秀忠も家康同様政宗に息子の家光へ「政宗を父と思え」と言ってこの世を去った。家光は幼少の頃から政宗に可愛がってもらっており、秀忠亡き後「余は政宗を父と思うぞ」と言い、「伊達の爺」と政宗を呼ぶようになった。以前家光の将軍就任の式典の折り、家光は諸大名を前にして「祖父の家康公、父の秀忠公はかつてはそなた達と同輩のときもあったが、余は違う。余は生まれながらの将軍であるぞ。心して奉公せよ」と言った。諸大名の筆頭に座していた政宗は「この中の誰が上様に弓を引きましょうや、もしも弓を引くものあらばこの政宗が上様の先陣をつかまつりましょう」と言い放った。その場の諸大名は皆平伏し、声も出せなかったという。そして家光に生まれながらの将軍と言わしめたのは政宗の入り知恵であったといわれる。
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