20.金の磔柱の見物人へ一句

 

金の磔柱を押し立てて上京した政宗の行進の様子を京の人々は興味深く見物に来た。行進の途中、政宗は桜の枝を折って差し出す人の姿を見て一句詠む。

「大宮人(みやこびと) 梅にも懲りず 桜かな」

かって前九年の役(1051-1062)で奥州の阿部氏と朝廷との合戦のおり、敗軍となった阿部氏のひとり阿部宗任が上方の人間から「宗任、この花は何という名かしっているか」と梅の木を見せられ問われた。蝦夷の田舎侍とバカにした意味が込められていたが、宗任はあっさりとこう答えた。

「わが国の梅の花とは見たれども 大宮人はいかがいうらん」

宗任と同じ奥州人である政宗はこの故事を知ったうえでの狂歌を詠んだのである。さらに見物人を俗に「サクラ」と言うが、それにもかけたものであった。

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