思想

白雨とお祭り

■梅雨明け末期の豪雨に見舞われています。「白雨(はくう)」という言葉がありますが、昨日19日はあたりが一時雨で真っ白になり、東海道線の電車もとまってしまいました。


幸い土砂崩れなどの被害はありませんでしたが、電車通いの子供たちは駅で足止め。クラスメイトのご家族がお迎えに向かってくださり、男の子、女の子大勢で車に同乗し、一学期最後の日を遠足気分で帰ってきました。


みなさまの地方はいかがでしょうか。お変わりはありませんか?
季節の変わり目、ご自愛ください。


■先週はいよいよニイニイゼミやヒグラシが鳴き始め、15、16日には気温35度を超える炎天下で鎮守の夏祭りも とり行い、いよいよ「梅雨明けかな?」と思った矢先でした。


「新しい命は血と苦しみの中から生まれるんだよ。春の嵐のようにね」と、インディアンの少年リトル・トリーがおばあさんに教わったように、ひとつの季節が終わり、新しい季節へ移り変わる節目には、激しい気候の変化に見舞われもののようです。


そんな、尋常ではない自然の節目を無事に通過するために、年中行事やお祭りというものがあるような気がします。(※)


■ああ、はやく夏空が戻って来てほしいですね。



※今年の夏祭りは宵宮に氏神様の縁起物語りの紙芝居をやりました。http://park6.wakwak.com/~manazuru/chigojinnja/



2006年07月20日(木)   No.63 (思想)

ライフサイクル LifeCycle

2006年6月15日(木曜) 【旧暦皐(五月)廿日】 
天候 小雨 気温21℃(午後1時半)現在
雨が降るたびに草木がどんどんのびます。 周囲は緑に囲まれているので、うかうかしていると「緑の洪水」に呑み込まれてしまいます。

■ 朝から庭で草刈りをしていました。
午前11時をまわってポツポツと雨が。それから1時間ほど、少しずつ雨の勢いが増してお昼をまわる頃には本降りになりました。

まるでプールの中で泳いでいるような気分になり午後1時に帰ってきました。

 みなさまの地方、今日のお天気はいかがでしょうか。沖縄から北海道まで全国的に雨模様のようですね。
約2ヶ月ぶりのひるさいど通信です。みなさま、お変わりはありませんでしたか?

■ 昨年から放送大学の大学院課程で、臨床心理学に関する科目を学習しています。四月からの今学期は「家族心理学」。

まず、放送と印刷教材、参考文献などを読みながら「中間試験」にあたるレポートを提出しなければなりません。これに合格しないと7月の単位認定試験に臨むことができません。先週、締め切り間際にようやく仕上げて郵送しました。
■いまから16年ほど前になります。 女房へのプレゼントに買ったブーゲンビリア。  「枯らしちゃいけない!」と世話をしたのが園芸をはじめたきっかけでした。

課題は二つです。

  1. 家族の問題が悪循環に陥る課程について、コミュニケーション理論の観点から、具体的な例を示しつつ述べなさい。
  2. ライフサイクルと家族の心理・社会的危機について、役割というキーワードを用いて論じなさい。
というのです。

 家族の中での会話というのはパターン化、つまり同じ話の繰り返しになりやすいものです。 これがまぁ、よい話ならばよいのですが、悪い話だと「悪循環」になってしまいます。

 家族の中での意志の疎通のあり方などについて、『精神の生態学』という本を著したベイトソンという人類学者とカリフォルニアの臨床心理学者たちが研究した「コミュニケーション理論」というものがあります。「問1」はこの立場から、どうして「悪循環」になっちゃうのかを800字で説明しろ、というものでした。

もうひとつ。 「ライフサイクル」というのは人間の一生をひとつの発展過程としてとらえ、各段階…乳児期とか、幼児期とか、児童期、思春期、青年期とか…に、それぞれ固有の発達課題があって、危機を克服しながらそれぞれ課題を解決できれば次の発展段階に順調に進めるし、解決できなければ、次の段階に「問題」をひきずって葛藤状態に陥り、場合によっては神経症などの病気、あるいは精神や人格の障害を招く…という考え方です。同じことが家族のライフサイクルにもあてはまるというのです。

