1998年夏

 たった三日間だけど、犬並みにリゾートをして来たので、報告しよう。
 行先は去年と変わらず、長野は蓼科(タテシナ)の別荘だ。我が家のものではない。いつ売却されるか分からないから、使えるうちにいっぱい利用しちゃえって、さもしい根性から行くだけなのだ。
 家の中でうだうだしている恵まれない君たちを、うらやましがらせるわけではない。
 これも飼い主たる家族への、精一杯のサービスの一環でもある。誤解しないで欲しい。
 今回はどういう風の吹き回しか、友紀姉も行くと言う。
 別に親孝行のためでもなんでもない。最近バイトをサボって金回りが悪いから、どこにも行けないからであろうと、ぼくは睨んでいる。
 ま、邪魔にもならないから、同行を許してあげた。ここ二日間、一緒に散歩したことでもあるしね。

7月17日

 夕方の散歩は最悪だった。
 それはなにも、散歩のパートナーがお父さんではなく友紀姉だったからではない。
 このところ会っていなかったカンボーに出くわしたのだ。え?カンボーを知らない?だったら去年の日記を読んでくれたまえ。
  
 中央公園に行く途中から、もうその邪悪な臭いがぷんぷん。エクソシスト並みだ。
 その臭いを嗅ぐと、むらむらっとする。だから、姿が見えないうちから、後ろ足でパッパッと盛大に土を蹴り上げて歩いた。
  
 急ごうじゃないかと、ぐいぐい友紀姉を引っ張って行くと、公園の入り口に、ダルメシアンの若造バーディがいた。
 こいつはまだ1年にもなっていないくせに、図体だけはぼくよりでかくなってしまった。それだけならいいのだが、なれなれしくも、ぼくの背中に足を掛けたりして遊びに誘うのが気に入らない。
 それでも犬ができているぼくは、ああそうかいそうかいと、適当にあしらってやっているのだが、そのときは邪悪な臭いで気が立っていたから
(若造、邪魔だ!どけ、どけ!スットコドッコイめ!)
 って怒鳴ってしまった。
 バーディのおっちゃんは
「くろ、どうしたの、きょうは? いつもはいい子なのに」
 って、妙な顔をしていた。仏の黒兵衛も、いつもいつもエヘエヘしていると思ったら大間違いなのさ。
  
 ショムニ、じゃなかった、しゃにむに坂を登ると、そこは芝浦セントラルパーク。
 案の定、カンボーがいた。相変わらずふてぶてしい顔をしている。
(おい、生きてたのか、ビーグルもどきめ!)
 って親愛なる挨拶をしたら
(お、チビクロか。お前まだここにいたのか。はよう尼崎に帰れ!なんだきょうは女連れか。でれでれしやがって)
 と、これまた、立派な挨拶をしてきた。
  
 あんまりぼくらが親しそうなので、友紀姉(ぼくらの腐れ縁をよく知らない)は恐れをなして、散歩もそこそこに帰ってきてしまった。
  
 それだけならまだいい。
 帰り道では、ぼくにガンを飛ばして来た猫がいた。
 猫なんてのは家の中にいればいいのだ。それがのうのうと公道を闊歩している。百歩譲って、それもいいだろう。たまには外の風も受けたかろうから。
 許せないのは、弱い者(犬)いじめする猫だ。土地もんでないばあちゃんたちが、毎日ご飯を持ってきてくれると思って、態度がでかい。
(ちょっと、君。散歩の邪魔だよ。あっちの車の下にでも行ってたらどうだね)
 って、優しく諭したのだが...。
(なに言ってんだ。このタコ!)
(タコとは何だ! タコとは! ぼくはイヌだ)
(タコを知らねぇのか?タコってぇのはな、お前たちみたいに、紐が繋がっているときはいっちょまえに歩けるが、紐が切れちゃえばどこに飛んで行くか分からない、お前みたいな奴のことを言うのさ。憶えておけ、このトウヘンボク!)
(トウヘンボクとは何だ! トウヘンボクとは! 漢字で書けないくせに)
(おめぇ知らねぇな? 唐変木って書くんだよ。憶えておけ、このウスラトンカチ!)
(ウスラトンカチとは何だ! ウスラトンカチとは! 泳いだことがないから、カナヅチかも知れないが)
(ウスラトンカチも知らねぇのか? ウスラトンカチとはな...)
 と、延々と禅問答が続いたのであった。教養を深めるために、まだまだ続けたかったが、友紀姉に引き摺られてその場を後にした。
 そこに居合わせたおじちゃん曰く
「あの猫は凶状持ちなんだ。気を付けな。片目を失った犬がいるんだ」とか。
 そうか、そんな奴だったか。三味線屋のおじさんに会ったら、タコ猫があそこにいるよって教えてあげよう。どうしてぼくは、こうも親切なのだ。
  
