言う。
「私は、冬にキュウリを食べるのが決していけないことだとは思わない。食べたい人は、スーパーで買ってくるなどしていくらでも食べればいいと思う。人間ってのは、欲望の生き物だし。ただ、村田さんの場合は、言うなればスーパーの代わりにあくまでも畑を、大地を使うということだ。売ってないものを買うことはできない。実りの時季ではない野菜を食べることはできない。」
「タネを植えるところから、もう料理は始まってるんですよ。そうして土や太陽のエネルギーをじっくり蓄えた野菜を使った食事を召し上がってもらいながら、現代社会のことや、自分の日常生活のこと、何でもいいからいろんなことを見つめ直して、ちょっと考えてみませんか? とい
うことですね、私が言いたいのは」
『かかし』の料理は、どの皿にもおりおりの“季節”が盛られている。それを食べると、おのずとさまざまな思いが心に浮かんでくる。
(山田 孝文)
GO to TOP |