1997年夏

08/10   人間どもの露悪趣味に乗じ、暇を持て余しているに違いない世のワン公たちに、ぼくの日記を読ませてやろう。
  ぼくはこう見えても、ぼーっと日長一日を過ごしているわけではないのだ。
  ところで散歩に連れて行ってくれたり、ご飯をくれる人のことをなんと呼ぼうかしら。
  ご主人は尼崎にいたしな。さりとてお友達ではちょっとおこがましいような。
  そうだ。
  ぼくのことを、家族の一員のようなもんだって言っているから、お父さんお母さんと呼ぶことにしよう。“ような”というところがちょっと引っ掛かるけど、ま、いいか。
  取り敢えず、ちょっと昼寝をしよう。都会の暑さを乗り切るには、寝るのが一番。
08/12   あれ? うつらうつらしてたら...ここはどこ?ぼくはだれ?
  そうか、エレベーターの工事があるからって、日曜日に東京を脱出してきたんだ。
  信州長野は白樺湖のそば、りんどうの郷だって?
  しっかし、ちまちました別荘だねえ。庭なんか芝浦のビルの屋上ほどもない。中産階級を気取って背伸びしても、貧困さは隠せない。これは日本全部に言えることなんだけどさ。
  噂じゃ欧米列強のワン公は、いい生活しているそうじゃないか。世界に誇る柴犬系MIXのぼくとしては、日本の生活水準の向上に期待したいところだ。
 
  朝早く自動車に乗せられて、どこに行くのかと思ったら、浅間山のそばの高峰高原に着いたと思いねえ。
  高山植物の咲き乱れる三方ヶ峠の散策と洒落込んだのだ。が、案内板の柱でおしっこしてたら、管理人と思しきおっさんが近付いてきて、「犬が入るのは禁じられています」だって。
  引き返す車の中で、「なんで犬はだめなんだ。法的根拠は何なんだ。自然保護か?数千人数万人の人間が歩き回るのはいいのか?!」ってお父さんは憤慨してたけど、あのおっさんに言えってえの。
  ぼくなんか、おっさんを一目見ただけで胡散臭さを感じたから、一声吠えてやったぜ。
帰りの後部座席でふて寝をするぼくに気を使って、長門牧場に立ち寄ってくれた。
  広くって気持ちよかった。思いっきり走った。暑いけどさわやか。
  まるで北海道みたい。まだ行ったことはないけどさ。
  しかし牛には驚いたなあ。セントバーナードよりずっとでかいんだから。
  吠えてやったんだが、ワンとも言わない。じろっと睨むだけなんだ。ちょっとびびっちゃったじゃないか。
08/13   お盆? 帰省? みんな故郷に戻る日だってか?
  ぼくも帰らなければいけないのだろうか。でも尼崎のご主人の家、どこだか忘れちゃったしなあ。
  犬ならだれでも、帰趨本能があるって訳ではないのだ。
  主人と遠く離れてしまって、何千里も歩いて家に戻ったのがいるそうだが、はっきり言って、ありゃ馬鹿だね。利口なら主人と離れ離れにならないよ。
  置いてけぼり食ったらさ。そこには人間の色んな事情ってもんがあるんだろうって、気を利かせてやってさ。戻れても、戻りたくてもさ。じっと我慢して新たな道を進むのが、正しい犬の姿ってものじゃないのかね。
  仮に人間のご都合主義でガス室送りにされたって、泣いて騒ぐなって。ぼくたちは何も悪いことしていないんだから、堂々としていればいい。おてんとさんはちゃんと見ていてくれるさ。
  お母さんは温泉が好きだ。白樺湖のほとりにできた温泉に行くのを楽しみにしている。
  温泉って入ったことがない。猿が入っているのを何かで見た。あいつらは人間の真似をしたがるからなあ。煙草を吸ったり。ばかだね。人間のすることは愚かなことが多いのを知らないんだ。
  温泉もシャワーとおんなじようなものだろう。ぼくは嫌いだね。体を洗うと体の臭いが消えちゃうんだもの。
  でも毛がふわふわになると、布団でもどこでも寝ても叱られないから、我慢してたまには洗ってもらうんだ。
  お母さんが温泉に行っている間、白樺湖一周の散歩をして待っていた。一人でお留守番は可哀相だと、お父さんが付き合ってくれたのさ。
 