 帰ってから、さあ食事か、と思ったら一向に支度してくれる気配がない。支度ったって、2キログラム入りの袋から、ステンレススチールの器にごろごろって入れるだけなんだ。それもしないとは、なんたる不精な飼い主。ML仲間にばらしちゃうぞ。
 お?なんだ?様子がおかしいぞ。
 え?なに、これからお出かけ?それも車で?
 そうか、なあんだ、それで食事抜きなのか。悪かった。それならそうと、早くそう言えばいいのに、人が悪いんだからぁ。
 そういうことならご飯要らない。さ、早く行こう!ぼく玄関で待ってる!
  
 そんなこんなで、大慌てで中央高速をひた走り。2Lカーでもぼくが走るより速い。
  
 談合坂パーキングエリアで食事。ぼくは水だけ。レストラン前のベンチに座って、ひとり待ってた。レストランの中から、お母さんがちらちらとぼくの様子を見ていたが、気が付かない振りをして、ダルメシアンと柴犬のいざこざを眺めていた。
  
 車中も平穏ではなかった。友紀姉の音楽テープはうるさいとお母さんが言い、友紀姉は、堀内某の演歌「竹トンボ」はもう止めてくれと、お母さんにクレーム。どっちにしたって、こっちにはいい迷惑なのだ。
 どうせなら、犬のお巡りさんか、わんわんワルツでも掛けてよ。
  
 11時頃着いた。空にはいっぱいの星。近眼のぼくの目でも、天の川がくっきり見えた。あしたはいい天気だろう。きょうのところは早く寝て、明日に備えよう。
 おっと、晩御飯まだなんですけどぉ。
  

7月18日

 朝、軽くそこら辺を一巡りしてから朝食。そして、お弁当と水をバッグに入れて、すぐ近くのエコーバレースキー場へ。
「くろにも、自分の水ぐらい持たせたら?」
 友紀姉、余計なこと言わないの。もう連れてきてやんないよ。
  
 てっぺんまで行くのに、二つコースがある。今回は日差しも強いので、林道コースにした。
 道が不案内な友紀姉をガイドしてあげながら、るんるん気分で先を急いだ。30分も歩いただろうか。
  
 (あいた、た、た...)
  左前足の肉丘が突然痛んだ。
 人間どもは、きれいな蝶々に夢中で、ぼくの異変に気が付かない。
  仕方がないから、座り込んで痛いところを舐めた。
「あれ? くろったら、ちゃっかりあんなところで休んでる」
  なんて犬の気も知らずに、のんきなことを言いながら寄って来た。
「おい、変だぞ、何か刺さったんじゃないか?どれ見せてみろ」
「きゃん、きゃいーん」
「ほれ、ごろんして。ん?これか?」
「きゃんーきゃんー」
「我慢して。うーん、あ、これか?うーん、よく分からないなあ」
 立ち上がってみたが、痛くて左前足を地面に着けられない。3本足で歩こうとした。が、うまくいかない。こんな歩行練習はしていないしな。
(ちょっとぉ、こんなとこ写真撮ってどうするの。報道カメラマンだって、まず負傷者の救助でしょうが)
「しょうがない、担いで下りるか。獣医に見てもらうしかない。土曜日だけどやってるかなあ」
  
 撮影を中断して、お父さんがぼくを抱っこしてくれた。そうよ、そうでなきゃ。と、思ったら
「だめだ、こりゃ。重くてとても」
 おいおい。小さなディバッグにぼくを入れようと言うのか。バッグの中身を出している。
 冗談じゃない。そんなのに押し込まれたら骨折しちゃうよ。
 ぼくは必死に痛いのを我慢して、肉丘を舐め、ガウウウウをやった。人に触られると痛くて我慢できないが、自分でやる分にはなんとかなるから不思議だ。
 もう一度抱っこされそうになったので、自分で立ってみた。
 ちょっと痛いが、なんとかなりそうだ。
 そーっと歩いた。ん?平気か?
 これならバッグに入れられるよりいい。
 もう少し歩いた。なーんだ、なんだか知らないが取れちゃったみたい。
  
