13.豆飯エピソード
慶長18年(1613)政宗47才のとき、5男宗綱の元服式が後見人を務めた茂庭綱元の仙台屋敷でおこなわれた。祝いの能が3番舞われその後綱元はその日の祝宴の料理として「豆飯・イワシの塩ふり焼・イモノコ汁」を出した。祝宴の翌日城へ帰った政宗は伊達成実に「能は面白かったが、その後の料理が・・・」と不満を漏らした。それを聞いた成実は「なんと粗末な」と同感し、綱元へ政宗の感想を告げた。成実からその内容を聞いた綱元は腹を立て、仙台城の政宗を訪ねた。そして政宗へ次のようにつめよったという。

「かつて人取り橋の合戦の時、殿は早く天下を太平にして豆飯・イワシの塩ふり焼・イモノコ汁を食いたいと言われたのをお忘れか。昨夜は多年の望みを叶えてさしあげたのですぞ。」

政宗はシュンとなり、なにも言い返せなかったという。

 

 

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