  夏ばてかなあ。
  夕立前にちょこっと30分ほどの山登りをしただけで、気だるくって食欲もわかない。
  11日の八子ケ峰で、バッタを追っかけてはしゃぎすぎたからかもね。
  かくれんぼはおもしろかった。すぐ側にいるのに、「くろー、くろー、どこに行ったのー」なんてお母さんが叫ぶんだもの。笑っちゃうよ。
  天気もよかったから、ニッコウキスゲやワレモコウもきれいだった。
  明日は高校野球でも見ながら、のんびりさせてもらおうっと。
08/14   ひどい雨になってきたな。雨音で目が覚めてしまったじゃないか。おや、もう夜中も一時過ぎじゃないか。
  遊び疲れもあって、お父さんたちの買い物やカラオケにも付き合わずに、きょうはお留守番と称して家の中でごろごろしてた。いつもの家と違うので、ちょっと寂しかった。
  缶詰をお土産に買ってきてくれて嬉しかった。
  実は奥歯が悪いみたいで、ドライより缶詰のウエットフードの方が食べるのに楽でいいんだ。
  ところで、なんで犬の歯医者さんていないんだろう。人間なら、歯、耳、お腹、怪我、出産と、お医者さんは全部違うのに。それどころか、犬も猫も鳥も牛もひょっとすると蛇だって同じ人が診るんだ。これゃあ信用できないぜ。
 
  夕方、天気はあまりよくなかったけど、お留守番したご褒美に、車山の先の野原に連れて行ってもらった。
  夕霧に霞む松虫草の中を散策するのも、なかなかいいもんだ。カンカン照りのときより、情緒があっていい。欧米のワン公どもにも見せてあげたいね。よく考えてみると、日本も捨てたもんじゃないな。
08/16   Uターンラッシュの渋滞が予想されるので、明日はうんと出発が早いんだそうだ。だから早く眠らないといけない。きのうと同じエコーバレースキー場で、三時間も走り回ったから、ぐっすり眠れそうだ。
  オフシーズンのスキー場は、ぼくのようなシティーワン公にとっては穴場。
  ヤナギラン、クルマユリ、シシウド、松虫草が咲き乱れていた。
  トリカブトっていうきれいでも恐い花もあるから注意。往々にして、きれいなものは恐いのだそうだ。しかし、恐いからってきれいとは限らないから不思議だ。うちのお母さんがいい例だろう。
  そこには、猫一匹いないんだ。「犬は入れません」と言う無粋な人間もいないしね。「犬のフンは飼い主が」なんて、余計なお世話の看板もない。
  大体あの看板は気に入らない。
  猫はどうなんだ、猫は。ありゃ臭いぜ。登山道では、必ず一つや二つは人糞に出くわすとお父さんが言っていた。ぼくみたいに、新聞紙の上にやって持って帰ればいいのに。
  きょうも霧が深くて、まるでミルクの中を走っているようだった。(お父さんの口笛とうぐいすの声を聞き間違えて、ちょっと恥ずかしかった)
  これも幻想的でいいじゃないか、と霧の中でお父さんは盛んにカメラのシャッターを切っていた。だけど、この間デジタルビデオを買ったばかりのお母さんは不満気だった。
  景色に興味のないぼくは、曇っていてもいいのだけど、草露で体がぐしょぐしょに濡れると、必ずシャンプーされるのが閉口だ。
08/18   東京も涼しいじゃないか。
  朝、お母さんとお台場公園に行った。コスモスがいっぱいだった。ほとんどが黄色なんだそうだが、ぼくにはどれが黄色でどれがピンクなのか分からない。胸がむかつくので草を食べることにした。
  こんどお父さんに早く起きてもらって、コスモスを背景に写真を撮ってもらおうと思うが、まず無理だろう。あの人はパソコン雑誌を夜遅くまで読んでは、ため息ばかり吐いているからなあ。
  ところでフィルムスキャナーは、いつになったら買う気なんだろう。早く買って、ぼくの写真をもっとアップして欲しいのだ。
  お台場に貸し自転車屋さんができていた。ワン公の散歩を阻害されないか心配だ。ぼくは朝早いから関係ないけど。
  夕方の散歩で、中央公園の友達に会うのが楽しみだ。みんな夏休みはどこかに遊びに行ったのだろうか。
08/19   エレベーターの工事がやっと終わり、ほっとした。
  外でよその人の声や足音がすると、どうしても落ち着いて昼寝ができない。いついかなる時でも、非常時の際はぱっと起きなければならない職務を持つ身にとっては、これは辛いことなのだ。
  7階まで歩いて登るのは、四つ足と言えどもこたえる。これが山登りならば、へっちゃらなんだけど。妙なもんだ。
  新しいエレベーターに乗ったとき、あまりの違いに別のビルかと思ってしまった。ぽりぽりやって毛を落とすなとお父さんに言われたけど、それは無理と言うもんだ。
  前のはおんぼろで、ガタピシ揺れるもんだから、地震を思い出して恐かった。
  中央公園の友達は相変わらずだった。だれもぼくみたいに、野山で夏休みを過ごさなかったようだ。やっと東京弁に慣れ気心も知るようになったのに、つまらぬ妬みを買って仲間外れになるのも嫌だから、蓼科のことは話さずに、何食わぬ顔をしていた。
  他人の幸せを自分の喜びにするなんて、ふつうはできないもの。人の不幸は簡単に同情できるのに、不思議なもんだ。
  ここらでは「山の手」の、三田の方の友達の中には、きっと北海道やハワイに連れて行ってもらったのもいるに違いない。でも全然羨ましくはない。飛行機に乗るのは一度で十分だ。あれは犬の乗る乗り物ではない。ひどいものだ。
  そうそう、乗り物と言えば、昨夜お姉さんが自転車でバイクと正面衝突したらしい。奇跡的に擦り傷と打ち身だけですんだようだ。お父さんたちが保険がどうとか騒いでいた。
  人間はいい。怪我や病気をしても保険があるから。
  放し飼いの犬を捕まえたり、とっくに日本では絶滅している狂犬病の予防注射をさせるだけでなく、保健所はケン(犬)公保険制度も作って欲しい。
  ぼったくりの獣医もいるそうじゃないか。せめて薬と治療費は全国統一してくれないと、飼い主がケチで、獣医に診てもらえないワン公が減らないと思うんだ。
08/20   きょうは日記も書きたくないほど、とってもブルーな気分なんだ。体のあちこちが痛むし。
  実は昨夜、中央公園で喧嘩してしまったんだ。東京に来て初めての大喧嘩。まあ聞いてくれ。
  相手はたまにそこで会うカンボー
  太い綱で彼を引っ張っているおっちゃんは、ビーグルだと称しているけど、だれも信じちゃいない。
  おっちゃんの話では、土佐犬や秋田犬と喧嘩しても負けたことがなくって、猫を何匹も噛み殺しているそうだ。人呼んで、猫殺しのカンボー。そんなビーグル犬ている?
  ぼくがバンタム級なら、彼はミドル級。ぼくが舞の海関なら彼は無双山関。で、顔はマスチーフ系なんだ。ここだけの話だけど、お父さんは彼のことをバケモノと言っている。名前も、「キカンボーだからカンボー」になったに違いないと。