「どうやら大丈夫みたいだね」
「助かったなあ。くろを担いで下りるんじゃたまらんもの」
 こっちも助かった。バッグに入れらずに済んだ。
 犬は人間なんか当てにしちゃだめ。最後は自分しか頼りにならない。肝に銘じておこう。
 山などに行くときは、万一に備えて、ぼくが歩行困難になったとき担げるような、ちゃんとした道具を携帯して欲しいもんだ。15キロもないのだから。もしぼくがセントバーナードだったら担架が必要だ。
 え?セントバーナードだったら、人間を助けるのが役目だろうってか?
 それはアルプスの話でしょうが。日本ではいかなるときでも人間が犬を助けるの!
  
 ま、そんなこともあったりしたが、ルート変更してどうにかてっぺんに着いた。もちろん、ぼくが一番乗りさ。
 風の冷たさが違う。匂いも違う。ちょっと生温かくなってしまった水でも、こうしたところで飲むと、また格別だ。
 お父さんたちがコンビニおにぎりを食べている間、ぼくはジャーキーもどきを2本口にしただけで、大いに野草の観察を楽しんだ。
 今年も変な天候だからか、色んな花が好き勝手に咲いてしまっている。世紀末現象か。
  
 飛び回っては日傘の下で休んだりして、一時間以上いただろうか。
「なんだあいつ。あんなに痛がってたのに、足は平気みたいじゃないか」
 という話は聞こえない振りをして、さんざ駆け回ったのでぼくもさすがに疲れた。
  
 下山途中で喉が渇いた。500mlの水は上で飲みきってしまったから、道脇にちょろちょろと流れているのを飲むことにした。
「おい、そんな汚いのを飲むなよ。もう少し下に行けば川があるよ。来てごらん」
 そう言われたのでついて行くと、確かに川の流れる音がする。ぼくの耳はおかしくて、その気になって耳を澄まさないと、かなりの音も聞こえないのだ。その気にさえなれば、人間が聞こえない音でも、しっかり耳に入るのに。難しく言えば、選択指向性があるということだ。
  
 小さな橋の脇から下りて、川の中に入った。
(キャッ、ちゅめたーい!)
 女学生のような嬌声を上げてしまった。恥ずかしい。
 飲むと、まるで氷を舐めているみたいだった。(ここだけの話だけど、実は氷を食べたことがないのです)
 じゃぶじゃぶと、お腹の毛が濡れるところまで、川に入った。火照った足とお腹が気持ちいい。
 お調子者のリトリーバーなら我を忘れてはしゃぐだろうが、ぼくは慎ましいので、喉を潤したらすぐ川から上がって、ブルブルをして体を乾かした。しかし、道を歩くと泥だらけになってしまった。
  
 下まで下りて、ちょっと小腹が空いたなと思っているところに、お誂え向きに、ハングライダーのおっちゃんが弁当を食べているのに出会った。
(なに食べてんのさぁ、おいしそうじゃない。愛妻弁当かい?この、このう)
 ってからかったら、はいよって、鳥の唐揚をくれた。断るのもなんだし、ぺろりと食べてしまった。
 それを見ていた友紀姉がお父さんに告げ口したもんだから、えらい怒られてしまった。
 聞けば、鳥の骨は、犬にはまずいらしいんだな、これが。でもうまかったけどなあ。
  
 別荘に戻ると、友紀姉にしっかりシャンプーされた。その間に、お父さんとお母さんは、すぐそばの温泉に歩いて行った。
  
 みんなさっぱりして、一休みしたら、また、様子がおかしい。お母さんの落ち着きがないのだ。
(どっか行くの?)
「カラオケにあんたも行く?」
(行く、行く)
「あんたじゃないの。友紀、どうするの?」
(ぼ、ぼくは?)
「くろはお留守番。分かる?お、る、す、ば、ん」
 一度言えばそんなこと分かるさ。犬やガイジンも、ゆっくり言えば日本語でも通じると思っているだよね。
(いやだー!ぼくも行くんだー!)
「しょうがないわねえ。一緒に行ったって、自動車の中よ?」
(いいもん。絶対一緒に行くんだもん)
「じゃ、連れて行くか」
(わーい)
 テレビを点けておいて留守番させられることが多いけど、ろくな番組がないからつまらないのだ。再放送でもいいから「ベートーベン」か「三匹荒野を行く」なんかをやってくれればいいのだが。
  