 家族というものは、一対の男女の結婚からはじまり、子供が生まれ、成長し、やがてその独立を迎え、最後に配偶者や自らの死によって、ひとつのサイクルを終える、というようにとらえられます。ここでも、家族のライフステージ(発達段階)に応じて課題があり、それが解決できたか否かで、家族の心理的なあり方がよいものになったり、悪いものになったりする…というのです。

 ところで、家族の中の「人間」というのは、単なる誰々さんという「個人」ではなくて、配偶関係や血縁関係という生物的なつながりによってお互いが関係づけられた存在です。そして、家族のAさんは、他の家族にとっての「おとうさん」や「おかあさん」、あるいは「子供」という「役割」を担った存在として、関わりを持ち合います。。

 このふたつの考え方を結びつけて、「家族の心理・社会的危機について」、やっぱり800字以内で書け、というものでした。

■すぐにも、思い当たる問題です。「ハーッ」とため息をついてしまいそうなくらい。みなさまはいかがですか?

さて、これをガクモン(学問)的に分析して論文にまとめろといわれるとなかなか難しい。「通信」をおさぼりしていた2ヶ月は、こんなことにかまけていました。

女房や中学生の息子にも読んでもらったのですが、「なんだかわかんない」、「??????」という顔をされました。どんなことを書いたのかは、また後日機会があったらまとめましょう。

■この「ひるさいど通信」2001年7月からはじめたのですが、今月で丸5年目になりました。毎年6月はイソヒヨドリのヒナの巣立ちや、オレガノの花が咲いたトマトやナスが大きくなった…といった、あいも変わらない話題。

でも、ことしも14日にイソヒヨドリのヒナが見られてほっとしました。個人も家族も社会も、そして自然さえも…、「個」という単位で見るとどんどん変わっていきます。昨日生まれたものは、今日死んで姿を消しているかもしれません。ただ、同じ「ライフサイクル」を忠実に繰り返すことを使命とした自然の生き物たちは、同じ季節にはだいたい同じ姿を見せてくれます。

※ ちなみに、2002年6月の「通信」をあけたら、サッカーワールドカップの話が書いてありました。これもサッカーという競技にとって、ひとつの「ライフサイクル」なんですね。なるほど。

2006年06月15日(木)   No.62 (思想)

阪神大震災から11年…

2006年11月17日(火曜) 【旧暦十二月十八日】 天候:曇り 気温12.5℃(午後0時40分)

■今日は朝からSoul Flawer Unionの「満月の夕(ゆうべ)」を聴いています。兵庫県西宮市出身のミュージシャン 中川敬(なかがわ たかし)さんが作った、阪神大震災のあの日をうたった歌です。

 これまで培ってきた人やものや心の繋がりが、一瞬のうちに揺すられ、断ち切られ、炎と寒風に巻き込まれながら瓦礫の山となったあの日。
人々はそこで、人間にとって何が一番大切なことなのか、ということに気づかされたのだと思われます。と同時に、それを回復し、維持することの困難さも…。

その大切なこととは?
「満月の夕」を聴いていると、「いのち」と「きずな」という言葉で表現されるものではないか? ということに気づかされます。

 いま私が聴いているヴァージョンはアイルランドのミュージシャンDonal Lunnyのバンドとともに録音された、「Marginal Moon」(1998 Kioon/Sony)というアルバムに収録されたものです。琉球とアイルランドのトラッド(伝統音楽)を基調に、ロックミュージック、さらに中川さんの(たぶん関西的な)こぶし回しの歌い方が見事に融合した名曲です。

