2005年11月25日 (金曜) 【旧暦十月十四日】 晴れ 気温13℃(午前8:20頃)

■ 小春日和の暖かい朝を迎えています。
空には霞がたなびき、朝の光に照らされて輝いています。
伊豆東海岸に見渡せる山々や島々の輪郭が、まるで水彩画で描いたように にじんで見えます。
みなさまの地方はいかがですか。お変わりはありませんか。
子供達を学校へ送り出す時間、海にはたくさんの小舟が浮かんでいました。
漁をする船だと思います。
宿の屋根の上には、イソヒヨドリの若鳥。
朝日の方向を眺めていました。
沖縄で、この鳥のことを「カワラバンサー」というそうです。
「屋根瓦の上で番をする者」というような意味でしょうか。
まさに、そんな感じです。
そして夕方になると、今度は夕日を眺めていることがあります。
何もしないで。
■ あくせく、あくせく、目の前の事柄に忙殺されて息つく暇もない。
しかも、これを続けて何かが解決される、この先よくなる、という見通しや望みももてない。
そんな時、脳の機能というものは著しく衰えていくそうです。
仕事をしていても一向にはかどらない。そればかりでなく、精神全般の働きも衰えてしまう。
すると、私が私であるというアイデンテイティ(自己同一性)も失われ、人格に悪い影響を及ぼすこともあるとされます。
いわゆる認知症(ボケに似た症状が出たり、ひどい場合には精神障害にも陥りかねない。
そんなことにならないよう、目の前の事柄から、時に意識や行いや息づかいを引き離して別なところへ移さなければなりません。
人が広い風景を眺める、というのは、そういう働きがあるのだと思います。
あるいは、音楽を聴き、お茶や珈琲をいれ、ユーモアをいい、冗談をかわし、洒落やお笑いでひとときを過ごすのも同じ働きがあるのだと思います。
さて、鳥はどうなのでしょう。
風景を眺める彼は自分のテリトリーの見張りをしているのだと思います。
ただ見ている限り、そのような緊張感は感じられません。
もしかしたら、彼も脳神経の、そして彼なりの精神のリフレッシュをしているのかもしれません。
「何故鳥は歌をうたう(さえずる)のか?」という質問に、イギリスでは「幸せだから」と人々は答えていたそうです。
でも20世紀の前半、ある鳥の研究者が「それは観察不可能なのでわからない」と言って、本当の理由を見つけようとしました。
答えはどうやら、テリトリーを守るためとメスに呼びかけるためらしい、というのがわかってきました。
でも、「観察不可能」なのかもしれないのですが、歌をうたう彼にとって「幸せだから」という理由もありうるんじゃないか? と思うのですが。いかがでしょう。
人間が歌をうたうとき、歌をきくとき、「幸せ」とまではいかなくても、心の緊張感を解いてくれるものであることは確かです。