 前もって言われていたから仕方がないのだが、みんながカラオケやっている間、ぼくは自動車の中で丸まっていた。国道脇の駐車場とはいえ、繁盛していない店だし、田舎のことだから、車の出入りもなく静かなもんだ。
 サイドとルーフからの風が、緑の匂いを運んでくる。
 正直なところ、眠くて眠くて。だって、芝浦にいるときは昼間でもうつらうつらしているのに、こっちへ来ると、朝からずーっと昂奮して寝ていられないのだ。
  
 二時間もすると、カラオケに飽きたのか、みんな戻って来た。
「くろちゃん、ごめんねえ」
「よーし、いい子だったねえ。水は飲まなかったの?」
 口々にぼくのご機嫌うかがい。
 気を使わずに、もう一時間ぐらいやってればいいのに。こっちは寝足りないのだ。
 後ろめたさを覚えてか、もうとっくにナイターが始まっているのに、戻る途中で車から降り、お父さんはぼくを別荘地内の散歩に連れ出した。
(もういいよ。ウンチも出ないし)
「もう少し歩こうか。ほら、きょうも星が出てるよ」
(大犬座はどれ?)
「はて、大犬座はどこだったかなあ」
(ほんとに、それで天文航法を学んだんかい?)
「目が衰えてきたなあ。おれも歳だ」
(衰えているのは、視力だけじゃないと思うよ)
 ああだこうだと、話しながら小半時も歩いて戻ると、食事の用意ができていた。なぜかサイエンスシニアに、缶詰肉が添えられていた。
  
 夜、みんな寝静まってから、お父さんだけノートPCをいじっている。
「お、立ち上がった」
 半分壊れているから、その日によって動かないときもあるのだ。途中で動かなくなることもある。捨てなさい、そんなの。まったく小市民は未練がましいんだから。
 いつまでも付き合っていられないから、ぼくは先に寝るよ。  

 みんなまだ寝ているのに、ちょこっと散歩したら、お母さんはぼくを車に乗せた。
(ねえ、どこに行くのさあ)
 不安げなぼくの問いに答えもせず、ひたすらホイールを握ってトヨタ4WDを走らせている。
 夫婦喧嘩して家出するわけでもなさそうだ。もしそうなら、ぼくをどっちが引き取るかの協議があってもいいはずだからだ。さりとて、いつもの山ではなさそうだ。が、とにかく乗せられてしまった以上、一緒に行くしかない。
 
 一時間近く走ったところで降ろされた。
 ちっこいお店屋さんが並んでいる。野菜と漬物を売っている。どれもぼくは興味がない。だから車の中で待つことにした。やがて両手にいっぱい野菜を抱えて、お母さんが戻って来た。
「やっぱり朝市はいいもんがあるわ」
 これが朝市か。で、朝一で出て来たんだ。自分で自分の駄洒落に笑ってしまった。
 そのまま帰るのかと思ったら、さらに遠くに車を走らせた。
 走らせては止まり。止まっては走らせる。止まったところでは、必ず何か買い物をしている。面倒くさくて付き合いきれないから、ぼくは車から降りなかった。
  
 ひとりできちっと座席にお座りできるし、走る景色を眺めるのも悪くない。だから車は嫌いではないのだが、お母さんの買い物ドライブだけは願い下げにして欲しい。昼に戻ったときには、少々疲れを覚えた。野山を半日走ったって、こんなに疲れやしない。
 お父さんがお母さんと一緒に買い物に行きたがらないわけが、よーく理解できた。
 買い物の後のお母さんの機嫌はいい。精神がハイになる。ただでさえ乏しい我が家のお金が、さらに少なくなるのに、なぜかうれしそう。
 消費者の購買意欲の低下が不況の原因なんだ、って政治家は言っているが、お母さんの購買意欲はいつも旺盛だ。国の景気向上に貢献するのが、とても楽しいのだろう。
  
