霧ヶ峰、石の上にも三時間

 7月21日朝4時半。コンコンと、しかしいびきをかいて寝ているお父さんを置いて霧ヶ峰に行く。ニッコウキスゲ見物の車でもう混雑していた。通行料が7時ごろまで無料(検問のおじさんがいない)だからだろう。ヶ峰にも回ったが、花があまりなくてお母さんは不満げだった。
 昨夜散歩を省略されたこともあり、うんちを2回たっぷりして帰ってきた。
 いつも朝寝坊のお父さんだが、さすがに12時間以上眠って7時過ぎには起きてきた。
 部屋の中に入ったらどうだと何度も言われたが、朝からずーっとベランダで過ごした。湿度65%、気温27度だが、東京のことを考えるとずっと快適だ。そよ風と鳥のさえずりが眠気を誘う。でも色んな虫が鼻先を通ったり頭の上に飛んで来たりして、それを追いかける必要性から熟睡はできない。

木のベランダは気持ちがいい。
おやすみくろ
疲れて寝ているようだが、午後の行動計画を練っているのだ。

 天気は相変わらず晴れたり曇ったりで、直射日光がきつい。
 ジミーたちはどうしているか気になっていたが、おばさんの話ではご飯の洗面器をひっくり返したりして、ストレスが溜まっているのがありありだと言うから、挨拶に行かなかった。この暑さで繋がれっぱなしでは無理もない。痛ましい話だが、犬はどこの家に所属するかで運命が定められるから甘受するしかない。捨てられたり、虐待されないだけいいと思うしかない。

 日が少し傾いたから外に出ようと思ったが、日焼けでこんなになってしまった、と見せるお父さんの腕があまりにも痛々しかったので、3時半までごろごろして過ごした。


4時間でツートンカラーに染め上げた腕

 もういい加減空いてきたろうと思ったが、有料道路は上りも下りも車が繋がっていた。30分ぐらい掛かって、やっと駐車できた。
 ぶらぶらと花巡りしていると、パトロールから「うんちの用意ありますか?」と訊かれたので、いつもの新聞紙とポリ袋を提示した。うんちを放置すると雑草が生えて、自然体形が崩れるのだそうだ。それでここには牛もにゃんこもいないのか。
 黄色いニッコウキスゲばかりでつまらない。ロープの中にも入れないから、鳥を追いかけることもできない。道も砕石で歩きづらい。背の高い草で遠くの景色も見えない。それでも一言の不平も言わない、けなげなぼく。石の上に上ったりして、三時間彼らに付き合った。


おい、うんちの用意、あんだろうな?
あたし家の中でしかしないから。
軟弱な奴だ。野ぐそもできないなんて。
くろ
人だか花だか、遠くで分からない。
くろ
こうして石の上に乗らないと山が見えないのだ。


 7月22日は渋滞が恐いので、9時半に出て途中休憩もなしで真っ直ぐ帰宅。
 東京は相変わらずめちゃくちゃ暑いが、風もあったし外の空気に慣れてしまったぼくは、夕方の散歩まで屋上の日陰で旅の疲れを癒した。
 夕方、中央公園でラスティのママなんかに、牛糞事件の話をお父さんが早速ばらしていい笑いものにされたが、決まりが悪いのでそ知らぬ顔をしていた。当分誰もなでなでしてくれないだろうなあ。

 かくして2001年海の日連休は終わった。あの白い雲、青い空、鳥の声を思い出しながら、今夜もクーラーの部屋で寝るとしよう。

石の上のくろ

 海の日連休が終わった翌日。月曜、ふみの日の朝だ。たま姉ちゃんが愛育病院に入ったと電話があった。食べ過ぎか陣痛か分からないが、とにかくお腹が痛いので病院に行ったら、午後には出産とのご託宣が下されたとか。どこまで粗忽な夫婦なのだろう。
 「夕方か夜じゃないの?」と、のんびり構えているお母さんを振り切るようにして、炎天下の中、お父さんは仕事を抜け出して自転車で出て行った。
 帰ってきたら、「電動アシストの威力はすごいぞ。仙台坂もサドルに座ったまま上がれた」と自転車の報告。あのさあ、そんなことはどうでもいいの。もっと大事な話があるんじゃないの?生まれてみたら実は男の子だったとか。
 この世に出てまだ二時間なのに、くしゃくしゃじゃなくて、きれいな顔をしていたと。まさか!ってお母さんは信じなかった。「寝顔がくろに似ていてさ」と聞いて、ぼくは信じた。だが、身に覚えはないぞ。
 自分は抱っこもしてきたくせに、ぼくは当分会わせてくれないという。ぼくが赤ちゃん好きなのを知っていての意地悪としか思えない。でも、「芝公園に行くときはボディガードを頼むから」とのお兄ちゃんからの伝言があったから、一応納得した。

 八月のお盆休みに、車で北海道にでも行ってみようかという話もあったが、この赤ちゃんのためにお流れか?それはないだろう。北海道でなくてもいいから、どっか連れて行けー!主役の座は渡さんぞー。

生後2時間の赤ちゃん
まだ名前を付けられていない、できたての赤ちゃん。