D.Lunnyはアイルランドのトラッド(伝統音楽)や世界に広まったアイルランド移民の歌や音楽を、ロックミュージックなど同時代の音楽に結びつけることで、世界のミュージックシーンに大きな影響を与えた人です。いまメジャーな映画にサウンドトラックとして当たり前のようにアイルランド音楽が流れるのは彼のおかげかもしれません。
彼がプロデュースした代表作『BRINGING IT ALL BACK HOME-アイリッシュ・ソウルを求めて』のテーマ、つまり歌と音楽を支えるものとは、「いのち」と「きずな」であり、それは時間や空間を結んで繋がる「連続性」だったように思えます。

 11年前に阪神で起こった出来事。 「いのち」と「きずな」の連続性を断ち切ろうとする動きは、同時に日本の他の地域でも、さらにアフガニスタンやイラクなど…世界のあちこちでも、繰り返し繰り返し起こっています。自然災害としてだけでなく、人が権力や軍事力や財力などに関わって起こす社会経済的な出来事、そして人と人との関係の上にも。 
それは「よそごと」ではなく、いまここ、私たちが否応なく置かれる日常の生活の中でも起きています。

東京大学教授 松原隆一郎さんの新著『分断される経済…バブルと不況が共存する時代』(NHK出版)は、そのことを教えてくれます。
現在の小泉政権がおし進める経済政策は、これまで培ってきた人々の繋がりを裁ち切るばかりで、本当の意味での景気回復には結びつかない。むしろ、格差ばかりがどんどん広がり、「改革」のかけ声とは裏腹に、年金や様々な公共制度、家庭や企業、地域や国の秩序が崩壊していく可能性を指摘しています。

 私たちの宿を気に入ってくださり、新著が出るとわざわざ送って下さいます。

 現在の経済政策は、生産性の低い仕事や人をカットし、規制を緩和して市場の自由な競争にまかせれば経済は活性化するという考え方です。
しかし、自由な競争が公平な競争となる保障などどこにもありません。
「ルール」と「信頼」という「きずな(繋がり・連続性)」に支えられなければ、「競争」さえも実は成り立たないのです。

 また、生産性の低い・高いという評価ほど曖昧なものもありません。
短いサイクルでは利潤(貨幣価値)が低い、あるいはマイナスであったとしても、長期的な視点では社会の根本を支える価値あるものはたくさんあります。
子育てや教育、農業など、「いのち」を育てることが必要な分野はここに該当します。この分野は何よりも時間と連続性が不可欠です。
これらを切り捨ててしまうことは、将来をひどく不安定にしてしまいます。

 いま私たちが抱く不安感の根底に、社会経済分野で進む、この「連続性」の分断があるように思えてなりません。
それは人と人との関係にも反映され、治安の悪化や自殺、理由の分からない殺人を日常の風景にさせています。
これらの事態は、構造改革が本格化し年間の自殺者が3万を突破した頃から、「あたりまえ」のようになりました。
「改革」されるどころか、ますます「加速」されています。

松原さんの、現政権の経済政策に対する批判は、アダム・スミスの「道徳感情論」と「国富論」のふたつの著書、つまり「道徳」と「自由」が両輪になって出発したはずの近代の経済学が、いつしか「道徳」を切り捨ててしまったことに対する、経済学からの根本的な批判から出発しています。

 と同時に、松原さんが私に「連続性が大事なんだよ」という言い方で話して下さったこと、11年前の大震災で肉親を失った経験のある氏は、「いのち」と「きずな」の大切さを「実践知」として、専門とする社会経済学の根本に置いているように思えてなりません。

 ■ 「連続性」を断ち切ろうとする動きは、私たちの日々の暮らしの中に常に押し寄せています。ついつい、その流れに流されてしまいそうになります。
不安と絶望、不信や疑惑、猜疑や(自他への)中傷や攻撃などとして、私たちの心や行為の中に忍び込もうとします。そこに引き込まれないように、今日は朝からSoul Flawerの「満月の夕」を聴いています。

2006年01月17日(火)   No.38 (思想)

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