 摘んできた花を、お母さんがせっせと生けたりしている間、ベランダでうとうとした。
  
「そろそろ、くろちゃん、どっかに連れて行くか?」
 ん?!
 寝ているぼくの耳に、確かにそうだれかが言ったのが、部屋の方から聞こえた。目を閉じたまま、耳だけを立たせて次の声を待った。
「もう四時になるから、いい加減、車山も空いたろう」
 そうねぇ、というその返事が出る前に、ぼくはもう立ち上がって玄関に向かっていた。
  
 白樺湖に出てみると、車山から下りてくる車が、延々と続いている。ニッコウキスゲが満開だなんて報道を、間違ってテレビがしたからだ。
 首都高速だって、こんなに車が並ばない。ものすごい量だった。さすが車山だ。
「戻ろうか?」
 しかしここまで来た以上、引き返すようなお母さんではない。ぶいぶいアクセルを踏んでいる。我々が帰る頃までには、この行列は消えるだろうと、何の根拠もない希望的観測を頼りに。
  
 霧か?いや、雲の中なのだろう。視界が利かない。さーっと日が射すこともあるが、とても遠くの景色が見えるものではない。
 上は、人でごった返してはいなかった。
  
 こっちは常連だから、だーれも来ない走り回れるところに出て、キタキツネごっこをした。
 キタキツネごっことは、両前足を揃えて、草丈の深いところでぴょんぴょん跳ね回ること。ただ跳ね回っているだけでは、馬鹿みたいに思われるから注意しなければいけない。一応、虫とかバッタなんか見つけて、捕まえるようなことをするわけ。捕まえられなくてもいい。目的は、草の中で跳ね回るところにあるのだから。
  
 ニッコウキスゲはもう盛りを過ぎていて、気の早い松虫草なんかがちらほら。それにワレモコウが刺し身のつまのようにあるだけ。
 これは内緒の話。もし花に興味があるのなら(そんな犬は滅多にいないと思うけど)、ここではなくて、きのうのエコーバレースキー場が穴場。人もほとんど来ないのに、花はそこら中いっぱいで、近接撮影もできる。だれにも言っちゃだめだよ。
  
 日が沈むまでいたかったけど、友紀姉が寒い寒いと言うものだから、1時間ちょっとで引き上げた。それでもかなりいい運動とストレス発散にはなったよ。
 食欲も旺盛になって、お代わりを貰わずにはいられないほどなのだ。
  
 お父さんを除いて、ぼくもみんなも早く寝てしまった。
 夜中、ふと目が醒めた。変な音がするのだ。
(雨が降ってる。あっ!雷だ!ほら、聞こえるでしょ?)
 ソファーから降りて、パソコンごっこをしているお父さんのところに行って、そう報告したのだけど
「降り始めたなあ」
 なんてのんきなことを言っているだけ。中耳炎をやっているから、耳が遠いのだろう。雷鳴は聞こえないらしい。
 雷は恐いんだぞ。ものすごい大きな音がして、ストロボの百倍ぐらいの光りがして、落っこちればパソコンなんか一発で壊れちゃうんだから。
 お父さんでは埒が開かないので、入室禁止区域の畳の部屋に行った。そこで寝ているお母さんの布団の脇で、そっと気付かれないように丸くなった。
 神様おやすみなさい。お母さんが目を覚ましませんように。雷がこっちに来ませんように。


 夜中に始まった雨は、朝まで続いていた。だからか、お母さんは部屋の片づけをしていて、一向に散歩に行こうとしなかった。
  
 いつもならとっくに散歩を終えている頃、お父さんたちが起きてきた。
 
「さ、早くしてよ。道が込まないうちに帰るんだから」
 二人にはっぱを掛けている。お母さんはなんで毎朝元気なんだろう。夜は8時過ぎると、二日酔いのコアラみたいな目になってしまうのに。
 
 掃除機でぼくの落とした毛を吸い取ったりしているうちに、雨がだいぶ小降りになってきたので、友紀姉を誘って、トイレ散歩に出た。
 ぼくが家の中にいては、永久に掃除が終わらないからだ。
 じゃあ、芝浦の家はどうしているかって?決まっているじゃない。掃除は基本的にしないことになっているの。もしするとしても、ぼくが夜の散歩をしている間にする。
  
