その25 「値切るということ」
大阪人は世界中どこへ行っても値切るが、東京人は値切らない。
一般的にこのように考えられているようです。
私は大阪人だからかどうかわかりませんが、現在生活している東京でも日常生活の中でよく値切ります。
私にとってはごくごく普通のことです。
今まで値切ることに一度も恥ずかしさや後ろめたさのようなものなど感じたことはありません。
値切る人の立場になってみると、ほんの少しでも安く買いたいと願う、これは当然のことだと思います。
値切ることが出きればその目的が達成され、得をします。
では、値切られる立場になってみるとどうなのでしょうか?
値切られて安く売ってしまうと、自分の利益が少なくなり、損をするのでしょうか?
値切られる方は、当然値切られることを拒否することが出来ますし、値切りに応じることも出来ます。
値切りに応じた場合にも、商売を成立させることが出きる範囲で値引きをする、すなわち商売を継続していくだけの利益を確保できるということです。
それなら、値切りを拒否して売らないよりも、値切りに応じて売った方が得をしているということです。
値切る方、値切られる方の両者が得をするということは、両者とも幸せになれるということになるので、値切った方が良いのではないでしょうか?
値切らずにそのままの値段で買うと、値切られなかった方は大きな得をするかもしれませんが、値切らずにそのまま買ったほうは損も得もしません。
これでは両者のうちの片方しか得をしませんからね。
値切った人は少し浮いたお金でまた別の物を値切って買うでしょう。
こう考えると、新たな消費が生まれ、消費が活発化し、経済の活性化につながるというのは言い過ぎでしょうか?
いずれにせよ、値切るということは、値切る方も値切られる方も得をし、消費が活発化するのであるから、良いことではないでしょうか?
そして私は明日も値切ります。
〜おわり〜