その 「20年前のアクアリウム」


今をさかのぼること21年前、当時の私は12歳の小学6年生でした。
ある日、押入れの中を引っ掻き回しながら探し物をしていると、黒いゴミ袋に包まれたかたまりを発見しました。
何だろう?と思いゴミ袋を空けてみると、中から水槽が出てきたのでした。
母親に聞いてみると、父親が10年ほど前(今から30年も前です)熱帯魚に凝っていて、その時の物だろうとのこと。
さっそく父親に、「これ僕にちょうだい!」とせがんだところ、可愛い息子の為だ(と言ったかどうか?)とにかくもらうことになりました。
水槽以外に何かごちゃごちゃと入っている物を物色してみると、小石(大磯)、直径8cm程度の投げ込み式フィルター、ヒーター、バイメタル式サーモスタット、水温計、ガラス蓋、エアーポンプ、1灯式蛍光灯と、水車のような置物で全部でした。
一つ一つチェックしてみると、水槽(60cm)に1箇所ひび割れがあるほかは問題無く使えそうです。
(水槽は、今ではもう見ることも出来ないステンレス枠の物でした)
水槽に水を入れてみると、ひび割れから水漏れしている様子も無いので、全てをセッティングしてみることに。
全てセットしてコンセントをつないでみる。  なんときれいなものだろう!
こうなると、好奇心旺盛な子供の私は、中に入れる熱帯魚が欲しくて欲しくてたまらなくなり(今でも成長が無いような・・・)翌日、母親にせがんで近所の金魚屋でグッピー数ペアとエンゼルフィッシュ3匹、パールグラミー1匹を購入! 
ここに、また一人のアクアリストが誕生しました。
当時は、今のようなアクアショップは無く、金魚屋がほんの少し熱帯魚も売っているというような感じでしたし、小学生の私が熱帯魚入門のような本を読むでもなく、本当に適当でした。
金魚屋のおっちゃんに、カルキ抜きという角砂糖のようなものがあるという事や、餌は乾燥ミジンコが安くてよい、などということを教えてもらったり、小学生の私に親切に教えてくれたもんです。
魚を飼い始めると、母親との戦いが始まるんです。
朝、照明をつけて餌をやってから学校に行くと、帰ってきたころには照明が消えているんです。
すぐに照明をつけて餌をやり、悪ガキどもと遊びに行くと、夕方帰ってきた頃にはまたまた照明が消えているんです。
母親曰く“電気代がもったいないでしょ!”
結局照明をつけていたのは、1日のうち朝と夕方の各30分程度だったようです。
そんな私にも、アクアリストを若くして引退する日が訪れたのです。
いつものように学校から帰ってきて餌をやろうとしたんですが、魚が全滅しているんです。悲しかったですねえ。 今でもその光景ははっきりと覚えています。
何があったのか原因を解明しようと水槽に手をかけた途端、右腕に電流が・・・。
水槽のステンレス枠から電撃を食らいました。
調べてみると、バイメタル式のサーモスタットが割れて水槽内を電気が流れていたんです。
魚達の死亡原因は感電死だと判明しました。
せめてもの救いは、魚達が苦しまないで一瞬にしてあの世に旅立ったであろうということだけでした。
その後、ヒーターの無くなった水槽で、自分で釣ってきたブラックバスやブルーギルを飼ったりしてましたが、水槽のひび割れから水漏れがするようになってきたのを期に、親子2世代お世話になった水槽の役割が終わったのでした。
こうして一人のアクアリストが、あまりにも若くして4年間のアクアリウム生活を引退することになったのでした。
今振り返ると本当に魚達には劣悪な環境だったように思います。
換水は一切無し。
水槽や底床が汚れてくれば3ヶ月に一度ぐらいで水槽を丸洗い。
(当然大磯もフィルターもごしごし洗いです)
水合わせなんて知らない。
フィルターは小さな投げ込み式のみで、中のウールが汚れれば水道水でごしごしと汚れが落ちるまで何度も洗う。
今ならアンモニア濃度が、PHが、亜硝酸濃度がと大騒ぎになるような水槽でした。
(当然水草なんてありません)
そんな環境でも不思議と魚達は元気に育ってました。
グッピーはどんどん増えましたし、エンゼルフィッシュにいたっては、購入時には1.5cm程度だった体長が4年後には10cmにも巨大化しました。
また、春先にヒーターカバーの付いていない裸ヒーターに卵を産み付けてしまい、ゆで卵が出来上がっていたということもありました。
このような経験を思い出すと、現在の魚達はすぐに死んでしまうように思いますし、どこかのメーカーが展開しているアクアリウム理論というのも本当に信憑性があるのかな?とふと思うことがあります。
〜 おわり 〜