 みんなは何がしかのものを食べたが、ぼくだけ朝食抜き。車に酔って、一度車内でオエッをしてから、いつもそう。朝食抜きでも、そんなに苦痛ではないので助かる。
  
 NHKの朝ドラ「天うらら」が終わって、すぐしゅぱーつ。
 さあ、東京に向かってまっしぐら。と、思ったら
「ちょっと止めてくれ」
「なによ」
(なんだ?)
「そこのブルーベリーを摘んでくる」
 別荘地に入る入り口のところに植わっている小さな木のところに、お父さんが走って行った。
 戻ってくると、手に黒い小さなぶどうのようなものを持っていた。これがブルーベリーか。家の屋上にもこの間まで生っていたと思うが。
「甘いぞ!ほら、食べてみろ」
「いいわよ」
「そう言わず、ほら。目にもいいんだから」
 お父さんは自分が気に入ったものを、人に押し付ける習性がある。本人は好意か善意のつもりなのだろうが、迷惑に思っている人も多いに違いない。
「くろも食べてみるか?ほら、ひとつどうだ」
 MLでスイカやきゅうりが好物だという犬がいることを知って、それならばぼくがブルーベリーを食べてもおかしくないと考えたのだろう。
 しつこく薦めるから、仕方がないのでちょっと舐めてみた。食べられないものではなさそうだ。
「な?いけるだろ?舐めてないで食べてみろよ」
 しょうがないなあ。思い切って口の中に入れた。
(ん?)
 不思議な味だ。わずかに甘味もある。食べて食べられなくはないが、でも好き好んで食べるもんでもない。
 幸い、それ以上お父さんはぼくに無理強いはしなかった。
  
 高速道路に乗るまでは、くねくねした道があるのでちょっと辛いが、そこは我慢。
 高速になってしまえば、ゆっくり外を眺めるもよし、心地よい振動に眠るのもよし。
 ここ二日寝不足だったから、ぼくはすぐ眠った。そのまま東京まで眠っていたかったけど、双葉パーキングエリアで起こされた。おしっこ休憩ってやつさ。ぼくはついでに、朝の残りのウンチをした。
 この間来たとき、捨て犬らしき中型犬がいたので、どうしているかと捜したがいなかった。死んだのか。殺されたのか。あるいはだれか面倒を見てくれているのか。なまじ分からない方がいいのかも知れない。知ったところで、どうすることもできないのだから。
 ぼくができることは、精一杯今の境遇で、一生懸命生きることだけさ。
  
 昼に芝浦に着いた。途中の交通情報で、中央高速12キロの渋滞と言っているのを聞いて、お母さんは「むふふ」って無気味な笑いを浮かべてた。自分がその中にいなければ、渋滞っておもしろいものらしい。
  
 帰ってみると、ぼくには関係ないことだが、人間のトイレの改修が終わっていた。みんなうれしそうだ。コンセントの工事がまだだから、まだお湯でお尻を洗えないのに。
 なんだか知らないが、ぼくも喜んであげた。だからか、夕方の散歩は早めにしてくれた。
 芝浦セントラルパークに行ったが、カンボーの邪悪な臭いは、ぼくが留守の間にほとんど消えていた。
 甘ったれのシェルティーのマロが、
(ねえ、ねえ、くろちゃんどこに行ってたのさあ?いい臭いするよ。話を聞かせてよ)
 って、うるさく付きまとって来た。うらやましがらせるのはぼくの趣味ではないので、ちょっとそこまでだって、軽くあしらった。
(マロ、なんか涼しそうな格好してるじゃないか)
(うん。これサマーカットだって。うちのおばちゃんもぼくもしたくなかったんだけど、こういうのしないと、隣近所のおばちゃんたちが、マロちゃんとこ貧乏なのよ、とか、ケチンボなんだわ、って陰口されるらしいんだ)
(ふん、馬鹿馬鹿しい。ぼくなんか一度も床屋さんに行ったことないぞ。ま、うちは貧乏だから、陰口されたって、当たっているから腹は立たないんだけどさ)
 そんなことより体が痒いぞ。ノミかダニでも付いたのかなあ。
  

、こういった案配で、今年の7月の連休は終わったのであった。

  

 今年はものすごく暑いなあと思ったら、雨の日がずーっと続いて、夏なのに寒かったり、そうかと思えば、また急に暑くなったり。めちゃめちゃの天候。
  
 君たちも健康に注意して、大いに夏休みを楽しんでくれたまえ。