関白秀吉の命令による小田原参陣を間近にひかえた伊達家に輝宗の死以来再び不幸がおそった。政宗が弟の小次郎を成敗、いわゆる斬ってしまったのである。ことの原因は母のお義の行動であった。小田原参陣を前にお義は政宗を手料理でもてなしたのだが、この料理の中に毒がもられていた。小田原へいけば政宗は確実に首をはねられる。その後は伊達家は取り潰される可能性が大きい。ならばせめて母である自分が政宗の命をなきものとし、弟の小次郎に家督を相続させ、伊達家の存続を図るしかない。この計画には伊達家を我がものにしようと企むお義の兄である最上義光の入知恵もあった。しかし料理を食した政宗は一命を取り留める。政宗は母であるお義を成敗するわけにはいかず、代りに反政宗の行動にでている小次郎派の動きを止めるためにもと、小次郎を斬ることとなった。お義はその後政宗とは親子の縁を切り、最上へ出戻ることとなる。
さて、この話は通説なのではあるが、真相ははたしてこのとおりであろうか。まずおかしいのは頭領である政宗が家臣に毒味をさせず直接料理を食したことである。いくら母親の手料理とはいえ一家の頭領が食するのであるから毒味はけっして失礼にあたるものではない。毒が入っていなくとも、冷蔵庫などなかった時代のこと、食材が傷んでいることも考えられる。頭領への毒味は「いただきます」と同じ意味をもつ常識的なことと思われる。そんなことから、この毒入事件はお義と政宗による演技であったという説が浮かび上がることとなる。
では何故演技を図る必要があったのか。2つの理由が考えられる。1つは小田原参陣をぎりぎりまで延期する口実である。奥州の田舎にいる政宗としては秀吉の実力をなかなか実感できないでいた。それよりも奥州に近い関東の北条氏の実力の方がまだ実感できていたため、どちらが勝ちそうか様子をぎりぎりまで伺っていたかったところであろう。各大名達にはそれぞれ「忍」、いわゆる忍者(スパイ)が召し抱えられており、当然ブラックリストに載っている政宗の身辺には存在していたと思われる。そのようなスパイに政宗は本当に毒をもられ、いたしかたなく養生せねばならない状況という事実を作るための迫真の演技が必要であった。そしてその共演者に最もふさわしかったのが実母のお義であり、彼女もまた権謀術数に長けた兄の義光をも凌ぐ女性なのである。
そしてもう1つは小次郎を斬るための合理的な口実である。このころ伊達家中では小田原参陣における政宗の処分の噂と輝宗を殺したことの余韻が反政宗派の結束を強めさせていた。このままでは伊達家の分裂は避けられない。母のお義も充分に認識していた。ではお義が政宗と結託しもう一人の息子である小次郎をなきものにできるのか。その可能性はある。政宗と小次郎の性格的なものから、政宗は最上、いわゆるお義の性格を引き継いでおり、小次郎は輝宗の性格を引き継いでいるように見受けられる。お義としてはこの時代独特の政略結婚で伊達家に嫁いでいるため、最上家の代表的な存在として伊達家にいる気持ちがあったと思う。そのようなお義としては最上の人間に近い政宗に小次郎よりは強い身内感覚があったのではなかろうか。そして小次郎をなきものにし、自分は最上家へとりあえず戻り、さらに最悪のケースとして政宗が秀吉に斬られてしまった場合、伊達家は最上家が後見となって領土を減らしながらも存続させる。このぐらいのことは充分考え得ることだろう。政宗としても弟を斬ってまでおこなった母親との演技を無にしない(小田原で首をはねられない)ためにも秀吉の側近達への根回しは欠かさないでいた。
とにもかくにも通説では政宗を殺そうとし、果ては親子の縁を切り最上へ出戻ったお義が後の朝鮮出兵の際政宗へ労をねぎらった手紙といっしょに軍資金を送り、政宗は政宗で異国のめずらしい反物等をやはり母親を思う内容の手紙を添えて送っている事実はなんとも不可解に感じてならない。
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