  彼と初めて会った日、油断していて肩の付け根に牙を当てられ、不覚にもキャーンと悲鳴を上げてしまったんだ。そのままでは男が廃るので、会うたびにわんわん吠えて、リターンマッチをさせて欲しいとお父さんに懇願していたんだが、絶対近付きもさせてくれなかった。

  夕べはほとんど日も沈んで公園が閉園間際だったし、だれもいなくなったので、紐をお父さんが外してくれた。のんびり草の匂いを嗅いでいたら、妙な臭いがする。
  誰かいるのかなーと思ったら、遠くにカンボーがいるじゃないか。
  お父さんを振り返って、悪いけど行かせてもらうよと、目で断ってから突進した。
  一瞬睨み合った。新参者のくせに相変わらず生意気な目をしている。
  おっちゃんも紐を緩めて、喧嘩するか?うちのカンボーに唸るとは、チビのくせにいい度胸しているじゃないかといった構えだ。
  カーッとなって飛び掛かった。前々から不意打ちの復讐をするつもりでいたのだ。
  バウバウバウッと言う声を聞いて、お父さんが駆け寄ってきた。やめなさいと制止されたけど、そうはいかない。ちょっとでも攻撃を止めれば、付け込まれて深手を負う危険があるのだ。どちらかが圧倒的に優勢にならなければ、我々の戦闘は止められないのだ。人間の戦争だって同じだろう。
  3分間1ラウンドを、3ラウンド闘った。自分で言うのもなんだが、凄いドッグファイトだった。矢吹丈と力石との闘いのようだった。もちろんぼくが明日のジョーさ。
  彼もなかなか強い。伊達に「猫殺し」の異名を持っていない。ぼくの鋭い牙に悲鳴を上げないんだ。腕力も強いから、ともすれば下に踏み潰されそうになる。
  しかしこの黒兵衛をナメてもらっちゃ困る。尼崎の施設で、生死の縁を歩いてきた身だ。山で鍛えてきた自慢の足腰で、なんとか体勢を保った。日ごろの鍛練は大事だ。「若者よ体を鍛えておけ」と言う歌もあるじゃないか。

  第1ラウンドは引き分け、小休止後の第2ラウンドは5:4でぼくの完全な勝ち。カンボーが攻撃を断念した。だからぼくも、ゴロゴロと威嚇しながらすーっと離れてやった。侍の真剣勝負と同じさ。
  終わったと思って、お父さんがぼくに紐を付けた。結果的にそれはまずかった。
  戦争はまだ終結していなかったのだ。
  力の差を見せ付けてやったから、観念したろうと思っていたのだが、カンボーもおっちゃんもそれが口惜しかったのか、まだやる気だったのだ。ぼくもお父さんもふと気を緩めたところだった。
  最終ラウンドが始まって間もなく、斜め後ろから首の後ろをがっぷり咥えられてしまった。紐を付けられたため、体の自由が利かなかったのが原因だ。
  身動きできなくなり、危うくTKOになるところだった。
  見かねたお父さんが、カンボーのお尻を蹴っ飛ばしてくれた。ひるんだその隙に、正面から噛み付いてやった。それまで自分の犬が負けるわけがないと悠然としていたおっちゃんも、鋭いぼくの反撃を見て慌てふためいたのか、やっとお父さんに協力して、間に分けに入った。
  そのときは夢中で気がつかなかったけど、帰宅するとき足が痛くてよろついてしまった。
  すっかり決着がついたわけではないので、また会ったら臨戦体勢に入るのを忘れてはならない。彼にも彼なりのプライドがあるだろうから。

  シャワーできれいにしてから調べてもらったら、耳の後ろ、背中の後ろ、左前足、それに顎の下から血が出ていた。カンボーもかなり怪我しているはずだ。打撲傷もあるんだけど、毛深いから分からない。お父さんに撫でてもらうと、痛みが和らぐから不思議だ。
  顎の下の傷は消毒薬がしみて泣きたくなった。喧嘩より薬の方が痛いことを知った。
  薬で困るのはそれだけではない。オキシフルを掛けられると、緑の黒髪がチャパツになってしまうのだ。これで足の包帯がずれてルーズソックスみたいになった日には、出来の悪い女子高生になってしまう。
  治療をしながら、劣勢になっても一度も悲鳴を上げなかったぼくを、お父さんは誉めてくれた。でもお父さんはぼくの代わりに、お母さんに叱られてしまった。
  「そんな風には見えないんだけど。飼い主に似て向こうっ気が強いんだから。やめてくださいよ。クロちゃんが可哀相じゃない」って。全面的にぼくに責任があるのに。
  聞けば、お父さんも警察沙汰になるほどの喧嘩をしたことがあるらしい。
  自分ではこれでも温厚な性格だと思っているのだけど、我が物顔にガンを飛ばしている奴や態度の悪い奴を見ると、無性に腹が立ってくるんだ。でもちっちゃいワン公をいじめるようなことは絶対しない。お父さんも同じなのだろうか。
  やるときはやる。たとえ負ける相手と知っていてもだ。ひぐまを相手に、死んでも噛み付いて離さないワン公だっているんだ。それが男と言うものさ。
  でも今になってみると、あのときは胸がすーっとしてもなにか憂鬱だ。つまらない喧嘩はするもんじゃないと思う。本当に闘わなければならないときは、一生に一度か二度。それまでは体を大事にしなければ。
  散歩も気が進まない。夕方の散歩では、足の包帯を取ってくれるんだろうなあ。
あ、お父さんがカメラを出してる。ん?包帯姿が可愛いって?よしてよ。悪趣味なんだから。そんなこと付き合う気分じゃないんだってば。

  まだ暑いけど、夏ももう終わるはずだ。別の意味でも暑かったぼくの夏休みも終わり。日記もこの辺で止めちゃおう。